表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

伍、それぞれの思惑と空模様


 空は厚い雲で覆われ、雨が外の風景を遮断していた。

「雨か……」

 空を防衛隊の本部七階の窓から仰ぎ見てから、私は管理官特別室のドアをノックする。

「失礼いたします」

「入っていいぞ」

 入室の許可を貰い、室内へと入る。室内は、高価な置物や本棚が部屋のサイドを彩り、その中央にはどっしりと机が構えていた。

 その机に肘をついて退屈そうに、アイツは黒革のオフィスチェアーに座っていた。

「相変わらず退屈そうな顔だな、リオン」

 私は、来客用の黒革の椅子に座る。リオンは、手を前に出して、うつ伏せの状態になる。

「退屈に決まっている……特に事件が起こっていないからな」

 リオンはうつ伏せ状態で伸びをすると、机においてある、内線電話の受話器を取る。

「あぁ、私だ。モーニングコーヒーを私と順作とで二つ分頼む。私の分はいつもどおり、砂糖三杯でミルク多めでな」

 そう言って受話器を置く。

「平和そのものが良い事だと、私は思うが? 仕事の量も増えなくて私にとっては良い事ばかりだ」

 ノック音。秘書がコーヒーを持ってきた。私にはブラックコーヒーが、リオンにはミルクがたっぷり入ったカフェオレがそれぞれの机に置かれる。

 失礼しました、と秘書が部屋を去っていった。リオンがカフェオレを啜る。

「平和というものは、表面上はいいかもしれない。だがしかし、平和だけでは国政も国防も成り立たないのはお前でも分かるだろ……あー、何か大きい事件でも起きないかな?」

「その発言は、冬木原防衛隊最高幹部管理官殿が言うような発言ではないと思うが? 管理官らしく、もうすこしは言葉に慎みを持て」

 ブラックコーヒーを啜りつつ、リオンの発言を注意する。リオンは私の注意を屁とも思わないようで、引き出しからカステラを二切れほど取り出し、ぱくつく。

「私と順作の間だけの本音に決まっている。それに、あの方も私と同じような考えの持ち主だからこそ、この冬木原防衛隊が出来たのではないか」

 二切れをぺろりと食べたリオンは、再び引き出しを開け、今度はガトーショコラを取り出す。お前の引き出しは冷蔵庫かっ!

「確かに、あのお方はそういう人だったな。しかしだな、事件がもし起こったとしても、解決するこちらの身にもなって欲しいものだ」

「その為に、柊次きゅんが必要なのだよ」

 リオンはガトーショコラをフォークで刺し、それを私に向ける。

「食べるかい? 我が愛しい、妻の作ったガトーショコラ。美味しいぞ」

「私は甘いものが苦手だから遠慮しておく。それより何故、勝原君が必要なのだ?」

 フォークに刺さったガトーショコラを口に入れ、カフェオレを口の中へと注ぐリオン。皿にあった残りのガトーショコラを口の中へと放り込むと、口を開ける。

「柊次君の能力を十分に生かすべきだと思わないか?」

 リオンはニヤニヤとした顔で私の方を見てくる。それは同意を求める顔なのか? どっちなのだ?

「それは、勝原君を第一防衛隊に入れさせるための洗脳か? リオン……泣く子も恐れると噂の冬木原防衛隊最高幹部管理官殿が妻と娘の要求には弱いのだな。情けない」

 私はやれやれとため息も出ないくらい呆れる。

「ハッハッハ」

 リオンは乾いた笑いを浮かべていた。図星なのだな。

「まぁ、いい。で、今日は勝原君を何処へ連れて行くつもりなのだ? リオンのことだから、自分の部屋とか言いかねないからな」

 私は聞きたかったことを率直に聞く。リオンは、ぽっと顔を赤らめる。

「いやん、そんなに私って大胆な乙女に見える? うふん☆」

 リオンが放ったウィンクを私は全力で避けた。酷いっ! というリオンは言い放つ。

「リオンがそんな気色の悪いことをするからだ。そんなことをする前に、私の質問に答えろ」

「……わかった、答えるよ。柊次くんはあの方の元へと案内するだけだ。言っておくが、コレは私の判断ではないぞ? あの方がそう要望したからだ」

 リオンが私に念を押す。そんなに、疑いをかけられたくないのなら、もったいぶらずに言えば良いものを……と内心感じては居たが、黙っておいた。

「あの方が幹部以外の人間に興味を示すなんて珍しいな」

 あの方が私やリオン、つまり冬木原防衛隊の幹部以外と接することは無い。海外の来賓や総理大臣ですら、あの方は会おうとしない。

 なので、冬木原防衛隊の幹部とあの方の一番近しい側近以外はあの方の顔を見たことが無い。

 あの方……仁坂国最高権威の座につく、皇帝の姿を……

「それだけ柊次きゅんに惹かれるものがあるってことだろう? まぁ、そういうわけだから、これからその柊次きゅんを迎えに行こうとするかね」

 リオンは電話で秘書にまた連絡を取る。

「これから外出する。車を玄関まで着けておいてくれ。あと、私の居ない間の留守を頼むぞ」

 電話を切り、椅子に掛けていたジャケットを羽織る。

「さて、出かけるとするわよん。もちろんジュンジュンも付いていくわよねん?」

 いつものオネエ言葉でリオンはニヤケ顔で訊ねる。

「当たり前だ、お前が何を仕出かすか判らないからな」

 私は呆れ顔で返事を返す。

「でわ、出発よーん」

 張り切ってドアを勢い良く開けるリオンにため息をつきつつ、窓に視線を移すといつの間にか厚く覆われていた雲からは薄日が差し込んでいた。




 朝方の大雨はいつの間にか止み、空には晴れ間が広がりつつあった。退院の許可を貰った俺はいそいそと退院の準備をしていた。

 退院の準備とはいっても、手荷物も何も持ってないから、ただ着替えるだけなのだが……。

「妃沙羅から渡された服を着たのはいいけど、高そうな服すぎて、あまり俺好みの服じゃないなぁ……まぁ、この際文句は言えないか」

 妃沙羅から渡されたジャケットとスラックスに身を包み、俺は迎えが来るまでベッドに座って待っておくことにした。

「それにしても、リオンさんの行くところってどこなんだろうなぁ……まさか、リオンさんの自室とか……いうのは無しだったらいいなぁ……」

 おぞましい想像をしてブルっと身震いをする。

「まっさかなぁ……そ、そ、そんなことがある訳ないよなぁ……アハハハ……」

 俺は乾いた笑いを浮かべる。顔は笑ってはいるが、目は笑っていなかった。

「ダディなら十分ありえるわよ?」

 にゅいっと俺の真横から妃沙羅が顔を出す。

「うわぁっ!」

 突如、妃沙羅の顔が近づいたものだから、俺はびっくりしてベッドから転がり落ちる。

「き、妃沙羅! いつからそこにいたんだにょ!」

 あまり突然のことで俺は呂律が回らない。

「あー……ごめん。一応ノックして入ったのだけど、その様子だとノックの音には気づかなかったみたいだわね」

 ごめんねと、妃沙羅が顔の前で手を合わせ、右目をウインクしてみせる。その表情の破壊力に俺はまたフラっとベッドへと倒れこむ。

「き、きしゃらしゃん……それは反則技というものでごじゃいますわよ」

 俺の気の抜けた言葉に妃沙羅は、もうっ……と言いながら笑っている。俺も気づけば妃沙羅につられて顔を綻ばせていた。


 そのとき、心から楽しいと感じた。

 何年ぶりだろう……こんなに声を出して笑ったのは……

 ふと浮かんだのは幼い時、あの子が言っていたあの言葉、

『いつか、しゅーお兄ちゃんのことを必要としてくれる人がきっと現れるよ。だから元気出して』

 あの言葉は、きっとこのことなのだろうと、しみじみと思った。


「あのね? 柊次……言っておきたいことがあるの……」

 妃沙羅の声にハッと我に返り、妃沙羅の方を振り向く。妃沙羅の頬は微かに紅潮していた。

「ん?」

 俺は首をやや傾げつつ、妃沙羅の話を聞く。妃沙羅は俺の手の甲を優しく握る。

「あ……、あの……ね? 笑わずに聞いて欲しいのだけども……私ね……その……柊次のことが……」

 ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーン

 いきなりの轟音に、俺と妃沙羅はビックリして病室の扉を見る。すると、そこには……、

「嗚呼、愛しのシュージきゅん、迎えに来たわよん」

 勢い良くドアを足で開け、その半壊状態になったドアを足で踏み潰している、リオンさんと、入り口の隅でやれやれと頭を抱えている順作さんの姿があった。

「何、間抜けな顔してるのよん? 間抜け面もきゃわいんだから」

 リオンさんは、半壊状態のドアを蹴り上げた力で俺の方向へと跳躍。

「何、さらしとんじゃいっ!」

 妃沙羅がすくっと立ち上がったかと思うと、リオンさんに右ストレートを炸裂。パンチの反動で顔が歪んだリオンさんは病室の隅へと飛ばされる。

「ちったぁ、空気を読めやこの女装変態親父めがっ!」

 妃沙羅のオーラは黒い憎悪に満ちていた。ってか、妃沙羅が怖すぎる。

「とうとう、スイッチが入ったか……黒サラモードが」

 順作さんは入り口で遠い目を始めていた、その目は、もうどうなってもいいやという諦めの雰囲気も醸し出していた。俺は、順作さんの元へと駆け寄る。

「何、遠い目しているんですか! 早く妃沙羅をとめないと」

 黒いオーラを垂れ流しにしながら、リオンさんの下へ歩みを進める。

「変態親父。覚悟は出来てるんやろうなぁ?」

 手を組み、ゴキゴキと関節を鳴らしながら妃沙羅が気持ち悪いほどの笑みで笑う。

「いやん。私ったら貞操の危機☆」

 吹っ飛ばされてボロボロになっているのにも関わらず、リオンさんはさらに妃沙羅を挑発するような発言をする。

 このままじゃ、またリオンさんがボコボコに……

「リ、リオンさん。それ以上妃沙羅を挑発したら……」

 俺の忠告も聞かないで、リオンさんはこちらの方を向いてウィンクをするだけだった。

「何を考えているんだ? リオンさんは……」

 俺は、リオンさんがボコボコにされるかもしれない危機をさらに状況を悪化させるような状況にしていることが気にかかった。

「リオンの奴……ここが病院って知っていて、サラを挑発しているな」

 順作さんが呆れ果てた表情を浮かべ、呟いた。

 病院だから挑発している? 俺には、その理由がさっぱり分からなかった。

「順作さん……それってどういう……」

 俺が、その理由を聞こうとした時、

「ちょっと! 病院で大暴れしている、親子はどこの誰!」

 病室の入り口で、一人の白衣を着た女医さんらしき人が劈くような大声を出していた。

「全く、派手に散らかしたものね……修繕費が馬鹿にならないわよ!」

 カツカツと病棟用の白いサンダルを鳴らしながら、呆れ口調で病室へと入ってきた。その女性は、肩甲骨までの黒髪のロングヘアー、白いブラウスを第2ボタンまで開けていて下は黒いタイトスカート、白衣は着崩しており、善良な一般男子にはたまらない恰好だった。

 右手にはカルテの入ったファイルを、左手ではボールペンをクルクルと回していた。

 そして、白衣の名鑑には……

「国立冬木原総合病院院長……雅美(まさみ)・ホワイティ……って……もしかして!」

 ハッと順作さんの方を振り向く。

「あぁ……サラの母親だ」

 順作さんはため息交じりにそう答えた。

 それにしても、父親が冬木原防衛隊最高幹部管理官殿、母親が総合病院の院長って、妃沙羅の家庭は一体どんな権力を握っているのか、不思議でならなかった。

「マ・サ・ミ! 私は今どれほど君に会いたかったことか……天使のように優しい君の愛の力で私の傷を癒しておくれ」

 リオンさんが雅美さんの胸元に飛び込もうとすると、雅美さんは持っていたカルテのファイルの角で、リオンさんに頭部を殴りつける。

「うっさい、女装趣味の変態。少しはマシな恰好は出来ないの? そんな事だから、思春期の娘にも殴られるのよ。あと、サラぁ? この変態殴ったら、貴女の手が可哀そうよ。殴るだけ損だからやめなさい」

 そう、雅美さんは摂氏零度の冷ややかな目線で、角で頭を殴られて床で悶絶しているリオンさんを睨みつけながら、今さっき殴った凶器に手で埃を払うような動作をする。

「はーい、分かりました。お母さま」

 妃沙羅は若干納得していないような返事を返す。

「ということで、この病室の修繕費と、勝原君の治療費は防衛隊の経費でお願いしますね、分かりましたわよね? ア・ナ・タ?」

 雅美さんが、リオンさんの後頭部を足で踏みにじりながらニコニコと笑う。リオンさんは、うぐぅという声しか出さなかった。

「お、俺の治療費までも防衛隊持ちなんて……そんなの悪いですよ。申請すれば保険だっておりますし」

「いや、これは一応防衛隊の任務中に起きた事故だからな。勝原君の治療費は元々から防衛隊が負担するつもりだった、しかし、ここの修繕費までは……」

 順作さんは腕を組み、うーんっと唸る。俺がやはり治療費を持った方がいいかなぁ……

「経費で足りないのでしたら、どこぞの管理官殿の給料から引いてくださって構いませんよ。どうせ、山ほど貰ったお金は、女性物の服を買い込むお金へと消えていくので」

「嗚呼、成程。それは名案だ」

 雅美さんの案に、順作さんは喜んで了承する。かくいう、リオンさん本人は、皆酷過ぎるわっ! と胸元からハンカチーフを取り出し、隅を歯で噛んでいた。

「これで、少しは浪費癖が治るでしょうね……お金の話は解決したことだし、私は院長室に戻るとするわ。勝原君、退院おめでとう。これからもサラのことよろしくね」

「あ……はい」

 俺が頷くのを見ると、雅美さんは左手でボールペンを回しながら俺に向かって、ウィンクをし、病室から去って行った。

「さて、随分時間をかけてしまったな。出発するぞ」

「分かりました。でも……あそこでボロボロになっているリオンさんは、どうするんですか?」

 ちらりと床でのびているリオンさんを見ようとしたが、姿を確認できなかった。

「あれ? 今さっきまでそこでのびていたのに……」

「さぁ、行くわよ。シュージきゅんと一緒なら私張り切っちゃうわん」

 俺がゾワッと寒気を感じ、病室の出入り口を見ると、そこには先ほどまでのボロボロ具合が無かったかのように、ピシッとした服に着替え終わったリオンさんが立っていた。

「い、いつの間に……」

 俺と妃沙羅と順作さんが揃って同じ言葉を漏らす。

「早着替えは女の嗜みじゃない。男を待たすなんて女失格だわよん」

 リオンさんはえっへんと自慢そうに胸を張っていた。いろいろとツッコミを入れたい箇所が見られたけど、敢えて無視することが、俺と妃沙羅と順作さんの内部心理の中で成立。

「もう、皆。私の早着替えに見とれていないで、さっさと行くわよ。ちなみに妃沙羅は防衛隊本部で待機ねん」

「え? なんでよっ! 私も柊次と一緒に行きたい。それに本部に待機なんて退屈」

 リオンさんの決定に文句を言う、妃沙羅。

「サラ、本部の仕事も残っているだろ? 未来にばっかり仕事を押し付けずに、本部で仕事を片付けてくるんだ」

「…………」

 妃沙羅は、順作さんの説得にも納得いかない様子で、頬を膨らます。

 そんな時、リオンさんが妃沙羅の頬を人差し指でつつく。

「ぷっきゅう」

 頬をつついたことで、尖らせている唇から空気が漏れて変な音を奏でる。

「そんなことして気を紛らわせようとしても無理なんだから、私に内緒でダディは柊次で遊ぶ気でしょ? 分かっているんだからねっ」

 ぷいっとそっぽを向く妃沙羅。その表情に少し萌えてしまった、自分が何か嫌だ。

 リオンさんは、そっぽを向く妃沙羅の頭をそっと撫でる。

「サラに黙ってシュージきゅんと遊ぶ訳ないじゃない。それに、これから行くところの方がもっと退屈だわよ? だから、大人しく本部で待っていてね? 分かったかな」

 そう言って、柔らかく微笑むリオンさんは、親らしい表情をしていた。

「だったら……本部でお留守番しとく……その代わり、お土産買ってきてよね」

「よし、いい子だ。いい子には、ダージリンクッキーを買って来てあげようね」

 リオンさんの発言に、やったーと小躍りをする妃沙羅。その表情は爛々と輝いていた。

 ルンルン気分の妃沙羅に手を振り、俺はリオンさんと順作さんとで車に乗り込み、目的地へと向かうことにした。



 目的地へと向かう車内。車の助手席に乗った俺は、これから何処へ連れて行かれるだろうという緊張感でガチガチになっていた。

「ガチガチに緊張しているシュージきゅんったら可愛いっ。このままお持ち帰りしちゃおうかしら?」

 運転席側の後部座席に座っているリオンさんが横から頬をつね抓る。

「リオン、勝原君に悪戯をするのをやめないか。サラに内緒で遊んだりしないという約束はどうした?」

 順作さんがリオンさんに注意をすると、へーいとやる気の無い声を出して、ぷにぷにと俺の頬を抓るのを諦めてくれた。

 それにしても、車は高級車で、かつ専属の運転手までいるだなんて、リオンさんはやはり偉い人なのだなぁと改めて実感した。

「ハハッ、確かにあんな格好だとあまり威厳はないだろうな。リオン曰く、これは一応、命を狙われないような変装らしいぞ。本人が楽しんでやっているようにしか見えないのけどな」

 順作さんが笑いながら答える。

「へぇ……そうなんで……って、命を狙われているんですか!」

 あまりにもスルー出来ない単語を聞いたので、思わず、リオンさんの方を振り向く。

「まぁね。防衛隊を快く思っていない連中って結構いっぱい居てねぇ……防衛隊発足当時は、私宛に花束型の爆弾が贈られて来たり、銃弾が飛んできたり、いきなり刃物持った男が襲ってきたこともあったな」

 窓越しに空を眺めながら淡々とリオンさんが話す。その表情は実に涼しげなものだった。

「それってかなり危ない部類ですよね? その割には顔が涼しげなのが気になるのですが?」

「涼しい表情なのはシュージきゅんの気のせい。でも、その当時は刺激があって楽しかったなぁ……今は、何も無くて退屈だ……って、素に戻っちゃったじゃないのっ、やだわぁ、私ったら、はずかちー」

 頬に手を添え、顔を真っ赤にしながらリオンさんが横にブンブンと首を振る。俺は、あはははと引きつった笑いを浮かべるしかなかった。

「そろそろ着くぞ、あれが、目的地だ」

 順作さんがそう言って、ある場所を指差す。

 その建物は、コンクリートとレンガで構成された五階建ての建物で、その風貌は何処かの要塞のようだった。

「あの建物は?」

 俺はその要塞のような建物を見て驚愕する。

「皇城だ」

「皇城? ってことは、仁坂国皇帝の居住区ですか……って、なんでこんなところに俺を連れてきてるんですかっ! 皇帝の居住区なら、一般人は立ち入り禁止区域じゃないですかっ! そんな出入りが到底出来ないところに何の用事があるんですかっ!

あー、どうしよう、どうしよう。俺にはまだ気持ちの整理というものが付いていないのですが」

 俺は皇帝の居住区に足を踏み入れるということに、戸惑うあまり、おろおろと辺りを見回す。

「皇帝は勝原君に会いたいそうなんだ。滅多に会えない御方だし、会ってくれないだろうか?」

「え? 俺に? そう仰って頂けるなら……」

 順作さんの発言に素直に応じる。でも……仁坂国の頂点に立つ皇帝が、何故、皇帝のような高貴な存在を一生見ることも許されないような俺のような人間に会いたがっているのだろうか?

「会いたがっていらっしゃる理由は、皇帝自ら仰ると思う。さて、到着だ」



 車から降りた、俺たちは、要塞のような皇城の入り口まで歩く。

 入り口までの道中、あちらこちらに軍服に身を包み、機関銃を構えている人が立っているのが目につく。

「おー。さすが、国のトップの居住区だけあって、警備が厳重ですねぇ……」

 俺は辺りをキョロキョロと見ます。警備の方々は、リオンさんを見るや否や、ピシッと敬礼。

「皇城の警備は、冬木原第三防衛隊の管轄だな。第三防衛隊は軍隊上がりの者が多いから、少しでも不審な動きをすると軍隊仕込みの早撃ちでやられるぞ」

 順作さんがそう脅すから、俺は視線を真っすぐ入り口のみにあてる。

「ハハハッ、冗談だよ。私とリオンがいる限りは、少なくとも撃たれる心配はないから安心してくれ」

 その、“少なくとも”がなんとも恐怖を醸し出していたので、入り口のみに焦点をあて続ける。

「着いたわよん、ここが入り口」

 入り口に着くと、紺色の制服に身を包み、制服と同色のベレー帽を被り、紺色のぶち眼鏡をかけた見た目小学生高学年くらいの少女が端末らしきものを持って俺たちの前に現れた。

「お待ちしておりましたぁ! リオン管理官、金平第一防衛隊隊長。そして、勝原柊次さん、ようこそ皇城へ。」

 少女がビシッと敬礼をする。

「私、冬木原第一防衛隊隊員の安藤湊あんどうみなとと申しますですよ。この皇城で中に入ってくる人の審査が私の仕事なのですよ。ということで、審査しますなのです。虹彩で審査しますですから、目をかっぽじろなのです」

 湊さんは端末からスキャン用の器具を取り出し、リオンさん、順作さん、そして俺の順番に虹彩を調べる。

 仁坂国では、個人情報を虹彩のデータで照合している。だから、仁坂国に住んでいる全国民は虹彩のデータを役所に届ける義務がある。そういえば、幼稚園の年長時の集団データ登録会で、機械で目が刳り抜かれるから嫌だとか泣いたとかお袋が言っていたなぁ。俺自身、そんな昔の記憶無いけど……

「終わったのですよ。全員本人と一致されたのです。皇帝のお部屋へ進むといいのです、お勤め御苦労さまなのです」

 スキャンの端末を鞄にしまうと湊さんは、あっちが皇帝のお部屋なのですよ、と俺から向かって左側を指さす。

「私はこの場から離れちゃいけないので、テクテクと歩いていちゃってくださいなのです。それでは、いってらっしゃいなのです」

 湊さんはブンブンと手を振って、俺たちを見送ってくれた。

「湊ちゃんはねぇ、あー見えてもシュージきゅんと同じくらいの歳なんだよん」

 リオンさんの発言に思わず、湊さんを凝視してしまった。

「とっとと、行くぞ」

 順作さんは立ち止まった俺の首元をくいっと掴んで先に進むように促してきた。



 湊さんに指差された方向を進む。皇帝の部屋までの廊下は、いかにも高そうな調度品で埋め尽くされ、絨毯は赤絨毯が敷かれていた。

「勝原君は今の皇帝の顔を拝見したことはあるかい?」

 歩きながら、順作さんが俺に尋ねる。

「いいえ。前皇帝の真寿ます様ならテレビで何回か拝見したことがありますけど。今の皇帝のお名前は知りませんし、ましてやお顔も拝見したことは……今の皇帝はテレビとかにも全く出られていないですし」

「そうか……それもそうだな、あの方はメディアでは一切顔も名前も公表されていない。政治や外交なんて総理大臣に丸投げで、表に出てくることは全くない御方だからな」

 そういえば、今の皇帝になって皇帝に関するニュースは無くなったなぁ。前の皇帝は皇帝誕生日のパレードとかもあったし、公務とかで海外へ向かわれる映像がニュースでたびたび流れていたのに、代わられてからそれがない。

「しかもん、その皇帝の顔を知っているのが、管理官の私と、各防衛隊隊長。あと、一握りの人たちだったりするのよん、まぁゲームで言ったらレアキャラってとこねん」

 リオンさんがウィンクをしてそう答える。レアキャラって……よく、そんな状況で国がもってきたのが不思議だ。

「まぁ、そんな状況でも皇帝の国民からの信頼度は落ちていない。その理由はまたの機会に話すとして、お部屋についたぞ」

 お部屋の扉は漆塗りされた頑丈そうな木製の扉だった。リオンさんが一歩前に出て、ノックを3回。

「仁坂国特別皇帝相談役兼、仁坂国直轄防衛機関冬木原防衛隊最高幹部管理官のリオン・バークス・ホワイティでございます。仰っていた通り、勝原柊次をここに連れてまいりました。入ってもよろしいでしょうか?」

 その声は、先ほどまでのオネェ声とはうって変わって、真剣そのものの素の声。それだけで、扉の先にいる人物の存在の大きさが手に取って分かる。

「いいぞ。入りたまえ」

 扉の先の声は若い声。皇帝イコール威厳のある年配の方っていう想像をしていた俺は、その声の若さに少し驚く。

「失礼いたします」

 リオンさんが扉のノブを回して入室する。俺は順作さんの次に入室すると、其処に立っていたのは……

 髪は白髪のショートで、目全体を包帯で覆い、身長は俺と同じくらいの青年だった。

「ようこそ。勝原柊次君。僕が仁坂国第七十二代皇帝の視稀しきだよ。よろしく」

 皇帝はそう挨拶をし、手を差し出された。

「ど、どうも……勝原柊次です。この度はお招き頂きましたことを、か、か、感謝します」

 ガチガチに緊張した俺は、手をフルフルと震わせながら、皇帝と握手をする。

「リオンの言っていた通りだね、なかなか面白い人だ」

 皇帝がニコリと顔を綻ばす。俺は、まだ緊張が解けなくて、アハハハと顔を引きつらせる。

「勝原君と二人で話がしたいなぁ? 二人とも席を外してくれない?」

「はい、畏まりました。それでは、失礼いたします。二時間後には彼を迎えに参りますので。シュージきゅん、視稀様としっかりお話してきてね」

 そう言って、リオンさんと順作さんは部屋を出て行った。

「さて、二人とも出て行ったことだし、ゆっくりと話そうか? 君の進むべき道はなんのかを、ね?」

 皇帝は意味深の笑みを浮かべていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ