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「あら、素敵じゃない? もうこれに決めちゃいなさいよ」
ドレスの試着をする娘に、留美の母親はそう言った。
「う~ん、そうしようかなぁ。もう日にちも無いしね」
留美はまだ少し迷っているようだ。
「衣装を選ぶ仕事をしているくせに、自分のドレスを選ぶのは時間がかかるのね――」
留美の母親は呆れたような言い方をするが、その顔は嬉しそうだ。
「仕事とウエディングドレスは違うわよ。それに忙しくて……」
「忙しいって――、留美。あなた、結婚しても仕事は続けるつもりなの? 」
「そうよ。やっと、スタイリストとしてやっていけそうになったんだもの。これからって時にやめる訳ないじゃない」
「やれやれ……。孫の顔が見れるのはまだまだ先ね……」
母は笑った。おばあちゃんと呼ばれるのはまだ早い、というのも本音だ。
結局、留美はそのドレスをレンタルする事にした。ついでに、ティアラとネックレスも借りる。まあ、新郎の収入は平均だ。料金的にもこんなものが妥当だろう。
やはりウェディングドレスは、女性にとって憧れだ。留美はウキウキしながらレンタルドレスショップを出て、車に乗り込みキーを回し発車した。母親を実家に送る。
「お母さん――。今日はありがとうね――」
留美は少し照れながら、助手席から降りる母親にそう言った。
「なあに? 改まって――」
「ドレス選びに付き合ってもらったから――」
「一人娘が嫁に行くのに、当たり前じゃない」
と言って母は笑った。
「また電話するね――」
留美は運転席の窓から母に手を振る。
「寄っていけばいいのに――」
「そう思ったんだけど――、実は、さっきドレスを試着する時にスマホを預かってもらったら、そのまま忘れちゃって……。だから、ちょっと携帯貸してもらえる? 」
「なあに? そんな大事な物を……。あなたは、ホント昔からオッチョコチョイで――。旦那様が思いやられるわ――」
「はいはい――、お説教はいいから、早く携帯」
「まったく、あなたって子は……」
母はあきれた顔をしながら、携帯電話を留美に渡した。
留美は先程の店に電話をかける。スマホをこれから取りに行く旨を伝えた。
「気をつけて帰るのよ」「事故しない様にね」母は娘に何度も念を押す。娘は「わかった、わかった」と生返事だ。
帰ってゆく娘の車を、母は少し寂しげな表情で見送った。
夕方のレンタルドレスショップ。店舗正面のショーウィンドウには煌びやかな純白のドレスがライトアップされている。そろそろ閉店時刻の店舗フロアに客はいない。
ブライダル関連の職場は女性が活躍をする。そこの店も例に漏れず、三名の従業員は全て女性だ。
オフィスで電話を受けていた事務員が、受話器を置きながら女性店長に話しかける。
「石原さんが忘れ物を取りに来られるそうですよ」
「そこのデスクの上にあるスマホがそうよ。お見えになったら渡してくれる」
「わかりました」
三人の女性達はそれぞれのデスクに着席し、黙々と仕事をこなす。忘れ物のスマホを早く取りに来てもらえれば、今日は残業しなくて済みそうだ。
空いたデスクの上に置かれた留美のスマートフォンが青白く光り始めた。しかし、三人は気がつかないようだ。
パソコン作業をしていた店長が「あら、フリーズしちゃったわ」と、何度もマウスをクリックする。
「もうー! 仕事が終わらないじゃない――」
店長は他のデスクのパソコンを借りようと、隣のデスクを見た。そして、初めて店長はその場の異変に気づく――。
「きゃあああああーっ!!! 」
大きな異形の者が、二人の従業員の首をそれぞれ両手で掴んで持ち上げていた。釣り上げられた魚のようにグッタリとした二人は、白目を剥いて既に息はない。声を上げる間もなく殺されたようだ。
HS3.0はクンクンと二人の臭いを嗅いで「フン、どっちも石原留美ではないようだな――」と言った後、店長を見る。
「お前も違うな。おい、石原留美はどこにいる? 」
店長は恐怖のあまり、ただ口をパクパクとさせるだけで声も出ない。
「まあいい。スマートフォンがここにあるという事は、近くにいるという事だな――。自分で探すとするか」
HS3.0は無情の炎を吐いた。