対面、そして対決? その1
昼食時間、アレックス等四人が食堂の一角を陣取って食事をしていた。通称『教官トップ4』が一堂に会していると、圧倒的な迫力に訓練生達も視線は釘抜けだ。
「これはこれは皆さんお揃いで」
背後から聞き覚えのある声がしたので振り向くと、部隊組のランディとカーリンである。
ランディはそそくさとビアンカの隣を確保したが、カーリンの階級の立場ではアレックスから離れて座るしかなかった。
「教育部の幹部と昼食会じゃなかったの?」
ランディ達の予定にない行動にビアンカが目を丸くする。
「正直、おっさん達と食べても美味くないものでね。早々に抜け出してきたよ」
「上官の身勝手は部下が苦労するだけだ」
士官学校時代に散々親友の尻拭いをしてきたアレックスは眉を顰めた。何の因果か、恋人のカーリンまでも振り回されるとは気の毒でならない。
「リヒター伍長、聞いたか!? 普段の俺はどれだけ凄いか教官殿に教えてやれ」
彼氏と上官の間に挟まれて、カーリンはどちらにつけばいいのか本気で悩んでいる。
「カルマン大尉は凄い方です。どう凄いかは説明できませんが」
期待通りの答えにセドリックが「お前らしいな」と失笑した。
「仕事は片付いたから、昼は学校案内してもらおうかな?」
ランディがスプーンでもてあそんでいる
「だったら、カーリンを貸してくれませんか? 久々に手合せしたいし」
セドリックの提案にカーリンは飛びつく。
「やろう!! わたしもデスクワークばっかりで体が鈍って……」
「駄目だ!!」
間髪入れずにアレックスが口を挟んだので、一同は驚いて彼に注目した。
「また脱臼したらどうするつもりだ」
「今のところ大丈夫です。それに軽く動くだけですから」
「お前は限度を知らない。夢中になって取り返しがつかなくなるだろうが」
「うう……」
まるで教官と訓練生の頃のように説教されて、カーリンはぐうの音も出ない。
― 教官……じゃなかった、少佐は課業になると厳しいんだから!!
「脱臼ってなんですか? 初耳です」
二人の会話に、セドリックが怪訝そうに尋ねた。
「実は卒業試験の決勝戦、肩を脱臼してたんだ」
「ほんとか!? なんで言わなかったんだよ!?」
「そうよ。わたしも初めて聞いたわ」
「だって、出場できなかったら棄権するしかないだろう? それだけは絶対嫌だったから、ミュラー少佐に肩を入れてもらって決勝戦に臨んだ」
「あなた、そんなことしたの? 最悪の場合は考えなかった?」
ビアンカは意味は二つあると説明した。
無理したカーリンの肩に後遺症が残ることとアレックスの監督不行き届きで処分されること。
あの時は班全員で最後まで勝ち抜くという自分の思いだけで、アレックスの立場まで考えが及ばなかった。
「責任を取る覚悟はできていた」
淡々と食事を続けるアレックスに、ランディとビアンカは顔を見合わせる。
「お前、時々無茶するよな」
そんな性格は折り込み済みなので、呆れも驚きもせずランディは小さく笑った。
一方、以前の彼等を知らないシノブは話に入っていけず黙って食べ進めるしかなかった。やがて、目を向けた先に、大盛りの昼食を平らげていくカーリンに唖然とする。
シノブ自身は食が細くさほど食べないので、いくらカーリンが若いとはいえ成人女性の許容範囲を超えている量に思わず見入ってしまった。
美味しそうに次々と口は運んでいく様を眺めていると、カーリンと視線がかち合う。
「あの、何か?」
「美味しそうに食べるからつい見惚れちゃって。ごめんなさい」
カーリンは自身の大盛りの料理とシノブの控え目な料理を見比べて、恥ずかしさで顔が一気に火照った。
― ひえぇっ!! ここでは当たり前だと思っていたのに!!
訓練生はとにかく食べる。リコとか例外もいるがカーリンの食欲は男子にも負けてはいなかった。太らない体質なのかカロリーを素早く消費しているのか、体型は変わらないのでチェリー達女子から羨望と嫉妬の目で見られていたのは鈍感な彼女は知らない。
「若いっていいわね。なに食べても太らないんだから」
これまたビアンカが妬ましく呟くとランディは「まあまあ」と宥めた。
「それなりの大人でもよく食うやつはいるものだ、なあ、アレックス」
ランディの言葉に一同の視線がアレックスに向けられたが、「食事は楽しければいい」と跳ねのけてこれまた大盛りの料理を平らげる。
デートで食事するときも二人のテーブルに所狭しと皿が並ぶ。代金は彼が支払ってくれるのだが、注文票に書かれた多めの総額にいつも恐縮した。
「割り勘にしましょうよ」
「たまにしか会えないんだ。このくらいはさせてくれ」
「でも、なんか心苦しくて」
「俺の方が食べているし、こう見えて高給取りだからな」
実際に佐官と下士官の給料の差は桁違いである。ああ言ってみたものの、食事代を払ったらおやつは当分我慢しないといけない。
「じゃあ、お言葉に甘えて」とあっさりと引き下げる自分を情けなく感じていると、アレックスが頭に手を置いた。
「少しは彼氏らしいことしないと。嫌われたくないんでね」
「そんなことで嫌いになりません!!」
カーリンがすかさず否定して力説する。
「少佐は彼氏として満点です!! そりゃたまに意地悪されるけど わたしには勿体ない人です」
「いつ意地悪した?」
「だから時々です。自覚ないんですか?」
自覚はないが、カーリンがそう感じるのなら愛情表現が少々行き過ぎたのかもしれないと反省した。なにせ、何に対しても一生懸命な彼女を見ていると構いたくなる。
「悪かった。カーリンがあまりにも可愛いからついからかってしまう」
何か言おうとした彼女は大きく口を開けたが、アレックスの直球に言葉を飲み込んだ。キザな台詞を真顔で言うものだからそれ以上は何も言えなくなる。
教官としてのアレックスと、恋人の彼とのギャップに未だついていけない。
「少佐みたいな人を『ツンデレ』って言うみたいですよ」
「なんだそれは?」
「普段は不愛想でツンツン、二人っきりになるとデレデレする人のことです。女の子に使うんですけど、今は男性にも多いんですって」
「カーリンは二人っきりの時も不愛想でツンツンがいいのか?」
本気で訊いてくるアレックスに、カーリンが俯いてぼそっと言った。
「……いえ、今のままでお願いします」
「おい、カーリン」
セドリックの声で回想から醒めた。斜め前のアレックスを上目遣いで窺うと、同じ日のことを思い出していたのか彼の頬もかすかに赤みを帯びている。
それはごく一部の者しか分からないほどささやかな変化だが、長年の付き合いであるランディとビアンカは見抜いていた。
「見ろよ、あの幸せそうな顔」
「訓練生には見せられないわ」
ひそひそと話していたら、アレックスに一瞥されて同期二人は愛想笑いで誤魔化す。
「さてと、教官諸君。有意義なひと時をありがとう」
ランディがそう括って昼食を終えた。
昼の課業が始まると、カーリンはランディから資料の受け取りを頼まれた。勝手知ったる古巣で、教官室へと向かっているとシノブがこちらへ歩いてくる。
カーリンは会釈してそのまま通り過ぎようとしたが、やはり電話の件が気になり意を決して呼び止めた。
「この間の電話、カワサキ教官でしょうか?」
シノブの肩がわずかに跳ねたので改めて確信する。
「電話?」
「ミュラー少佐の携帯です」
「……緊急の用だったらいけないから受けたわ」
当然のように答えるシノブに、カーリンは下した拳をそっと握り締めた。