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バボはミラーの前で溜息をついた。そして更衣室のカーテンを開けて「ねえ、僕、このパンツ履かなきゃだめ? 」と、スタイリストの石原留美に向って訴えた。
バボは用意されたボトムが気に入らないようだ。
「どうして? すごく似合ってるわよ、バボ君」
バボがコーディネートに意見するのは珍しい、と留美は思った。
「やっぱ、ハーフだから何着ても映えるわね。ヒョウ柄って着こなし難しいのよ」
グレーのパーカー、ラフに履いたヒョウ柄パンツ。今日のイメージは、さながらジャスティンビーバーか――。留美は今日のチョイスに満足げだ。
「ヒョウ柄っていうのがなぁ……」
と、バボはパンツの腿のあたりを摘まんで再度ミラーに目をやる。
「ワイルド感が出て素敵じゃない? バボ君は『おっとり王子』なんて呼ばれてるけど、たまにはイメージ変えてみると、ファンが増えるかもよ」
(――てゆうか、僕の地毛はトラ柄なんだよ~。ヒョウ柄を着たらベンガルになっちゃうじゃん――なんて事は言えないしなぁ……)
バボは自身のトラ柄がお気に入りなのだ。高価な血統ではなくとも茶トラである事に誇りを持っている。毛づくろいをする時など、自分の毛並に惚れ惚れする。ネネにはナルシストだと馬鹿にされるが――。
(まあ、仕事だし、留美さんの見立てならヒョウ柄も我慢するか……)
留美のスタイリストとしてのキャリアはそんなに長くない。まだ二年ほどだ。バボの事務所の専属になり、最近やっと仕事も順調になってきた。来月結婚もするらしい。バボには結婚という人間儀式の事はまだピンと来ないが、嬉しそうな留美を見るに、きっと素敵な事なんだろうなと思った。
四階建ての小ぢんまりしたビルのスタジオ。インターネットのトーク生番組の出演が今日のバボの仕事だ。
本番がスタートし、女性司会者がバボを紹介する。リハーサル通りだ。
「本日のゲストは、雑誌やテレビで人気急上昇中の大島バボさんです」
「こんにちは」
「大島さんは、このお仕事をするようになったきっかけはなんですか? 」
「秋葉原で、アニメのフィギュアとかを見ている時にスカウトされたんです」
「へえー、アニメ、お好きなんですね――」
「もう、大好きです♪ 」
「最近のお気に入りアニメはなんですか? 」
「『魔女っ娘キララ』です。もう最高に萌え萌えしちゃいます♪ 」
――大島バボアニヲタwwww―― ――キララwwwwww―――
――たしかにキララは萌える―― ――王子みなおしたわ――
流れるコメント。ネットの視聴者は一言に瞬時に反応をする。
副調整室でPCのモニターを確認しながら、スタッフ達は視聴者の数にしたり顔をする。
「最近、バボ君の人気上がってますね――」
ディレクターはプロデューサーにそう話す。
「日本人離れしたイケメンだけど気取りがなくて、しかも極度のアニヲタ。憎めないキャラがウケているんだろうな」
プロデューサーはそんな分析をした後、スタジオのバボに目をやり、「彼を起用して、地上波進出狙っちゃうか?」と、ニヤニヤした。
「あれ? ちょっと画面が変じゃないですか? 」
モニターを見ていたディレクターが言った。
「どうした? 」
プロデューサーも覗き込む。
画面いっぱいに大量のコメントが流れている。段々とスクロールのスピードが速くなっているようだ。いつの間にか全てのコメントが三種類の英語だけになった。
――Delete! ―― ――Delete! ―― ――Delete! ――
――Extermination! ―― ――Extermination! ―― ――Extermination! ――
――Cross out. Annihilate! ―― ――Cross out. Annihilate! ――
――Cross out. Annihilate! ―― ――Delete! ―― ――Extermination! ――
――Cross out. Annihilate! ―― ……
文字が画面を覆いつくし、そのままフリーズしてしまった。