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気になる存在

 グレーの鋭い瞳に無表情のアレックスはさぞ人々に冷酷な印象を与えていたに違いないが、本心は誰よりも心を痛めていたのだ。

 次第に惨状が明らかになってくると、ユウキの死に目に会えただけでも幸せなことだと痛感した。

 そして、叶ったのはアレックスの英断があったこそと知り、両親共々感謝するのだった。

 それから彼と直接会う機会がなかったせいか、余計に敬愛の念を募らせた。だから、シャトレーズ軍人学校の臨時勤務が決まった時は、珍しく感情を露わにして喜んだものである。

 実際に間近で会ったアレックスは五年前より精悍さが増して凛々しかった。入学式で軍服に身を包んだ彼に、兄の墓標で涙した光景が蘇り胸が熱くなる。

 恋と錯覚するほどの高揚感を抑えるのに必死だった。新任でしかも臨時勤務とあって、アレックスが何かとフォローに回ってくれる。心臓の高鳴りが聞こえるのではと焦るほど近い彼に努めて冷静を装った。

 この前、残業していたら偶然アレックスと二人だけになったので思い切って兄の話をしてみると、彼は沈痛な面持ちとなり謝罪の言葉を口にした。

 シノブとしては責めるつもりはなかったが、アレックスの傷を抉ったかも知れないと後悔している。


「カワサキ教官?」

 いつの間にか追憶に浸っていたらしく、セドリックに呼ばれて我に返った。

「なんでしょうか?」

「先日頼まれていた合同訓練の資料です」

 手渡された資料を簡単に目を通すと、さすが主席卒業生だけあって解りやすくまとめている。傍で待っている間に、何気なしにパソコンの画面に目をやったセドリックはぎょっとした。

 どういう経緯か知らないが、映っているのは紛れもなくカーリンである。


 ― なんで、カーリンのデータ見てんだよは? ちょっとして二人の関係がバレた!?


 カーリンも卒業していることだし別に疚しい関係ではないのでばれても支障はない。むしろそうなった方が好都合だ。

 シノブがアレックスに敬愛以上の感情を寄せているのは明白で、恋人がいると分かれば諦めてくれるだろうと期待する。

「マーティン伍長はミュラー教官の班と決勝戦で戦ったそうですね」

 年齢も階級も上のシノブが丁寧語を使うので、セドリックは妙に落ち着かなかった。

「はい。最初からミュラー教官の指導を受けていたら大差で負けていたかもしれません」

「リヒター・ド・ランジェニエール伍長は……」

 カーリンの名前に、シノブの次の言葉を警戒を深めて待つ。

「カワサキ教官、主任が呼んでいたわよ」

 再び戻ってきたビアンカが告げると、シノブはパソコンの電源を切って席を立った。

「いえ、なんでもありません。資料、ありがとうございました」

 ミーティング室からシノブの姿が完全に消えたことを確認したセドリックは、ビアンカにすり寄る。

「なに? わたしに惚れても無駄よ」

「違いますよ。さっき、カワサキ教官がカーリンのデータを見ていたんです」

 すると、ビアンカが目を丸くした。

「わたしも聞かれたわ。二人の関係に気づいたかしら?」

「どうでしょう。バルバート教官はどう感じました?」

「彼女、アレックスに好意を持っているのは確かね。もちろん、彼には届かないとは思うけど」

「届いたら、カーリンが泣きますよ」

 彼女の涙を幾度となく見てきたセドリックは想像しただけで胸が痛い。

「大丈夫よ」と言ったあとに小声で「多分」と付け足すビアンカを、セドリックは一抹の不安を覚えた。



 主任のフレッドに呼ばれて用を済ましたシノブは、前を歩くアレックスを見掛けて顔が輝いた。といっても、傍から見て分かりづらい。

 こちらから声を掛けようか躊躇していると、彼が振り向いた。

「カワサキ教官、調整は終わったか?」

「はい」

 足早に追いついて二人並んだ。合同訓練の手順を説明するアレックスが歩幅を合わせてくれる。ふわっと香るシトラスにシノブが顔を上げると、二人の視線が交じり合った。

「不明な点は?」

 不明な点。彼女の頭に真っ先に浮かんだのはカーリンとの関係だ。

「カーリン……」

 シノブの口からこぼれた名前に、アレックスの顔が強張った。

「カーリン=リヒター・ド・ランジェニエール伍長はミュラー教官が担当なさったそうですが」

「ああ」

 滅多に聞けないうわずった声が確信へと変わる。

「優秀な訓練生だと聞いています」

「限定されていたがな。あとの三人も優秀だった」

「素晴らしい班だったんですね」

「私の誇れる訓練生達だ」

 そう言い切るアレックスは表情がわずかに緩んだ。これほどまで彼に言わしめるカーリンという女性とは一体どんな人物なのか。

 知りたいが怖くてそれ以上は聞けず、シノブは彼の広い背中を追うのだった。


 二人が揃って教官室へ入ってくると、ビアンカとセドリックはぎょっとした。

「最近、あのツーショット多くないですか?」

「フォローしろと主任にも言われているらしいし無下にはできないわね」

 それにしても……と釈然しないでいると、アレックスが感づいたらしく二人を一瞥する。

「なんだ」

「相変わらず仕事熱心だなあって感心していたのよ。休日出勤だったんだからもう帰りましょう」

 ビアンカがアレックスの腕に絡ませると、シノブの肩がピクッと反応したのをセドリックは見逃さなかった。

「たまには付き合ってよ」

「ランディに頼め」

「いないから代役で我慢するんじゃない。セドリックはまだ未成年だから無理ね。カワサキ教官も来る?」

「すみません」と小さく笑って断ると片づけを始めたのでビアンカが肩を竦める間に、アレックスは携帯電話で何かを確認すると席を外した。

「フラれちゃったわね。カノジョに電話かしら?」

 部屋を出ようとしたシノブがこちらを一瞥したが、ビアンカは目の端で感じても素知らぬ顔で通している。

 ビアンカの牽制に、セドリックは心の中で口笛を短く吹いた。味方にすれば心強いが、敵に回すべからずといったところか。



 ビアンカの読み通り、私室へ向かう途中で電話をした。もちろん、相手はカーリンである。

『休日出勤、お疲れ様です』

 さぞ友人との楽しいひと時を過ごしたに違いない。声が明るく弾んでいた。

「みんな、帰ったか?」

『はい、明日も勤務なので。みんな、会いたがってましたよ』

「それは残念だな」

『少佐のこと、いろいろ聞かれて大変でした』

 行かなくて正解だったと苦笑したが、電話でのカーリンが知る由もない。

「なんて?」

『え? そりゃあ、いろいろ……デス』

 かなり突っ込まれた様子で、口ごもって詳しくは教えてくれなかった。助け舟のつもりで掛けた電話が却って仇となったらしい。

『リコが一段と逞しくなってました。それとソフィアも頑張っているようです』

 カーリンの物言いに、まるで報告だとこれまた苦笑する。

『わたしも二人に負けないよう頑張りますね』

「お前はいつも頑張ってるよ」

 すると、会話が途切れた。しばらくしてようやくカーリンが口を開いた。

『カルマン大尉から何か聞いてますか?』

「いや」

『だったら、どうして分かるんですか?』

 恥ずかしさと嬉しさ半分といったところで、遠く離れているのに何故分かるのか、そんな口ぶりだ。

「半年も教官やってだんだ。そのくらいは分かる」

『訓練生の頃の話です。もし、違っていたらどうしますか?』

「確認して直ちに厳重注意だ。今度はいつ会おうか?」

 またもや、彼女が沈黙する。そして、嬉しさいっぱいのカーリンが慌ててスケジュールを確認する音が聞こえてきた。



 


 


 

 





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