【ツッコミどころ満載ハイファンタジー】 空飛ぶドラゴン
バカ王国には季節がひとつしかなかった。
一年じゅう通じてずっと春である。
うらかかな陽気に国民も国王もぽわんぽわんと平和バカになっていた。動物も魔物もみんな気の優しいやつばっかりで、血肉を好むようなのは一匹もいない。
そんなお国柄だから、急を知らせる報告が届いたのも、ふつうより三日遅れてのことだった。
「王様ぁ〜」
諜報員のトロ・ケールがアポもなしに王の間に現れて、報告した。
「隣のキッチリ王国がぁ〜、うちの国へ攻め込む準備を〜、しているそうでっス」
「えーーー?」
バカ王国国王オバカチャン2世はベッドに寝転んだまんま、その報告を受け、だるそうに言った。
「戦争とか、起こっちゃうのかなぁ〜?」
「国王さま! これは一大事ですぞ!」
側近のおじいちゃんが眉を吊り上げて、騒いだ。
「なんか一大事ですぞ! 何が? 忘れましたけれどZzzz……」
「春ですわねぇ〜」
王妃のマリさんが、冷めたたこやきを美味しそうに口に運びながら、呟いた。
「春はみんなで食っちゃ寝してしまいましょう」
一人だけ、比較的バカでない近衛隊長のメスカルは、みんなのだらけた反応を見て、自分もだらけるしかなかった。
「ニャー!」
人間どもには国を任せておけないと、野良猫のチビが声を張り上げた。
「ニャー! ニャアアアーー!」
「チビの言う通りですな」
宰相のノン・ビリが猫語を聞き取り、みんなに言った。
「このままでは国が乗っ取られてしまいます。何しろキッチリ王国はきっちりしている。たまには我らもきっちりと危機感を発揮しましょう! 眠いけど」
ぽかぽか暖かい子ども部屋で会議が行われた。
子ども部屋にはたくさんの子どもたちがベッドで眠っている。起こさないように、一同はなるべく小声で話し合った。
「でぇ〜? キッチリ王国の兵は今、どのへんなのぉ〜?」
「それがですねぇ〜……」
諜報員のトロ・ケールはねるねるねるねを食べながら、王の質問に答えた。
「ドラゴンを1頭差し向けて、そのあとからゆっくりやって来られるそうですよぉ」
「えっ? ゆっくりなの? じゃあワシらも寝とけばいいんじゃね?」
「それがそうは行かないみたいでぇ〜」
トロ・ケールは最も重要な報告をようやく、した。
「ドラゴンは速いらしいんッスよねぇ〜。なんだか空を飛んで来られるそうで」
子どもたちを起こさないように、王様はできるだけ静かな声で、大笑いした。
「ヒャ……ヒャヒャヒャヒャ! ドラゴンが、空を飛ぶ? トロ・ケールよ、オマエ、ドラゴンを見たことあるのかなぁ〜?」
トロ・ケールもできるだけ静かな声で、大笑いした。
「ファ……ファファファ! ですよねぇ〜? 実物は見たことありませんけどぉ〜、ドラゴンって、めっちゃでっかいんですよねぇ〜?」
「そうだぞぉ〜?」
起きて泣き出しかけた幼い子どもの横に行って寝かしつけながら、王様は子守唄を歌うようにケールに教えた。
「小さな山ぐらいの大きさがあるって、じっちゃんが言ってた。そんな重たそうなものが空なんて飛ぶと思うかぁ〜?」
「つまり」
王妃のマリさんがあくびをしながら猫の背を撫でた。
「ガセってことですわよね?」
「とぅみまってぇーん」
トロ・ケールがおどけながら謝った。
「なんか誤情報持ち帰っちゃって、とぅみまってぇーん」
「安心した」
「じゃ、寝る?」
「ねるねるねるね〜」
みんなでそのまま子ども部屋で、寝た。
夜が明けた。
目は覚めていたけど布団から出たくなくてゴロゴロしている王様の元に、犬がワンワンと駆け込んできた。
「なんだよぉ〜? 犬はうるさいから嫌いだ」
「王様!」
近衛隊長のメスカルが窓の外を見て、声をあげた。
「あれをご覧ください!」
めんどくさそうに、王様はじめみんなが窓に集まると、それを見た。
朝日の昇るほう、その山の上に、黒い影が浮かんでいる。それが人間なら米粒ほどのおおきさにも見えないほど遠くのその影は、いかにその存在が巨大なものかを物語っていた。
「……何? あれ」
のんびりと呟いた王様に、メスカルが答える。
「おそらくは……ドラゴンでございましょう」
えええええっ!? と、一同が驚きの声をあげる。
「ドラゴンですって?」
「ヒョホホホ」
「まさかそんな巨大なものが空を飛んでるっていうんッスかぁ〜?」
「うっそだぁ〜」
ドラゴンの飛行スピードは速かった。
みるみる城へ向かって近づいてくると、そのおぞましい巨体をあらわにした。
恐ろしい目を殺意に光らせ、おおきく開けた口からは炎が揺らめいている。
空を飛んで近づいてくるその怪物の姿をはっきりと認め、一同は声をあげた。
「わあっ!」
「わぁ、わぁ!」
====
「フフフ……」
今まさに滅びようとしているバカ王国の様子を水晶玉の中に見ながら、キッチリ王国国王カン・ペキニ・キッチリは、ほくそえんだ。
「バカどもなどドラゴン1頭差し向ければ足りると読んだのは正解だったようじゃな。やつら巨大なドラゴンを初めて見てただびっくりしておるわ」
「国王様、お言葉ですが──」
側近のオン・ドレが王に聞く。
「バカ王国など征服して何の利益があるのです? あんな、のどかすぎて、自然しかないような田舎王国などに、何が?」
「ゴルフ場を建設するのよ」
国王は舌なめずりしながら、言った。
「あと、あれほど滅ぼしやすい国もない。兵の犠牲をまったく出さずに征服できるなら、征服しちゃったほうがよくね?」
「なるほど」
オン・ドレは納得した。
「ど田舎も国の賑わいということですか」
バカ王国の近衛隊長メスカルが自分の生き別れの妹だということを、オン・ドレは知らなかった──
「さぁ、ドラゴンよ! 一日もあればできるじゃろ? バカ王国を火の海にしてしまえ」
国王は広島弁で言った。
「たちまち城を焼き尽くしてしまうがええ!」
====
「わーーー!」
「わあぁぁあ!」
バカ王国の一同は感動していた。
「すっげーー!」
「あんな巨大なものが空を飛ぶなんて、すげーーー!」
王城のすぐ近くまで近づいていたドラゴンは、今まさに吐こうとしていた炎を、口の中に収めた。
なんか照れてしまった。こんなに褒められたのは初めてのことだった。
『そ……、そんなに凄いかな?』
思わずバカ王国のひとたちに、そう聞いた。
「すごいッスよ!」
「物理法則無視したすごさ!」
「ジャンボジェット機が飛ぶよりすごい!」
「感動しましたよ、ドラゴンさん!」
ぱちぱちぱちと拍手をされた。
こんなこと、ドラゴンは生まれて初めてだった。
生まれて187年になるが、こんなふうに自分を褒めてくれた者はいなかった。ドラゴンは空を飛んで当たり前のもので、空を飛んだだけでこんなに褒められるなんてことは、今までなかった。
「初めて見たドラゴンはすごかった」
バカ王国のみんなが口々に自分を褒める。
「僕もおおきくなったら空を飛んでみたいなぁ」
「ドラゴンさんのように」
「ドラゴンさんは僕らの憧れです」
少なくとも──幼い頃に捕獲され、飼育されていたキッチリ王国では、自分はただの兵器としてしか見られていなかった。仕事をすれば美味しい豚をたくさんもらえる──それだけのために兵器としての仕事をまっとうしてきたのだった。
犬も猫も、うさぎもイタチもみんな、立ち上がって自分に拍手をしてくれる。
こんなに自分を認めてもらえたのは、初めてのことだった。
こんないいやつらを、命令のままに滅ぼそうとしていた自分を、ドラゴンは恥じた。
『余もこの国に住みたい。許してもらえるか?』
ドラゴンの申し出に、国王はウンウンと笑顔でうなずいた。
「ドラゴンさん、住みなよ。一緒に午睡を楽しもう」
『ありがとう』
ドラゴンは涙を流しながら、しかし一同に背を向けた。
『その前に、やることがある。君たちみたいな良い人間を滅ぼせと命じたあのキッチリ国王を焼いてくる』
「いってらっしゃい」
「すぐに帰ってきてね」
「一緒にまったり日だまりでお昼寝しましょう」
ドラゴンが巨大な翼をはためかせた。みんなは風圧に飛ばされ、壁に頭を打ちつけて昏睡した。子どもたちは全員朝のラジオ体操に出かけていたので無事だった。
物凄いスピードで飛び去っていくドラゴンの背を朦朧とした意識の中に見送りながら、近衛隊長メスカルは知らなかった。今から焼き尽くされることになるだろうキッチリ王国に、自分の生き別れの兄──オン・ドレがいることを。




