終、つかの間の休日の出来事
視稀様に会ってから一ヵ月が経過した。俺は無事に冬木原第一防衛隊に入隊することが出来て、順作隊長や未来ちゃん、妃沙羅など防衛隊の仲間たちと楽しく仕事をしている。
もっとも、俺が入ってから事件らしきものは起こっていないから、雑務整理ばかりだけど、平和という証拠だからいいということにするかな?
『しゅーお兄ちゃん、起きて』
誰かがユサユサと俺の体を揺らして起こそうとしている。むぅ……誰だよ、今日は折角の休みだからもうちょっと寝かして。
『起きてってばぁ。起きないお兄ちゃんにはこうだよ』
パチンと誰かが指を鳴らすと、落下するような感覚。筋肉の弛緩により起こるジャーキングのようだった。
「うわぁぁぁああ。ジャーキングか! って、うぇぇええええええ」
俺が飛び起きると水の中にいて、俺は浮いていた。い、息が……
「あれ? 息が出来る」
俺は急いで息を止めようとするが、そういえば息出来るじゃないかと発見をする。水の中にいるのに、冷たいという感覚もない。
『ここは、仮想空間だからね。息もできるし、寒くないんだよ。しゅーお兄ちゃん』
俺の目の前に長方形の空間が現れたかと思うと、其処からは、どこかで見覚えがあるブロンドでショートヘアーの少年が出てきた。
「も、もしかして……レイちゃん、いや、ストレインか」
『そうだよ、しゅーお兄ちゃん。おはよっ』
ストレインはにっこりと笑いながら朝の挨拶をする。
「お、おはよ……それにしても、仮想空間ってなんだい? 俺はまだ夢を見ているのか?」
『しゅーお兄ちゃんの意識だけ、この空間に移したんだ。今、現実世界で起こすと、只の心のない人形状態になっちゃうけど、話が終わったらすぐ戻してあげるから安心して』
エヘヘと笑いながら恐ろしいことを言い放つ。見ない間に、さりげなく怖いことをいうようになったなぁ、この子は。
『話っていうのはね、防衛隊入隊おめでとうっていうお祝いと、あと、聞きたいことがったから呼んだんだ』
ストレインが申し訳なさそうに、俯き加減で答える。
「俺が防衛隊へ入隊してってことを良く知っていたね。誰から聞いたのかい?」
『誰からも聞いてないよ。ボクはしゅーお兄ちゃんのことずっと見ていたから……』
「ずっと見てた?」
ストレイン、それ、下手したらストーカー紛いだぞという重大なシーンをぶち壊すようなツッコミは敢えてしなかった。
『うん。ずっと見てたんだ。それと、聞きたかって言うのが』
ストレインはモジモジしながら、言葉を紡ぐ。
『もし、しゅーお兄ちゃんの変な力がボクの所為だって言ったら、ボクのこと恨むかなぁ? って思ったの。しゅーお兄ちゃんがもしボクのことを恨むのだったら、ボクは一生かけてでもしゅーお兄ちゃんに償い続けようと思う』
ストレインの目には大粒の涙が零れていた。俺はそっと、ストレインの頭を撫でる。ストレインは俺が頭を撫でるなんて予期してなかったらしく。さらにポロポロと涙を零す。
『許してくれるの?』
「この力で悩んだこともあったけど、それは俺が弱かったからね。それに、真申にやられそうになった時に俺を助けてくれたのは君だろ? 命の恩人を恨むわけがないじゃないか。あの時は本当にありがとう」
そう言ってストレインの頭をグリグリと撫でる。
『またこれからも会いに来てもいい?』
ストレインは照れ臭そうに笑っていた。
「うん。いいよ」
俺もつられて笑う。
『わーい。じゃあ、これからもちょくちょくお話にくるよ。じゃあね。しゅーお兄ちゃん』
ストレインがパチンと指を鳴らすと、また落下するような感覚。
「はっ! ジャーキング二回目っ」
飛び起きると、いつも通りの俺の部屋だった。
携帯の着信メロディが部屋の静寂を切り裂く。
携帯には実家という表示が出ていた。そういえば例の一件以来、全く連絡を取っておらず、親達は俺が冬木原第一防衛隊へ入隊したことは知らない。
「も、もしもし」
俺はビクビクしながら電話を取る。
「あんたぁ! 全然連絡寄越さないから心配したわよ!」
案の定、お袋の罵声が耳を劈く。
「ご、ごめんよ。ちょっと入院していたとか就職のこととかで、いろいろとバタバタしていたからさ。連絡出来なかった」
「入院って! あんたぁ、どっか怪我でもしたんか!」
お袋の更に大きな声で俺の耳はキーンをなる。
「大した怪我じゃないから安心しろって、それより俺、仕事決まったよ。冬木原第一防衛隊に入ることになったんだ」
俺は自慢げにお袋に話す。
「第一防衛隊って、あの国家直属の機関かい? すごいじゃないの、柊次。あたしゃ、嬉しいよ」
電話の先で、涙ぐむお袋。時計を見ると、十時半近くになっていた。
「お袋悪いんだけど、ちょっとこれから出かけなきゃいけないところがあって、そろそろ時間だから、またかけ直すわ」
そういって、俺は電話を切った。
「さて、十時半になったことだし、準備しようかなぁっと」
んーと背伸びをして、俺は布団から出る。
今日は妃沙羅と一緒に、前にもらった櫻のシークレットライヴへ行く約束をしている。
正午。待ち合わせに指定された、冬木原駅前の近くにある“クネクネさせ過ぎて腰がいてまうんでないかと思う大根の像”の前へと到着した。
指定された像は本当に絶妙な腰使いをした大根で、腰の部分からポッキリと折れそうな代物であった。
像の前では、いつも通りブロンドのツインテール、そしてピンク系のチュニックと紺色のレギンス、頭にはピンク色のリボンに身を包んだ、妃沙羅が座っていた。
「ちゃんとたどり着いたようね。って、その服どうしたの? 新しくかったのかしら? 柊次が普段着なさそうな服だけど」
俺の着ている服を見て驚く妃沙羅。俺は、黒色のパンク系の長袖シャツ、そして黒いチノパンを着ていた。
「一昨日かな? 櫻がいきなり送ってきたんだよ。『あたしのライヴへはその服を着てきてね』っていうメッセージ付きで」
「ふぅん。そうなの。いきなりどうしたのかしらねぇ」
妃沙羅の話しぶりがなんとなく不機嫌なのか気になったけど。きっと、俺の気の所為だよねということにしておいた。
「それはね……こういうことなのですよ」
像の後に隠れていた人陰がいきなり俺の後ろに抱きつく。抱きつかれた瞬間、俺は、ひょっぷぅっという変な声を出してしまった。
「さ、さ、櫻っ! 一体君が何でココに。リハーサルとかどうしたの」
ふと抱きつく人影を見ると、それは、今日ライヴで歌うはずの櫻本人だった。
「退屈だったからぁ、抜けてきちゃった。んで、防衛隊のリオンさんって言う人に聞いてぇ、柊次がココで待ち合わせしているからっていうからぁ、ビックリさせようと思って」
エヘヘと櫻は抱きつきながら笑う。
「あの、変態親父。いらん世話をしよって……帰ったらトドメを刺す」
櫻に抱きつかれている俺を見た妃沙羅は真っ黒いオーラを放ちながらこちらを睨みつける。妃沙羅しゃん、こ、こわいでしゅっ。
「そういえば、防衛隊に入隊したんだってぇ? お祝いの意味を込めて、あたしからプレゼントよ」
そう言って、俺の頬にチュっとキスをする。その瞬間を見た妃沙羅はわなわなと震えだし、櫻に指を指して叫ぶ。
「な、な、な、な……何してるのよぉぉおおおお! そんな、街のど真ん中で、キ、キ、キスなんて」
「いいじゃない。世の中早く取ったもん勝ちですよ。さぁ、ダーリン行きましょ」
「貴女のダーリンにいつ柊次がなったのよ! 離れなさいよ」
妃沙羅は無理やり櫻を引き離して、二人で喧嘩を始めた。
平和そのものだなぁ、とほのぼのと俺は眺めていた。
そんな平和も、視稀様の言うとおりならば、あと少しで終わってしまうのか……と思うと心が苦しくなる。
「君もそこで一生懸命足掻いて、僕を楽しませるっていうのが君のこれから進むべき道なんだよ。かぁ……精一杯足掻いてみようかなぁ」
そう、俺は独り言を呟く。
「さて、妃沙羅と櫻。そろそろ行かないと時間に遅れちゃうぞ。ほら」
俺は、二人の背中をぐいぐいと押しながら、ライヴ会場へと向かう。
これから、どんなに困難な事件が起こったって、挫けることはないだろう。
だって、俺には、それに立ち向かえるだけの力を手に入れることが出来たのだから。
「もう、俺をヘタレと呼ばせないぞ」
「「柊次は、まだまだヘタレに決まってるでしょ!」」
妃沙羅と櫻が同時に言い放つ。
「そ、そんなぁ」
俺はガクッと肩を落とす。
妃沙羅と櫻はお互いの顔を見合わせ笑い出す。
俺は、そんな二人につられて自然に笑みが零れた。
終幕




