朋、遠方より来る その2
「きゃーっ、久しぶり!!」
「相変わらず女子してるわね」
「リコ、なんだか逞しくなったな」
「それはもう鍛えられていますから」
ある街のカフェテラスで、四人の女子が再会に人目もはばからず歓声を上げた。ミュラー班だったリコ、ソフィア、チェリーそしてカーリンである。
互いの部隊の中間地点としてこの場所を選んだのだ。興奮冷め止まない四人は、注文もそこそこに近況に花を咲かせる。
「でも、驚いたよ。リコがよく厳しい訓練に耐えているよな」
「自分でも驚いています。これもミュラー教官のお陰ですね」
にこっと笑うリコはとても自信に溢れていた。
― リコも成長したなあ。ちょっと寂しいけど、安心した。
「驚いたと言えばカーリンも随分女の子らしくなったんじゃない?」
ソフィアは赤縁のメガネの下は悪戯っぽく笑っている。
「やだなあ。いつもこんな感じだよ」
顔を赤らめたカーリンが「なあ」と同意を求めると、チェリーは大きく頷いた。
「そうそう。外見は変わっても中身は訓練生のままよ。教官と話す時も学校時代の延長なんだから」
「へえ。まさか敬礼し合っているんじゃないでしょうね?」
「そうなんですか?」
「んなわけないだろ!!」
勝手に話を進めていく三人に、やはりこのネタかとカーリンが身構えた。
「でも、ミュラー教官のこと『少佐♡』って呼んでるじゃない」
「チェリー、最後のハートマークはいらないから……」
「階級で呼んでるわけ? 二人っきりの時も?」
いささか呆れた様子でソフィアが大きく椅子に体を預けた。
「今まで教官だった方を呼び捨てできませんよ。しかも、相手は佐官で年上なんですから」
リコの援護射撃にカーリンが身を乗り出して手を握る。
「そうだよな!! やっぱりリコは分かってるよ!!」
「教官はカーリンをなんて呼んでいるんですか?」
「へ?」
思わぬ流れ弾にカーリンは目を丸くした。リコは瞳を輝かせて待っているし、ニヤニヤしながらこちらを見ている二つの視線は気付かないふりをしている。
「直接聞いた方が早いんじゃなくて?」
と、ソフィアの指は既に携帯電話の発信ボタンを押していた。阻止しようと暴れるカーリンをチェリーが抑えていると
「あ、ミュラー教官ですか? ソフィア・ギンフスキーです。ご無沙汰してます。……はい、今みんなで集まって近況報告をしていたところです」
話しながらチラチラとチェリーとリコに目配せしている様子に、カーリンは気が気じゃない。
「今日、ご一緒できなくて残念です。カーリンとのその後も詳しくお聞きしたかったんですが」
― おいっ!! なんてこと言うんだ!?
チェリーを振り払い、ソフィアの携帯電話を取り上げるとすぐさま耳に当てたが沈黙している。ようやく騙されたと気付いたカーリンが睨みつけてソフィアに掴み寄った時だった。
カーリンの携帯電話が鳴ったので出てみると、まさに渦中の人物に心臓が跳ねる。
「こ、こ、こんちには」
動揺しまくりの態度にあの二人が見逃すはずがなく聞き耳を立てていたので、くるりと背を向けてこそこそと小声で話し始めた。
「え? はい、みんな来てます。代わる? とんでもない!! わたしから伝えておきますから」
「あ、ミュラー教官。おひさしぶりです……ってこの間も話しましたね」
チェリーが携帯電話を横から取り上げてスピーカーモードにしたものだから、アレックスの声が丸聞こえである。
『みんな元気か?』
「相変わらずいい声ですね」とリコが懐かしそうに呟いた。
「ええ。教官も来ればよかったのに」
『そうだな。あまりカーリンをいじめるなよ』
聞きたかった答えにソフィアとリコは顔を見合わせて、カーリンを見やると耳まで真っ赤で俯いている。
合同訓練の打ち合わせをするため、教官達が休日返上で訓練場に詰めていた。
しばらくして休憩となり、アレックスがふと時計を見るとそろそろ元教え子達が集まる時刻となったのでそっと場を離れる。
訓練場の外で携帯電話を取り出すと、同期二人の質問攻めに困っているであろう恋人に掛けてみた。案の定、彼女は周りを警戒しているのか小声で話している。
突然声色が変わったと思ったら相手はチェリーで、音が反響具合からスピーカーモードにしているらしいが気付かないふりをした。
あまりカーリンをいじめるなと釘を差すと、電話口が騒然となりチェリーが「ごちそうさまです」と呆れた口調で切ってしまった。
少しは部隊に配属されて大人になったかと思ったが、こうしていると訓練生の頃と全然変わっていない。
― まだ一ヶ月か。無理もないな。
彼女等との過ごした日々を思い出して頬が緩んだ。
そんなアレックスを遠くから見つめる者がいた。
彼が席を立った後、質問しようと追い掛けたシノブである。人気のない廊下に背を向けて立っていたアレックスに声を掛けようとしたが、電話をし始めたので躊躇した。
引き返そうとしたその時、彼の口から女性の名が出て思わず振り向く。
― カーリン? カーリン=リヒター・ド・ランジェニエール?
長い姓の卒業生はシノブの記憶にも残っていた。確かアレックスが担当した女子の一人ではなかったか。
ミーティング室へ行くとパソコンで卒業生データを呼び込んだ。画面に現れたのは、ショートの金髪にグリーンの瞳、気品ある顔立ちの美しい少女だ。
「バルバート教官、ちょっといいですか?」
たまたま後ろを通り掛かったビアンカを体を捻って呼び止める。
「なにかしら?」
「ミュラー教官が担当したリヒター・ド・ランジェニエール訓練生についてお聞きしたくて」
「カーリンのこと? また急にどうしたの?」
「学科の成績は芳しくなかったようですね」
「それでも実技は男子に混じってもトップクラスで、卒業試験のキーマンだったわ」
そして最も信頼していた訓練生だったとビアンカが言うと、シノブの動悸が激しくなった。教え子をファーストネームで呼ぶ教官は珍しくないが、アレックスはそういうタイプではないことを知っている。
先ほど廊下でカーリンに電話する横顔は、教官の時には絶対見せない穏やかな表情だった。
二人の関係をビアンカに尋ねようとしたが、ちょうど他の教官の呼び出しと重なり口を噤んでしまう。
「ごめんなさい。話が途中になったわね」
「いえ。ありがとうございました」
ビアンカが気にする素振りを見せたが、一礼したシノブはまたパソコンの画面に視線を移した。
シノブがアレックスを敬愛するには理由があった。
当時、士官学校に在学していたシノブは、フラッツェルン紛争に小隊長として参戦した兄ユウキを心配していた。
終結したと聞いて生還者名簿に兄の名前を見つけると心から安堵する。だが、重傷と知り両親を連れて病院へ駆けつけた頃には、全身傷だらけでベッドへ横たわっている兄の姿だった。
隣に座り手を取ると、彼はわずかに目を開けて笑い家族が見守るなか息を引き取っていったのだ。
数日後、兄の墓に行ったシノブが目にしたのは墓標をじっと見つめている長身の軍人だった。士官帽を被っていたがすぐ『フラッツェルンの英雄』だと分かったのは、テレビで何度も見ていたからだろう。
彼は花を手向けると敬礼した。
「来るのが遅くなった。すまない」
空を見上げる頬に流れた一筋の涙に、シノブは衝撃を受けて立ち尽くす。マスコミや軍関係から知り得た冷酷という情報とは程遠いアレックスの本質を垣間見た気がした。