第一章「港と、窓と、白紙」
段ボール箱が、部屋の半分を占領していた。
「マルヤマ荘」202号室。六畳一間のフローリングに、テープを剥がしかけのまま放置された箱が七つ、八つ。陽菜はその中の一つを椅子代わりにして、膝の上にノートを広げていた。ペンを持っている。けれど、インクは紙に触れていない。
窓の外を見た。
向かいはマンションの壁だった。打ちっぱなしのコンクリートが、暮れかけた空の色を吸って鈍く灰色に光っている。港の見える丘があるわけでも、水平線が見えるわけでもない。ただ壁。その壁の向こうに、誰かの生活があるのだろうと思うと、なぜか余計に遠くなる気がした。
雨が降っていた。
細く、静かに。地方の雨はもっと荒々しかった。台風が来ると海が唸り、窓ガラスを叩く雨粒の音が壁まで震わせた。潮の匂いが部屋の奥まで入り込んできて、漁に出た父の帰りを待ちながら、陽菜は毎晩ノートに何かを書いていた。あの頃は書けた。あのエンジン音——漁船が港を離れる朝の、低く腹の底に響く音が聞こえると、なぜか言葉が出てきた。
遠くで救急車のサイレンが鳴った。
東京の音は、混ざっている。車の音と、工事の音と、誰かの話し声と、サイレンが、ひとまとまりの雑音になって窓の外を漂っている。港のエンジン音は単独だった。朝の暗い海に向かって、一本まっすぐに引かれた音の線だった。あの音が聴こえると、陽菜はいつでも書けると思っていた。書けないのは東京のせいではないと、頭では分かっている。分かっていながら、陽菜はまた窓を見た。
壁があるだけだった。
荷解きを再開しようとして、段ボールの一つを開けた瞬間に、それは出てきた。
薄い輪ゴムで束ねられた、封筒の束。
十数枚はあるだろうか。一番上の封筒の差出人欄に、「瀬川文子」とある。陽菜の祖母の、几帳面な字だ。中学二年のときに初めて届いた手紙から、高校三年の春まで——かれこれ六年分の往復書簡がここにある。陽菜が出した手紙は手元に残っていないが、文子からの手紙はすべて取ってある。
束の一番下に、一通だけ、ほかより古びた封筒があった。
角が擦り切れている。折り目がいくつも重なって、紙の繊維がほつれかけている。何度も何度も、折りたたまれ、広げられてきた痕跡だ。陽菜はその封筒を束から抜き取り、しばらく手の中に収めた。
読まなかった。
引き出しを開けて、一番奥に、そっと滑り込ませた。引き出しを閉める。閉まった木の感触を確認してから、陽菜は手を離した。
内容は知っている。暗記するほど読んでいる。だから読まなかった、というわけでもない。ただ今夜は、あの言葉に触れると、何かが崩れそうな気がした。崩れてしまえばむしろ楽になるかもしれないのに、今はまだそれができなかった。
残りの束を段ボールに戻し、テープで封をした。
空腹に気づいたのは、時計の針が九時を過ぎた頃だった。
食料を買うための荷解きが、まだ終わっていない。正確には、どの箱に食料品を入れたか分からなくなっている。コンビニへ行くしかなかった。
パーカーを羽織って部屋を出た。
廊下に出た瞬間、人の気配があった。
同じタイミングで隣の202号室——いや、201号室か——のドアが開いて、一人の男が出てきた。長身で、線が細い。首にイヤホンをかけていて、陽菜に気づくと特に驚いた様子もなく、自然に視線を向けた。
「あ、どうも」
それだけだった。
声は低くて落ち着いていた。陽菜は反射的に、会釈をした。ペンを持っていない右手が、少し宙を泳いで、そのまま下がった。男は鍵を閉めながら、特に何かを求める様子もなく、先に階段を下りていった。
廊下に、小さな音の残骸が残っていた。
イヤホンから漏れていた音だ。会釈したほんの一瞬に耳に届いた、いくつかの音が積み重なった、和音の欠片。メロディではなく、ただの和音。それが廊下の蛍光灯の下に薄く漂って、消えた。
陽菜は少しの間、そこに立っていた。
言葉を交わしたわけではない。顔も、名前も知らない。でも、確かに誰かがいた——そのことだけが、妙にくっきりと残った。
コンビニは三分ほど歩いたところにあった。
春の夜のくせに肌寒くて、陽菜はパーカーのポケットに手を突っ込んだまま歩いた。陳列棚の前でおにぎりを二つ選んで、カップのコーヒーを手に取って、レジに向かった。
その帰り道、ふと古書店に立ち寄った。
そこの文庫本のコーナーが目に入った。なんとなく足が止まった。
棚を眺めて、一冊を引き抜いた。
梶井基次郎『檸檬』。
新刊ではない。棚に並ぶには少し傷んだような外装で、値札シールの跡が残っていた。もとから持っていた本だが、上京の際に実家に置いてきてしまった。
なんとなく買った。理由を問われれば、なんとなく、としか言えない。
部屋に戻って、おにぎりを食べながら、ページを開いた。
読み慣れた本だ。最初の数行から、体の奥に沈んでいく。梶井の言葉は不思議で、暗くて美しくて、それでいて乾いている。陽菜が初めて読んだのは中学一年の夏だった。図書館で祖母に勧められた。「この人の文章はね、痛みが光の形をしているでしょう」と文子は言った。その意味が、当時の陽菜にはよく分からなかった。
ページを繰っていると、巻末近くに差し掛かったところで、手が止まった。
余白に、鉛筆の書き込みがあった。
細い字だ。細く、几帳面に書かれているのに、どこか感情的な震えがある。筆圧が一定ではなくて、力の入った一画と抜けた一画が混在している。書いた人間の気持ちが、本人の意図を超えて滲み出てしまっているような字だと思った。
陽菜はしばらく、その書き込みを読んだ。
何が書いてあったか——それは今はまだ、うまく言葉にならない。ただ、誰かが、ここで何かを感じて、その感情をこの余白に書き残したのだということは、分かった。この本を手放した人間が、それでもここだけは書かずにいられなかった何かが、紙の繊維の中に残っている。
前の持ち主は、この言葉と一緒に生きていたのだ。
陽菜は本を膝に置いて、ノートを開いた。
さっきと同じ姿勢だ。さっきと同じように、ペンを持っている。
書こうとした。
港を書こうとした。父が夜明け前に出ていく姿。防波堤に打ちつける波の音。塩辛い匂い。自分が育った場所の、あの感触を、言葉にしようとした。
「言葉にすると、遠くなる気がする」
書いた。
それだけ書いて、ペンを走らせて、消した。
正確には、消しゴムで消したのではなく、線を引いて消した。書いた事実だけは残しておきたかったのか、自分でも分からない。
ノートを閉じた。
雨は、まだ降っていた。向かいのマンションの壁を、静かに濡らしている。遠くでまたサイレンが鳴って、混ざり合った夜の音の中に溶けていった。
陽菜はノートを膝に乗せたまま、壁を見ていた。引き出しの中に、あの封筒がある。文子の字で書かれた言葉が、折り目の重なった紙の中で眠っている。
書けない。
でも——と思う。
あの鉛筆の書き込みも、最初から書く予定があったわけじゃないはずだ。誰かが、ある夜、ある行に差し掛かって、居ても立ってもいられなくなって、書いた。書かずにはいられなかった。その人間が今どこにいるかは分からない。その言葉が誰かに届いたかどうかも、分からない。
それでも書いた。
ノートの白いページが、蛍光灯の光を反射してまぶしかった。陽菜はペンのキャップを外して、また持った。
今夜は、まだ何も書けないかもしれない。
でも、ペンを持ったまま、もう少しだけ、この白紙の前にいようと思った。




