謝罪
最果ての遺跡から森を抜け、村に戻ってきた。
「帰ったぞ」
家の中を見渡し、視線を泳がすもルイオの姿は見つからない。
てっきりいつもの元気な返事で迎えてくれると想定してのだが。これはかなり怒っているのだろう……。
「ルイオ。居るか?」
ルイオの私室の前まで行き、コンコンと数回ノックするも反応がない。勝手にだが、扉を開け中を覗くも結果は同じだった。
「………」
静かだ。
家の中は静寂に包まれていた。
ルイオがいないだけで、この家はこんなにも静かなものだったんだな……。
「そういえば、父さん達はどうしてるかな」
ふと、そう思った。
殺風景な家には俺とルイオ、そしてこの前まで両親のレオとマレスが住んでいた。
二人はフェーガリット大陸の中心部に位置する---王都カネロに移住していた。
「仕事とか言ってたけど。なんの仕事してるかは訊かなかったな……」
あの時は何もかもが目まぐるしく起こった。
ある日、緊急の用事が出来たと言って両親揃って王都に移り住んだ。あまりにも突然だった為訊けないでいたが。
--もしかすると、リフィアを亡くし落ち込んでいた俺を鬱陶しく思ったのかもしれないな……。
ギギぃっ。
その時、後ろから木が軋むような奇怪な音が部屋中に響き渡った。
「………!」
思わず身を竦ませる。ま、まままさか、半透明で白い服を着たアレか!?あの薄気味悪いアレ的なアレなのか!?
嫌だよ後ろを向いたら恨めしや〜とか言われんの!!
ビクビクしながらゆ〜っくりと振り向くと、
「…………パパ様?」
そこにいたのは、不思議そうに首を傾げるルイオだった。
「なんで、パパ様が帰って来てるのですか?」
「あ………、仕事が早く終わったんだよ。それで」
「……そうですか」
それだけ絞り出して言うと、ルイオは視線を床の斜めに沿った線に落とした。
「「……………」」
今、この現状を表す一言。
気まずい。
もうそれだけで埋め尽くされていた。
俺とルイオは全く喋ろうともせず、ただその場で立ち尽くすことしか出来ずにいた。
本来なら親である俺から話さなければならないのに。
そうだ。
謝ると決めて来たんじゃないか。
俺は覚悟を決めルイオを見定める。
「ルイオ。昨日はす…」
「パパ様!お話があります!」
「えっ?あ、なんだ?」
謝ろうとしたらルイオに遮られてしまった。
しかも思わず頷いちゃったし……。
「えっと、その……これを見てください!」
「これは、手紙?」
ルイオが差し出してきたのは、美しい薔薇の模様が描かれた薄い便箋だった。中を開けてみると、はみ出るのではないかというくらい文字がビッシリと書かれた手紙が入っていた。
「………え?なんだよ……これ」
内容は主に反省の事。それと自分がどれだけ魔法について想っているかという事が要所要所に丁寧に書き込まれていた。
『パパ様、ごめんなさい』
、と。
どういう事だ?
何故、ルイオは手紙を書いたんだ?しかも内容がおかしいじゃないか。
悪いのは俺なのに。
これは一体、なんなのだ?
そう訊こうとしたその時、
「!?」
---その時、何処からともなく綺麗な歌が俺の耳に飛び込んできた。
「〜〜♪」
綺麗だ。
それでいて甘い。
奏でられる音楽ははっきりと中心に芯が入ったような旋律のメロディに聴こえた。素人の俺でさえ、それが超絶的に上手い事が理解出来た。
「ふぅ、ふぅ、パパ様。どうでしたか?」
「………ああ、上手だったよ」
そうだ。
今さっき聴こえてきた歌はルイオが発したものだったのだ。
そのルイオは肩を上下させ、赤く染まった顔で呼吸を整えようと大きく息を吸っている。
「ケホ、えへへ。ありがとうございます」
「ああ………」
ここまでくると、さすがに全てわかった。
ルイオは俺を説得させる為に、今の出来事をやってのけたんだ。
わからず屋の父に自分なりに考えた最善の納得療法を、現状打開を試みて……。
「これは、お前が考えたのか?」
「はい!……あっ、いえ、半分です」
「半分?」
「手紙は確かに僕が考えたんです。でも歌は司祭様に教わりました」
そういうことだったのか。
道理で歌を聴いた時、教会でシスターが歌ってそうな聖歌や賛美歌みたいなのだと思ったわけだ。
しかし、憶測だが、歌詞にルイオなりのアレンジが加えらている。内容は父に訴える息子とでも言おうか。
我が子の切実な想いが込められた--ルイオの美声も合わさった--優しく美しい歌だ。
マズイ。泣きそう。
息子がくれたサプライズに、状況が違えばもれなく涙しそうな俺に畳めかけるように、ルイオは拳を握った。
「パパ様!僕はこれからはお利口にします!パパ様に逆らわない、いうことを聞く賢いパパ様の子供になってみせます!だからお願いします。どうか僕に魔法を使う許可をください!」
「違う。それは違うぞ」
「えっ?」
ルイオは自分の渾身の痛打が外れて、思わず唸り出たような声を上げる。
そして何に至ったのか、急にオドオドし始めた。
「ぼ、ほぼ僕、また変なこと--」
「ごめん!」
「え?」
状況が分からず、呆然としているルイオに俺はもう一度頭を下げる。
「昨日は悪かった!お前の気持ちも知らずに頭ごなしに叱って本当に悪かった!許してくれ!」
「ど、どういう事ですか?な、なんでパパ様が………、悪いのは僕なのに…」
「いいや!お前は悪くない!悪かったのは、お前の話も聞こうとしなかった俺だけだ!」
「っ!」
ルイオは驚きに顔を染める。
そりゃそうだ。
謝りに来たのに逆に謝られてるのだからな。
だが俺の口は止まらない。
「父さんを許してくれ!お前の為を想って言った言葉で、お前と嫌い合う仲になるなんて父さんには堪えられない!魔法を使うなってのもナシだ!思う存分やるといい!だから、……悪かった!」
「………………」
俺の謝罪を聞いたルイオは、驚きの顔から一転し、次の瞬間、年相応のとてもにこやかな笑顔を浮かべた。
「そうですか……」
「ああ」
「パパ様、すごく怖い顔をしてたので、凄く怒ってると思ってました」
「……それは魔法が危険だからであって--」
「えへへ、分かってます。そんなに焦らなくていいですよ。パパ様」
どうやらルイオに理解して貰えたらしい。
俺の拙い謝罪でどこまで察したのかは定かでは無いが、一件落着なら何でもいいやと安堵の表情を浮かべる。
「はは……」
俺とルイオは自然と笑いあう。
この1日でどっと疲れた気がする。
日々のダンジョン攻略もあるだろうが、それよりルイオとの喧嘩の方が100倍は心に負担がかかる。
今さらになって、子育ての難しさを思い知らされたな。
そんなふうに独りごちる俺に、ルイオはまたしても思いも寄らない事をぶちまけた。
「あ、パパ様。一つお願いがあります」
「ん?なんだ?」
「僕を、パパ様のお仕事のお手伝いをさせてください!」
「は?」
………どうやら、子育てはさらに激化を極めそうだ。