After
その後の二人
「なぁ、絵美、なんか熱くない? 顔も青いんだけど……どれくらい待ってたの?」
秀悟は私のおでこに手を当てながら聞いてきた。
「え、えーと……二時間?」
「この炎天下で!? ほら、どっかで休もう。とりあえず日陰……」
秀悟に寄りかかって歩く。
だけどなんかふらつく、気持ち悪い。
緊張してたから気づかなかったけどすごい汗かいてたみたい。
何も飲んでないから喉乾いたし。
もぅ限界……。
「絵美!?」
秀悟の声が遠くで聞こえた気がした。
目が覚めた時、なぜか私は知らない車の中だった。
「気がついた? 大丈夫か? これ飲んで」
秀悟が隣に座ってて、スポーツドリンクを手渡してくれた。
信号で車が止まって、運転していた人が振り返った。
「お嬢さん大丈夫? こんな女の子暑い中外で待たせるなんて秀悟最低」
「そんなこと言ったって時間書いてなかったんだよ、メールに。三時はどう考えたって夕方じゃないだろ!?」
秀悟の知り合い?
不思議そうにしていたら紹介してくれた。
「絵美、これ俺の父さん。急に倒れるから迎えに来てもらった。父さん、彼女の小池絵美さん」
「どうも、はじめまして絵美ちゃん」
「……はじめまして……秀悟にはいつもお世話になってます」
びっくりした。だけどよく見ると似てる、お父さんなのか。
っていうか、今彼女って紹介されちゃったよ、うふふ。
そうだよね、今はもうホントに恋人なんだ。
信号が変わって車が走り出した。
「今日は秀悟の誕生日だから家で母さんがご馳走作ってるんだけど、絵美ちゃんも一緒にどう?」
「え、良いんですか?」
「もちろん。うちは子供二人とも男でね、母さんが喜ぶよ。秀悟が彼女紹介してくれるのも初めてだし」
私は横目で秀悟を見た。
中学の時いたって言ってたのに紹介しなかったのか。
「絵美、夕飯の支度まだだろ?」
「うん。ホントにお言葉に甘えてお邪魔しますよ?」
「どうぞどうぞ、歓迎します。」
秀悟のお父さんは気さくでいい人だなぁ。
そう言えば、家族でご飯なんてまともに食べたことないな。
お祖父ちゃん家行ったときぐらいか……。
ちょっと緊張するかも。
秀悟のうちは学校近くの駅からバスで20分くらいの所とは聞いていたんだけど、結構近かった。
きれいにガーデニングされた庭のある一軒家。
マンションしか住んだことない私としてはあこがれの犬も飼っていた。
お父さんが玄関を通ってチャイムを鳴らすと、中から扉が開いた。
「お帰りなさい。あら、秀悟の彼女さん? はじめまして。さぁどうぞ、ご飯もうすぐできるからあがって、あがって」
今度は秀悟のお母さんだ。
ん~秀悟はお父さん似かな。お母さんはかわいい感じだし。
「お邪魔します」
「いらっしゃい。遠慮せずくつろいでね。まったくびっくりよ、秀悟にさっき電話で初めてあなたのこと聞いたのよ。昔は何でも話してくれたのに」
そりゃ今さっきまで彼女じゃなかったですから、とはさすがに言えない。
確かに1ヶ月は付き合ってたわけだけど。
「私本当は娘が欲しかったのよ、だけど生んでみれば二人とも男の子だったから絵美ちゃんが遊びに来てくれると嬉しいわ。秀悟のことよろしくね」
顔を近づけて小声でそう言ったあとお母さんはにっこり笑った。
その顔があまりにも秀悟が笑った顔に似てるから驚いてしまった。
やっぱり血のつながりってすごいんだ……。
お母さんはその後ご飯作りに戻っていった。
私も料理なら多少自信があるし(独り暮らし長いからね)手伝うって言ったんだけど、『お客さんは座ってて。もうすぐ終わるから』って言われてしまった。
したがって、今はリビングでお父さんと秀悟とテレビを見ています。
「実は?」
秀悟がお父さんに向かって聞いた。
「まだ帰ってない。部活が長引いてるんだろう。」
お兄さんはいないはずだし、もしかして……。
「弟さん?」
「そう。今中2の。かなり生意気で失礼なこと言うかもだけど気にするなよ?」
秀悟がこんな好青年を絵に描いたふうなんだから同じ家で育った弟も良い子なのでは?
「別に気にしなくても……」
「いや、あいつは口が悪いから」
「そうだなぁ、実もなぁ、秀悟みたいに穏やかな性格ならいいんだけどなぁ」
お父さんまでそんなことを言う。というか秀悟は自慢の息子なのね。
まぁわかるけど。だって普通こんなに家族と仲良いものなの!?ってかんじだし。
そのとき玄関のドアが開く音がした。
「ただいま~」
誰か帰ってきた……秀悟のうちは四人家族だから確実に弟さんだ。
「あれ? 兄貴もう帰ってるんだ……っていうかお客さん?」
リビングに入るなり弟さんは私を見つけて嫌そうな顔をした。
「お邪魔してます」
嫌そうな顔されてようが笑顔で挨拶をしないとね! 初対面なんだし。
「兄貴の彼女?……馬鹿そうだな・・」
な、に? 馬鹿そう?
失礼にもほどがあるでしょーが! 何なのこの人!!
って秀悟の弟だし、お父さんの手前、言い返すのはまずい?
「言い返すこともできないの? 本当に頭悪そうだね」
今度こそちょっと止まらなかった。
「実っ、失礼にもほどがあるだろ!?絵美に謝れ」
秀悟が弟さんに注意してくれてるけど私の怒りはそんなものでは収まらない。
言っても良いことと良くないことがあるでしょう……?
初対面の人に悪態つくなんて、人柄も知らないのに。
ちょっと許せない。
私は秀悟の弟に素早く近づいてしゃがみ、立ち上がりながら思い切り片足をひっぱった。
当然バランスがとれるわけもなく倒れて尻餅をついてる弟さん。
そしてそれを見下ろす私。あえて笑顔を作る。
「確かに頭悪いのよ、私。だけど今日初めて会った人にけなされて馬鹿にされるようなことは何一つないと思ってるの。初見で人のことそんな風にいうあなたの神経を疑うわ」
弟さんは尻餅をついたまま呆然としていた。
私は秀悟とお父さんを振り向いて謝った。
「すいません、けがはないと思うんですけど……」
「いや、いいよ、今のは実が悪いから。それより絵美ちゃんすごいね、いろんな意味で」
「独り暮らし始める時に祖父に護身術を習わされたんで。もっとすごいのもできますよ?」
弟さんは何も言わないで二階に上がってしまった。
さっきから黙ってた秀悟がぼそっとつぶやいた。
「絵美は怒らせないようにしよう……」
普段怒らない人はたまに怒ると怖いものでしょう?
この一件のせいで夕食の席は気まずいものになってしまった。
ずっと弟さんに睨まれてるし。
でも秀悟のお母さんの手料理は本当においしかった。
こってるものばかりで、初めて食べるものもあった。
弟さんは食事を済ますとケーキも食べないでテレビ見るからといってリビングに行ってしまった。
「秀悟の誕生日のお祝いなのに……ごめんね」
お祝いしに来たのに私ってば最悪。弟さんにも嫌われちゃったし。
「別にいいよ、あいつはいつもあんな感じだし」
「そうなのよねぇ、家族で出かけるのも嫌がるし、お母さん悲しい」
家族にこんな風に言われるなんて弟さんは嫌じゃないのかな……?
というか中三だし一緒に出かけるもんじゃないのかも、歳的に。……反抗期?
いろいろ難しい年頃なのかな。
ケーキも食べ終わって九時頃、帰ることにした。
お父さんとお母さんが秀悟に送っていけって言ったから送ってもらえることになった。
お父さんの車で行こうって秀悟が言ったら気を利かせてるんだ、って怒られてた。
どういう意味かよくわからないんだけど。
秀悟がちょっと待っててって言って二階に行ってしまったので外に出て待ってることにした。
夏だけど九時にもなれば真っ暗で星がいっぱい見える。
空を見て小学校の教科書に書いてあった星座を探していたら声をかけられた。
「おい」
振り向けば弟さんが立っていた。
「何? 秀悟の弟くん。さっきの仕返しでもしようって言うの?」
「弟じゃない、実だよ。……さっきはすいませんでした。」
急に頭を下げられた。
「ど、どうしたの!? どっきり!? 謝らないでよ……私の方がひどいことしたんだから……」
「よくわかってるじゃん」
「はぁ?」
い、今なんて…… ?聞き間違え?
「確かにさっきのは失礼だったかもしれないけど、やっぱりなんか馬鹿っぽいよ? あんた。兄貴とつりあわない」
ひっかかったの!? 私! 騙された……。
もしかして実君って……。
「実君、ブラコンだったのか~。だから私が気に入らないんだ。ちなみにあんたじゃなくて絵美だよ?」
なんだ、理由がわかっちゃえばかわいいもんじゃないか。
お兄ちゃんが大好きなんだね。
「ブラコンなんかじゃない。にやにやするな!」
「おまたせって、二人で何してるの?」
丁度そのとき秀悟が帰ってきた。
私たちを見て不思議そうにしている。
「実がまた変なこと言ったんじゃ……」
「違うよ。仲直りしてたんだよ」
「ちがっ」
「秀悟行こう」
実君が否定するのを聞かないでバス停へ歩き始めた。
秀悟のうちからバス停まではホントに近かった。
バスが来るまでの時間二人で星を見たりして話していた。
「ねぇ秀悟、今日は楽しかったな。……まだ信じられないよ、秀悟と付き合ってるんだよね……」
「何を今更。もう1ヶ月も付き合ってるだろ? 俺は絵美が俺のこと好きって言ったことの方が信じられないよ……夢だったりしない?」
「夢じゃないけど、もう言わないよ? 恥ずかしいもん」
「そんな……。あとごめん。急に俺の家族に会うことになっちゃって。実のせいで嫌な思いさせちゃったし」
「そんなことないよ。秀悟の家族っていいね、仲良しで。実君もさ、良い弟だよねー? お兄ちゃん思いで」
ブラコンだし。
「そうか?」
秀悟は不思議そうだ。実君はブラコンなんだって教えてあげたい。
私は鈍感で、自分じゃ何も気づくことができないし、確かに馬鹿そうかもしれないけど、秀悟にもわからないこともあるし、こんな風に不思議そうにしてるときは秀悟だって馬鹿そうに見える。
秀悟は私より頭も良いし、運動神経だっていいけど、料理は私の方がうまいし、私にしかできないこともある。
たぶんかなり前から私は秀悟のことが好きだったんだ。
今までいろいろしてもらった分、秀悟にも何かしてあげたい。
私も秀悟のことが好きだから。
でも、実君がブラコンだってことは内緒。プライバシーに関わるし。
「うん。しかも思い方がかわいい」
そのとき丁度バスがきた。
1ヶ月色々あったけど、今私はすっごい幸せ。
おまけ
木本家にて。
母「秀悟はちゃんと送っていったのかしら?」
父「と、いうと?」
母「送りオオカミになってないかってことよ」
実「・・・兄貴がそんなことするわけない」
母「あら実、そんなことっていったい何?」
父「母さんも実を困らせるなって。送りオオカミって言葉の使い方間違ってるし」
母「そうなの?」
実「どうでもいいけど、俺の分のケーキは……?」
普段の家族はこんなかんじ。