物事はプロローグから。1
「またあんたかよ……。」
蒸し暑くて、蝉が五月蝿く鳴いている夏の日。僕はたいそう嫌そうな顔で、図書館の前に立ちはだかるこの女子生徒に呟いた。
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ことの始まりは五月の頭だっただろうか。僕は図書委員長として今日も図書室に引きこも……仕事をこなしていたときに彼女はやってきたのだ。
「それでだよ、鷹路。オレはやっぱりル・レーデが一番だと思うんだ。」
「いや、僕はそういうの詳しくないし……てかユウ、ここでスナック菓子はやめてよ!」
貸し出しカウンターで本を読んでる僕の隣で親友はモリモリと既に二袋目になるであろうお菓子を食べている。ちなみに図書室とは飲食厳禁である。
しかし、ユウはそんな僕の言葉など気に止める様子もなく両手を油まみれにしながら僕と会話を続けようとする。
そしてその油ぎった手で本を触るのはやめろよ! 文庫本ならいざ知らず、単行本って結構高いんだからな!
「む~、なんだよ鷹路。話はちゃんと聞けよな。」
「その言葉はその菓子くずを取ってから言ってよね。僕はもう五回目だよ、これ言ったの。」
「ふふん、だからオレは聞いてるぜ。もちろん聞くだけだがな!」
この減らず口が~! だが、ユウがこんな調子なのはいつものこと。食べることが至福なこいつにはこの手の注意はほとんど効果がないのだ。
「はぁ~……。」
「まったく鷹路ったら~、せっかくオレがボーイズトークを振っているというのにさ。」
何がボーイズトークだ! さっきからケーキ屋とミスドの話しかしてないだろ!
「ユウ、頼むから食べ物の話はやめてくれ。特に甘いもの話は胃がもたれそうな気がするから」
昨日は昨日で牛丼屋の食べ比べの結果についてだったし、最近胸焼けがするんだよ。ユウの話がウマイから余計にリアリティがあってキツい。
「まったく、これだから文学少年(笑)は。オレみたいに外をうろつけよ! 雪みたいな肌しやがって!」
「(笑)ってなんだよ。僕は図書委員の仕事を全うしている善良生徒だよ?」
ただ、図書委員の仕事をし過ぎて、『朝倉鷹路よりも本の虫にならなきゃあのソファーは使えない』とかいう変な暗黙の了解までできたんだよなぁ……。
「結局あそこの談話スペースなんて鷹路以外誰も使ってないよな。ソファーまで用意させたのにさ。」
「あれだけ執行部に頭下げたのが今更ながら恥ずかしいよ……。」
図書室に来る生徒を増やそうと思って考えた談話スペースだったが、あの噂のせいで図書館に来る生徒はあまり増えていない。ちなみに今日は僕ら以外に人はいない。まぁ放課後に図書室に来る人がいないわけだが。
しかし、この学校がスポーツ系の学校ってのは本当なんだな。受験勉強に来る三年生すらもいないなんて、どうなってんだろうな? 僕は家が近いからこの学校を選んだだけだから全然わかんないけどさ。
「とりあえず今日はこのままどうするの?」
僕はとりあえず暇そうにしているユウに言った。もう本を読む気にはなれなくて、なんだか帰りたくなってきたからだ。
「そうだね~、だいぶ眠たくなってきたし帰るわ。」
とりあえず僕らは帰ることに決めた。帰るといっても寄り道をしてからだから正しくは帰るわけじゃない。
戸締り、エアコン、その他もろもろを確認して図書室を出る。まさにその時・・・
奴は現れたのだ。
「失礼、朝倉鷹路君はいるか?」
豪快にドアを開けて入ってきたのは一人の女子生徒であった。最初は誰かが分からなかったが、よくよく見るとそれが生徒会長であることが分かった。
「ん、僕だけど。」
僕は荷物を一旦置いて、生徒会長こと篠原藍香のところへ行った。正直な話、僕このひと苦手なんだよなぁ。 ・・・うわっ! この人僕より背が高いじゃん! えぇ~・・・。
「そうか、君がか・・・。朝倉君、今日は君にお願いがあって来たのだが聞いてもらえるか?」
僕の心中を知らない彼女は少し嬉しそうに話を始める。
「別に構わないけど・・・。」
「おっ? これはフラグか? フラグなのか!?」
おいユウ、フラグとか言うな。あとなんだそのニヤニヤ顔、無性に殴りたくなる。
「実はな・・・、生徒会執行部に入ってほしいのだ!」
「ゴフゥ!」
生徒会長の発言と同時に吹き出すユウ。そのサムズアップはフラグ回収のお知らせと受け取っておこう。しかし、笑い過ぎじゃないのか? 生徒会長は気づいてないから段々イラついてきているぞ。
「松本! 何故そんなに笑っている! 今のがそんなにおもしろかったのか?」
ほら、たいそうお怒りじゃないですか。
「そりゃあ笑うさ。だってそいつ、図書委員長だもん。」
ユウが笑いを堪えながら言った瞬間、図書室内に謎の沈黙が生まれた。その沈黙のせいでユウは更に笑い出す。生徒会長は固まっていて、僕は笑うに笑えない。
まさか生徒会長がこんなに抜けてる人だとは思わなかった。歴代の会長たちも割と天然な人が多かったらしいが、生徒会の委員長が誰かも把握できていないのは後にも先にもこの人だけだと思う。あの演説の凛とした振る舞いから誰もが驚いていたこの人はこれから別の意味で有名になるであろうな。
「あの、そういうわけだから・・・ごめんなさい。」
自分でいうのもなんだが、告白を振る台詞だよね。ご丁寧に頭まで下げたし。
「そ、そう・・・こちらこそすまなかった・・・。」
ようやく我に返った会長はかなり落ち込んだ様子で図書室から出て行った。あの背中からは涙が出そうなくらいの哀愁が感じられて、かわいい子に告白して玉砕していった男子たちのそれとよく似ていた。・・・罪悪感がハンパじゃないな。
「僕は何もしてないよね・・・。」
「いや、トドメ刺したろ。そこまではオレだけどね。」
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これが彼女とのファーストコンタクトだった。しかしそれからというもの、これといったイベントが起こるわけでもなく、完全にフラグが折れきったかのように一週間が過ぎていった。
この日も相変わらずユウと一緒にいるわけで、ついにユウはスナック菓子では飽き足らず、ショートケーキを持ち込んできた。とりあえず没収しておくことにする。
ユウは多少むくれていたが、それからはいつものようにだべっていた。ついでにショートケーキも返しておく。
そんな具合の一週間を終え、週末。今日も図書室にやってきた僕。テストも近くなってきたので、居心地の良いここで勉強させてもらう。日直の先生も了承済みだが、先客がいるらしく鍵はもらえなかった。
外からは部活を行っている生徒の声が聞こえてくる校舎の渡り廊下を歩いていると、野球部たちが走り込みをしているのが見えた。ああいうのを見ると、勉強する気が失せてきそうになる。
急いでその場を立ち去ると、図書室のたどり着いた。中に入ると一人律儀に制服を着て勉強をする生徒がいた。休みくらい制服から解放されてもいいと思う。無論僕は私服である。
・・・って、あれ生徒会長じゃないか?
「やはり来たか、朝倉君。」
どこの中ボスですかあなたは。
「えっと・・・、今日はなんの御用かな?」
僕が適当に荷物を置くと、会長は僕に一枚の紙を手渡す。なんかいっぱい書いてあるなぁ。
「ようやく先生の許可が下りたからな。これで君も生徒会執行部入りだぁ!」
・・・『二年一組 朝倉鷹路
上記の者を生徒会執行部臨時役員とする。なお、図書委員長の責務も全うすること。』
「・・・ちょっと待て、なにこれ?」
「何って、それは君を生徒会執行部に入れるためのものだが?」
「はぁ!?」
なんだかよく分からないが、生徒会執行部に入れられてしまった。