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 そして、それから一時間後。

 わたしは先輩といっしょに、彼の自宅へとたどり着いた。

 ちなみにこの間、他校のライバル・「要塞の岩男」こと岩男武士(いわおたけし)さんと、血も凍るような冷たい抗争なんかがあったりしたのだけれど(この戦いはのちに、『沈黙の三十分』と名づけられた)、詳細はまたの機会にってことにしちゃうね。

 にしても、先輩の家。初めて見るけれど、道場をやっているだけあって、なかなか大きい。木造の平屋建てで、横幅は四十メートルくらい。沖縄の民家を思わせる造形だ。

 玄関でクツをそろえて、お邪魔しまあす。わっ。中、意外と明るい。

 居間に通された。広さは二十畳くらい。たたみ()きで、中央に木製のちゃぶ台が置かれてる。

 部屋のスミにはぶ厚いアナログテレビが置かれてて、うわ、いまどき古い物使ってるなあ。チューナーをつけて、地デジ化の波に振り落とされないようがんばっているらしい。

 一人の男の子が、そのテレビの前に陣取っていた。

 小柄で、六才くらい。

 ってことは、この子が先輩の弟くん? 

 あぐらをかき、画面を食い入るように見ている。最近流行(はや)っているらしいバトルもののアニメだ。アニメなんて、ずいぶんひさしぶりに見るなあ。

「こら。目が悪くなるから、もっと画面から離れなさい」

 熊河先輩が、さっそくお兄ちゃんっぷりを披露。弟くんの背中に、声をかける。

 弟くんが、面倒くさそうに振り返った。半目がちで、唇を(とが)らせている。先輩の一言で、一気に不機嫌になったようだ。

「えー。このきょりで見たほうが、はくりょくあるじゃん」

 硬派な口調の兄と比べて、かなり砕けたしゃべりかただ。六才児なのに、ちょっと背伸びをしている感じがして、そのギャップがおかしい。

 ちなみに弟くん、それほど筋肉質じゃない。お兄さんがお兄さんなので、角刈り頭のムキムキ少年が登場するんじゃって期待してたんだけど、その予想はものの見事に外れた。

 やせ型で、色白。髪が首のうしろまで伸びてるから、女の子にも見える。お兄さんからゆずり受けたんだなって思えるのは、せいぜいそのするどい目つきくらいだ。

 弟くんはしかたなさそうにため息を吐きながら、お尻を引きずって後退した。こまっしゃくれたイマドキの子供ではあるものの、お兄さんには頭が上がらないらしい。もっとも、熊河先輩を前にすれば、たいていの人はすなおに言うことを聞くだろうけど。

「つうか、このネーちゃんは? ニーちゃんのスケかなんかか」

 単語のセレクションが古いし、エロい。なかなか、ませたガキだ。

「お前、どこでそんな言葉を覚えた」

 カマをかけられてるっていうのに、まったくうろたえた様子のない先輩。それよりも、弟くんの言葉づかいの荒さにショックを受けているようだ。

「どこでもいいじゃん。で、だれ」

 弟くんは品定めするような目でわたしの顔をまじまじと見つめた。その瞳は、明らかに警戒の色をたたえている。

「この人は、俺の高校の後輩だ。ちゃんとあいさつをしなさい」

 お兄さんに言われて、弟くんはしぶしぶといった風に頭を下げた。むくれたほっぺが、まるでおモチみたいだ。

 わたしは、心の底からの笑顔で対応した。秘めたるボランティア精神が見せる脅威の0円スマイルといっしょに、手を差しのばす。

「鹿野です、初めまして。突然おしかけちゃってごめんね。今日はお兄さんの頼みで、ここに来たの」

 われながら、百点満点の花丸笑顔だ。見るがいい、現代のすれた子供よ。これが年上の余裕ってものさ。

「ふうん。ジョシコーセーのわりには、しょぼいふく着てんな」

「……」

 六才児に芋ジャー姿をつっこまれた。

 わたし、手を差しのべたまま、固まる。

「すまない。礼儀を知らない奴でな。どうか許してやってくれないか」

 頭痛だろうか。額に手を当て、目をふせる先輩。どうやら弟くんに関しては、日頃から手を焼いているようだ。

 ふんだ、いいもん。ファッションが貧相なことについては、あちこちで指摘されている。いまさら言われたところで、痛くもかゆくもないもん。

 まあいいや。落ちこんだときは、大好きなものを浮かべて乗り切ろう!

 お金、お金、お金。

 商品券、商品券、商品券。

 ……よし、元気出た。

「今日は、お姉ちゃんがご飯を作ってあげるね」

「へえ、じゃあよろしく。ま、どうでもいいけど」

 弟くん、テレビに視線を戻しながら生返事。

 本当にどうでもよさそうだねえ、おい。

「ただし、だな」

 え、なに?

 まるでヘビでも見るような目でねめつけられ、思わず肩がすくむ。眼光の迫力は、本当、お兄さんにそっくりだ。

「ピーマンだけは、ぜったいに、なにがなんでも入れるんじゃねえぞ」

 ここへ来た意味、全否定。


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