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第44話 剣姫の下、煩悩の馬たちは猛り、おっさんは戦場のル○バになる(いや、違うだろ)

「こら、いつまではぁはぁしてんだお前ら! 気味が悪いぞ!」


「あ、ああタケオさん、はぁはぁ」

「そのようなことは、はぁはぁ……」


 俺が叫ぶも左右の「煩悩馬」たちには届いていないようだった。

 左騎士くんと右騎士くんは、肩に乗るシュトリアーナの太ももが生み出す柔らかくもしなやかな弾力と、そこから漂う高貴な香りに完全に精神を持っていかれている。彼らの瞳はすでにどこか遠い異次元を見つめており、口元からは今にも「ウマウマ……」といううわ言が漏れそうだ。


 おまえら、あとで剣姫に斬られても知らんからな。


「タケオ、馬どもを叱咤するのはいいが、あまり揺らすな。狙いがぶれる」


 頭上から、涼やかだが絶対零度の宣告が降ってくる。シュトリアーナの膝が俺の首筋をキュッと締め付けた。


 ……あ、はい。すみません。馬は黙って支えてろってことですね。

 めでたく俺も馬になったようだ。


 こうして交流会最大のイベント騎士団対抗・騎馬戦大会がはじまってしまった。


 ルールは至ってシンプル。騎乗している騎士が、相手の頭に巻かれたハチマキを奪えばいい。ハチマキを失った騎馬は即退場。フィールド内に最後まで自軍の騎馬が残っていた騎士団が優勝だ。


 しかし騎馬戦なんて前世の小学生以来だな。たしか背が低くて機動力のある騎馬が場を攪乱し、背が高くてリーチの長い騎馬が仕留めるなんていうチームワークが勝利の鍵だった。

 だが、ここは剣と魔法が支配する異世界だ。日本の運動会と同じ感覚で挑んだ俺が甘かった。


「ええっと、グルトのハチマキをしている味方の位置は―――」


 俺が戦況を把握しようと周囲を見渡した瞬間だった。



 ――――――シャッ!



 鋭い風を切る音が、俺たちの騎馬の数メートル先を横切った。


 このシャッ、どっかで見た記憶が……


 直後、敵の騎馬から「え?」という間抜けな声が漏れる。

 彼らの騎乗役が巻いていたハチマキが、まるで最初からそうであったかのように真っ二つに裂けて地面にハラリと落ちた。


「んふふ~~~♪ まずは一つ、いただきよぉ~~♡」


 艶っぽく、それでいて戦場に咲く薔薇のように鮮やかな声。


 我らがグルト辺境騎士団、フルノラ団長だ。


「……すげぇ、マジかよ」


 俺は目を疑った。彼女はシャッと一閃させただけで、離れた場所にいる相手のハチマキだけを正確に断ち切ったのだ。


 フルノラ団長は俺たちに♡のウインクを飛ばすと、すぐさま次の獲物を狙って爆走していった。

 ……どんな速度だよ。彼女を支えている下の馬たちの動きが尋常じゃない。彼らもまた、ムチムチとしたフルノラ団長の感触によって脳内麻薬がドバドバ出ているのだろう。興奮のリミッターが完全に焼き切れ、馬というよりは暴走する魔獣のような機動力を発揮している。


「ふん、相変わらず馬の扱いがうまい」


 シュトリアーナが馬上でぽつりと呟いた。

 馬のあつかいって……彼女が言うとなんか怖いんだよ。


「感心している暇はないぞ、タケオ! ―――はぁああああ!」


 頭上でシュトリアーナの気合が弾けた。



 ――――――シャッ!



 またしても見えない斬撃。 前方の敵騎馬のハチマキが、まるで重力に従うように地面へ吸い込まれていく。


 こっちもかい!


 シュトリアーナの技もフルノラ団長に負けず劣らず異常だ。速すぎて予備動作すら見えない。 異世界の騎馬戦おそるべし……。


「タケオ! 回収だ!」


 俺が騎馬を動かしてハチマキを回収。

 よしよし、とにかくこれで一騎撃破だ。


「―――はぁあああ!」


 右に左に、シュトリアーナの華麗な斬撃が舞う。

 そのたびに敵が戦意を失い、次々と脱落していく。


「タケオ! ボサッとするな、回収だ!」


「お、おう! 了解!」


 俺の役割は、彼女が切り落としたハチマキを回収すること。俺が騎馬を誘導し、地面に落ちた戦利品を拾い上げる。


 ……待てよ。


 攻撃はシュトリアーナが神業を連発し、馬の推進力は煩悩にまみれた若手二人が担当し、俺はただ地面を這いずってハチマキを拾うだけ。

 これじゃ前世のル○バじゃないか。


 俺はマジで戦力としてカウントされてる? ただ腰を曲げて布を拾うだけの人生……。

 やっぱ俺、いらなくね?


「ちょっと……虚しい。なにやってんだこれ」

「何を言っている。戦利品の管理は補給の要だ! タケオ、次だ!」


 はいはい、わかりましたよ。俺は誇り高きル○バですよ。



 そんな無双モードに入っていた俺たちの前に、一体の騎馬が現れた。


「三等騎士団、いい気になってるんじゃねぇぞ!」


 正面から現れたのは一等騎士の精鋭。

 彼らの上に乗る騎士は、なんと剣に魔力を纏わせていた。


「―――秘剣豪火一刀流!」


「うおっ、まぶしっ!」


 剣が真っ赤に燃え上がり、周囲の空気を歪ませるほどの熱気を放つ。


 これが魔法剣ってやつか……。


「くらえ! 爆炎波!!」


 彼が剣を振り下ろすと、炎の斬撃が俺たち目掛けて飛んできた。


「し、シュトリアーナさん! あれヤバくないですか!?」


 むろん威力は抑えているだろうし、救護班である神官たちが速攻で治癒魔法をかけてくるだろうが、おっさん火傷するのは嫌だ。

 俺はあわてて騎馬の向きを変えようとしたが、シュトリアーナは「待て」と言い微塵も動じない。


「ふん。タケオ、私の二つ名を忘れたのか?」


 彼女の周囲の気温が急激に下がるのを感じた。

 あ、そういえば。 彼女の二つ名は氷剣姫だったか。


「ふん……絶対零度の世界を味わえ」


 シュトリアーナがスッと剣を振った、その瞬間。


 パキンッ!!


 という冷えた音と共に、飛来した炎の斬撃が一瞬で凍りつき氷の塊となって地面に砕け散った。

 それだけではない。冷気はそのまま敵の剣まで届き、相手の武器を一瞬で凍土の彫刻へと変えてしまったのだ。


「な、なんだと!? おれの炎の魔法剣が……凍った!?」


「器が小さすぎる。その程度の情熱では、私の冬は越せない」


 なんかすごいセリフが飛び交っている。

 これぞ異世界ファンタジー的なやつ。


 シュトリアーナが指先でピンと氷の剣を弾く。

 すると相手の剣が粉々に砕け散ると同時に、彼のハチマキもまた凍りついたままパリィンと砕けて地面に散った。


「うわぁ……えげつねぇ……」


 相手の魔法剣を物理的に凍らせて無力化し、ついでにハチマキを精密に粉砕する。

 やはり剣姫の名は伊達じゃないな。


 とりあえず砕けたハチマキを回収っと。


 もうなんでも回収できるぞ、俺。


「―――はぁあああ!」

「うふ~~ん♡ またいただきねぇ~~♡」


 その後も、演習場のあちこちでシュトリアーナとフルノラ団長の声が響き渡る。


 よく考えたら最強の現役剣姫と元剣聖だ。この二人が同じ陣営にいる時点で、この騎馬戦の勝利は決まったようなもんじゃないのか……。


「タケオ! 回収だ!」

「お、おう……」


 俺はもはや無心でハチマキを拾い集める。

 もう深く考えるのはやめだ。人にはぞれぞれ役割があるんだと言い聞かせていると。


 前方から、これまでの騎馬とは明らかに質の違う不快な気配が漂ってきた。



「……ふん。相変わらず、泥にまみれて這いずり回るのがお似合いだな。本部から左遷された、無能なだけあるわい」



 顔を上げると、そこにはやけに装飾された騎馬に乗る小太りの男がいた。鼻につくような本部エリート臭を漂わせ、眼鏡をクイっと押し上げるその仕草。


「……ゼクス……殿」


 かつて俺の上司であり、俺を無能扱いして辺境へと左遷した張本人。本部の庶務課を牛耳る男があろうことか騎馬戦に出場していた。


「お前ごときが現場に出てくるとはな。黙って飯でも作っていればいいものを」


 ゼクスは勝ち誇ったように笑う。


 だがその下の「馬」の先頭から、さらに耳を塞ぎたくなるような絶叫が響いた。


「あああああぁぁぁ~~てめぇ!! タケオォ!! よくも、よくもあの時は!!」


 血管が千切れんばかりに顔を真っ赤にしている男。見覚えのある、うるさい顔。


「ええと。どちらさまでしたっけ? どっかの茹でダコさん?」

「ざけんなよ! 俺様だよ! ザザール様だぁ!!」


 ああ、あのたこ焼き直接召喚しまくって、剣姫に前線送りにされたやつか。


 なるほど。

 俺を左遷した元上司と、更生の名目で最前線に飛ばされた元騎士か。


「ククク……まさかこのようなチャンスが巡ってこようとはな」


 ゼクスの目が怪しく光る。 どうやら、ただの騎馬戦で済ますつもりはないらしい。


「シュトリアーナさん……これ、どうします?」


  俺が上に問うと、彼女は氷のような笑みを浮かべて答えた。


「決まっている。美味い飯で歓迎してやれ、タケオ」


「あいさー、マイマスター!」


 よっしゃ、いっちょやってやるか。

 ちょっと楽しくなってきたぞ。


【読者のみなさまへ】


第44話まで読んで頂きありがとうございます!

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※本作はカクヨムにて先行公開中です。


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