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共感求ム。  作者: imaginary
11/19

上田君の話。

 これは私が小学校二年生の頃の転校前日に起こった変哲ない友情物語である。人並外れた感受性の持ち主でないとハンカチは必要ないが、ぜひとも最後まで目を通していただきたい。


 私にはその頃、上田君という友達がいた。生真面目で軽はずみな様子がなく、成績優秀、優しい面容、律儀な眉毛、一年生になったら友達百人作りましょうをただ一人遂行した人間だといえようほどの人脈の持ち主。彼を蔑む者はおらず、また彼も誰も蔑むことはない。優位な立場にたっているにも関わらず遣ること成すこと嫌味に見えず、私のような『無軌道台風』に落ちぶれるような輩もそのインド洋並みの寛大な心で受け入れた。


 家が近いということもあり、私達は一年生の頃から登下校を共にする仲だった。  

二年生でクラスが変わり、たまにフリールームで遊んでいたりもしたが、しだいに『たすく』や『けんと』のような友達もできて、あまり遊ぶことはなくなっていた。

しかし、そんなある日に私達はさらなる交友を深めた。     


 それに起因するのは、当時流行していたコマ回しであった。しかもただのコマではない「ごー、しゅーと!」などという掛け声を何の恥ずかしげもなく上げたあとにプラスチックの引き紐を引いてコマを盤上に落とし、それぞれで戦わせるという、ベイゴマ愛好国民の誇りの欠片もないコマ遊びだったのである。しかし、当時はそれが妙に面白かった。


 毎日のように上田君のマンションの前で対決をしていた。「今日も遊ぼ!」などといちいち聞かず、帰宅してコマを片手に握りしめるとそのまま上田君の家に向かった。居なければそのまま帰り、居れば一緒に遊ぶ。まるで上田君の迷惑をかえりみない遊びであったが、上田君は私が遊びに行くと、忙しそうにしていても快くコマを持ち出してくれた。


 しかし、上田君は人気者であったために、たまには他の友達と遊んでいて取り合ってくれない時もあった。初めは「しょうがないな」と流していたが、いつしか上田君は自分から他の友達と遊ぶようになっていた。それからは二人でコマ回ししても、何だか気持ちが入らずに面白くなかった。


 そして、あくる日、ついに私の堪忍袋の緒が切れた。


 他の友達に先を越されると上田君がそっちに行ってしまうので、私は前々から遊ぼうと約束するようになっていた。しかし、私と約束していたにも関わらずに上田君は友達を自宅に招いて部屋でゲームをしていたのである。マンションの窓から数人の同級生の笑い声が聞こえてきて私はそれを悟った。


 私は何だか上田君に見捨てられたかのような気分になって、嫌がらせでインターホンを何度も何度も何度も押した。上田君が出てくると睨みつけて無言で黙った。

今の自分の気持ちを理解して欲しかったが、上田君は私がずっと黙っていると首をかしげて部屋に戻ってしまった。「一緒に遊ぶ?」と誘われたけど、私は頑固に黙っていた。それに一緒に遊んでしまえば自分に負けたような気になるのである。


 上田君が部屋に戻るとまたインターホンを何度も何度も押し続けた。「どんな嫌がらせだよ!」と今なら自分に突っ込みたいが、その時の私は切実であった。なぜならば、引越しの話が決まりそうになっていたからであって、上田君と遊べるのはこれが最後になりそうだったからである。


 三度目までは嫌な顔もせずに上田君が出てきてくれたが、四度目になると同級生の女の子が出てきた。顔は知っていたけど名前は知らない。


 その子は不機嫌そうな顔で私を睨みかえすと「上田君がコマ遊びは飽きたって!」と告げられた。まるで有罪判決を受けた被告人の気分であった。その時の私にはとてもショックで、それと同時に怒りに駆られた。


「こんなもん、俺も飽きてたわ!」


 片手に持ったコマを上田君のマンション前で叩きつけて放置して帰った。小学生の知りうる全ての暴言を泣きながら呟き、帰路についた。


「今度、引越しするからな、そんな遠くないから、友達には会えると思うけど」


 帰ると、とどめを刺されるかのようにそう言われた。これから連休だったので、その間に引っ越すという。


 もう上田君とは遊ぶことができない。それどころか会えなくなる。そう思うと妙に後悔の念が襲ってきた。せめて、仲間にいれてもらえばよかったのではないかと。


 このまま、終わっちゃいけない。


 そう思った瞬間に私の家のインターホンがなった。しかも、一回や二回ではなく、何度も何度も立て続けに鳴った。上田君だと分かった。


 部屋を飛び出し廊下を走り、勢いよく玄関を開けた。


 すると、一瞬だけ上田君の横顔が見えたが、次の瞬間には逃げて行ってしまった。上田君の遠ざかる足音がひびく、単なる嫌がらせのやり返しと思うかもしれないが、その時の私には違って思えた。上田君はそんなことする人間でないし、私の足元に、マンション前に投げ捨てたはずの自分のコマが回っていたからであろう。


『また、いつか遊ぼう。だから捨てないで、持っていて』


 そう上田君の声が聞こえた気がした。泣いた。親に泣き顔を見られたくなかったから、部屋に入るまでは堪えて、部屋に入ったらベッドの上でコマを抱えて泣いた。


 やっぱり、上田君は親友である。そう思った。


 引越しの作業が思ったより遅れて、連休明けに最後の学校へ行かされて、そこで結局上田君にも会ってしまったけど、言葉は交わさなかった。


 それは、次会った時にとっておこうとしたのであろう。




 共感求ム。


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