プロローグ
ひび割れた石橋の地面に両膝をがくりと落とす。
猛々しく降るう雨。燃え盛る火焔。周りに見えるのは人間の本能に恐怖を刻み込むものだけ。
その中で、レンは一人静かに息をし、残酷だった時間が過ぎることだけをただただ祈る。冷酷な雨が容赦なく襲い、衰弱した身体を冷えきり凍えさせる。だがレンは己の身体などどうでもいいかのように、両の手に抱いたそれを凝視し、小さく呼吸しているさまに愛しさと哀しさが込もった息を吐き、安堵する。
優しい朝の陽光のような、何物にも変えがたい温もりを感じながら、レンはそれを柔らかくも強く抱きしめ続けた。
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異世界転生。
ラノベや漫画でよくある設定だ。主人公が事件に巻き込まれ死ぬ。目を覚ますと、魔法や冒険があるファンタジー世界に放り出され、自分だけのオリジナル最強チートをひっさげ凶悪な魔王を倒して勇者になる。
なんというご都合主義だろうか。
こんなものを現実に少しでも夢に見た自分は愚かなのか。所詮、空想の産物でしかないのに。
ーーと、俺はそう思い込んでいた。
18歳の誕生日。
中野 蓮は交通事故で死んだ。
家族で仲良くプレゼントを買いに行こうと両親が言ったのが運の尽きだ。
信号無視で突っ込んできた大型トラックに見事、両親と俺を乗せた小型車を吹き飛ばしてくれた。
トラックから作業服を着た男がこちらに駆け寄り俺達家族の状態を見ると、青ざめた顔をしてトラックに戻り逃げていった。
轢逃げだ。
しかも男は鼻を刺激するほどの酒の臭いを放っていたことから運転中に飲んでいたようだ。
轢逃げに加えて飲酒運転、
慌てて逃げたようだが、ここは昼間の交差点だ。車が多ければ人もいる。目撃した誰かが警察に通報して犯人を捕まえてくれる。
俺はぎこちなく首をひねり、スクラップに変わった車を見る。
両親は頭から大量の血を流しているも、なんとか息がある状態だろう。シートベルト着用万歳だ。安心した。
だが俺は、違った。
後部座席に座る俺は、ちょうどトラックの衝突を真横から受けた形となり、車のドアガラスを破って数メートルも吹っ飛んだ。
背中からもろにアスファルトに打ちつけられ、何度もバウンドするうちに、手足が有り得ない方向に折れ曲がっていった。やがて勢いを無くすと、急激に体温が下がりだし、口元から血を流し顔色が青白くなっていく。
これが死か。
身体の感覚が麻痺してるせいか、案外、平気なものだな。
薄れいく意識の中、硬い背中の感触の味わいながら、空を仰ぎ見る。
生憎の曇り空だが、どんな悪い天候でも、死にかけの俺には最後の見納めだとジッと眺め続けた。
ゆっくりと経過していく時間軸。
その間に死への覚悟を固めていく。
心残りがあるとすれば、両親に育ててくれた恩を返せれずに死ぬことかな。地味で冴えない俺だったけど、友達のいなかった俺に気を遣ってか、両親の愛情を一心に注がれて育ってきた。感謝の言葉も一つや二つじゃ足りない。
俺が死ぬことで両親が死ななかったと考えれば、それはとても良いことだ。悔いは無い。
でも願わくば、もう一度あの家族の元に生まれたい。
ありがとうを言うために、感謝を伝えるために生まれ変わりたい。
どうか親不孝で我侭な俺を許してほしい。
そこまでで、俺の意識は深い暗闇の彼方へ消えていった。
ーーそして俺は転生した。