序章 【意識しないと痩せられません (注意:僕はきっぱりデブ専ではありません)】
正直に言うと、恐らくそうだろうなあ、きっと僕の予想通りの光景が広がっているんだろうなあ・・とは思っていましたよ、ええ。二度あることは三度あると申しますし、すでに三度どころの話じゃありませんしね。でも一縷の望みをかけていたんですよ、今日こそは違っていますようにと、できれば僕の予想が外れていますようにと。
でも、現実は甘くはありませんでした。
仕事から帰ってきて、台所にあるテーブルの前にある僕の指定席に座った僕は、テーブルの上に並べられた晩御飯のメニューを見て、がっくりと肩を落とします。
一週間前、この家で一緒に暮らしている同居人が、家事は任せてほしいと申しでてくれたのでありがたくそれを受けたのですが・・確かに掃除洗濯については申し分なかったです。裁縫も彼女の得意分野で僕のほつれ気味だった作業着をすべてなおしてもらいました。しかし、しかしですよ!! その・・晩御飯というか炊事が・・
予想通りでした、一分の隙もなく完璧に僕の予想通りのメニューでした。しかし、僕は無駄で無益とわかっていながらも口を開かずにはいられず、目の前でやたら自信たっぷりな笑顔を浮かべている同居人に視線を向けました。
「すいません、ちょっといいですか?」
「なんだ?」
僕が席についたことを確認して早速食事を始めようとしていた同居人は、僕の問いかけに気がついて食事の手を止め、怪訝そうな顔で僕を見返します。一見全くわけがわからないという表情。しかし、僕は見逃しません、彼女の額から幾筋かの汗が流れ始めていることを、目が若干泳いでいることを。僕はできるだけ冷たいと思わせることができるような無表情を作り、追及を始めます。
「これはなんですか?」
「ボイルしたバイソンソーセージ」
「これはなんですか?」
「ほくほく感が楽しいマッシュポテト」
「そして、これはなんですか?」
「喉越しすっきりベンテンビール」
僕の問いかけに『何を当り前のことを聞いてくるんだこいつは』という表情を無理に作って浮かべてみせ、明らかに誤魔化そうとしている同居人。その姿を見た僕はとてつもなくやるせない気分になり、顔をやや伏せると深いふか〜い溜息を見せつけるように吐き出して見せる。いや、ソーセージは嫌いじゃない、どちらかと言えば大好きな食べ物だ、噛み切る時のパリッとした食感とその時に中からあふれ出るジューシーな肉汁がとても美味しくて好きだ。マッシュポテトも嫌いではない、ポテト料理は総じて全て好きだ。一番好きなのはおでんの具としての、煮込まれたじゃがいもだが、マッシュポテトも好きなほうだ。酒に関して言えば、ビールよりもサワー(酎ハイ)派なんだけど、まあ妥協できなくはない。
だけどですね、いくらなんでもですね・・あ〜、ともかく僕は心の底から恨めしそうな視線を目の前の同居人へと向ける。すると僕の視線を受けた同居人はなんだか唇を尖らせてぷいっと顔を横に向けると、そのぶっとい両腕を腰にあてて不貞腐れたような態度でごにょごにょ言いだした。
「な、なんだ、なんか文句でもあるのか?」
「この食卓の情景にどうして自信たっぷりでいられるのか、どうして文句が出ないと思えるのか、僕には不思議で仕方ないんですが」
「これほど愛にあふれたメニューはないと思うのだが」
「愛にあふれたって・・これって晩酌のビールとそのアテだけのみのメニューですよね? わびしい一人暮らしのОLですかあなたは。まあ、でも百歩譲ってたまには・・いいですか、百歩譲ってあげたとして、たまにはこういうので勘弁してくれっていうのであればわからないでもないですよ、でもね」
僕は炊事場のすぐ隣に設置した氷太刀製大型霊蔵庫の扉に指をビシッと向ける。そこにはカレンダーが張ってあって一週間前から昨日までの夕食の献立が僕のいびつな字で書かれており、その内容は見事なまでに統一されていた。
渋々ながらそこを確認した同居人は、顔を伏せて太い両手の人差し指をちょんちょんと突き合わせ、上目づかいで僕の表情を伺いながらごにょごにょと言いわけを始める。
「だ、だってだって、おいしいんだからそれでいいじゃないか」
「いくらおいしくても一週間連続でこのメニューでいいわけないでしょ!! どれだけ偏ったメニューなんですか!! 一週間ですよ、一週間。黙ってそれに耐えてきた僕も『どれだけ辛抱強いねん!!』っていうもんですけど、いつまでもこのメニューで誤魔化し続けようというあなたも相当なもんですよ!! とりあえず、言い訳があるなら聞いておきます。僕を納得させられるだけの正当な理由があるというなら今のうちに言っておいてください」
静かに怒りをあらわにする僕の姿に、目の前に座る同居人はますます身体を縮こませ、若干しゅ〜んとして表情を浮かべそれでも尚最後の抵抗とばかりに、小さな声で言い訳になってない言い訳を口にするのだった。
「そ、それはその、私がその・・ビール大好き、ソーセージ大好きなドワーフだから・・いえ、その・・ごめんなさい」
その言葉を聞いた僕は容赦なく絶対零度の視線を目の前に座る同居人に浴びせかけ、浴びせかけられた同居人は自分の非をあっさりと認めて謝罪を口にする。
そう、この晩御飯の制作者であり、僕の同居人である彼女はドワーフ族である。
種々雑多、それはもういろいろ様々な姿形をした『人』達が生活しているこの世界。その中でも特に種類が多いといわれるのが3大種族で、【獣人族】、【魔族】、【妖精族】がそれにあたるわけだけど、その中の1つ【妖精族】の中で、エルフ族と並んで特に有名な種族であるのがドワーフ族だ。
身長は僕達人間族よりもかなり低いんだけど、頑強で強靭な身体と、その小さな体からは考えられない剛腕を持ち多くの兵士や戦士を排出している。しかし、その一方で手先が異様なまでに器用という特徴もあって、武人だけでなく、様々な職種で活躍する職人さんも多いことでも知られ、非常に優秀な種族として知られている。
頑固一徹で、無愛想で、人一倍物に対する執着の強いというところがある一方で、友情にあつくて義理堅く、一度その友として認められれば絶対に裏切らない。ビールとソーセージをこよなく愛し、ビールを水代わりに、ソーセージをおやつ代わりにしているという種族的特徴があるといえばあるんだけど・・だけどね。
「いくらなんでもこんな晩御飯のメニューで一週間過ごすドワーフを見たことなんか1人たりともありませんよ」
「目の前にいるじゃないか。ここに」
呆れ果てた表情を浮かべて呟く僕に対し、彼女は不貞腐れたような態度でぷいっと顔を横にそらしてしまう。その態度を見てちょっとカチンときた僕は、椅子から立ち上がるとスタスタと彼女の横まで歩いて行く。そして、電光石火の速さで右手を繰り出し、彼女の身体にできた3つの大きなお肉の山の1つを東方文字で『弾』と書かれた白いTシャツの上からむんずとわしづかみするのだった。
「あ・・あん、あんっ!! だ、ダメ、ソウッ、そんなに乱暴に揉まないで、もっと優しくして。それにそ、そこは胸じゃないの!!」
「わかっててつまんでいるんです!! 気色の悪い声出さないでください!! なんですかこのお腹は!! ぶよぶよじゃないですか!! あなたいいましたよね、『私の腹は筋肉で覆われているんだ』って。どこが筋肉なんですか、どこが!! 100%脂身じゃないですか!! コレステロールの塊じゃないですか!! これだけついていたら内臓脂肪も半端じゃなくこってりついていますよ、どうするんですか!? 26歳にしてすでに成人病ですか!? ビールとソーセージばっかり食べているからこうなるんです!! 節制しなさい、節制を!! 野菜を食べなさい、豆類を取りなさい、そして、お酒を控えなさい!!」
「ちょ、ちょっとぽっちゃりしてたほうが女の子として魅力的だって、ソウは言ってくれたじゃないか!! あれはウソだったのか!? 私は11年前ちゃんと聞いたぞ!!」
「ぽっちゃりしすぎでしょうが!! この肉をみなさい、この肉を!! ほらっ!! ちゃんと現実を正視しなさいってば!!」
「い、いやああああああっ!! お腹のお肉を伸ばしたり畳んだりしないでぇぇぇぇぇ!!」
容赦なく彼女のお腹のお肉を掴んでびろ〜んと伸ばしたり、たぷたぷ揺らしてみたりする僕に、彼女が涙目で抗議してくる。僕はそれに構わずしばらくの間彼女のお腹のお肉を執拗にたぷたぷ、たぷたぷたぷたぷと揺らしていたが、僕がいつまでたってもやめようとしないことに流石に彼女も腹を立てたらしく、強引に身体を振り払って僕の手から逃れる。そして、妊婦のように立派なお腹を両腕で庇いながら僕を涙目で睨みつけるのだった。
「お、女の子の一番大事なところでたぷたぷして遊ぶなんて・・ソウはひどい!!」
「いや、ちょっと待ってください。僕がひどいことをしたということに関しては否定しませんが、普通の一般女性の一番大事なところはもっと別のところですから、あなたの基準がさも一般基準みたいな言い方しないでください。しかも26歳の立派な成人女性のくせに自分のことを『女の子』って言うのはちょっと図々しくないですか?」
「女はいつだって恋する女の子のままでいたいものなのさ」
「うまいこと言って誤魔化そうとしないでください。しかもあまりうまいこと言えていません。てか、今きがついたのですが、僕がいない朝とか昼までまさか一緒の食事をしているわけじゃないんでしょうね!?」
脳裏に壮絶に嫌な予感が走った僕は、まさかと思いつつもその疑問を口にしたのだったが、目の前の彼女はその問い掛けを耳にすると大量に汗を流しながら顔をそむけ、口笛を吹いて誤魔化し始めた。ええええええっ!! 本気で朝昼晩全部ビールとソーセージだけだったのおお!?
仕事の関係上朝が無茶苦茶早い僕につき合わせるのは悪いと思い、朝食と昼の弁当は自分で作っていたので敢えてどうしているのか聞かなかったんだけど。
僕は激しく痛みだした頭を押さえてふらふらになっていたけど、すぐ様決意すると彼女を睨みつけてその指先をビシッと彼女に向けて宣言する。
「もういいです、もう限界です。一週間もこんなメニューばっかり耐えられません。作り直しです、今日から晩御飯は僕が作ります!! そして、しばらくソーセージとビールは禁止です!!」
「え? えええっ!? い、いやああああああっ!! 私からソーセージとビールを取り上げないでぇぇぇぇ!! もう一度チャンスをぉぉぉぉぉ!!」
いつまでたっても埒があきそうにないので、僕は同居人である彼女から身体を離すと台所の食器棚へと足を向ける。そして、そこの引き出しから一枚のエプロンを取り出して装着。かわいらしい狸のあっぷりけのついた緑色のエプロン、僕の年下の上司である『若』が僕の誕生日に包丁と共にプレゼントしてくれたもの。僕は背後からしがみついてくる彼女を引き摺ったまま炊事場へと移動すると、霊蔵庫から食材を取り出して調理に取りかかる。
後ろで彼女が甘えたことを何かブツブツ言っているが、とりあえず無視。ここで甘い顔をすると双方にとってロクなことにならない。
「ダメです、一週間という期間でダメだったのにこれ以上やっても時間の無駄です、無意味です。それにこんな食生活を続けていたら本当に身体を壊します。というか、あなただってちゃんとわかているんでしょ? このままだとダメだってことは? ここに来るまではちゃんと節制した生活を続けることができていたわけなんですから、ちゃんと元にもどしてくださいね」
そう、僕と同居するまでの彼女は間違いなく節制した、いや、むしろ質素な生活を続けていたはずなのだ。なんせ『外』を徘徊するバケモノ達を相手に戦う傭兵旅団の副団長様だったんだから。それが今や見る影もなく・・いや、まあそこはいい。ともかく僕の言葉は結構彼女の心に深く刺さったらしく、僕の身体にしがみついた状態で動きを止め、しばらく言葉を詰まらせて黙り込む。
あ〜、やっと静かになった。そう思って晩御飯の作業に集中しようとした僕だったけど、思いの他彼女はしぶとく。
「うう・・確かに・・確かにわかってはいるんだけど・・だけどビールとソーセージぃ・・」
それでも諦めきれないのか、僕の前のほうに身体を寄せて覗き込むようにして僕の顔を見つめてくる彼女。大きな大きな青い瞳を潤ませて僕の目をじっと見つめてくる。僕はしばらく彼女のほうを見ないように、味噌汁の具にするためのネギをまな板の上で切り続ける。小気味良い音を鳴り響かせて包丁を振るう僕だったけど、彼女の目からぽろぽろと何かが零れ落ちるのが視界に入り仕方なく包丁を止める。
「そのお腹が一回り以上小さくなるまでビールは1日1本、ソーセージは3本まで。一回でも守れなかったら即全面禁止・・その条件でよければ許可します」
できるだけ苦々しい表情を浮かべて宣言した僕だったけど、彼女は僕の言葉に一瞬顔を明るくしたけれど、すぐにまた表情を曇らせ、鼻をぐすぐす言わせながら上目づかいで僕を見つめる。
「・・ビール3本・・ソーセージ9本がいいなあ」
僕の顔色をうかがいながらおずおずと、しかし、かなり生意気な条件を出してくる彼女。ビール3本に、ソーセージ9本って多いじゃん。すっごい多いじゃん。それじゃあいつまでたっても痩せられないだろうに。
僕はイライラと彼女を見返し、彼女はびくびくしながらも僕に涙目を向け続ける。しばらく激しいにらみ合いが続き・・そして、弱いほうが強いほうに道を譲る。
「・・毎日僕が指定する道場に顔を出して、カロリーを消費することを約束するなら・・」
「約束するする!! 道場行く行く!!」
「もう、ほんとに現金なんだから・・って、うわっ!!」
地獄の底から湧きだすようなおどろおどろしい声音で渋々彼女の提案を条件つきで承諾すると、一も二もなくその条件を承諾した彼女が僕の腕をその怪力で引っ張って身体を下げさせる。そして、僕の両肩を力任せに抱き寄せると、その唇を僕の唇に押しつけてくるのだった。
さっきまで飴でも舐めていたのか、その唇からは甘いマスカットの味がほんのりとしてくる。僕はしばらくジタバタと逃れようとしていたけど、どうせ力では敵わないのですぐに抵抗をやめてされるがままになる。そうしてちょっとの間唇を押し付けていた彼女はやがて満足したのか僕から顔を離し、僕のほうにその大きくてきらきらした奇麗な青い瞳を向けて満面の笑みを浮かべるのだった。
「がんばって、私痩せるからな!! 見ててくれよ、ソウ!! でも、今はビールとソーセージ!!」
そう言うと、くるっと身体を反転させてテーブルにもどり、自分が用意していたビールとソーセージで早速やりはじめる彼女。まったくもう、ほんとに節制する気があるのかなあ・・まあでも一度約束したことは必ず守るドワーフ族だし、一応いま約束した内容だけは守ってくれるだろう。しかし、なんで僕は彼女の願いを受け入れて・・婚約してしまったのだろう。
頑固一徹で、意固地で意地っ張り。短気で喧嘩っ早く、言葉と同時に拳が出て、涙もろくて単純で、そして、ちょっと・・いやかなりボリューム満点の身体をした彼女。
僕、デブ専ではないんだけどなあ・・
彼女の名前はグローレア・エレボール。
そう現在僕と一緒に暮らしている同居人で、まあ、ありていにいえば婚約者で一応恋人ということになるのだろうか。
人間族の僕とは姿形も違えば考え方も性格も全然違うドワーフ族のちょっと・・いやかなり豊満な、豊満すぎる肉体を持つ女性。
これから話す物語はそんなドワーフ族の彼女と僕が紡ぎ出すでこぼこな毎日のお話。