長生きドワーフ
翌日、俺はダンジョンに向かった。
最初は一人で潜ろうかと思ったが、何故か気が変わりギルドで酔いつぶれたナンドを叩き起していた。
「……う、うっす」
「起きろ。行くぞ」
「………うっす」
すぐに装備を整え、準備する。
……装備と言っても、いつも通りローブを被って短剣が懐に入ってるかチェックするだけなのだが。
ナンドはテキパキと回復用のポーションや魔力不足に飲むマナポーションを巨大なリュックサックに詰め込む。
「お前、昨日、どれだけ飲んだ?」
「………」
「ことによっては--」
「えっ!?いや、俺は断ったんですがね!?」
「ちっ、今日の稼ぎが悪かったら、その石炭みたいなヒゲ、剃りあげて質に入れるからな」
「ぬおおおおお!?」
とりあえず、酔い醒めも済んだ所で出発する。
「………」
ダンジョンに向かう際も、
ダンジョン攻略に励む時も、
数時間で20階層まで到達しボスを討伐しても、
俺の心はずっと針が刺さったような感覚がずっと蝕んでいた。
「旦那!ボスからドロップしたレアアイテム!新しく強力な武器が造れ--旦那?」
コンクリート並にに硬い地面に尻をつけ、沈黙しているとナンドが話しかけてきた。
「なんだよ」
「いや、さっきから喋らずに座り込んでるんで、どうかしたのかと……」
「お前に心配されるとは。何かの前兆か?」
「いやいや、仲間の身を案じるのは当然じゃないですかい」
仲間の身を案じる、ね。
確かに、俺でもナンドが暗い顔をしていたら救ってやりたいと思う。
同時に、実質パーティーのリーダーである俺がこんな体たらくではメンバーのナンドを危険に晒すかも知れない。
ここは、コイツに話を訊いてもらうのもいいかもしれない。
「実は、ちょっと、悩みがあってな…」
「旦那が、悩み!?」
「………おい、人が勇気振り絞って相談に乗って貰おうとしてるのに失礼じゃないか?」
「す、すすすみません。旦那みたいな人が悩むなんて相当な事がおありになったんだな、と」
謝りながら、畏まったように縮こまる。
みたいな、ってなんだよ?
ナンドは俺にどんなイメージを持ってるんだ?
……むぅ、けれども相談に乗ってもらおうってのに、そんな萎縮した様子では満足のいく返答が訊けないのではないだろうか。
「ナンド。無理にとは言わない。
だが少しばかり俺の話を訊いてくれないか?」
「!、俺でよけりゃ、力になりますぜ!」
「お、おう」
相談相手になってくれと頼んだら、キラキラとした目で頷かれた。
あまりの元気な返事に拍子抜けするものを感じながら、俺はナンドの方に向く。
ナンドもリュックサックを手近の平たい岩の上に置くと、姿勢を正して俺の前に座った。
「話ってのは、俺の息子の事なんだ」
「て、いうと、噂の神子君ですかい?」
「ルイオ・カーツヴォルト。それが名前だ」
「確か男の子でしたよね?」
「よく知ってるな」
「だはは、村にいて知らないやつはいませんよ」
「……」
………ナンドの言う、その噂とやらが広まり始めたのはいつだったか。
思い当たる節はある。
ルイオは生まれて2ヶ月で流暢に喋り自らの足で歩いていたのだ。当時の俺は大して驚かず、赤ん坊の成長とは早いものだなと楽観的に考えていた。
今思い返すと異常に思える。
気にしてなかったことでの反動か。
実の息子が異様に感じる。
「旦那?」
「……何でもない」
首を小さく振り、不穏な思考を追い出す。
ルイオが神子であろうが我が子であるのに変わりない。父である自分が恐怖を感じる必要なんてない。
そう言い聞かせるようにして、ゆっくりと口を開く。
「昨日、ちょっとばかし息子と喧嘩してな」
俺は事の顛末をナンドに話した。
家に帰れば、ルイオが出迎えてくれること。
ルイオが嬉しそうに大事な話をしたこと。
そしてそれを否定したこと。
ナンドは俺が話す最中、へぇーと感心したような声を上げたり、ふむふむと頷く仕草を見せる。そして暫し固まっていると、俺に視線を合わせてこう言った。
「まず、ルイオ君の話を訊いたら良かったんじゃないですかい」
「……」
「頭ごなしに上からものを言われたら誰だって傷つくし、それが自分の父親だったら尚更ですぜ」
「……そうか」
言われて気付く。
ナンドの意見は参考になった。確かにルイオの発言の有無に関わらず、問答無用で拒否した。
あの時、もっと俺が危惧した魔法について丁寧に説明出来ていればと後悔する。
……いや、考えても遅い。
もう言ってしまったことは取り替えることは出来ないんだ。
だったら何が悪かったか研究して、すぐに自分が変わればいい。
…そうだよ!俺が変わればいいんだ!
よし!次はもう少し辛抱強く会話しよう!
「ありがとな。ナンド」
「ッ!?……いえいえ!伊達に長生きしてないですからな!」
「長生きは関係ないだろ。何歳だよお前」
「うえーと、軽く150歳くらいですかね」
「けっこう生きてんな……」
ドワーフそんな長寿なんだ!っと必要のない豆知識を覚えた所で立ち上がる。
「行くんですかい?」
「ああ、すぐにルイオに会いたい気分だ」
「息子を愛してるんスね」
「可愛いんだから仕方が無いだろ」
「さすが旦那」
まるで青春ドラマのような会話だ。
ちょっと恥ずかしいな……。
ナンドも立ち上がり、重たくなった鞄をよっこらしょと背負う。
そのまま二人でダンジョン入り口の遺跡前に少し早足で戻った。
「換金やらは俺が済ませときます」
「ああ、頼んだ」
そう言い残し、俺は脚に力を込め走り出した。
ぽつんと一人残ったナンド。その顔は、軽快に笑っていた。
「……まさか、旦那にお礼を言われる時がくるなんてな」
そう思うと、口の端が吊り上がるのを抑えきれない。こういう機会によって、親交を深められたなら何よりだと独りごちる。
「さて!俺はこの大量のアイテムを金に換えるとするかな!ぬふふ、相当な稼ぎだろーな!」
ナンドは軽い足取りで、リュックサックを背負うのだった。