Accidental e-Mail title「日記」
Accidental e-Mail title「日記」『Accidental e-Mail』
・登録・利用は無料。
・登録は簡単。お持ちのメールアドレスをこのサービスに登録するだけ。
・メールを出す際はHNを入力してください。一度お使いになったHNは再び使うことはできません。
・本文は1000文字までです。
・届いたメールには一度だけ返信ができます。返信時にはHNを入力することはできません。返信終了後それで相手とのやり取りは終わりです。
・このサービス利用にあたって起きたトラブルに関して当方は一切責任を負いません。
・それでは『Accidental e-Mail』をお楽しみください。
今何かと話題なこのメールサービス。このサービスがきっかけで結婚した、このメールが自殺を思い留まらせた、などと言ううわさが流れているが正直眉唾ものだ。
だって誰に届くかわからないのに。
しかし私も一カ月ぐらい前にこのサービスに登録した。
届くメールは変なものばかりだ。
『明日は明日の風が吹く』(weather33)
『100円拾った』(zirou00)
などと、だから何? と言いたくなるようなくだらない内容のものがほとんど。
そして、
『どうも始めまして^^。T県T市に住んでるケンタです。歳は二十歳です。もしこのメールを呼んでいるあなたがT県T市にお住まいだったら。もうこれは偶然という名の運命です。実際に合いませんか? 別に変な意味で言ってるんじゃなくてちょっとお茶するだけです。色々と話しあいましょう。返事待ってます^^』(sigeki392)
このような、いかにも出会いが目的なメールも多々くる。
どれにも返信はしていない。
意味をなさないメールが多すぎる。
しかし、かといってこのサービスで正解と言えるような内容のメールはない。何を書こうが個人の自由で、私にそれを否定する権利はないのだけれど。
だけど私は何か意味のあることをこのサービスでしたい。
何をするべきか、このサービスに登録してから二週間ほどずっと考えていた。そして、私は一つの答えを見つけ出した。
それは、日記を書くこと。
一日一回、日記を書いてこのサービスで送る。日記と言っても一日の出来事をただ淡々と描いたつまらないものではなく。その日に思ったこと、いうなればポエムに近いものかもしれない。
何処の誰に届くかはさっぱり分からない。
届いた相手にもこのメールをみてもなんのことかはさっぱり分からないことだろうと思う。数多く届く意味を成さないメールと一緒にされてしまうかもしれない。それでもいいんだ。
たとえ自己満足でも今日一に私が生きた証を、私の思想を誰かに知ってもらえればいい。
『今日は目が覚めた瞬間に目覚ましが鳴った。
驚きと感動、その後には虚しさが。
この時間に起きることが当たり前になっているということ身体が覚えた。
それほどまでに代わり映えしない毎日を過ごしているなんて、なんだかなあ……。そう思う今日この頃』(saya1213)
私の名前は速見早弥。
だからハンドルネームはsaya。そして後ろの数字は今日の日付だ。
以前、毎日日記を付けよう! と決心したものの一週間と続かなかった。その理由はたぶん一日のありのままを書いていたということ。一日の行動をだらだら述べただけの味気ないものだった。そして誰にも読んでもらえないということ。読まれたらそれはそれで恥ずかしいのだけれど、誰の目に触れることなく、自分の中だけで終わるというのがなんだか虚しくなった。
だけど今回は違う。一応人の目には触れるわけだし。
だから毎日欠かさず書こう。そう改めて決意した。
『雨がしとしと。
空が暗いと気分も昏い。
鉛色の雲、空を覆って。
雲の向こうに広がる青い空を思って、私はぼんやりと窓の外を眺めている。』(saya1217)
授業中に日記を書いていると先生にばれて叱られた。
日記を書く時間帯は特に決めてはいない。朝起きてすぐ書くときも、夜寝る前の時も、今日みたいに授業中でも、なんとなく気分が乗ったときに書いている。
「早弥が叱られるなんて、珍しいね」
日記を送信して一息ついていると友だちの真美が話しかけてきた。
「ちょっと携帯いじってたら怒られちゃった」
「何してたの?」
「とくにそれと言ったこととは……」
「そういえばさ、最近何かと話題になってるよね。なんだっけ、あのサービス?」
「『Accidental e-Mail』のこと?」
「そうそれ。結婚したとか、人の命を助けたとか、本当なの?」
「さあ……、私も噂で聞いたぐらいだから」
この話はもうかなりメジャーでニュースにも取り上げられたぐらいだ。
「実は、時代に乗り遅れてはいけないと思い、私も今日登録したんだよね」
「へえ、登録したんだ」
「まだ何も送ってはいないけど、受信するメールは変なのばっかりだね。これなんか見てよ」
私は一瞬ひやりとした。まさか私の送ったメールが真美に届いてしまったのではないだ
ろうか。
『どうも始めまして^^。T県T市に住んでるケンタです。歳は二十歳です。もしこのメールを呼んでいるあなたがT県T市にお住まいだったら。もうこれは偶然という名の運命です。実際に合いませんか? 別に変な意味で言ってるんじゃなくてちょっとお茶するだけです。色々と話しあいましょう。返事待ってます^^』(sigeki432)
しかしその不安は杞憂に終わった。
そしてこのメールは以前私にも届いたことがあるものだった……。
「何かいかにもって感じのメールだよね。だけど偶然にもこの近くだよ。いってみる?」
真美はいたずらに笑ってそう言った。
「嫌だよ。なんか怖いし」
「はは、冗談だって。早弥もやってみれば。笑えるメールも結構くるよ」
「そうだね。やってみようかな……」
実はとうの昔に登録しているのだけど。顔や態度でばれてしまわないかひやひやした。
『雪が降ったよ。
だけど、いつから興奮することも喜ぶことも無くなった。
交通は不便になるし、雪かきは大変。
雪だるまを作ることも、雪合戦をすることも無くなった。
大人になるのってなんだか寂しい。』(saya1221)
「おはよー」
「おはよ」
吐く息を白く染めながら学校への道のりを歩いていると後ろかな真美が挨拶をしてきた。
そして横に並び一緒に歩き出した。
「いやー、もう。寒いの一言だね」
「うん。ほんとに」
「そういえば早弥、あのメールサービス始めたんだっけ?」
「うん、やってるよ」
「何か面白いことあった?」
「ううん。特には………、真美は?」
「わたしも別に、変なメールがたまに届くだけ」
「送ったりはしないの?」
「送るっていっても、誰に届くかも分からないのに何を送ればいいのかわからないし、返信も一回こっきりじゃ会話もできないしね」
「まあ、そうだよねえ」
本当に、このメールは不便と言うか、なんというか。おもしろいサービスではあるのだけど、実用性がない。いったいこのサービスをつくった人はどんな意図があったのだろうか………。
『マフラーに顔をうずめてみる。
だけどそうすると口の周りが湿っぽくなる。
だからってマフラーから出すと湿った口周りを冷たい風がつき刺す。
十数年生きてきて未だにマフラーのポジションが定まらないでいる。
そういえば今日はクリスマス。見知らぬあなたにハッピークリスマス』(saya12/24)
そんな他愛なく、くだらない内容の日記を未だ一日も欠かすことなく書き続けていた。
折角のクリスマスだというのに今日は炬燵の中で一日を終えてしまった。なんて不毛な一日なのだろ。
クリスマスのせいか届く『Accidental e-Mail』も多かった。
皆考えることは同じなのか、どのメールにもクリスマスという単語が目立った。
『今年ももう終わりだって、紅白を見ながらぼんやりと思った。
それは去年も一昨年も同じ。
そしてきっと来年も。
習慣化された一年には思い返す事が余りなくて、かといってスタイルを変えるのは面倒くさい。
どっち付かずのこの想い。
きっと、ずっと思ってる。
そんな気持ちを、今年最後の名も無きあなたへ』(saya12/31)
『初詣行こうよー』
普通のメールが真美からきた。
『いいよー。じゃあ駅前に集合ね』
そう返信し、防寒具を着こんで外に出た。
待ち合わせの駅が見えてきた。と、そのときちょうど向こう側から真美が歩いてくる姿が見えた。
「おめでとー」
「うん。おめでとー」
気付くといつの間にか新年を迎えていた。
二人して神社のある方角へと歩き始めた。
「あーあ、今年から受験生かあ……」
真美は白い溜息をつきながらそう呟いた。
「そうだねー」
私達は現在高校二年生。あと数カ月で三年生、すなわち受験生だ。まだまだあんまし実感は湧かなかった。実際に躍起になっているのは来年の今頃だろう。
「早弥はもちろん進学するんでしょ?」
「うん、そのつもり」
「私もそうだけど、数学がもうほんとにわかんないからなあ……」
真美は数学だけが苦手だった。他の教科はかなり良い順位にいるのに。
「まだ一年あるよ」
「うーー……」
やがて神社が見えてきた。
遠目からでも分かるほど人で溢れかえっている。
私達はなんとか人ごみの中を押し進んだ。鐘を鳴らし、手を叩き、おみくじを引き、やるべきことを終えて這う這うの体で返ってきた。
疲れきって帰り道はほとんど無言だった。
『大吉を引いたよ。
ありきたりな文章で内容はよく覚えていない。と言うよりは読んでいない。そしてそのまま樹に結んだ。
あやふやで気休めな言葉より。
確実で形ある何かが欲しい。
やっぱりおみくじ(可能性)よりお年玉(現金)だよね』(saya1/1)
年が変わっても私の日記は途切れることなく誰かに届いていた。
返信もたまにはきた。
だけどどれも身のある返信ではなかった。ちょっと傷つくような返信がきたことも少しあった。
それでも挫けることなく続けている。
送った日記のメールはその専用のフォルダに保存しておいて時たま読み返している。
そして、何馬鹿なこと書いていたんだろう、と後悔や恥ずかしさで顔を赤らめることもしばしば………。
『まだまだ雪はやまない。
毎日踏みしめながら歩いている。
誰かが通った足跡の上を歩いている。だからそれほど辛くない。
けど、最初に歩いた人は大変だったろうね。
そんな誰かに感謝をしながら、私は歩いた』(saya1/28)
日記を書くようになってから私は常に何かしらを考えているようになった。ネタ探し、ってこともあるのだけれど、それだけじゃない。日記を書くことによって日々の生活を見直す事が出来る。
今まで特に気に留めていなかった些細なことでも、習慣化された普段の生活も、視点を変えると違ったものが見えてくる。今まで何気なく過ごしてきた毎日が急に新鮮に思えるようになった。
それは日記のおかげだと思う。
『雪から雨に変わった。
だけどまだまだ寒い今日この頃。
空の色は相も変わらず鉛色。
最近は青空と言うものを見ていない気がする。
だからせめて傘は青色を』(saya3/11)
ある日、いつも通り日記を送信すると返信が来た。ただ、その返信は今までできたものとはちょっと変わっていた。
『ありがとうございます。
まさか自分の所に届くとは思いませんでした。
さっそくアップします~』
はて、まったくもってこの文の意味が分からなかった。
このときはまだ特に気にもせずこの返信をやり過ごした。
しかし……、
『感激です。
誰かが作った嘘かと思っていました』
『毎日楽しみにしています。
僕も早速皆に知らせたいと思います。』
などと言うメールが段々と日々を追うごとに増してきて、いよいよ無視できなくなっていた。
しかし、誰かに訊こうにもどのように訊いていいものか分からない。
私は暫く悶々とした日々を送った。
『春一番が去り、気温も上がってきた。
春が来た。
何かが終わって、何かが始まる。そんな季節。
毎日が同じような日々を送っている私でもこの季節ばかりは変化を感じる』(saya4/7)
その日は春休みが終わり、新学期の初日だった。
新しい教室、新しい机で私はその日記を書いた。
そして送信。その直後、
「おーーー!」
教室の一角で誰かが雄叫びを上げた。
「まったくうるさいわね」
そう言うのは隣にいる真美。また同じクラスになった。
「なんだろうね」
「春は馬鹿が多いのよ」
なんだか今日の真美は毒舌だ。
私はさっきの雄叫びが気になり、その雄叫びを上げた数人の男子のグループの方へと密かに耳を傾けていた。
「どうしたんだよ」
「はらこれ見ろよ」
「おお……、マジかよ。運いいなお前」
「だろ。新学期からついてるぜ」
「それがネットで話題になってる『サヤの日記』だろ。早くアップしろよ」
「ああ、わかってるって。その前に返信しないと」
その男子の会話で幾つかのワードが耳に残った。
ネットで話題、アップ、そして『サヤの日記』………。
私は瞬時に一つの可能性を導きだした。
『サヤの日記』とは私が毎日書いている日記のことで、今日書いたものが今教室にいる彼に届いた。そしてアップとはおそらくアップロードのこと、そしてネットで話題というワード……、私の今までの日記がネットで公開されている? まさか……。
『嬉しいです。
早速待ちわびている皆にも知らせたいと思います。』
と言う返信が来た。
いよいよ私の不安は色を濃くしていった。
新学期早々私は顔を青ざめたままで初日の学校を終えた。
家に帰り、真っ先にパソコンを起動させた。
うちのパソコンは未だにCRTでOSは98。もはや骨董品だ。電話で言うと黒電話。
立ち上がるとすぐにブラウザを開く。すぐさまグーグルで『サヤの日記』と打ち込み検索をかけた。結果が表示されるまでがこれまた遅い。
一番上に『SAYA’s DIARY』と題されたホームページが表示された。
私は恐る恐るクリックした。
そのホームページはいかにも手作りっぽいものだった。
日記と言う項目がありそこをクリックした。
するとページが飛んでカレンダーが描かれたページに飛んだ。
数字の文字が青く、下線が引いてあり、明らかにリンクが張ってある。
見たくない……、そう思いながらも意を決してクリックした。
新たなウィンドウが現れ、見覚えのある文章が書かれてあった。
以前私が書いた、送った日記だった。
「……………」
いや、気のせいだって、そう思いこみ他の日付もクリックしてみた。
なんか、見たことがあるような……。
次々と遡りながらクリックして言った。
「………うわーーーーーー!」
私は気付くと叫んでいた。
顔を真っ赤にして、頭を抱えて、その場を転げ回った。
今までの日記が! 自分で思い返しても恥ずかしくなるような日記が! 誰の目にでも留まるネットに公開されている! いつから! 誰が! 何のために!
私はそのホームページを調べ回った。
日記のカレンダーはさすがに全部は埋まっていなかった。ところどころ黒い文字の日付があり何処にもリンクはされていない。他には投稿フォームと言うものがあり、そこから私の日記を受け取った人々が登校できる仕組みになっていた。
私はその投稿フォームで管理人訴えることにした。
『はじめまして。今日初めてこのホームページを拝見しました。信じて貰えないかもしれませんが私はこのホームページに掲載されている日記を書いたサヤ本人です。今まで書いた日記がほとんど掲載されていて、誰の目にも止まるようになっていて、非情に驚いています。正直にいってかなり恥ずかしいです。できるだけ早く消してくださったら幸いです。』
最後に即席で作ったパソコンのメールアドレスを打ち込んで送信した。
携帯と違ってすぐに返信は来ないだろうと思い一旦パソコンをシャットダウンした。
そして夜、寝る前に再度パソコンを起動された。
返信のメールが来ていた。
『はじめまして、このホームページの管理人をしているものです。まさかサヤさん本人からメールが来るなんて感激です。……ではなくて、本当にすいませんでした。このホームページも少し話題なっていたのでてっきりサヤさん本人も疾うに知っているものと思っていました。
迷惑でしたら即刻このホームページは削除します。ですが決して悪ふざけや、サヤさんを辱めようとして日記をアップロードしたわけじゃありません。ただ、私にサヤさんの日記が届いたとき私は感心、というか感動、というか兎に角すごいと思いました。文章もそうですが、Accidental e-Mailを日記として使うアイディアをすごいと思いました。この意味のわからないAccidental e-Mailというサ―ビスにサヤさんは一つの答えを導き出したのだと思います。
私はサヤさんの日記を読むことが毎日の楽しみでした。このホームページを作るきっかけも日記の続きを読みたかったからです。今では私と同じ様に数多くの人がサヤさんの日記を毎日楽しみに待っていると思います。
できればこのままホームページを存続させてください。ただどうしても恥ずかしいといわれるならすぐに削除いたします』
「………うーむ」
そこまで言われるとホームページを削除しろなどと言いにくい。
それにしても本当に多くの人が私の日記を楽しみに待っているのだろうか。確かにここ最近感謝される返信が多いけど。
私は一晩考えた。
そして翌朝、私はパソコンを立ち上げた。
『一晩考えました。
私の日記が誰の目にでも留まるのはちょっと恥ずかしいけど、だけど本当に私の日記を楽しみにしている人がいるなら、それを奪おうとは思いません。
むしろ、何気なく始めたこの日記を必要としてくれるなんで逆に感謝したいぐらいです。
だからこのホームページはこのままでいいです。
ただ、あくまでも私は見えない誰か一人に向かって日記を書き続けます』
『昨日、人に感謝された。
やっぱり人に感謝されるってことは嬉しいことだ。
自分を必要としてくれた。そう思うと今日、此処に自分がいてよかったって。
微かに感じることができる。
だから私も見えないあなたへ、意味はないけど、ありがとう。
変だなんて思わないで、今日だけは素直に受け取ってほしい。
ありがとう』(saya4/8)
私は今日も見えない誰かに向かって日記を送った。
読んでいただきありがとうございます。
感想などいただけたら幸いです^^