HappyJuneWedding 中篇
グルームズマン
「ほらね?打ち合わせまでまだ30分以上あるよ」
ホテルについて、今日は従業員入口じゃなくてガラスの回転扉から結衣ちゃんをエスコートする。
「よかった」
ほっと息を吐く結衣ちゃん。ここ1カ月ほど、結衣ちゃんは・・・。
“時間通りに彰を起こして、時間通りに支度をさせて、時間通りに家を出る”
予行演習をしてきた。今日は本番。5分前に家を出たから、はっきり言ってパーフェクトだ。俺としてはご褒美がほしいところだけど、そんなに甘い結衣ちゃんではない。
「結衣さーん」
ロビーの端っこから玲ちゃんの声が響いて駆けてくる。ディープグリーンの結衣ちゃんと色違いのディープブルーのドレス。
「玲、転ばないでよ」
その後ろから三井くんが早足で追ってくる。
「ふたりとも早いね。何時に着いたの?」
「ついさっきです。来る途中で玲が転ぶかもしれないと思って早めに出ました」
「子供じゃないんだから!」
玲ちゃんが三井くんに抗議をする姿は可愛い。
「大丈夫だよ。うちの結衣ちゃんもなんにもないところでよく転ぶから」
「ちょっと彰!」
俺に抗議している結衣ちゃんはもっと可愛い。
「じゃあ、とりあえず控室にいこうか」
エスカレーターをあがって俺たちはそれぞれ左右の廊下へ別れた。
トントン・・・。トントン・・・。
「まさか、まだ来てないとか?」
「ギリギリすぎじゃないですか?」
何度かノックをしても、中から返事は聞こえない。フロントからスペアキーをもらってくるかどうか迷っていると、スーツケースを引いて足早にやってくる足音がして俺と三井くんは振り返った。
「成田からの道が渋滞していてね、タクシーよりも電車で来ればよかったな」
本日の主役登場。さあ、急いで支度しないとね。
ブライズメイド
「ふたりともなんてきれいなの!」
控室に入ると、まだ化粧もしていない田部井さんが椅子から立って私と玲ちゃんを抱きしめてくれた。
「今日の主役にそんなことを言ってもらうなんて」
田部井さんをもう一度椅子に座らせて、私はメイク道具を、玲ちゃんはネイルアートの準備を始める。
「本当に私のメイクでいいんですか?」
ベースメイクを施しながら最終確認をする。
「結衣ちゃんの美人さはメイクのおかげじゃないってわかってるけど、それでも今日は結衣ちゃんの美人さにあやかりたいの。玲ちゃんのネイルアートにもとっても期待してる」
私は専門的にメイクを勉強したことはない。でも、まあ、一応の自信はある。
「任せてください!ばっちり決めますからね!」
玲ちゃんは自分は全くしないのに、人のネイルアートをするのはとても上手で、私も昨日やってもらったばかりだ。
「それにしても、私でよかったんですか?」
「ん?なにが?」
「ブライズメイドなんて素敵な役・・・もっと親しいご友人とか」
私と田部井さんとの関係はといえば、彼氏の先輩というようなもので、最近友達になったばかりだ。
「この歳になるとね、友達なんかみんな結婚して子供とかいて、夜の結婚式なんて、来るだけで大変なのよ。それに、透と私が今日こういう日を迎えられたのも、結衣ちゃん、玲ちゃん、それに藤堂と三井くんがいたおかげなんだから」
グルームズマン
女性陣と違ってさしたる支度もなく(上条さんが何もしなくてもほとんど完璧な人だから)俺たちは控室であれこれ歓談していた。すると、トントンと音高くドアがノックされる。
「はい」
ドアの近くにいた三井くんがドアを開けると、これまたきりっとおしゃれな礼服に身を包んだ男の人が入ってきた。
「よう、気分はどうだ?」
その声を聞いて、俺は相手の顔を凝視した。
「お兄さん?」
「藤堂?」
相手も大きな瞳を更に大きく見開いて俺を見る。うん、とても似てる。俺の大事な結衣ちゃんに。
「おまえ、職場って、まさかここかよ?」
「あ、はい。っていうか今日は、上条さんのグルームズマンで・・・」
入ってきた美男子は結衣ちゃんととても似ている結衣ちゃんのお兄さんだった。
「山口と藤堂くんが知り合いだったとは・・・世の中狭いな」
上条さんがふっと目を細めて嬉しそうに微笑んだ。
「で、一体どういう知り合いなんだ?」
「あ、こいつ、結衣の彼氏」
お兄さんの言葉で、上条さんも驚いたらしい。
「里佳からは”結衣ちゃん”としか聞いてなかったから気が付かなかったよ。まさか、藤堂くんの恋人があの結衣ちゃんだとはね」
話に聞けば、上条さんと結衣ちゃんのお兄さんは高校時代からの同級生で親友らしい。そう言われてみれば、上条さんと結衣ちゃんは、まだ会ったことがない。今日、初めて会うのだ。
「どうして親友がいらしてるのに、俺と藤堂さんがグルームズマンなんです?」
三井くんが不思議そうな顔をして訊いた。
「俺は来週自分の結婚式だから、人の式の手伝いまでする余裕なくてな」
「それは、おめでとうございます」
「ありがとう。結衣の話通りだな」
三井くんがお兄さんに席を譲り、自分は窓のそばのパイプ椅子を広げた。
「え?」
「大学生なのに大学生とは思えないほど礼儀正しくていい子だって。そしてその彼女はこれまたびっくりするほどかわいくていい子なんだとか?」
「彼女って、玲のことですか?」
「明らかにそうだね」
少しだけ首を傾げた三井くん。この子はあまり表情に出ないタイプだけど、内心はきっと嬉しいんじゃないかな。
「幼馴染なんですけどね」
「でも、結衣ちゃんはクリスマスの夜に初めて二人を見たときからとっても可愛いカップルだって言ってるから、結衣ちゃんの理想を壊して悲しませるようなことはしないでね」
「まあ、期待は裏切りませんよ」
三井くんは天使張りの笑顔でにっこりと微笑んだ。