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肆、このまま上手くいかないのが人生

 ずっと前の記憶。俺は能力を持ったことで友達が出来なくて一人寂しく公園のブランコで遊んでいた。

『しゅーお兄ちゃん、あそぼ』

 呼ばれた声に顔を上げると、そこにはいつものあの子がボールを持って立っていた。あの子の顔は黒のマジックで塗りつぶされていて顔が見えない。

「レイちゃんか。うん、あそぼ。何して遊ぶ?」

 俺はあの子の名前を呼ぶ。あの子の顔は見えないけど、あの子は楽しそうに微笑んでいるような気がした。

『レインね、しゅーお兄ちゃんとボール遊びがしたい!』

 あの子が大きい木の下までかけていく。俺もあの子を追いかけてブランコを降りる。

「レイちゃん、いくよ」

 俺はあの子に向かってボールを投げる。すると、すぐにあの子がボールをかえす。

「レイちゃんは、ボール遊びうまいね」

『しゅーお兄ちゃんもボール取るのうまいね。キャハハ。また投げてきてよ』

 俺はまたあの子に向かって投げる。またすぐかえってくる。そんな単純な動作を何回も繰り返した。

『ねぇ? しゅーお兄ちゃん』

 あの子がボールを持って俺に近づいてくる。

「ん? レイちゃん、なぁに?」

『しゅーお兄ちゃん、レインばかりと遊んでいる気がするんだ。他のお友達と遊ばないの?』

 あの子が俺の顔を覗き込み心配そうな顔をする。

「俺には友達がいないんだ。いくら勉強しても、運動神経が良くても、いくら賞を獲っても、俺には他の人に持っていないモノのおかげで誰もよってこないのさ」

 俺は再びブランコに座り、ギーコーと小さくブランコを揺らす。

『大丈夫だよ、しゅーお兄ちゃんは凄いもん。何でも出来るし、きっとお友達だってすぐ出来ちゃうよ』

「だと、いいんだけどね」

 俺がブランコに座りながら砂場の方向を見る。そこには砂場で俺より小さい子達が仲良く遊んでいた。その隣でその子達の母親が俺の方を見ながらヒソヒソと話をしている。

「あの子が……そう……」

「ほ……変な……怖いわねぇ……」

「学校もよくもあの子を……おぞまし……」

「同じクラスの……が……だってさ」

「近づかないで……わよね……なんせ……しているし」

 母親達が俺を睨みつけながら話を続ける。俺はため息をつく。

「レイちゃん、人というものはね何か特別なモノを授かった人を羨ましく思うし、疎ましくも思ってしまうものなんだよ。俺は疎ましい部類に入っているのだと思う」

『うとましい? レイン、しゅーお兄ちゃんみたいに頭が良くないからよく分かんない。うとましいってなぁに?』

 あの子は首を傾げて、俺に訊ねる。

「ようは嫌われ者ってことだよ。俺だって、この力さえなければ普通の人なのに……な」

『レインはしゅーお兄ちゃんのこと大好きだよ! だっていつも一緒だし。それに、いつかしゅーお兄ちゃんのことを必要としてくれる人がきっと現れるよ。だから元気出して』

 あの子が明るい声で俺に笑いかけてくる。その声に少しだけ心がほぐれるような気がした。

「そうかなぁ……そんな人が俺に現れるのかな」

 俺はそんな未来がいつか来るのかな、とブランコをこいで考える。

「しゅー……じ……きて」

 あの子とは違う声に前を向く、誰かが俺を呼んでいる?

『しゅーお兄ちゃん、どうしたの?』

 あの子が此方を覗き込む。

「なんか、声が聞こえた気がしたんだ……でも気のせいだよね。俺の名前を呼ぶような人は誰一人だっていないし」

『声が聞こえたの? きっとそれは気のせいじゃないよ。しゅーお兄ちゃん』

「え?」

 俺はあの子を見る。すると、今までマジックで塗りつぶされていて見えなかった顔がはっきり見えた。

「君は……確か……」

 俺は一生懸命あの子の“本当の名前”を思い出そうとする。

『ボクのことはいいから、早くいってあげて』

 あの子はにっこりと微笑んで、俺をブランコから下ろし、背中を押す。

 俺はあの子に背中を押されるまま歩き出す。すると目の前から凄い光が発し、俺は目を閉じた。


『お兄ちゃんなら絶対なんとかなるって、ボクはそう信じているよ』

 意識を完全に手放す前にあの子が笑って励ましてくれたような気がした。


 俺が重い瞼を開けると真っ白い天井が見えた。ここはどこだ?

「しゅ……柊次!」

 耳をつんざく声に耳を塞ぎながら起き上がってみると、目を真っ赤にしながら涙を流している妃沙羅が俺の体を抱きしめていた。

「アンタは……血をいっぱい流して、グッタリしていて、動かなくなったから、病院に運んだのよ。でも、柊次は一週間経っても一向に起きなくて、ドクターにも覚悟しておいてくださいって言われて……。でも……よがったぁぁぁぁぁぁあああ! じんぢゃっだがどおもっでだんだよ。ぼんどうによがったぁぁぁあ」

 ずっと泣いていたのか妃沙羅の声は枯れて、後半辺りは上手くは聴き取れなかったけど、どうやら俺のことを心配してくれていたようだった。俺はそっと妃沙羅の頭に手を置き撫でる。

「ふぇ?」

 俺の突然の行動に妃沙羅は泣くのを止め、きょとんとした表情で俺を見る。

「妃沙羅、心配してくれてありがと」

 俺がそういってさらに頭を撫でると、妃沙羅の頬を次第に紅潮する。

「ばっ、馬鹿。別に心配していたわけじゃ」

 妃沙羅は紅潮した顔を俺に見られないようにそっぽを向く。

「傍にいて声をかけてくれただけで、俺は嬉しいよ」

 俺はニコリと笑い、さらに妃沙羅の頭を撫でる。

「嬉しいなら私も看病のしがいがありますですよ」

 えっへん、と妃沙羅は威張るポーズを見せる。女の子って言い包めるとコロコロと気分変わるよなぁ。

「柊次、何か言った?」

 妃沙羅が俺をギロリと睨む。俺は首を勢いよくブンブンと横に振って否定する。

「おぉ、気が付いたか」

 病室の扉が開き、そこへ見た目三十代の男がやって来た。男はチェックのシャツにチノパンと休日の父親みたいな格好、髪は後ろで一つ括りされていた。

「とりあえず、見舞いの品だ。ここら辺じゃ結構有名なプリンだ」

 そういって男は、ベッドの横にある移動式の棚にプリンの入っている袋を置く。妃沙羅はその袋をまじまじと見ていた。

「コレって、最近出来た行列の出来る洋菓子店のプレミアムプリンじゃない! 私、これ前々から食べて見たかったのよ。食べていい?」

 そう言って、人差し指を唇に当てておねだりのポーズを男性に見せる妃沙羅。

「そう言うと思ってちゃんとサラの分もある」

 男がそう言うと、妃沙羅はわーいと両手を挙げて喜び、袋の中のプリンを取り出し、頬張る。そして幸せそうな笑みを浮かべていた。

「あ、あの~……質問が一つあるんですけど? いいですか?」

 男とスプーンを口に銜えたままの妃沙羅が一斉に俺の方向を振り向く。俺は男の方を向き、

「すいません、どなたさんですか? 俺、記憶を正しければ初対面なので」

 そう男に質問を投げかけると、男は最初、きょとんとした表情を浮かべるが、豪快に笑い出した。

「はっはっは! そうよなぁー、私は君のことよく知っているが、君は私と初対面だったよなぁ。コレは失礼、私は冬木原第一防衛隊隊長の金平純作だ。よろしく、勝原柊次君」

 そう言ってニコリと笑って、俺に手を差し伸べる。俺はハァ……と、その人の手を取り、握手をする。

「あー、ご丁寧にどうも。って、隊長ぉ?」

 俺はその人の役職を聞いて目を丸くする。俺の中では冬木原を統括するくらいの人なんだから、威厳があって、ごっつい人だと想像していた。でも、俺の目の前にいる金平隊長は何処にでもいそうな、そんな人だった。

「す、すみません! 貴方のことを知らなかったとはいえ、失礼をしました!」

 俺は病室のベットの上から土下座をする。

「まぁまぁ、私もあの時自己紹介出来なかったからお互い様だよ、ハッハッハ」

 そういって金平さんはまた豪快に笑う。俺はハハハ……苦笑いを浮かべるしかなかった。

「はいふぉふぁふぃふぁっふぇふぉとふぁ、ふぃうしふぉ▲□※◎……」

 妃沙羅が金平さんに向かって何か言っているのみたいだけど、口にスプーンをくわえながら喋っているので何を言っているのか俺には全く分からない。しかし、金平さんは妃沙羅の言っている言葉を理解したらしく、ウンウンと頷く。

「勝原君の入隊に付いてだが、勝原君が退院してからどうするかを決めることになった。残念ながら今は入隊を確約することが出来ない」

 金平さんはキリッとした表情で妃沙羅に告げる。妃沙羅はその言葉に口に銜えていたスプーンを落とす。プラスチック製のスプーンが床に乾いた音をたてて転がる音が病室に響く。

「なんでよ! ちゃんと柊次は入隊試験をこなしたのよ? なんですぐに入隊を許可しないのよ!」

 妃沙羅は立ち上がって金平さんの胸倉を掴んで持ち上げる。金平さんは俯き加減で、

「仕方ないことだろ、防衛隊を最終的に査定するのはアイツなんだから……」

「あっ、そのこと忘れていたわ。てへっ☆」

 そう言って金平さんの胸倉を掴んでいた手を離して、お茶目っぽく笑う。妃沙羅が手を離しておかげで金平さんがドスンという音を立てて床に転がる。

「あ」

「うわぁぁぁ! 金平さん、大丈夫ですか!」

 俺は急いでベッドから降りて金平さんの下へ駆けつける。金平さんはイテテ……と思いっきり強打した腰をさす擦る。

「大丈夫だ。でも、いきなり手を離すことはないだろ、サラ」

 金平さんは、妃沙羅に軽くチョップをかます。妃沙羅はえへへ……と舌を出してごまかす。

「まぁ、柊次くんが気に病むことではないよ。隊員になるにはある人の審査が必要なだけで、その審査に合格すれば晴れて、冬木原第一防衛隊の隊員になることが出来るんだ。きっとアイツも君の事は気に入ってくれるはずだから」

 金平さんは俺の肩をポンと叩き、励ましてくれる。

「その人ってどんな人なんですか?」

 俺は金平さんに質問すると、金平さんと妃沙羅が気まずそうな顔をする。俺、何か変な質問でもぶつけたのだろうか?

「あ、えっと、そんなに変な質問なら答えてくださらなくても結構なんで……無知な俺が悪いだけなんで」

「別に変じゃ質問じゃないよ。誰だって知りたいであろう質問だろうからね。冬木原防衛隊最高幹部管理官殿のことなんて一般住人は誰一人知らないことだから……」

 金平さんが、あはは……と乾いた笑いを浮かべる。

「防衛隊最高幹部! そんな偉い人の審査が必要なんですか! 俺、大丈夫かなぁ?」

「いや、幹部と言ってもなぁ。かなりの」

 金平さんの発言に、俺は疑問が浮かぶ最中さなか、病室のドアのノックする音が聞こえた。

「あ、はい。どうぞ」

 他にお見舞いをしてくれそうな当ては無いのだけど、誰だろう? 担当医の人かな? と思いながら俺はドア越しの相手に返事をする。

「うっふっふ、来ちゃった。逢いたかったわ、シュージきゅん」

 いきなりドアが開いたかと思うと、真っ白いワンピースに身を包み、髪は金髪でポニーテール、そして真っ赤のバラの花束を抱えた、

 男が俺に向かって飛び掛ってきた。

「うっ、うわぁぁぁぁあああああ」

 俺はその男性の勢いに負けてベットに後ろから倒れこむ。

「その、ピュア頂きよん☆」

 俺がベッドへ倒れたことをいいことに、男がベッドへ向かって飛び掛ってくる。

 やばい、このままじゃ俺。襲われる可能性大だったり?

「はい、ストップ!」

 妃沙羅が飛び込んでくる男の顔面に張り手を炸裂する。

「あぴゅひっふ!」

 男が顔面に手を当て、奇声をあげながら床に転がる。かなり痛そうなのが分かる。しかし、男は痛そうにしていても、心から嬉しそうな表情を浮かべていた。

「いやん☆この痛さがカ・イ・カ・ン」

「あ……あの……」

 俺が男に声をかけようとすると、金平さんが制止をする。

「今の彼に声をかけてはいけない、巻き添えを食らうぞ」

 金平さんはこれ以上ないというくらい真剣な面持ちで話しかけてきたので、俺は男に声をかけるのをやめる。その代わり、金平さんに俺は質問をぶつける。

「あの人は一体誰なんですか?」

 金平さんはため息を一つついた後、

「彼は、リオン・バークス・ホワイティ。私が今さっき言っていた、冬木原防衛隊最高幹部管理官殿だよ」

 え? と俺はこの耳を疑ってしまった。目の前に居る変態もどき(むしろ、超ド級の変態らしき物体……失礼は承知だけども)が、冬木原防衛隊のお偉いさんなんて思っても見なかった。でも、アレ? ファミリーネームのホワイティってもしかして……

「彼はサラの父親だ」

「え? そうなんですか?」

 俺は驚いて、下でもがいているリオンさんと妃沙羅を交互に見比べる。確かに、面影が似ているような気がするような……

「な、何よ? そりゃ親子なんだもの、顔が似ているのは当たり前よ。性格は死んでも似たくないけどね。ちょっと、ダディ! いつまでそこに転がっているのよ、起きなさいよ!」

 妃沙羅はリオンさんの腹部に踵落としを食らわす。

「あふんっ、愛娘の蹴りがこれまたいいわん☆」

 そう、悦に浸りながらリオンさんは起き上がり、そして、俺の顔から足先までを舐め回すように観察を始める。

「俺に何か付いていますか?」

 俺は変なところでもあるのかと思って、見える範囲をキョロキョロと見回す。しかし、別段自分では変なところは見つけられない。

「いや、変なところがある訳じゃないわよ。愛しのサラが気になっている男の子がどんな子なのだろうって思ってね」

 リオンさんは俺にニッコリと笑いかけてきた。え? 妃沙羅が、俺のこと気になっている?

「ちょ、ちょっと! ダディ! そんなこと言わなくていいでしょ!」

 妃沙羅が慌ててリオンさんの口を塞ぐ。しかし、リオンさんはその塞ぐ手を丁重に退かす。

「気になって見に来たのだけど、結構可愛いじゃない☆こうなったら私がシュージきゅんを貰おうかしら?」

「ちょ、何どさくさに紛れていっているのよ! ちょっと、抱きつかないでよ!」

 妃沙羅のことなんて構いもせずに、リオンさんは俺を強く抱きしめる。強く抱きしめる度に胸部の頂が俺の胸部に当たるって……アレ?

「あの……リオンさん、俺の胸部に当たる頂って、もしかして」

 俺が恐る恐る下をみると、女性のシンボルがある位置に膨らみを確認。

「ん? コレ? 大丈夫よ。パットを入れているだけだから。もう☆シュージきゅんったら本当にきゃわいいんだから」

 リオンさんはさらに俺を強く抱きしめる。いくら女装していても、やはり体力は男そのもので、俺はその圧迫で意識が遠のく。

「もう、ダディ! それ以上絞めたら柊次がまた倒れるわよ!」

「あらま。ごめんなさいね、ついきゃわいい子を見たら肋骨が折る寸前まで抱きついちゃうのが私の悪い癖☆」

 俺はリオンさんから開放されると、フラフラしながらベッドへ戻る。フラフラの原因は絞められていた間に圧迫されて流れが悪かった血流が、一気に流れ出した為の立ちくらみなのか、リオンさんに元気を吸い取られたからなのかは定かではない。

「で、リオン。何の用だ? お前がサラの気になる人を見に来るだけの用事で管理官執務室から脱走する訳無いだろ。あと、そろそろ其の化けの皮を剥がさないと、柊次くんが怯えているぞ」

 病室の出入り口サイドにいつの間にか移動していた金平さんがリオンさんに話しかける。すると、リオンさんはポニーテールを解き、先ほどまでの全く違う表情を見せる。

「では改めて、初めまして、勝原柊次君。私は、仁坂国特別皇帝相談役兼、仁坂国直轄防衛機関冬木原防衛隊最高幹部管理官のリオン・バークス・ホワイティだ。今回は君の技量が我が防衛隊に相応しいものであるかどうかを審査する為にやってきた。よろしく」

 そういって、リオンさんは俺に向けて手を差し伸べる。俺はリオンさんの変わり様に少々動揺するも手を差し伸べ、お互いに握手をする。

「よろしく、お願いします」

「でも、今日は試験しないわよん。今日は、シュージきゅんにお手紙を持ってきただけよん」

 リオンさんはさっきまでの凛々しい顔をガラリとかえ再びオネエ口調に戻し、俺に一通の手紙を手渡す。手紙は可愛らしいパンダのキャラクターの封筒だった。差出人を確認すると、それは、櫻からだった。俺はベッドへ座り込み、手紙を開封する。

 内容は、俺が例のストーカー犯の男に刺されて大怪我を負ったことをマネージャーから聞いて、急いで病院へ行きたかったけど、事務所がそれを許してくれなかったので、行けなかったことを許して欲しいという内容だった。そのお詫びとして一ヵ月後に開くシークレットライヴに招待するとも明記してあって、封筒を振ると中から特別シートチケットが出てきた。

「いやぁ、シュージきゅんはモテモテねぇ。私、妬いちゃうわぁ。んもう! 私をその気にさせないでよん」

 リオンさんが、バシンと俺の肩を勢いよく叩く。あまりの強さに俺は、おおぅと顔を歪ませて肩を擦る。

「あと、それとねん、目を覚ましたらすぐ退院できる状態と先生が言っていたわよん。だから明日、退院でいいでしょ☆よかったわねぇ。ということで、退院祝いだわよん」

 リオンさんがパチンと指を鳴らすと、黒いスーツに身を包んだSPらしき人が二人、入り口から出てきて、俺に小箱を手渡す。

「これなんですか?」

 俺が箱の中身をリオンさんに尋ねてみると、リオンさんは不敵な笑みをこぼした。

「いいから開けてみてん」

 言われるとおりに開けてみると、そこには一枚の紙切れが二つ折りにされていた。もしかして、今度こそ、内定通知か? と俺は心を躍らせながら、紙切れを開くと……

『退院の準備が整ったら、連れて行くところがあるから覚悟してねん☆』

 と一言しか書いてなく、俺はガクっと肩を落とす。

「あらん? お気に召さなかったぁ? 私の愛のカ・タ・チ」

 リオンさんがそう言いながら、俺に近づいてきて、人差し指で背中を逆なでする。俺はぞぞっと鳥肌が立ってしまう。

「リオンさん、こーいうことは口で言ってくださいよ!」

 俺がそう言うと、リオンさんは残念そうな表情を見せる。

「えー、折角考えて作ってきたのにー。まぁ、いいわん。明日はそーいうことだから、覚悟していてねん☆じゃあ、ジュンジュン、サラ、私たちはここら辺でおいとましましょうか?」

「ジュンジュンって。その名前で呼ぶなと何度も言っているだろうが、全く」

 金平さんが呆れ顔でため息をつく。

「まぁ、そういうことみたいだから私たちは帰るとするよ、行くぞサラ」

 金平さんはそういって病室を出て行った。妃沙羅は此方をくるっと振り返って、

「じゃあ明日頑張ってね。バイバイ」

 そういって手を振って去っていった。

「ふぅ、目が覚めてからいきなり色んなことが起きたから疲れたなぁ。そうだ、金平さんに貰ったプリンでも食べようっと」

 俺は袋に入ったプリンを一つ取り出し、開封。そして口に運ぶ。

「うみゅぅ~。うんまい」

 卵と牛乳、そしてバニラビーンズとの絶妙なハーモニー。でもって、カラメルのほろ苦さがまたプリンの味を十二分に引き出しているところがまたなんとも職人の巧妙さが伺える一品だと、俺は心の中で大いに感動していた。

「さて、プリンも食べ終わったことだし、ちょいと院内でも散歩してこようかなぁ。運動がてら」

 プリン二個を食した俺は、よいしょっと立ち上がって病室の扉を開けた、そのとき、

「うぉっ」

 扉の前にはショートヘアで綺麗な金髪の男性がビックリした表情で俺を見ていた。

「うわっ、ごめんなさい。これから散歩をしようかと思ってた途中なんです。ビックリさせてしまって」

 僕が即座に謝ると彼は、ほぅ……となにやら感心した様子。

「それくらい動けるのだったら大丈夫そうだな。院内を散歩するなら私も同行してもいいかな? 院内庭園でちょっとお茶でもしていかないかい? お茶の一杯でも奢ろうじゃないか」

「え、良いんですか? ご迷惑でなければ是非」

 彼の提案に俺は快く承諾する。


 院内庭園の横に併設されている喫茶店。俺と金髪の彼は青々とした植物達を見ながらのんびりとコーヒーをすすっていた。

 俺がまじまじと彼を見ると、彼は白衣を身に纏っていたので恐らく医者だろうと思いながらコーヒーを口に含む。

「えっと、もしかして俺の担当の先生ですか?」

 俺は、その医者っぽい人物に質問をしてみる。

「ん? あぁ、残念ながら違うんだ。君の本来の担当医である美風みかぜは机の上に積み重なっている山のようなカルテ整理に悲鳴をあげている最中だ。代わりに見に行ってくれと頼まれたんだ。私の名前は、ヴァリオ・フィオール。本来は、上箕島かみみしま市の道柴総合病院で外科医をやっている。よろしく」

 ヴァリオさんがニッコリと微笑みかける。

「上箕島市ですか! 俺の地元ですよ。しかも、道柴総合病院って上箕島市の国立病院よりも大きいって有名なあそこですよね! そんな、すごい病院で働いているヴァリオさんがなんで冬木原市に?」

 ヴァリオさんはコーヒーをスプーンでかき回しながら、語りだす。

「外科医の学会がここであったのでね、ついでに、道柴総合病院からこちらの病院に移った友人……まぁ、君の担当医を訪ねてみようと病院へ行ってみたら、ちょうどあちらこちら刺し傷のある君が搬送されている時だったんだ。余りにも危険な状態というのは私の目にも判ったから手術の手助けを申し受けたというわけだ」

「そ、それはありがとうございます」

 俺はヴァリオさんに向けてお辞儀をする。

「さて、病室に戻ろうか? 起きたばかりだろうからあんまり長居もきついだろう」

 そう言って、ヴァリオさんと俺は再び病室へと戻った。


「まぁ、元気になったみたいだし、よかったよ……もしこのまま昏睡状態が続くのだったら、私の最終兵器を使おうかと考えたのだけどね」

 ヴァリオさんが先ほどの穏やかな顔とは違って、何か企むような黒いオーラを滲み出しながら笑う。

「さ、最終兵器ってなんですか!」

 俺は、その黒いオーラが漂う笑い方に尋常じゃないものを感じつつ、ビクビクしながら訪ねる。

「傷口に練りわさびって最強だと思わないかね?」

 ヴァリオさんがフフフ……と笑う。

 最強の前に絶命しちゃいますよ! というツッコミをしようとも思ったが、俺にはそんな元気がなく、あははと苦笑をした。

「冗談はその辺にしておいて、傷跡をなるべく残さないようには縫ったのだが、支障はないかね?」

「大丈夫ですよ。ほら、この通り」

 俺は服を捲り上げて、腹部を見せる。あれだけ刺されていた箇所は綺麗に縫われていた。

「まぁ、こんなものだろ……ん?」

 ヴァリオさんが俺の右わき腹に目がいく。

「この手術痕は……」

 ヴァリオさんが悲しげな表情をする。俺は慌てて、コレは小さいときになった傷で、そんなに大したことでもないから大丈夫ですよ、と弁明した。

「いや、そういうことじゃなくて……悪いことをしたなって……アイツの変な実験のせいで」

「え? 変な実験?」

 俺はヴァリオさんの意味深な発言に首を傾げる。

「あ? あぁ、別に気にしないでくれ、私の独り言だから」

「そうですか? なら、いいんですけど」

 俺は意味深な発言が気になったが、そんなに詮索することはしなかった。その時、再び病室のドア越しからノック音。いっぱい来るなぁ。

「おじゃましまーす。ヴァリオいる?」

 ドアからひょこっと顔を出したのは、金髪ショートカットでポンチョみたいな服を着た俺より歳はぐっと下で、小学生くらい男の子だった。

「あぁ、ルークか。何かあったか?」

 どうやら、ヴァリオさんの知り合いらしい。ルークさんはててて……とヴァリオさんの所まで駆け寄り、ヴァリオさんの後ろに隠れる。

「全く、そろそろ人見知りをする癖をどうにかしたらどうだ?」

 ヴァリオさんは呆れ顔でルークさんに話しかける。

「だって、恥ずかしいんだもん。それより、るーはお腹空いたの。華ちゃんも呼んでくるからご飯食べに行こ?」

 ルークさんは上目遣いでヴァリオさんに催促をする。

「美風から頼まれたことが終わればすぐ行く。華にもそう伝えといてくれ」

「うん。分かった……というか、この人がヴァリオの言っていた人?」

 ルークさんが俺を指差すと、ヴァリオさんが頷く。

「ふーん、この人がねぇ」

 ルークさんは俺の顔をじーっと見つめる。その見つめる眼は何もかも見透かしそうな瞳だった。

「ルーク。そんなに人をジロジロ見るもんじゃない。困っているぞ」

 ヴァリオさんがコツンと軽くルークさんにゲンコツをする。ルークさんは申し訳なさそうにごめんなさいと謝る。

「るーは先に帰っとくね! じゃあね」

 ととと……とルークさんは足早に病室を去っていった。ヴァリオさんも腰掛から立ち上がる。

「大丈夫そうだから、私も美風に報告しに行くとするかね、それでは」

 手を振ってヴァリオさんが去っていった。

 はぁ、なんだか今日は人が沢山来て疲れたなぁ……明日に備えて寝るとするかな。

 そう思いながら布団の中に潜りこみ、就寝した。

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