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バボとネネは何者なのか?――それはリクにもよくわからない。元々、二人はリクが造りだしたARの猫だ。茶トラの雄猫バボ。ボンベイの雌猫ネネ。数十匹いる中のただの二匹であった。
数年前――、秋葉原はゲリラ豪雨に襲われた。神田川の水位が限界まで増し、一帯は数時間停電した。電気街の電飾看板は消え、街は暗闇に包まれた。停電復旧後、落ちたサーバーのメンテナンスの為にむかったmiku店内で、リクは実体化した二匹を発見した。それは意志を持ち、人の言葉を話した。その時はたいそう驚いたリクであったが、興味がわいたリクは二匹をそのまま飼う事にした。
「ねえ、でも、リク。酷いと思わない? あの犯人、私の事見て『バイキンマン』って言ったんだよ」
ネネはそう言った後、クルリと回りながら、例の姿に変身してポーズを決めた。ピンと耳を立て、スラリとした尻尾をくねらせ、肉球のある掌でピースした。
「こら、だから、むやみに変身するんじゃないって! 」
「いいじゃん。今はリクとバボしかいないんだから」
ネネは鼻歌交じりに歌いだし、その姿のまま「ワンツースリーフォー」と振り付けの練習を始める。
「おい、邪魔だ。そんな所で踊るんじゃない。開店準備できないだろ」
「だって、この新曲の振り付け、まだ完璧じゃないんだもん。明日のイベントまでに仕上げなきゃ。♪♪♪~」
「まったく――」
リクは呆れた顔を顔をするが、本気で怒ってはいない。
バボとネネは、それぞれ『猫』、『人』、『複合形』の三形態に自由に変身する事が出来た。普段の二匹は人型で生活をし、人間社会にすっかり溶け込んでいた。
ネネは国民的アイドルグループに所属し、黒髪少女の「小嶋音々」として人気者になっていた。最近、研究生から正規メンバーに昇格し、張り切っている。
「リク~。今日のおすすめランチ「舌平目のフローレンス風」、仕込み終わったよ」
バボは小皿に料理を一切れ乗せて厨房から出てくると、それをフォークに刺してリクの口元へ差し出した。
「はい、リク。味見してよ。あ~ん」
機材の調整で両手が塞がっているリクは、差し出された物をそのままパクリと食べる。
「うん。うまい! さすがバボ。バッチリだよ」
「良かったぁ」と、バボはニッコリした。
バボは料理が得意である。カフェのメニューのほとんどはバボが考えたものだ。しかし、猫舌なので熱い物は口に出来ない。試食はリク担当だ。
バボは、茶色の髪、飴色の瞳のイケメンハーフ「大島バボ」の名でモデル活動をしていた。料理男子モデルとして雑誌で連載も持っている。
バボもネネも人型の時は普通の人間と全く変わらない。誰もその正体に気づく者はいない。
入口の扉が開き、人の入って来る気配がした。バボネネは慌てて猫化する。
「コンニチワー。ゴメンクダサーイ。キャッツカフェ、やってマースカ?」
入ってきたのはカーネルサンダースをスリムにした様な風貌の中年外人だった。
「いらっしゃいませ。どうぞ」
リクは本日最初の客を案内する。猫型のバボとネネも一応「ゴロゴロ」と挨拶をした。
「オー! プリティ! “リアルキャット”も居るのデスネ。クロネコ、大好きデ~ス」
外人はネネをひょいと抱き上げ「プリティ、プリティ」と何度も頬ずりをした。
(――ぎゃあああ!! 気持ち悪い! ――)
ネネは毛を逆立て逃げようとするが、逃げられない。
「ふぎゃー!!」
散々撫で回され、ネネは猫のまま抵抗する。
「あの……、御注文は?」
ネネの様子にリクは苦笑いしながらオーダーを取る。
「オー、そうデスネ、ホットコーヒー、くだサーイ」
外人が手を放し、その隙にネネはやっとの事抜け出して厨房に逃げ込んだ。
「ああ、死ぬかと思った。あの外人臭過ぎるわ。加齢臭ハンパない感じ――」
肩で息をしながらネネが言った。猫の姿でも人の言葉を話す事はできるのだ。バレる訳にはいかないが――。
「猫好きなだけだろ。悪気はないんだから我慢しろ」
リクはそう言ってコーヒーをドリップする。バボはクスクス笑っている。
「わ、わかってるわよ! 私はアイドルだもの! 」
ネネは尻尾を立てて、プルプルと震わせ、
「笑うな! バボ! 」と、バボにむかって八つ当たりをした。