みっちゃんの話。
話を進めるに当って言っておかなければならない。みっちゃんとは仮の名前である。なぜならば、この話は私が小学一年生の頃の話で記憶が定かではないからであり、今後展開される内容も曖昧な部分にはフィクションを用いている。
みっちゃんはクラスの中で一番身長が小さい女の子であった。しかし、身長とは裏腹に好奇心旺盛で昼休みになると男の子たちと混じって遊ぶような元気な女の子でもあった。これは、そんなみっちゃんとのお話しである。
私とみっちゃんはそこそこ仲良しであった。
私は現在、どちらかというなら自宅愛好家で外で遊ぶことはあまりないが、小学校のころは「無軌道台風」と異名を持つほどの問題児であった。しかし、案外にも学校ではおとなしく、ノートに落書きしたり、折り紙をおったり、オリジナルのカードゲームを作って遊んだりしていた。
みっちゃんは多分スポーツとか身体を動かすのが得意な子だったが、私といるときは一緒に折り紙をおったりしてくれていた。先生に「また、落書きして、みんな真似しちゃ駄目よ」などと言われて馬鹿にすらされていた私の落書きを唯一褒めてくれて、どんな下らないゲームでも笑顔で付き合ってくれた。
恋愛的な意味はなかったと思うが、私はみっちゃんの事が大好きであった。
そして、ある日の掃除時間のことである。私は廊下掃除を任されていたが、どうにもやる気がでずに壁にのたれて座り、ほうきを床に置いて教室の中を覗きこんでいた。すると、教室からみっちゃんが出てきて私のもとに駆け寄った。
「掃除しないの?」
みちゃんは真面目で素直だったから、容易にうなずくこともできずに「ほうきが重くて持ち上がらない」とか、適当に言った。そうして、必死に持ち上げるふりをしてほうきを床から少しだけ上げた。
みっちゃんは私の冗談に笑ってくれた。そして、ちょっとだけ持ち上げたほうきの上をぴょん、と跳んだ。
「もうちょっと高くても跳べるよ」
得意げに言うので、私は言うとおりにほうきをもう少し持ち上げた。しかし、みっちゃんはそれも軽々と跳び越えてしまう。
「もっと、もっと」
みっちゃんが手を叩いて私を急かすので、私はとびっきり持ち上げてみせた。
「どうだ。跳べないだろ」
ほうきの高さはみっちゃんの腰あたりまで高くなった。
すると、みっちゃんはまた笑い出して「重くて持ち上がらないんじゃなかったの?」と腹を抱えた。何だか私ははめられたような気がして、苦笑いでうつむくしかなかった。
「分かったよ。掃除するよ」
観念して立ち上がろうとしたが、それをみっちゃんが止めた。
「あ、待って。最後に挑戦させて」
そう言うので、私は膝の辺りまで高さを落とし、最後の挑戦を受け入れた。
みっちゃんは思いっきり助走をつけて、勢いよくジャンプした。しかし、その時である。私はほうきの高さを上げた。軽い悪戯のつもりだったが、それは危険なことだった。みっちゃんはほうきが足に掛かり、廊下に突っ伏すように倒れた。
一瞬のことだったので、私は唖然となって息を呑んだ。しかも、こけたみっちゃんは短いスカートを履いていて、それがめくれてパンツが見えていた。いやらしい意味とかではなくて、女の子に醜態をさらさせたというのは、小学生の私でも分かった。私はみっちゃんに酷いことをしてしまったのである。
みっちゃんは起き上がると、スカートのめくれをなおしながら泣いた。声を必死に押さえようとあごを引いて、ひしひしと涙を流した。廊下を通っていく人達の視線が痛かった。
しばらくして事態に気付いた先生が教室から出て来て、泣いている事情を訊いてきた。しかし、私は罪悪感から言葉が詰まり、「みっちゃんがこけた」としか言えなかった。先生は「おでこ打ったの? 保健室いこうか?」などとみっちゃんを宥めてから、みっちゃんを抱っこして保健室へ向かった。
私は連れて行かれるみっちゃんから目を離さなかった。すると、先生に抱っこされたみっちゃんは私の視線に気付き、泣き顔で無理やり笑顔をつくった。「君のせいじゃないよ」とでも言ってるような笑顔である。
それからもみっちゃんと仲が悪くなることはなく、何事もなかったように今までどおりに過ごしたが、それから二年生になり、クラス替えで離れ離れになって、二年生の冬で私は引越し別の学校に転校した。
私は今でもあの時の笑顔を忘れることができない。もうかなりの時間が経って一人の女の子に恥をかかせたという罪悪感は消えてしまったが、未だに残る後悔が二つある。
みっちゃんが私を気遣って「つまづいて転んだ」と先生に嘘を吐いたのは友達から聞いた。だからこそ、自分のせいだと正直に言わなかったことを後悔している。
なぜあの時、正直に「僕がやりました」と言わずに「みっちゃんがこけた」としか言わなかったのか。それが一つ目の後悔。
そして、私はまだみっちゃんに謝ってない。転校するまでの間、「ごめん」の一言も口に出さなかったのである。今考えただけでもその時の私に腹が立ってしまう。それが二つ目の後悔である。
しかし、もしかしたら、またいつか再開することがあるかもしれない。きっと雰囲気も変わっているし、私を覚えてくれているとも思えない。もちろんそんなドラマのような展開もあまり期待されない。しかし、私はこう思う。
……それでも。謝ろう。
共感求ム。