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リクは少し退屈だった。話相手がいない店内は、なんだか殺風景だ。バボもリクもそれぞれの仕事で、今日はいないのだ。意思を持たない他のAR猫達は、客がいない店内でも愛らしい姿で映し出されている。プログラミング通りだ。
リクは考える。なぜ、バボとネネは意思を持っているのだろう? と――。実体化は驚くべき事だが、人と全く同じような意思や感情が芽生えた事は尚更驚きである。プログラムとは決められた通りにしか動かない、というか、動けない様に作るものだ。それが意思を持ってしまったら、それはもうプログラムではなくて制御する事の出来ない別の何かに変わってしまったという事だ――。しかし、彼らが何者であれ、今のリクには彼らとの生活を楽しいと感じていた。まるで新しい家族が出来たような、そんな気持ちだ。
リクがそんな事を考えている時、一人の男が店にやってきた。ライアンだ。その風貌は特徴的で変わらないが、顔色が悪く、やつれて見え別人のようだ。明るくにこやかに来店した先日とは対照的に、肩を落として元気がない。
「あ……、いらっしゃいませ」
リクが迎える。ライアンは黙ったままテーブルに着いた。
「――ライアンさんでしたよね?――発表会、見ましたよ。AR防犯なんて素晴らしいじゃないですか。うちのニャンコ達なんて、なんの役にもたちませんから――」
リクが笑顔で話しかけるが、ライアンは無表情だ。
「ミスターハネヤマ――」ライアンはゆっくりと口を開いた。「これほどのARを一人で作り上げるなんて――やはり、ユーは天才プログラマーデス。私の知りうる限りにおいて、最も優秀な技術者デス。何年かかっても、私はユーには敵わないデショウ――」
「どうしたんです、急に――? おだてても料金はまけませんよ」
「実は……今日は話があって来まシタ――」
「なんですか? ヘッドハンティングですか? あいにく僕は企業に入って働くなんてのは興味がなくて……」
リクは冗談っぽく笑ったが、ライアンは全く表情を変えない。
「ミスターハネヤマ、有機生物体はどうやってこの地球上に誕生したと思いマスカ? 」
ライアンはリクの方を見ないでそんな事を言った。
「は? 」
突然の予期せぬ質問に、リクは返答に困る。
「太古の地球上で偶然誕生した――?、神が創りたもうた――? どう思いマスカ? 」
「――、えーと……何が言いたいのでしょう? 」
「そもそも生命って何デスカネ? 有機生命体が偶然発生したなら、他の形態が偶然発生する可能性も否定できないデス――」
「――はあ……」
「機械生命体や情報生命体が、いつ発生してもおかしくない、と言っているのデス! 」
ライアンは急に荒々しく語気を強めると、テーブルに置いた両手を強く握り、わなわなと震わせた。
「いったい、どうしたんです? まあ、落ち着いて――」
リクがなだめると、ライアンは一つ深呼吸をした。
「原始の海は高分子物質がごちゃごちゃに溶け込んだスープ状で、そこになんらかのエネルギーが加わり偶発的に有機生命が誕生したという説がありマス――」
「ああ、原始スープ説とかいう――」
「現在のインターネットの海ではあらゆる大量のデータが走り回ってイマス。言わば、『ネット原始スープ』なのデス」
ライアンは顔を上げ、リクを見る。
「天才ハッカー、ミスターハネヤマ。ユーには言いまショウ、いや、聞いてもらいたいのデス。 今、世界では大変な事が起こっているのデス。人類は神の領域に踏み込み過ぎたのかもしれまセン」
リクは黙って次の言葉を待つ。
「実は――ARがARでなくなる事例が発生しているのデス! ある時、突然ARが情報生命体として覚醒してしまうのデス。コントロールが出来なくなったARは物理的に実体化し、自ら意思を持って行動するのデス」
「…………」
「……どうやら、知っているようデスネ――」表情を変えないリクにライアンはそう言って、再びゆっくりと口を開く。
「実体化したARは世界中のあちこちで暴れまわってイマス。このままでは人類の脅威となりえマス。しかし、警察ではヤツラは手に負えマセン。そこで開発されたのが今回のホーリーシェパードだったのデス。防犯AR犬の真の目的は、情報生命体の捕獲および駆逐にあったのデス――」
「あった? ――」
「そうデス――、過去形デス。ホーリーシェパードは昨日、データ転送中に実体化し逃走したのデス」
「え?! 逃走?」
「そうデス――。私の作った三体のホーリーシェパードはケルベロスとして覚醒し、街を破壊しているのデス……」
「破壊って……、え? ちょっと待ってください」
リクは、なんだか状況が飲み込めない。
「私の責任デス。ヤツを倒さなければ大変な事になりマス。ミスターハネヤマ、どうか私に力を貸して欲しいのデス」
ライアンはリクの手を取り真剣な眼差しで訴えた。