弐、ショートケーキのような甘い香りで包んでくれる、僕らの女王様
「つまんない……」
退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈。
「お仕事ばっかりでつまんなーい」
退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈。
「せっかく都会に来たんだから、何処か遊びに行きたいなぁー」
退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈退屈。
「ねぇ、白木ぃ? せっかくリハーサルまでまだまだ時間があるんだしさぁ、何処か遊びに行っていいでしょ? ねぇ? ねぇーったらぁ……」
あたしはマネージャーに催促をする。
「ダメだって、恵理ちゃん。君は今世間をにぎわすアイドルだから、勝手に行動したら駄目だって、そんなことを社長に知られたら、僕怒られちゃうよ」
白木は汗を拭きながら困惑モード。なんて、使えないマネージャー……社長にペコペコしちゃってさぁ……
「っていうかさぁ? 白木もあたしのこと芸名で呼んでくんのやめてくんない? あたしぃ、ちゃんと、宮本櫻っていう本名があるんですけどぉ」
あたしはふて腐れてそっぽを向く。あのオバサンのつけた美河恵理なんて芸名、正直に言うと気に入ってないんだよねぇ。他に候補を出そうとする人なんていなかったからこんな芸名になっちゃったしぃ、あの事務所じゃオバサンに歯向かう人なんて居ないしねぇ、はぁ……どいつもこいつも使えないから退屈。
「いーもん、これからある冬木原のライヴイベントとそれからあるドラマの撮影をドタキャンするもん、プロデューサーに連絡してやる。白木、きっとあのオバサンに大目玉を食らっちゃうわね、キャハハ」
いい気味ねぇと言いながらあたしは携帯を取り出し、ドラマのプロデューサーの携帯番号を電話帳から検索する。検索しながら白木の方をちらりと見ると、顔を青くさせて大量の冷や汗をかいている。
あはは、そんなにあのオバサンに怒られるのが怖いんだぁ。コレは使えるかもぉ。
「じゃあ、遊びに行っちゃだめぇ? あたしぃ、冬木原のショッピングモールで秋物の服買いたいしぃ、ついでに有名洋菓子店の期間限定のスイーツがあるんだよねぇ。食べたいなぁ。その代わり、お仕事頑張るからさぁ、駄目?」
あたしは上目遣いで白木に懇願する。男が女の上目遣いに弱いのを知ってるから、ついつい使っちゃうんだよねぇ。
白木も例外になく、満更でもない顔をしている。
「し、仕方ないなぁ。社長に相談してみるよ。了解を得たら遊びに行っていいよ」
「わーい、白木くん大好きぃ」
あたしは白木に抱きつく。白木はあたしが抱きついてきたので顔を真っ赤にして恥ずかしそうな表情を浮かべる。
あはは、これだから男っておちょくりやすいから好きなんだよねぇ。あんたのことなんてあたしは別に好意に思ってないよ、バーカ。あたしは一応人気絶頂のアイドルなんだからコレくらいのファンサービスは必要よねぇ。
あたしはこの業界に入ったのはただ人にチヤホヤされたかっただけだしぃ。偶然街でスカウトされて、デビューしたらそのまま売れちゃったからあたしって結構ラッキーなのかもぉ。もしかして、これを本にしちゃったらあたしさらにお金稼いだりしちゃったりして。
あたしがお金の使い道を考えていると、白木が携帯を閉じてあたしの方を向く。きっとオバサンへの報告が済んだんだろう。
「社長に相談したら、すでに護衛役を用意しているらしい。その人と一緒に行動するのなら遊びに行ってもいいらしいよ。さすが社長。こんなことも想定済みとは、僕は社長に頭が上がりませんよ」
白木は感動して涙を流している。そんなにあのオバサンのことを敬愛して止まないのなら、あたしのマネージャーなんて辞めて、ずっとオバサンの足でも丁寧に舐めとけって。
それにしても、あのオバサンまた余計な事を。あたしが逃げ出すと思ってるんだ絶対。そうでもないと護衛なんて雇わないしぃ。
あー、うざったい、だからあのオバサン嫌い。自分が結構、名の売れた歌手だったからって、自分と同じような芸能人を育てようと事務所を設立して、自分の歩んだ成功ロードを歩ませようと新人アイドルを教育する。社長の敷いた線路を歩まないようなアイドルはすぐに関係を解消される。そうやってあの事務所をやめていった人は結構多い。
あたしはその辺り世渡りが上手いから何とかなっているけど☆
「それにしても護衛ってだぁれ? 男でイケメンだったらあたしの彼氏にしちゃおっかなぁ?」
あたしの一言に白木は「え? それはダメだって絶対」と言いながら目を白黒させて驚く。
「冗談に決まっているじゃん、何その気になってんのよ。で、一体誰なのよ」
あたしが睨みを聞かせると白木は汗をハンカチで拭きながら手帳を開く。
「えっとだねぇ。冬木原第一防衛隊っていう組織に入っている勝原柊次っていう男性らしいねぇ」
へぇ、男なんだぁ。あたしの美貌でやられない男はいないしぃ、ここはとことん誘惑させて骨抜きにさせてやろう。骨抜きになっている内に逃げ出せばいいんだしぃ。とあたしはひそかに企んでいた。
「どんな人か、あたし超楽しみぃ☆」
正午の冬木原駅前。平日であるのにも関わらず、多くの人で賑わっている。皆忙しく歩いているなか、俺だけは駅にある噴水の前でボケーっと座っている。
これで彼女とかが「待った?」とか言って駆け足でやって来てくれれば最高なんだけどなぁと考えたが、彼女いない暦=年齢の俺にはそんな妄想が自分で自分の首を絞めるという結果になってしまった。
ふと、駅前のビルに備え付けられている巨大モニターに目をやるとそこには一人の女の子が映っている。
「はぁい☆みんなぁ、元気かな? 今日夕方六時から私、美河恵理のライヴをカシワギソフトさんでやっちゃいまぁす。みんなぁ、見にきてね。見にしてくれないと恵理、拗ねちゃうんだから!」
美河恵理のライヴ告知のCMが流れるとファンらしき人々が恵理ちゃーん、今日も素敵だよぉ。などモニターに向かって黄色い声を発していた。
「アレが、美河恵理か……」
俺はそう思いながら妃沙羅に聞かされた任務の内容を思い出していた。
それは今から一時間前の出来事。妃沙羅から任務の内容が俺に伝えられる。
「いい? 任務は今人気絶頂のアイドル、美河恵理の護衛よ。護衛といっても彼女をエスコートするだけの簡単な仕事よ。そんなこと言っても、相手が芸能人だからエスコートするのも重労働だと思うけど、そこら辺は気合とガッツで乗り切れば大丈夫と思うわ」
ファイト! と妃沙羅は俺の肩をバシバシと叩く。
妃沙羅しゃん、そんな軽いこと言わないでくだしゃい。俺は小心者なのでしゅ。
「コレでも結構簡単な入隊テストのレベルなのよ? 冬木原第一防衛隊に入隊しようと日々勉学や体力作りに勤しんでいる人がこのことを聞いたら、きっと、柊次はボッコボコにされるわね……」
「そ、そんなことになるのでしゅか」
妃沙羅の発言に思わず俺は耳を疑ってしまう。そんなに入隊テストって難しいの?
「そりゃ、国家公務員だからね。毎年入隊テストを受けに全国各地から人が受験しにやってくるわ、だけど才能重視だから採用されるのは一握りだけどね」
そんなトンでもない入隊テストなのかと驚いている俺に一つの疑問が生まれた。
「ところで、冬木原第一防衛隊って一体どんな組織なんだ?」
俺の質問に妃沙羅は呆気に取られた顔をする。
「え? あなたもしかして冬木原第一防衛隊がどんな組織か知らなかったの? はぁ、情けないわ」
妃沙羅が呆れ顔でため息をつく。
「だって、いきなり偽造内定書を出されて、拉致されて、入隊テストを受けろとか言われるし。どんな組織かを調べる余裕はないに等しいだろ!」
俺が反論をすると、妃沙羅はうぐっと気まずそうな表情を浮かべる。
「そうれも、そうだったわね。あははは、しょうがないわねぇ~どんな組織か教えてあげるわよ」
妃沙羅はそう言いながら引きつった笑いを浮かべる。
「妃沙羅しゃん、それは図星なんでしゅか?」
俺の質問を妃沙羅はコホンという咳払いでスルーし、話を続ける。
「柊次、この冬木原は国にとって特別な存在っていうことは知っているわよね?」
何となくは。冬木原市に引っ越して来たとき、ガイドブックを一通り念入りに読まされているからな。それだけ覚えなきゃいけないことばっかりなんだろう。
「特別な存在ゆえに、警察だけじゃ防衛しきれないところがあるのよ。そこで警察ではない機関を設ける必要があった。それが冬木原防衛隊よ!」
妃沙羅がいつの間にか出したスクリーンに映像を映し、バンッとスクリーンを叩いて強調する。
「冬木原第一防衛隊というのは冬木原防衛隊の組織の一部で、国で一番の経済発展都市である冬木原市に特別に設置された国の防衛機関よ。第一~第十六まで部署があって、それぞれの部署は個々の能力に応じて仕事を任されているわ」
ふむふむと俺は頷く。
「その中でも冬木原第一防衛隊は選りすぐりの人間が終結していて、本来の任務は国防とかなんだけど、今のところ平和そのものだから仕事内容は犯罪等の取り締まりや要人護衛、いわゆるセキュリティポリスに似たような役割を担っているわけ。これくらいの説明で分かったかしら?」
妃沙羅が説明を終え、映像を終了させる。俺は何となくわかったと妃沙羅に告げる。
それにしても、エリート集団の入隊試験を受けようとしているのか。無駄に緊張してきたよぉぉぉおおおおお!
「柊次の能力は私が認めているから大丈夫よ。ということで頑張ってきてね」
妃沙羅は飛び蹴りをかまして俺を追い出す。妃沙羅さん……その……み、見えちゃっていますぅ。
「女の子のスカートの中を覗く前にとっとと行ってこい!」
「は、はひぃいいいいいいい! すいましぇん!」
そう言って俺は第一防衛隊を後にした。
頑張ってねと言われてやってきたのはいいけど、何時頃にそのアイドルが待ち合せにやってくるのか正確な時間は設定されてないみたいだから、ただ呆然と待つだけなんだよなぁ。
「何時になったらやってくるんだろうなぁ」
そう呟きながらストレッチをしている時だった、
「勝原柊次さんだね」
後ろから俺の名前を呼ぶ声と気配。振り返ると、そこには黒ずくめにサングラスをかけた、いかにも怪しいという男二人。
「そ、そうですけど? 何かご、ご、ご、御用でも?」
俺はビクビクしながら男達にそう答える。すると、男の一人が無線機を取り出しこう告げる。
「ターゲットを確認。車の中へ連行しろ」
俺を二人がかりで持ち上げ、黒いワゴンの中へと連行される。俺って拉致しやすい人間なのかなぁ、それはそれで凄いショックだけど。
俺はワゴン車の中に押し込められ、車は走り出した。
「うわっ! いたた。毎回痛い目に遭う確立が高いな俺は」
俺はそう言いながら押し込まれた時に強打したと思われる腰をさする。
「あんたが勝原柊次ぃ?」
また名前を呼ばれ、正面を向くと、そこには巨大モニターでライヴ告知をしていた人物、美河恵理が足を組んで座っていた。
「はぁ、一応そうですけど?」
「あんたがあたしのボディーガードなのね、あたしの名前は宮本櫻。よろしく」
美河恵理がそう自己紹介をする。
あれ? 宮本櫻? 美河恵理じゃないの?
「えーっと、俺は貴方の名前を美河恵理って聞いたんですけど? 宮本櫻ってどういうことですか?」
俺はそう聞くと、美河恵理の顔が歪む。
「はぁ? 美河恵理が芸名ということもわかんないのぉ。ばっかじゃない? それくらい察しろっていうかぁ、あんた頭弱いんじゃない?」
「ひぃ! ごめんなさい」
美河恵理の怒声に俺は土下座をする。やっぱり土下座が板についている自分が悲しい。
「まぁ、いいわ。さっそくあたしのボディーガードとして働いてもらおっかなぁ? いい? あたしのことは“櫻様”もしくは“お嬢様”と呼ぶのよ? それ以外で呼んだら、あたし怒っちゃうからかもぉ。もしかしたらアンタの首が飛んじゃうかもね?」
「りょ、了解いたしました。お嬢様」
俺がそう言いながら頭を下げると美河え……じゃなかった、宮本櫻お嬢様は気分が良さそうに高笑いをする。
コレが失敗に終われば、俺はまた職を探さないといけない。が、がんばろ。
俺はそう心に誓った。
柊次がターゲットに出会ったであろう頃、冬木原第一防衛隊の事務所では、私と未来が休憩をしていた。他の人たちは皆出払っていて、事務所は私と未来の二人だけだ。
「そろそろ、美河恵理さんに出会っているころでしょうか? 柊次さん」
未来が私にお茶を差し出してそう話を持ち出す。
「でしょうね。柊次に取り付けた発信機が凄いスピードで冬木原のショッピングモール方向へ移動しているから、美河恵理と接触してこれから買い物でも行くのでしょうね」
私はそう言って、ずずずー……っとお茶をすすりながら、柊次の現在位置を表示している小さい端末のモニターに目をやる。
「柊次さんに発信機なんて取り付けてたんですか? サラちゃんはよほど柊次さんのことが心配なんですね?」
「まぁね、まだ入隊が決まっていないと言っても一応は仲間だからね、心配するのは当たり前でしょ?」
私はそう言いながら更にお茶をすする。
「もしかして柊次さんのこと好きだったりして?」
未来がそんなこと言うもんだから、私はお茶を思いっきり噴いて、咽る。
「だ、大丈夫ですか? サラちゃん?」
未来が咽て苦しそうにしている私の背中をさする。
「だ、大丈夫よ。未来がいきなりそんなこと言うもんだから、その、吃驚しただけよ」
まだ呼吸を整っていない私は、若干声が裏返る。
「そうですか? サラちゃんがそう言うならいいですけど? てっきり図星なのかなぁ? とか思いましたよ」
「ち、違うわよ! 誰があんな奴なんかと!」
私は顔を真っ赤にして未来にそう答える。
そ、そうよ、私が柊次のことを好きなわけないじゃない。そりゃ、助けられたとき格好いいなぁとは思ったけれど、好意の方の好きで、別に恋愛に発展するような好きじゃ……ないわよ、きっと。
「へぇ。サラちゃんは柊次さんのこと好きじゃないのですか? 私は柊次さんのこと好きだけどなぁ?」
「へ? 未来はあんな奴が好みなの?」
突如の未来の発言に私は吃驚してしまう。何、爆弾発言しているの、この子ったら。
「うん。優しそうだし、それと何か母性本能を擽られちゃうっていうか……そんな感じがするから」
未来が照れながら答える。母性本能をくすぐ擽られるねぇ。それは柊次がヘタレなだけじゃない。私ならもっと有能な人と付き合うわ。
そう、ヘタレな柊次じゃない、他の人と私は、付き合うはずだわ。
「じゃあ、柊次さんが帰ってきたら、私告白し……」
「それは絶対にダメッ!」
未来の発言を私は大声でかき消す。大声が事務所中に響き渡る。私の大声に未来はきょとんとした表情を浮かべている。
あれ? なんで私、未来の会話に過剰反応しているのよ? 別に、私が関わることじゃないのよ? でも、ふいに未来が抜け駆けをしていると考えちゃって……未来が告白するのはあのヘタレな柊次なのよ? 関係のないことなのに、なんで私が悔しいとか思っちゃうのよ! でも……
「あーもう! 柊次のせいで頭が混乱するじゃない!」
私は椅子におもいっきりもたれ掛かって頭を掻き毟る。
「くすくす……」
その光景を見て未来が笑う。
「何がおかしいのよ」
「いやぁ、サラちゃんは自分にもっと素直になればいいのに……とか考えたら、おかしくて」
未来はそういってクスクスと笑う。
「それって、私が素直じゃないって言いたいわけ?」
私は膨れながら未来に訊ねる。
「まぁ、そういうことになりますね? 人生素直の方が得しますよ。サラちゃん」
「私は、べっ、べつに!」
私は俯いてお茶をすする。顔の体温だけ一気に高くなり、紅潮してしまう。
「ふふふ、サラちゃん可愛いなぁ」
「ううぅ、うるちゃい」
私はそういってお茶をブクブクさせる。すると出入り口からパタンという音が聞こえた。私と未来が振り向くと、冬木原第一防衛隊情報収集係の赤橋隆宏が帰ってきていた。
「おーい、サラ。例の資料集めてきたぞ」
隆宏は私に重量感のある、封筒を渡す。
「ありがとう、隆宏。ところでこれ結構重量感あるのね、封筒も結構の厚みだし」
私は封筒の厚みと重さに驚く。
「調べてきたなかで一番薄いのがそれだったのだが? お前が論文を調べてきて欲しいっていったんだろ? 論文はコレくらいの厚さが普通だぞ?」
「うっ、確かにそうだわね。はぁ、全項目に目を通さないといけないのね。いつまでかかることやら」
私は重いため息をつきながら、封筒を開封し論文集をペラペラとめくっていく。中は数式やグラフで埋め尽くされていた。私、どうしても数学は好きになれないのよねぇ。
「サラちゃん、それ、何の資料なんですか?」
未来がペラペラとめくられてゆく論文集を目で追いながら私に問う。
「ちょっと、柊次の能力について調べようと思ってね。柊次自身も自分の能力をあまり分かっていないらしいから、生体学とか医学とかの権威の論文集を隆宏に取り寄せてもらったのよ。これを見れば何か分かると思ったのだけど」
私はまたため息をつく。未来はというと、いきなりパソコンを起動しネット回線に接続する。そして、検索サイトでキーワードを入力し、検索で表示されたページを私に見せる。
「もしかして、これに関わったんじゃないでしょうか? 柊次さん」
私は未来が検索したページを凝視する。そのページには、道柴氏考案の人類能力化計画構想、多くの賛同を得て各地で実験開始というニュースが書かれていた。
「人類完全能力化計画ねぇ。名前からして、おそらく柊次はその計画に巻き込まれたと考えた方がよさそうね。というか、未来はなんでこんなページ知っていたのよ? 二十一年前の計画なのに」
「日課のネット掲示板のパトロールをしていたときに偶然見つけたんですよ。このニュースのソースが貼られていたのが仁坂で行われたヤバイ実験を上げていくスレっていうタイトルで気になったもので……」
へぇ、たまには掘り出し物の良い情報があるんじゃない。掲示板を侮っていたわ。
「道柴氏の論文ならその論文集の最初のページに掲載されていたぞ。少しだけ見たが、俺にはさっぱり分からん。否、常人には分かる文章じゃないな、あれは」
そんなに難しい文章なのかしら? と私は道柴氏の論文が掲載されているページを開いて目を通すが、一ページにも満たないところで論文集を閉じる。
「何コレ? 冒頭のタイトルから意味不明だわ」
論文のタイトルには、《特有遺伝子植え込みによる能力開花の可能性について》と書かれてあった。
「特有の遺伝子を植え込むと能力が開花するという理論らしいけど、そんなことをして能力が開花するとは到底思えないわ。でも、成功例がいるから否定は出来ないわね」
そうなると、この胡散臭い論文は理論が確かなものになるってわけね。それにしても、世の中には物好きな先生もいるのね、こんな生命の根本を変える実験をしちゃうなんて。
「この道柴先生ってそういう実験好きだった見たいですね。ネットで調べたらこんなのが出てきましたよ」
未来が見せてくれたページには、道柴氏の経歴が載っていた。道柴総合病院の院長時代、様々な人体実験を行い社会に大きな貢献をしたが、実験内容が酷いものも多数あったことから道柴氏の実験に反対していた人も数多くいたと書かれていた。
俗に言うマッドサイエンティストっていうやつね。自分が新たな命でも創り出そうと思っているのかしらねぇ?
「自分の息子にも人体実験を施したと書いてありますね、酷すぎます」
未来がそう言ってページを更に進めていく。私はとあるページに目が行く。
「道柴氏本人に柊次が巻き込まれた実験について聴きに行くということは不可能のようね」
私が見たページには、道柴氏は実験体となった男に刺されて亡くなったと書いてあった。これが創造主になろうとした人の末路ねぇ……。人間、最期はあっけないものね。
そう考えながら私は柊次の現在位置が移っている端末を見る。地図上でちょうど冬木原ショッピングモールの地点で発信機の動きが止まる。
「柊次がショッピングモールに到着したらしいわね。さて、入隊テストをクリアできるかしら?」
私はそう思いつつ、端末を凝視し、祈る。
柊次、私は貴方と一緒に冬木原第一防衛隊で働きたいの。だから頑張ってテストに合格しなさいね。
だって、私は、本心では柊次の事が……。
薄暗い六畳の部屋。辺りは本やゴミなどで埋め尽くされ足の踏み場は無い。
その部屋の壁には美河恵理のポスターや雑誌の切抜きで覆われていた。部屋の中には二十代後半くらいの男が一人、パソコンと睨めっこをしながら荒い鼻息を立てていた。
「ふんふっふ。今日も恵理たんは超絶ラブリーですなぁ。ふんっ」
鼻息を立てながら隣にあった美河恵理の等身大パネルを足の先からベロベロと舐める。
「ハァハァ。恵理たんの体はおいちいでちゅ。恵理たんも僕のことを美味しそうに舐めて癒してくれる。ハァハァ、だって恵理ちゃんは僕のモノだから。ペロペロ」
一通り等身大パネルを舐めるという動作を終えた男は、次に美河恵理の写真がプリントされた抱き枕を抱える。
「ハァハァ。恵理たんは僕のもの。恵理たんだって僕のことを愛してくれるんだ。プロモでも僕のことをずっと見てくれるし、ライヴだって僕のことだけ見ている。ハァハァ」
抱き枕を抱え高揚に浸る男。するとドアの外からノック音がする。
「真申ちゃん、ご飯が出来たわよ。お母さん部屋の中へ入っていいかな?」
ドア越しに弱々しい女性の声が聞こえてきた。
「うっせぇな! クソババァ! 俺は今忙しいんだよ!」
男が怒声をドア越しの女性に浴びせ、空のペットボトルをドアに向けて投げつける。ペットボトルがドアに当たり“コンッ”と甲高い音が響く。
「ひぃ! ご、ごめんなさいね。ここへ置いておくからお腹減ったら食べてね」
そういって男の母親は廊下へご飯の乗ったお盆を置く。
「あとね、真申ちゃんのお友達だった敬介君っていたでしょ? あの子今、インターネット通信販売のお仕事をしているのですって。真申ちゃんのことを言ったら是非仕事を手伝ってほしいって言われたの。給料も良いみたいだし、営業とかキツイ仕事も無いって敬介君のお母さんが言っていたわ、お母さん、敬介君のお母さんに頼んでお願いしてみようと考えているのだけど?」
自分の息子が仕事をしていないことに悲観し、ツテを頼って仕事を探してくる母親。だがしかし、男はその母親の発言に怒りを覚え、再び怒鳴り声をあげる。
「いらない世話をすんじゃねぇよ! 俺は好きなことをしていればいいんだよ! 飯置いたんならとっとと失せろや!」
「ひぃ!」と母親は悲鳴をあげて、階段を下りていった。
「ちっ、いらん世話をしやがって」
男はドアを睨みながら抱き枕を握り締める。
「はっ、恵理たんに怖いとこ見せちゃった。ごめんねぇ。ペロペロ」
抱き枕を宥めながら美河恵理の顔がプリントされている部分を丹念に舐める。
「親も友達もいらない。僕に必要なのは恵理たんだけなんでしゅ。ペロペロ」
そう言いながら男はパソコンで匿名掲示板の美河恵理関連のスレッドを閲覧する。男は書き込みを閲覧しながら鼻息を更に荒くする。
「ふん。お前らは恵理たんの全てを知らないくせに、あたかも知ったかのように恵理たんのことを語りやがって、僕は恵理たんのことならなんでも知っているのに」
男はそう憤りながら、掲示板に書き込みをする。
《お前らのことなんて恵理たんは見ていないぞ! 恵理たんは僕のモノなんだ! そこら辺を考慮するべきだろ》
男の書き込みから数分後、書き込みを見た者からの男を非難する書き込みが掲示板に増殖し始める。
《僕のモノ? キモッ。恵理は誰の物でもねぇよ》
《むしろ皆のものだろ。常識的に考えて》
《はいはい、寝言は寝てから言えよ、ハゲ》
《恵理たんとか馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇよ!》
《勘違いのボクっ子さん、乙》
およそ三十分で掲示板は男への罵詈雑言で埋め尽くされた。男は怒りのあまり、また空のペットボトルをドアに投げつけた。そして、再び抱き枕を抱える。
「皆して、僕のことを馬鹿にしやがって。恵理たんだけだよ、僕を癒してくれるのは。ペロペロ」
怒りもひとまず収まったらしく、男はリロードボタンを押し掲示板を更新させる。すると、一つの書き込みに目が留まる。
《おい? お前らそんな勘違い野郎は放っておいて、ニュースだぞ。今日、美河恵理のライヴがあるのは皆知っての通りだが、なんとライヴ前に恵理ちゃんは冬木原のショッピングモールでお買い物をしている真っ最中らしいぞ。知り合いが事務所で働いているから確かな情報だ! しかも》
【しかも、】という言葉の後が気になり、男はページをスクロールする。するととんでもない事実が男に圧し掛かる。
《男連れらしいぞ! コレは特ダネ級のスクープなるかもな?》
「男連れ? 恵理たんと一緒にいていいのはこの僕のハズなのに、恵理たんは誰にも渡さない。渡すものか!」
男の心には美河恵理の隣にいる男に対するドロドロとしたドス黒い憎悪の気持ちで満ちてくる。
憎悪で満ち溢れた男の頭に一つの考えが浮かぶ。
「そうだ、その男を消せば、恵理たんは再び僕の元へ戻って来てくれるはずだ。恵理たんはきっとその男にたぶら誑かされているだけなんだ。僕が恵理たんを救ってみせる!」
男はそう決断し、男の様々なコレクションが収納されている棚から、サバイバルナイフを三本取り出した。
「大切なコレクションだけど、恵理たんの為なら、待っていてね恵理たん。今助けに行くから」
そう言いながら等身大パネルをまた丹念になめる男。そしてネットでショッピングモールの位置を調べ、部屋を出る。階段を降り、母親のいる居間へ向かう。
母親は突如、息子が出現したことに驚き、何かされるのでないかと怯え身構える。そんな中、男は母親に手を差し出した。
「ババア。ちょっとハローワークへ行ってくるから、金をくれよ。五万くらい」
職業安定所に行くなど丸っきりの嘘なのだが、母親は息子がようやく改心してくれたと思い、喜びの涙を流す。そして自分の財布から五万を取り出した。
「真申ちゃん、やっと働く気になったのね。お母さん嬉しいわ。五万でいいのね? はい、どうぞ」
母親から差し出された五万をむしりとるような形で受け取り、男は身支度を整えに再び部屋へ戻る。部屋着から外出着に着替え、サバイバルナイフを二本はリュックサックへ、もう一本は折りたたんでポケットへしまう。
「今から助けに行くからね、恵理たん。待っていてね」
そう等身大パネルに別れを告げて、男は外へ飛び出していった。
向かう先は冬木原最大級のショッピングモール、【ウェル・パレス】へ。
その頃、冬木原ショッピングモール第一棟【ウェル・パレス】内、パンクファッション専門ショップMICOT&PRALでは、俺と櫻お嬢様は買い物に勤しんでいた。
「アレも、コレも、櫻どれ買おうか迷っちゃう☆」
櫻お嬢様は服を片っ端から選んで自分に似合うか鏡と睨めっこをしている。買い物をするときの女性の顔って輝いているなぁ、と思いながら俺は櫻お嬢様の買い物風景を眺める。
櫻お嬢様はお気に入りを選び試着室へと足を進める。
「あたしの着替えの最中に覗いたら殺すわよ?」
そう俺に忠告して櫻お嬢様は試着室のカーテンを閉めた。
有名アイドルの生着替えを見てみたいのは山々だが、そういう度胸が俺に無いのは自分自身でよく自覚している。だからカーテンの先は覗かずに試着室の手前で自分に似合いそうな服があるか探してみることにする。
だがコレといって俺自身が欲しいと思うものがなかったので、大人しく櫻お嬢様が着替え終わるのを待つことにした。
「こんなものかしらね? ねぇ、柊次ぃ? この服似合ってると思う?」
カーテンを開けて櫻お嬢様が俺の方を向いてポーズをとる。お嬢様はドクロを中央にあしらったダメージ加工の黒い長袖シャツに赤色チェックのミニスカを着ていた。
ミニスカが膝上十センチの短さだったため、太ももについ目がいってしまう。
「あっ、あぁ。似合っていると思いますよ。お嬢様」
俺は太ももを見ないようにしようとお嬢様から視線を逸らす。
「なんで目線を逸らすのぉ? まったく、そういうことを言うときは目線を合わせてから言えってぇの」
櫻お嬢様はプリプリと怒る。
「そのぉ、お嬢様の太ももが眩しすぎて直視できないだけです。ハイ」
その発言を聞いたお嬢様はニヤリと笑みを浮かせて俺へと歩みを寄せる。
「女の子の体を直視出来ないって、もしかしてぇ? 柊次って経験ないのぉ?」
その言葉に俺はドキッとする。お嬢様はその表情を見逃さなかった。
「その顔は図星のようねぇ? おもしろぉい」
お嬢様はケラケラと俺を指差して笑う。くぅ、こんなことがあるからチェリーボーイなんて気づかれたくなかったんだよぉ!
そう、心の中で叫び声をあげる。俺だって相手が居たら、いろんなことを経験してるんだよ。
「鼻血出ているわよ」
櫻お嬢様に言われて鼻の下を触ってみると、赤い血が指に付く。
「全く、何を想像していたのぉ? コレで拭きなさいよ、みっともない」
そういって櫻お嬢様はティッシュを俺に差し出す。
「あ、ありがとう。お嬢様」
そういって俺は鼻を拭く。
「っていうかぁ、お嬢様って呼ばれるの飽きたぁ。櫻って呼んで頂戴」
「じゃ、じゃあ。櫻。ありがとう」
俺がそう呼ぶと、櫻の頬が紅潮し始める。櫻自身も自らに起こっている現象に驚きの様子を示す。
「へ? 何であたし顔が赤くなっているのよぉ!」
そう言いながら頬をぺちぺちと叩きだす。
「そ、そうだ。あたしお会計しないとぉ。着替えよっとぉ」
櫻は飛び込むように試着室の中へ入る。数分後、着替えが終わった櫻が試着室から出てくる。
「さて、着替えたし、れ、レジまで行くわよ……柊次。コレを運びなさいよぉ」
そういって櫻は僕に今さっき試着していた服を渡す。まだ服を脱いでから時間が浅いので、俺の手のひらには櫻の温もりがやんわりと伝わる。
女の子の温もりって感じたことない俺は、こんなに暖かいんだなぁ……女の子の温もりって、と感動を覚える。
「何しているのよぉ、早くこっちに来なさいよぉ」
櫻の呼び声にはっと我に返る。そしてレジまで向かう。
「何、あたしの脱いだ服を持ったまま立ち止まっていたのよぉ、もしかして変な想像とかしてたりとかぁ?」
「そ、そんな想像なんてしていません!」
俺の完全否定に疑惑の目を向ける櫻。え、えーっと、どう弁解したら許してくれるのかな? この子ったら……そう考えていた時、俺らの前に人影が近づいてきた。
「あのぅ、美河恵理ちゃんですよね」
その声に俺と櫻が振り向くと、そこには中年太りのサラリーマンが立っていた。
「僕、えっと、貴女のファンなんです。その、あの、握手してくれませんか?」
そういってサラリーマンは右手をスーツに擦りつけて汗を拭き、その手を櫻に差し出す。櫻は差し出された右手をちらりと見て、サラリーマンに向けて一言。
「人違いだってぇの。まったく、ちゃんと芸能人と一般人の見分けくらい分かれつーの。これだからオッサンは苦手ぇ」
好きなアイドルに似ている少女(まぁ、本人なのだが)に散々けな貶されてサラリーマンはショックを通り越して唖然としていた。
「ほらぁ、行くわよ! 柊次」
櫻はそう言って、俺の手を握る。俺は、「あ、うん」と途方にくれているサラリーマンを横目に見ながら、櫻に引っ張られるようにショップを後にした。
「あぁ、せっかくの気分が台無しだってぇの。だからあーいうファンは好きじゃないのよねぇ、柊次もそう思うわよね!」
櫻はプリプリと怒りながらショッピングモールを歩く。俺はというとまだ櫻に手首を握られたままで、引っ張られるという形で歩いている。
「え? あ、ああ、俺はアイドルとか芸能人じゃないから櫻の立場じゃ分からないけど、ちょっと加減が分からないファンだと、周りにも迷惑かけることあるよねぇ」
「あーイライラするぅ、こうなったらケーキバイキングへ行くわよ、柊次!」
櫻はそういって俺の手首をぐいっと引っ張る。
嗚呼、なんで俺はこんなにも女の子の押しに弱いのだろう、と心の中で思いながら俺はカフェへ向かう。
カフェが目の前へと見えてきたそのとき、背後から大きい声が聞こえてきた。振り返るとそこにはリュックサックを抱えた男が鬼の形相で俺を睨みつける。
「おい、そこの男! 僕の恵理たんから今すぐ離れろ!」
ウェル・パレスに怒声が響き渡る。その怒声に驚いた人々が一斉に怒声を上げた男に注目する。このままじゃ大事になりそうだな。
「と、取りあえず落ち着いてください。ここじゃ周りの人に迷惑がかかるから広い場所へ移動しましょう」
大事になることを恐れた俺は出来るだけ男を刺激させないように、別の場所で話しあうことを促す。男の方も大事にはなりたくない様子らしく、素直にそれに応じていた風だった。
「じゃあ、ウェル・パレス裏の収納倉庫の前で話し合おうじゃないか。先に行っておくからな。逃げずにこいよ!」
そういって男はこの場を去った。
「館中院真申」
櫻が先ほどの男のことを知っているらしく、その男の名前を呟く。俺は知り合いなのかと訊ねる。
「あたしがこの業界に入っていた頃からのファンでね、握手会とかライヴにも毎回来てくれていたのよぉ。最初はぁ、大人しい普通のファンの一人だったんだけどねぇ、ファンレターとかもぉ回を重ねるごとに、『恵理たんは僕が幸せにする』とか『恵理たんは僕だけを見ていればいいんだよ』とかエスカレートしていって、最終的には家の前まで押しかけるようになったのよぉ」
櫻は次第に顔色が蒼くなっていく。相当彼に関する怖い思いをしたのだろうということが俺自身に伝わってくるようだった。
「それなら社長とかに言って助けてもらおうよ、櫻の命にも関わる問題だと少なからず思うけど?」
俺がそういうと、櫻にため息が漏れる。
「一応言ったことあるんだけどぉ、あのオバサンったら、『それくらい過剰な行動をするファンがいてくれるからこそ、貴女が引き立つんです。貴女がトップの道を進む為にはそれくらいは我慢しなさい』って言っちゃってさぁ、全く応じようともしないんだよねぇ……
アイツの恐ろしさを知らないからそんな軽口が言えるのだと思う」
そう言うと突然震えだす櫻。その姿を見て俺は決意を固めた。
「あの男の暴走を俺が止めるよ。それも仕事の内に入ると思うし」
その言葉を聞いた櫻がさらに青ざめる。
「無茶よ、というか無謀よ。アイツはあたしの悪口を言う奴を半殺しにしたっていう経歴もあるの。下手したら、アンタ死んじゃうかも知れないのよ!」
「でも、このままじゃ櫻が可哀想だよ。大丈夫だから」
俺は死ぬかもしれないと聞いて、今さっき言ったことを撤回しようと気持ちが芽生えた。
でも、このまま放置していたのなら、櫻がさらにあの男のエスカレートする行動に振り回されるだろう。そう考えると、そのまま言ったことを絶対やらないといけないという気持ちになってきた。
僕は櫻に心配させないように、櫻の頭を撫でて微笑む。櫻は頬を薄紅色に染めて俯きつつ、口を開く。
「柊次、あんた本当に馬鹿ねぇ。あたしの為になんでそんなことするのよぉ。依頼は護衛だけでしょ? あの男の件については対象外だしぃ、あんた自らそんなこと命張らなくてもいいのぉ。何処のヒーローだってぇの、バカぁ」
櫻の声は若干上ずっていて、いきなり俺の胸に飛び込み、胸の中で大泣きを始める。
え? これ、何のフラグ? と思いながら、俺は櫻をこのまま抱きしめようか、否かという脳内会議を頭の中で展開していた。
『審議長! ここはすぐ抱いてそのまま甘い雰囲気に持ち込むべきだと拙者は思うでござる』
『いや、待てまだ準備が不十分だぞえ。審議長! 待ったの声を』
『いいから早く抱けや、僕は空腹でやんす』
『パパぁ、パパはあやね彩祢の物なのぉ。抱いちゃらめぇ』
『アイドルって美味しいんですかね? ハァハァ』
『審議長命令です! 今すぐワシにその娘をよこしんしゃい!』
脳内の会議は更に白熱する。というか、俺の脳内には変人ばかりしか住んでいないのかい! 俺はパパと呼ばれるような子どもは作っていません! と内心ツッコミを入れようとしていると、櫻はどうやら泣き止んだらしく、俺から少し距離を取ってこちらを振り向いて笑う。
「フツーはここで抱きつかない? あんた本当にウブなのね、フフッ」
『『『『ほらー、言わんこっちゃない』』』』
櫻の言った一言に脳内会議の出席者全員から反論の声。
うっさい、俺だって好きで戸惑っていたわけじゃないんでしゅ。
「まぁ、あんたはそんなことしないって分かっていたから、抱きついたんだけどね」
櫻が恥ずかしそうにそう呟く。俺って行動力のない人間だと思われているのだな、と少し落ち込む。
「そ、そんな意味じゃないわよぉ、それだけ信頼しているってことよぉ。だから」
櫻が真剣な顔でこちらを見る。その顔は何か決意を固めたように顔に見えた。
「あたしもあの男と決着をつけようと思う。事務所も頼っていられないし、あたしがあの男を拒絶すれば問題は解決するかもしれないからね。まぁ、ファンが減るのはあたしには痛手だけどぉ、アイツだけは絶対に野放しにしてはいけないと思うから」
櫻の意思も固まったことを確認した俺は、妃沙羅に連絡を取るために携帯を取り出す。
「もしもし柊次? 何かあったの?」
俺は今さっき起こった出来事をすべて話し、これからその男と話し合いに行くということを妃沙羅に告げる。
「とりあえず、無茶はしちゃ駄目なんだからね! 冬木原第一防衛隊に入る前に死ぬなんて事があったら、死者蘇生の術を施してフルボッコにするんだから!」
妃沙羅が声を震わせて俺を脅す。こ、怖い脅し方しないでくだしゃい、しかも死者蘇生なんてスゴ技を。
「し、死なないように頑張る」
「うむ、よろしい。私たちも準備したら向かうから。じゃあね」
そういって電話は切れた。
「さて、行こうか」
俺は櫻の手を握って男の待っている収納倉庫へ向かうことにした。




