甘いピクニック
青葉も目に眩しい季節、苦手な朝を克服してカーリンは宿舎にある共同キッチンに立っていた。
話は一週間前に遡る。
お互いひと段落して会おうということになった。あれこれデートコースを吟味していたら、カーリンからある提案が飛び出した。
ピクニックへ行きましょう!!
「今どき、デートでピクニックとか言う?」
話を聞いたチェリーが半ばあきれた様子だが、ここはすかさず反論した。
「少佐はああ見ててアウトドア派なんだ。この間もサンウィーバイン公園に連れて行ってくれたんだぞ」
「あんた達も行ってたの?」
一瞬、チェリーがぎくっとしたがカーリンはとりわけ気にしていない。実はあの日、チェリーとセドリックもそこにいたのだ。広い公園とはいえ、よく鉢合わせにならなかったと胸を撫で下ろす。
「わたしはともかく、少佐にはリフレッシュしてもらいたいんだよ」
「そうね。三十前にして疲れも取れにくくなっているだろうし」
「失礼なやつだな。少佐はまだ二十七だ」
カーリンが頬を膨らませて真新しい雑誌を広げていると、横からチェリーが覗いてきた。
「お弁当、作る気!? カーリンが!?」
ひどく驚かれて、またカーリンが不機嫌になる。
「重ね重ね失礼だぞ!! わたしだってやればできるんだ」
チェリーの驚愕ももっともで、食べる専門の彼女が今度は作る側になるとは本気で空模様を確認した。それでも、好きな人に手料理を食べさせたいという切実な乙女心はよく理解できる。
「あまり見栄張らないで簡単なものがいいわよ。たとえば、サンドイッチとかハンバーガーとか」
ふむふむと頷きながらカーリンは、その類のページを探した。確かに不器用で要領の悪い彼女がわずか一週間でマスターする料理は少なそうだ。
「教官の好き嫌いって知ってる?」
「んー、基本的には何でも食べている気がする。あ、パセリ嫌いかも。いつも残すんだ」
「わたしも嫌いよ。というか、あれ食べられるの?」
「ええっ!! 立派な食べ物だよ!!」
ちなみにカーリンこそ好き嫌いはまったくない。
「二人ともよく食べるから、結構な量を作らないといけないわよ」
結局、チェリーが手ほどきする羽目となり、二人は急いで買い出しリストを書きあげるのだった。
ピクニック当日の朝、カーリンはせっせと弁当作りに精を出した。あらかじめチェリーからレクチャーは受けていたが、実際一人で作るとなると緊張する。
メニューはクロワッサンに切れ目を入れて具材を差し込むというシンプルなものにした。チェリーの言う通り見栄張って失敗しては元も子もないし、時間も勿体ない。
ハム、玉子、スライスチーズ、グリーンレタスやトマトなど挟んでいく。全て市販のものだが、気持ちだけは自給品だ。
籐のバスケットに詰め込んでいくと、二人分にしては結構の量となりカーリンは思わず苦笑いする。これを見たアレックスの反応を想像しただけで不安になる。
果たして、喜んでくれるだろうか。
二人が落ち合う場所は学校と部隊の中間地点にある自然公園。
部隊まで迎えに来るというアレックスの申し出を断って、自然公園の最寄りの駅まで電車でくることにした。
一時間の道のりでも、できるだけ彼の負担を減らしたい。それに電車の小旅行も悪くはない。車窓の流れる景色を眺めて季節を感じた。
そうこうしていると、目的の駅に着いてカーリンは足取り軽く改札口を目指す。大きなバスケットを諸共せず、駆けていく美少女を通行人が怪訝そうに二度見していった。
改札口の近くにアレックスの姿を見つけると一目散に駆け寄ったものの、ゲートに阻まれて周りの失笑をかってしまう有様である。
「待ちました?」
「いや。今来たところだ」
三十分待ってもそんな答えが返ってくるに違いない。
カーリンからバスケットを受け取ったが、女子が持つサカンドバッグとはとても思えない大きさと重量にアレックスが尋ねた。
「随分と大荷物だな」
「実はお弁当を作ってきました!!」と得意げに発表したのちに「大したものじゃないけど」と口ごもる。
目を丸くして驚いた様子のアレックスだったが、すぐに目を細めて微笑んだ。
「それは楽しみだ」
「お口に合うかどうか」
「合わせるさ」
顔を赤らめて隣へ並ぶ彼女に、アレックスは歩幅を合わせた。
サンウィーバイン公園では歩き回ったが、今回は静かな所に座ってのんびりするという計画である。
人気のない場所を探そうとしたが、陽気のいい休日はやはり家族連れやカップルで賑わっていた。仕方ないので、少し離れた芝生にシートを敷いて二人並んで座った。
他のカップルが視界に入ってくるが、礼儀としてお互い素知らぬふりをしている。
他愛もない会話をして、昼食の時間となったので早速カーリンの手作りランチが披露された。
「へえ、すごいな!!」
予想以上の出来栄えにアレックスが感嘆の声を上げた。
「凄いと言っても、ただ材料を挟んだだけなんですけど」
申し訳なさそうに説明するカーリンの頭に手を載せる。訓練生の頃によくされた仕草が頬を熱くさせた。
「気持ちが嬉しいんだよ、カーリン」
「あ、飲み物持ってこなかったから買ってきますね」
恥ずかしさでいたたまれない彼女は素早く立ち上がった。
「俺が行くよ」
「少佐はゆっくりしてて下さい」
カーリンが小走りで行ってしまうと、暇を持て余すアレックスは仰向けに寝転んだ。見事に雲一つない晴天につい見入る。
こんなにゆったりと過ごすのは久し振りだと、誘ってくれたカーリンに感謝した。そよぐ風が心地よく瞼も自然と重くなる。
二つのジュースを抱えて戻ってきたカーリンは、横になっているアレックスの隣にやってきた。
「少佐? 寝ちゃいました?」
軍人の性分か、夢うつつで近づく気配を感じる。
カーリンはしつこく起こすこともなく、じっと彼を観察していた。見られている感覚はあるがそのままにしていたら、頬を指でぷにゅぷにゅと突かれた。さすがに起きようかと思った次の瞬間、頭を撫でられてタイミングを失う。
普段は長身のアレックスの髪を触るなどできないので、この際だとカーリンは思い切った行動に出た。
― そういえば、少佐の顔ってこんなに間近で見たことなかったな。
そのお陰で意外なところを発見した。例えば、割とまつ毛が長いとか、髪がサラサラしているとか、あと……。
細い指で彼の唇をそっとなぞる。
― 唇、柔らかい……。
もう限界だった。
腕を掴んで引き寄せたカーリンは、あっという間に厚い胸に飛び込む形となった。
「うそ寝なんてズルいですよ!!」
「あれだけ触りまくられて、起きない方がどうかと思うが?」
「人が見てますってば!!」
傍から見れば二人抱き合って寝そべっている構図に、カーリンは慌てて起き上がろうとするがアレックスが許さない。
アレックスは問題解決とばかりに、自身のジャケットをふわりと上半身に被せた。春物のそれはかすかに陽の光を通して完全な暗闇とはならず、意識すればお互いがはっきりと認識できる明るさである。
「教官の時から思っていたんですけど、大胆で強引ですよね?」
アレックスの腕と胸の中でもがく彼女が少し拗ねて口調で言った。
「嫌いになった?」
嫌いにはならないがこちらは恋の初心者なので、もう少し控えてもらえるとありがたい。カーリンが首を横に振ると、彼が額にキスをした。何故か唇を重ねるより鼓動が速くなる。
お腹が空いていたはずなのに胸いっぱいで、頑張って作ったランチが喉に通りそうになかった。