ナンド・リッチ
キィィィンッ!
洞窟内に何か堅いものをぶつけたような音が響き渡る。
地面から天井の高さは大人二人分でそれほど高低差は無く、薄暗くて狭い洞窟内は湿気でじめじめとしていて圧迫感とともに嫌気が差す。
ここはダンジョン『最果ての遺跡』。
名前の通り東の端にある唯一のダンジョンだ。
見た目は古代遺跡だが、ダンジョン内は全く違う。洞窟みたいにゴツゴツとした岩で囲まれ造られた道や部屋がいくつもある。
バキッ!
そしてダンジョンといえば、ゲームでお馴染みの強力なモンスターが存在する。
最果ての遺跡だとスケルトンが有名だ。中世ヨーロッパでは骸骨の魔物や死んだ騎士の憑霊などと何世紀も前から恐怖の対象として恐れられてきた。
そんなモンスターを単独で倒す者がいた。
濃い泥色のローブに黒いブーツ。そんな服装に身を包みながら、中から取り出した接近戦闘で優位な短剣でスケルトンを猪突猛進に屠り去っていく。
そんな彼--レン・カーツヴォルトはただ黙々と作業をこなしていた。
「旦那〜、待ってくだせぇー」
「遅いぞ、ナンド」
背後から声を掛けられ、その情けない声の主に振り返る。
数メートル後方に離れた位置から大きなリュックサックを背負い、せっせと肩を上下させながらレンの側まで走ってくる。
ナンド・リッチ。
レンが冒険者に復帰して組んだ唯一のメンバーだ。ツンツンと尖った頭に口周りに蓄えた焦げ茶色のヒゲ。背は低く、身の丈よりも大きいリュックサックの方がよく目立っている。
ナンドは小人族と人族のハーフでドワーフと呼ばれている。
最初は一人で行動するはずだったが、ナンドが冒険者ギルドでダンジョンに向かうレンに何かを感じたらしく、パーティーを組んでくれと言われてから2年近く一緒にいる戦友だ。
「お前は素材を拾うだけだから楽だろ」
「せ、せめて、ゆっくり進んでくださいよ」
戦友と言っても、ナンドはアイテム拾いのサポーターで戦力としては全くの皆無。いつも岩の陰に隠れて死んだモンスターからドロップしたアイテムを拾い集めている。
しかしここまで聞くとただの雑用係に聞こえるが決してそうではない。ナンドは手に入れた素材を加工して装備を作ることが出来るのだ。
実際に、レンはダンジョンで倒したモンスターから造られた装備を身につけている。
「今回は何処まで潜るんですかい?」
「8階まで進んだからな。あと二つの層は今日中に突破したい」
「そ、そうですかい……」
そう言うと、ナンドは嫌そうに顔をしかめた。
それもそうだ。レン達が潜ってからかれこれ三時間は経過している。幾ら経験豊富な冒険者でも、死と隣り合わせにあるダンジョン内で長時間、緊張感を維持させることは難しい。
非戦闘員のナンドなら尚更だ。
流石に無理かと考えながら、横目で相方の様子を伺うと、
「おっし!やったりますか!」
頬を張り、ナンドが気合いの入った声を上げた。
ナンドの良いところは武器製作の他にもう一つ。それはパーティーメンバーの空気を読んで盛り上げようとすることだ。決して上手いとは言えないが、それでも彼に励まされて力になったこともある。
異世界に来て、レンはここまで良い奴は初めてだと心の底でナンドを高く評価していたりもする。
「その意気だ。レア素材がドロップしたら少しだけ分けてやるよ」
「本当ですかい!?旦那は太っ腹ですな!」
ナンドは喜びを表現して小躍りをする。
残念ながら、ドワーフ特徴の短い脚では踊りというより、その場で跳びはねているだけに見えるのだが。
わざわざ少しだけの所を強調して言ったのに、とナンドのはしゃぎ様が眼に余るレンはお灸を据えてやる。
「誰の腹が太っ腹だ。やっぱり無しな」
「えぇ!?じょ、冗談ですよね?」
「冗談言ってるように見えるか?」
「ぬ、ぬぉぉぉぉ!!」
頭を抱えて蹲る。
レンは大げさなリアクションを取っているナンドに、憐れみとも苦笑いともとれる表情を向けていた。
順調に8、9階層と進んだ二人は、遂に10層まで到達した。
「着きましたぜ。旦那」
「ここが---ボス部屋か」
二人は複雑なモチーフが施された鋼鉄の扉の前にいた。
彫刻には通常では有り得ない巨体のスケルトンが、剣や槍を持った人族を剣で串刺しにするという物だった。
趣味が悪いな、とレンが呟いた。
それにナンドが緊張な面持ちで話す。
「多分ここまで来たのは旦那が初めてだろな。気をつけてくだせぇ!」
「お前、ドロップアイテムが欲しいだけだろ」
「そ、そそそんなこと無いっす!自分はただ心からの善意で言ったまでっす!」
「バレバレだよ」
思わず笑いだしそうになったが意地で止めた。
これもナンドとのいつもの駆け引きだ。こういう大事な場面はレンが振れば必ずナンドが返し、場を柔らかくする。
二人はそうやって、幾度も死地を乗り越えてきたのだ。
「では、開けまっせ!」
ナンドの合図と同時に、ボス部屋の扉が開かれた。