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始、青年よ右斜め上の人生を歩め

「まてぇ! 逃がすものですか!」

 夕方、ブロンドのツインテールの少女が髪を靡かせながら街の大通りを走っていた。

 そんな彼女が追っているのはブレザー姿の高校生。

「はぁっ、少しは女の子を労ってゆっくり走りなさいよ」

 健康優良男児の足の速さに少女が敵うわけが無く、少女は徐々にスピードを緩めていく。

「このままじゃ取り逃がしちゃう。嗚呼、何でこんな時に道具持って来てないんだろ、私のばか」

 自己嫌悪をしながらも一生懸命高校生に追いつこうと走る。だがしかし、ついに体力の限界が来たらしく、少女は立ち止まって、肩で息をする。そして、取り逃がしたことが悔しくて声を抑えて泣き始めた。

 アスファルトには少女の涙がポツポツと落ちる。

「あの、えーっと大丈夫?」

 ふと、声がして少女が顔を上げると、青年が心配そうにこっちを見てきた。

 青年の容姿は、さっきまで追いかけていた高校生とは全く正反対の貧相な体つきで、服装は伸びきっているTシャツと裾が擦り切れているジーンズを穿いていた。

 年は二十代後半。どう見ても働いている好青年という風貌ではない。

「べ、別に平気よ。それに見ず知らずの男に心配される程ヤワじゃないわ」

 少女は服の袖で涙をゴシゴシと拭く。そして、高校生が走り去った方向を眺めながら少女が重苦しいため息を吐く。

「はぁ、きっとあの高校生は逃げちゃったわねぇ。このままじゃ隊長に叱られちゃうわ」

 青年はそのため息をついている少女に問う。

「今さっきまで誰かを追いかけていたみたいだけど、何かあったの?」

「部外者のあなたには関係のないことよ!」

 少女がきつい口調で青年に怒鳴る。青年は少女の怒鳴り声に驚き、そして、号泣。

「うぅっ、ごめんなざぃっ。そうだよね、俺は部外者だもんね、もう、変なこと言わないから許してぇぇぇぇえええええええん」

 わんわんと泣く青年に街行く人たちは凄まじい視線を向けてくる。

 少女といい歳して泣いている青年。見る人が見れば、恋人の破局時の修羅場に見える。そんな光景と勘違いしてか、「男の人かわいそう」などとひそひそ声までもが聞こえてくる始末だ。

「そこまで泣くことないじゃない。教えるから泣くのやめなさいよ、まったく……とんでもない弱虫男に捕まったものだわ」

 通行人らの視線に我慢できなくなった少女は青年をなだめ始めた。

 だが、青年は少女の言い放った【弱虫男】という単語に過剰反応し、再び泣き始める。

「弱虫でごめんなさぁぁぁああああああいぃいいいいびえええぇぇぇええええん」

 滝のように涙を流す青年。そんな青年の態度についに少女が、キレた。

「てめぇ、泣いてないでさっさと質問に答えろや、あぁ? 教えて欲しいのか教えて欲しくないのかどっちなんだよ! 早く答えねぇと、生コンをお腹いっぱい詰め込むぞワレェ!」

 少女が青年の胸倉を掴み罵声を浴びせる。青年は少女の変わりように唖然。

「聞いているのか? あぁ?」

 鬼の形相で青年を睨みつける少女。青年の額には冷や汗が流れる。

「あぁああ、聞いています! だから許してください!」

 それって教えて欲しいってこと? と少女が睨みながら青年に問う。

 青年は首を縦に何度も振る。

 そんな彼を見て少女はため息をつき、胸倉を掴んでいた手を離す。

「仕方がないわね、教えてあげるわ。私が追いかけていたのはオヤジ狩りの高校生よ。警察から捕獲の依頼を受けて捜していたら、偶然私がその現場を目撃しちゃったから追いかけていたわけ。まったく、最近そんなおいたをしちゃうダメダメっ子が増えて困っちゃうわ。

 でも、きっともう逃げちゃっているわよね。これだけ時間が経過しているんだもん。きっと高校生は逃げ切ってきっと私のこと影で笑っているわよね」

 コレだから体力のない自分が嫌だなぁ、と自嘲しながら青年に話しかける。青年はその話を聞いて下を向き沈黙。

「さぁて、隊長に捕獲失敗の連絡いれなきゃいけないわね。ということで私急ぐから」

 少女は青年に別れを告げ立ち去ろうとした、その時、青年が少女に待ってと一言。

「一体何なの? 私はもう全部話したし、それに今急いでいるんだけど?」

「もしかしたら、その高校生を捕まえられるかも! あくまで予測だけど……」

 青年の話に少女が呆れた顔をする。

「あなた馬鹿? GPSとか発信機とかそんなんじゃない限り走り去った高校生なんて見つけて捕まえられるわけないじゃない。そもそもそんな物、簡単に使えるものじゃないわよ? それかあなた魔術でも使うつもり?

 もしかして、この冬木原市内をくまなく探すって訳じゃないでしょうねぇ?」

 そんなことしたら日が暮れちゃうどころか、次の日になっちゃうわ。という少女の呆れ口調をよそに、青年はすごく草臥れた鞄から白いチョークを取り出した。

「ここに取り出したるは、ただのチョークでございます」

「言われなくてもチョークだってことはよく分かるわよ。それが一体なにをするつもりなの?」

 少女が再び呆れた表情を浮かべる。

「えーっと、どんな高校生だった? 出来るだけ外見の特徴を言ってくれると助かるかな?」

 青年の質問に少女は怪訝な顔を浮かべる。

「特徴? そうねぇ…、汰加羅(たから)高校の制服で髪型が赤髪のロン毛、確かピアスをしていたわねぇ。って、それで本当に居場所分かるの?」

 まぁ見ていてよと青年はアスファルトにチョークで人が入れるサイズの正方形を描き出した。

そして、青年はその正方形の真ん中に右手を添え、何やら深く念じているようであった。

「ゲート、開門っ!」

 青年が大声で小っ恥ずかしい呪文の言葉を唱えると、チョークで描いた四角が光り目の前に空間の歪みが出現。

「な、な、なななな……なんなのよ! これは!」

 目の前で起こった出来事に頭がついていかない少女は驚きの表情しか出せない。

 こんなヘタレな青年がこんな隠し技を持っていることもそうだが、空間を操作する方法なんて大掛かりな装置なしではまずありえないことである。

 それを青年はチョークで四角を書いただけですんなりとやってのけたのである。

「あなた一体……何者?」

 少女が青年に問う。こんな能力を見せられたなら誰だって青年が何者か疑問に思うだろう。

「んー、別に何者だって良いじゃないですか? 少なくとも貴女の味方ですよ。あはは……あはははは……はは」

 青年がごまかすような笑みを浮かべる。少女は青年をじっと見つめる。

「あー! 高校生を追いかけてたんだよね? 早く行かないとまた逃げられちゃうよ! さぁ、早く行こうよ」

 青年が少女の手首を掴み空間の歪みへと飛び込む。


 飛び込んで出てきた先は冬木原市内で二番目に大きいゲームセンター、プラネット。

 突如出現した青年と少女にゲームセンターにいる人々は目を丸くしてこちらを見ている。

 ターゲットの高校生も例外ではなく、格闘ゲームのコントローラーを握りつつ驚いた表情でこちらを見ていた。

「なっ、お前は今さっき俺を追いかけてきた奴! どうしてココの場所が分かったんだよ」

 高校生は目を白黒させながら少女に向かってきた。

「さぁ? 私にも何が起こったかよく分からなかったけど、獲物を発見できたから結果オーライ、よね? さて、オヤジ狩りの高校生君、覚悟はよろしい? 君を警察の取り調べへと連行するわ」

「なっ、何するんだ! 離せよ」

 少女は高校生を縄で拘束する。すると店の奥からゲームセンターの店長らしき人物が出てきた。

「お客様困ります。店での騒動沙汰は禁止なので」

 店長は冷や汗を拭きつつ少女に話しかける。が、少女の口には笑みがこぼれる。

「これでも、私を止められるって言うの?」

 少女は腰のホルダーから黒い手帳を取り出す。

 少女が手帳の中を開くと【冬木原第一防衛隊】と書かれていた。それを見た店長はさらに冷や汗が増量。

「こ、これは失礼いたしました。防衛隊の方でしたら私どもは一切手出しいたしませんので。では私はこれにて失礼します」

 店長は顔を青ざめ大量の汗を床へ垂らしながら、奥へと消えて行った。

「邪魔者はいなくなったようね。さて後は迎えが来るまで待つとして、あなたにはお礼を言わなきゃね」

 少女が青年の方を振り向き笑顔。その笑顔の可愛らしさに青年は少し顔を赤らめた。

「私の名前は妃沙羅きさら・アン・ホワイティ。呼び捨てで構わないわ。冬木第一防衛隊っていう組織に所属しているの。

 今日はありがとね、とても助かったわ。ところであなたの名前は?」

 妃沙羅は青年に名前を問う。

「お、俺の名前ですか? 勝原柊次かつはらしゅうじって言います」

「そう、柊次っていうの。柊次、本当にありがとう。このお礼はいつかするわ」

 妃沙羅はにっこりと微笑み。柊次はさらに顔を赤らめた。

「そんな、お礼なんていいよ、俺はただ手伝いをしただけだし、それに」

 柊次が暗い顔で下を向く。妃沙羅は「それに? どうしたの?」と柊次の顔を覗き込む。

「俺のあの能力が人の役に立てるのってあれくらいだから」

 柊次は悲しそうな表情を浮かべる。妃沙羅もその表情を察知してか一瞬表情が曇るが、再び顔を柊次の方に向ける。

「たとえ、他人と違う能力を授かったとしても人の役に立たないより役に立つものを授かったことはとてもいい事よ。だから自信を持ちなさいよ」

 妃沙羅が柊次の肩をポンポンと叩く。妃沙羅があまり強く叩きすぎたので柊次の顔が少しばかり歪む。

妃沙羅が入り口を見るとそこにはワゴンが止まっていた。

「さて、迎えも来たようだし、サラは帰っちゃうね☆じゃあね柊次」

 お縄にかけた高校生をひっぱりつつ、妃沙羅は柊次に手を振る。

 妃沙羅の姿が見えなくなったのを確認すると柊次はゲームセンターを出て自宅へと向かう。


「なんか、今日はいろいろありすぎて疲れたなぁ。アレを使っちゃったしなぁ、はぁ……」

 帰路の途中ふと今日一日のことを振り返り、柊次は重苦しいため息を吐く。だが妃沙羅に言われた一言を思いだす。

『たとえ、他人と違う能力を授かったとしても人の役に立たないより役にたつものを授かったことはとてもいい事よ。だから自信を持ちなさいよ』

 自信かぁ、持てたら苦労してないんだろうなぁ……と柊次は考えていた。

 柊次の力、それは空間操作能力。空間にチョークやマジックなんかで線を引くことで空間に壁を作ることや、空間から空間への移動が出来る。彼自身がその力を欲して身につけたというわけではなく、いつの間にか備わっていて、いつの間にか使えるようになっていた。

 この能力自体、人を傷つけるということは今のところ出来ないけど、力が使えるということだけで周囲には気味悪がられるわ、彼女は出来ないわで散々である。その結果、自信を持てなくなってしまったのはいうまでもない。

「どうやったら自信が持てるかなぁ。まっ、そのうち考えればいいか。今日は疲れたし、すぐ寝るとしようかな」

 そう思いながら柊次は帰路へとついた。


 妃沙羅と出会ったことが後に柊次の人生を大きく左右するということを、このときの柊次は知る由もなかった。

 そう、このヘタレ青年、勝原柊次の人生は冬木原第一防衛隊の存在によって大きく変わる運命を辿るのであった。

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