本音トーク
恋人との語らいも大事だが、時には男同士で飲みたい時もある。ランディに誘われてアレックスはある街角のバーにやってきた。
ドアを開けると、店の片隅で座っている一人の男が目につく。暖色の照明に照らされてオレンジ色の髪が一層鮮やかなランディだ。
彼もアレックスに気付いて片手を挙げたので、そこへ真っ直ぐ向かう。
「いやあ、会いたかったよ」と抱きつくランディを乱暴に引き離すと席に着いた。
「相変わらず冷たいなあ。俺とお前の仲じゃないか」
「誤解されることをするからだ」
他の客達が二人の関係をあれこれと詮索している様子が目の端で窺える。
「お前に恋人もできて遠い存在になっちゃって寂しいんだよ」
「ビアンカがいるだろう」
「時々男友達が恋しくなってさ。お前はないか?」
心当たりがあるからこそ、今ここに来ているのだ。カーリンの会話も楽しいが、同期でもありライバルでもある彼の方が本音を語れるのは確かである。
ということで、二人は敢えてパートナーには告げず会う約束をしたのだった。
「カーリンは元気でやっているか?」
「まあ、それなりに」とランディが言葉を濁す。
「俺が教育していくから心配するな」
「心配はしていない」
「ほんとか? お前素直じゃないからな」
悪戯っぽく笑うとアレックスが不機嫌そうにグラスを煽った。
「そういえば、彼女と付き合うと報告しても驚かなかったな」
軍人学校を卒業した際に、カーリンとの交際をランディに告げたが大して驚いた様子はなかった。むしろ、当然のごとく受け止めて「おめでとう」と祝福の言葉を述べたに過ぎない。
「いつだったか、カーリンとお前を見てピンときたんだ。ああ、この二人はいつか深い関係になるなってな」
まさかと疑いの眼差しを向けたが、ランディは澄まし顔で続ける。
「俺の見送りに彼女をよこしただろう。あれで確信したよ」
「深い意味はなかったんだが」
「普通、俺と縁がある人間に頼むものだがお前はカーリンを行かせた。俺はてっきりビアンカが来ると思ったんだけどな」
そこまで頭が回らなかった。たまたまカーリンが傍にいたから頼んだまでのこと。
「それだけ視界に大きく入ってたんだ。まだ、根拠はあるが言うかい?」
教官としてけじめある態度で接していたつもりが、たった一度会っただけの親友に見抜かれていたとは恥ずかしさでいたたまれない。
「いや、結構」と言い捨ててまた酒を流し込む。今夜はペースがいささか速くなりそうだ。
「実際いい子だよな。結婚まで考えているのか?」
「まだ十代でやりたいこともあるだろうし、束縛する気はない。」
「暢気なこと言っていると、誰かに奪われるぞ」
ランディの脅しにアレックスは小さく笑うしかない。もうカーリン以外は考えられな自分がいるからだ。
「お前は変に人がいいからな。まあ、カーリンも夢中だし心配ご無用だ」
親友の広い肩をポンと叩いてランディもグラスに手を伸ばした。
「結婚といえば、お前達いつ式を挙げるつもりだ?」
「今の訓練生が卒業したらするさ。ビアンカのやつ、今から式場のパンフやらウェディングドレスのカタログを送りつけてくるんだぜ」
アレックスは「おや?」と思った。ビアンカから聞いていたのと真逆だったからである。彼女の話ではランディが暇さえあれば結婚に関する資料を送ってくるとのことだ。
「それだけ楽しみにしているってことだ。ちゃんと応えてやれ、新郎殿」
ため息をついてテーブルに伏せるランディの背中を、今度はアレックスがポンと叩く。
「なあ」とランディが顔だけ向けた。
「カーリンを泣かして勤務に支障をきたすのだけはやめろよ。俺にとっても可愛い部下だから」
「肝に銘じておくよ」
しばらくして、ランディがぐいっと酒を飲み干すと真剣な表情で身を乗り出す。
「ところで、その……抱いたのか?」
「恋愛未経験者をどうすれば抱ける?」
アレックスがため息交じりに言うと、ランディは椅子に背中を預けて盛大なため息をついた。
「はあ。よく我慢してるな」
別に好きで我慢しているわけではない。
カーリンはキスも涙目で応じる純情ぶりだ。抱きたいと言ったら卒倒してしまうなんてことも大いにあり得る。
卒倒するだけで済むならいいが、金輪際口も利いてもらえないかもしれない。
アレックスとて健全な成人男性で、服の下にあるであろう彼女の美しい肢体を抱きたいと思うのは倫理的に反しないはずだ。
無論、カーリンの身体が目的ではないが傍にいるだけで煽られる。だから、先日のピクニックで身を固くしながらすがるカーリンに何度も唇を重ねた。
上半身だけジャケットで隠して、人がいるかも知れないスリルな状態で過ごした甘いひと時を思い出していると、テーブルを二回ノックする音で我に戻った。
「回想中、失礼。ところで、付き合ってどのくらいになる?」
「正式に付き合って三か月、出会って半年だ」
言葉にすると、しみじみと時間の経過を感じる。出会った頃はあどけなさが残る元気な訓練生だった。
「じゃあ、そろそろ……」
「もうすぐ十八歳の誕生日なんだ」
この国では十八歳になると成人として法律で認められている。アレックスは大人になる間で待つと言うのだ。
― 今どき、清く正しい男女交際なんてどこの聖者かと思ったが、それだけ本気なんだな。
ランディもアレックスも過去に縛られた生活を送ってきた。自分は幸せになる権利はあるのか、自問自答の日々でもあった。
もし抜け出せるとしたら、彼等の苦しい胸の内を分かち合えるビアンカとカーリンの存在かも知れない。
「そうだな、あのお嬢ちゃんにも心の準備がいるだろうしな」
「健闘を祈ってくれ」
二人は同時にグラスを傾けた。
翌日の昼休み、カーリンが通り掛かるのを見計らってランディは数冊のカタログを広げた。
「リヒター・ド・ランジェニエール伍長、ちょっといい?」
「はい。なんでしょうか」
「女性側の意見が聞きたいんだけど」
カーリンが覗いてみると、華やかなウェディングドレスが目に飛び込んだ。
「うわぁ、綺麗ですね!! バルバート教官のですか?」
「まあね。ほら、歳も歳だしあまり派手にならない方がいいかなって本人は言うんだけど」
「そんなことないですよ。スタイルもいいし、なんでも似合います」
食い入るように見ているカーリンに、ランディが耳元で囁く。
「カーリンも着てみたい?」
「へ?」
親友の援護射撃とばかりに更に畳みかけた。
「新郎は礼服着るだけどさ、装飾品が多くてこれが結構面倒なんだよ」
― 礼服? 少佐が慰霊祭で着てたやつかな?
凛々しい礼服姿のアレックスに腕を絡ませて、バージンロードを歩くウェディングドレスの自分を想像するだけでだらしない笑顔になる。
「花婿は誰を想像してた?」
術中に見事にはまったとランディがほくそ笑んでいた。
「あいつ?」
「しょ、少佐はその……」
「俺、アレックスとは一言も言ってないけど」
誘導尋問に引っ掛かったカーリンが顔を赤らめた。アレックスの親友だけあって、根本的な所は似ている。
「結婚式には未来の旦那様と参列するように。これは上官命令だ」
ランディはカタログをバッグに仕舞うと席を立った。
― 未来の旦那様か……。いやいや、まだ先に話だ。早合点はわたしの悪い癖だしここは慎重に……って何を慎重になればいいんだ?
恋愛経験のないカーリンが頭を抱える様子を少し離れた場所でランディが見守っている。
― 心の準備はさせておいたから、あとはよろしくミュラー少佐。