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春うらら その1

 セドリックはベッドに体を投げて大きなため息をついた。一方的に電話を切って大人げない態度をとったのは、昼間アレックスとの会話も相俟ったのかも知れない。

 別にチェリーとの仲を隠しているわけではないが、アレックスとカーリンに振られた手前気恥ずかしさが一瞬よぎった。


 カーリンとアレックスの想いが同じだと知った夜、セドリックの恋は打ち消された。いたたまれず二人から逃げ出すように去る彼を追い掛けたのが、たまたま居合わせたチェリーだった。

 セドリックと同様、チェリーも片想いが叶わないと分かると号泣した。慰めるので精一杯で、彼は辛うじて涙を堪えることができたのだ。

 それからのセドリックとチェリーは微妙な空気のなか卒業を迎える。

「世話になったな」

「ほんと、とんだとばっちりだわ」

 

 ― とばっちりは俺の方なんだけどな。


 泣きじゃくる彼女が落ち着くまで傍にいたことなど、とうに忘れている口ぶりだ。

「これからミュラー教官と毎日顔合わせるんだけど平気なの?」

 恋敵が直属の上官と部下になるセドリックを心配している。

「お前はどうなんだ? カーリンと同じ部隊だろ?」

「その辺は大丈夫。新しい出逢いに向けて調整中なんだから」

 あっけらかんとした性格に見える彼女だが、本当は一途だったとこの間の夜で立証済みだ。でなければ、お洒落大好きなのに化粧が崩れるのもお構いなく号泣しないだろう。

 失恋してすぐ他の女子に気移りするとは我ながら軽い性格だと思うが、いつも強がっているのに脆い一面を目の当たりにするとなんだか放っておけなくなる。

「「あのさあ」」

 二人の声が重なった。

「なによ」

「なんだよ。そっちこそ先に言えよ」

 あんたがお前が、と譲り合いが続いてついにセドリックが折れて言いにくそうに呟く。

「俺達、時々会わないか?」

「同情なら結構」

「嫌ならいいぞ。変なこと言って悪かったな」

 踵を返して待っている家族の所へ行こうとする彼の裾を掴む者がいた。振り向くと、頬を赤らめた澄まし顔のチェリーである。

「彼氏不在の期間限定なら」


 こうして、次の相手が決まることなく彼氏の位置にセドリックが納まったというわけだ。

 失恋した者同士が付き合うのは如何なものだが、交際してみるとなかなか気が合って楽しい。お互い情けない部分を知っているので気取らなくて済む。

 そう、化粧が落ちたパンダ状態の顔とか。

 そんなチェリーも最近では可愛いと思えるようになったのに、カノジョの第一声はアレックスの心配だ。元教官を慕っているのは折り込み済みでも少々面白くない。

 アレックスは同性から見ても格好良くて尊敬できる。だからこそ、目標にしていつか追い越そうと努力してきた。

 ふっと、カーリンのことが気になった。階級も歳も違う恋人とどう接しているのかを。



 休日の朝、カーリンは久しぶりに朝寝坊した。といっても、普段より少し遅い時間にしっかり目は覚めてしまう。

 二段ベッドの上を覗くと、既にチェリーの姿は見当たらなかった。そういえば、今日は行くところがあるから遅くなると言っていたのを思い出して、せっかく服を買いに付き合ってもらおうと肩を落とす。

 無頓着だった私服もだいぶ数が増えてきた。チェリーの指南で今まで着そうになかったスカートも挑戦している。

 思い出したかのように、ごぞごそとクローゼットから取り出した白いフレアスカートを体に当ててみた。膝丈だが着慣れないカーリンには物凄く短く感じて、着るタイミングを逃してしまっている。

 

 ― ちょっと着てみようかなあ。


 一緒に買ったパステルピンクのブラウスと白いレースのボレロもついでに着ると、チェリー愛用の姿見の前に立った。


 ― うわあ!! いかにも女の子って感じだな。無理無理!!


 急いで脱ごうとした時に携帯電話が鳴ったので手に取ると、表示は『カルマン大尉』。

『お早う、カーリン』

「お早うございます」

『今、暇?』

「はい。部屋でゴロゴロしてました」

 まさか独りでファッションショーをしてました、とはとても言えない。

『駐車場においで。アレックスが来てるよ』

「うそっ!?」

 緊急事態にパニックを起こしたカーリンは、携帯電話を握りしめて足取りも軽く部屋を飛び出した。

 

 駐車場へ走っていくと、木で死角になっていた人物を発見して心臓が跳ねる。

「ミュラー少佐!!」

 親友と話していた身体をこちらへ向けたアレックスが、胸に飛び込まんばかりに駆けてくる彼女を出迎えた。

 キラキラと輝いているグリーンの瞳、上気してピンクに染まる頬。端麗な顔立ちは会わないうちにますます美しくなっている。

「お、随分とお洒落してきたな」

 ランディの言葉に、カーリンはらしくない姿に身をよじった。

「違います!! これはたまたまあったから着てみただけで……」

 顔の前で二つの掌をぶんぶんと振って否定する彼女に、ランディの含み笑いは止まらない。そんな様子にアレックスは不機嫌そうにカーリンを愛車の助手席に押しやった。

「行くぞ」

「行くってどこにですか?」

 無言で運転席に乗り込んだアレックスがアクセルを踏む。ハザードランプを二回点滅させてランディへの挨拶とした。


 スポーツタイプの青い車は快適に街を走っていく。

 すっかり定位置となった助手席のカーリンは嬉しさ半分戸惑い半分で落ち着かない。なにせ所持品といったら携帯電話のみである。

「わたし、財布も何も持ってないですよ」

「俺が持っている」

「そういう問題じゃなくて」

 なかば強引に連れこまれてぶつぶつと呟くカーリンをアレックスが一瞥した。

「たまたま今日、空いたんだ。迷惑だったか?」

「迷惑だなんて。ただあまりにも急だったから、準備ができてないし」

「例えば?」

 洋服を選んだり髪を整えたり……、考えたら思ったほど無かった。そもそも身支度に時間をかけるタイプではないと見透かされているに違いない。

「心の準備です」

 苦しまぎれの答えにアレックスの口元が綻んだ。

「俺が逢いたかった」

「え?」

 聞き取れなかったわけではなかったが、らしくない台詞にカーリンは耳を疑う。赤信号となり、車が止まるとアレックスがこちらを見た。

「一日千秋の思いとはこのことだな」

「イチニチセンシュー?」

 これまた聞き馴れない語句に彼女は首を傾げて、携帯電話の辞書を呼び出して調べると


《一日千秋=待ち焦がれる気持ちが非常に強いこと》


 真面目な顔でさらりと言ってのけるアレックスに、体中が熱くなるのを感じた。


 

 三十分ほど経って車はある場所へと停まった。降り立つカーリンは目の前に広がる光景に歓声をあげる。 

 春の穏やかな日差しを受けて咲き乱れる花々に彼女の足は自然と向いた。

「サンウィーバイン公園、初めて来ました!!」

「ランディに今の季節がいいと聞いたんだ。お気に召したかな?」

「はい!!」

 サンウィーバイン公園とは、広大な敷地に設けられた大規模な花壇で有名な人気スポットである。一面芝生で、休日になると家族連れやカップルで賑わう。

 赴任してきたばかりのカーリン達も話には聞いていたが、実際来たのは初めてだ。

 まるで籠から出た小鳥のようにはしゃぐ彼女に、アレックスの表情も次第に和んでいた。

 



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