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第41話 運動会と言えば弁当(のり弁)

「ふぅ……ようやく午前の部が終わったか」


 俺は演習場の片隅でドクドク波打つ肺を落ち着かせながら、額の汗を拭った。リレーの熱狂、そしてあの弾丸突撃姫ことステア王女の爆走による衝撃は、まだ会場の空気に熱い余韻を残している。


 だが休んでいる暇はない。

 俺たち食堂課にとって、本当の戦いはここからなのだから。


「よし、野郎ども! 準備はいいか、ここからはスピード勝負だぞ!」


「…………ぴくん!」

「は~~い、先輩。でも野郎じゃなくて美少女ですけどね♪」


 じいさんの髭がビッと動き、完全復活したミーシャがいつもの口調で声を上げる。

 よし、課員の士気もじゅうぶんだ。俺は腕をまくり、さっそく準備に取り掛かった。


 演習場の端に設営された即席の配給ブース。ここで昼食を配ることになる。

 昼食は青空の元、この演習場全体が食堂となる。この人数じゃ、いつもの食堂では速攻でパンクするからな。


 そして配給ブースには俺が現代フードで召喚した「ある箱」が山積みになっていた。


「先輩~~とりあえず半分はブース前に運べましたよ~にしてもいい匂い~~」

「ああ、お疲れ様ミーシャ」


 そう、運動会と言えばこれしかない。俺たちが用意したのはお弁当だ。



「おお、これが昼食か?」

「なんだこの箱は? 木でもない、革でも鉄でもない……見たこともない素材だな」

「一人ずつ食材を詰めているのか……すごい」


 続々と集まってきた騎士たちが、手に渡された弁当箱を物珍しそうに眺めている。

 そりゃそうだ、その素材はこの異世界にはないからな。たしかポリプロピレンだったか、ようは発砲スチロールみたいなもんだ。


 そして今回俺が用意したのは、ほくほく弁当だ。

 安価でボリューミーで何より美味くて米が進む。前世では残業中や昼飯に、何度胃袋を救われたかわからない。


 異世界の騎士たちは野営で硬いパンや干し肉あるいは味の薄いスープに慣れている。そんな彼らにとって、この一人分ずつ丁寧に詰められた料理の箱は未知の衝撃だったに違いない。



「おーい、みんな! お昼は外で食べてくれ! この青空の下、どこでも好きな場所が君たちの食堂だ!」



 俺が呼びかけると、ほくほく弁当を手に持った騎士たちは演習場のトラック周りに敷物を広げたりそのまま地べたに座り込んだりと、思い思いのスタイルで陣取った。

 さすが野営やサバイバル慣れしている連中だけあって、テーブルや椅子を要求する様子もない。


 う~む、まさに運動会の昼食風景そのものだ。

 ワイワイしているのが小学生ではなく、大人の騎士たちというだけ。


「……タケオさん」


 不意に背後から可憐な、だがどこか抗い難い威厳を纏った声がした。

 振り返ると、そこには白銀の鎧を纏ったステア王女とその他の取り巻きに、メイドのリリィさんが立っていた。


「ステア王女殿下、お疲れ様です。お食事でしたら食堂にご案内しますし、なんなら団長室でも―――」


「嫌ですわ(プン)」


 即答する王女。それも頬を少し膨らませた不満顔で。

 いやいや、さすがに王女が地べたで弁当とかマズいだろ。だからこそ王女ご一行にはいつもの食堂を開放しているのに。


「なんでわたくしを仲間外れにするんですか。わたくしだって、皆さんと一緒にお日様の下で食べたいですぅ!」


「姫様! 地面で食事など……淑女として褒められた行為ではないです」


 すかさずリリィさんが横からツッコミを入れる。


「リリィ、わたくしはいま特別騎士団長なのです

「ならば、なおさらではありませんか? 姫様」

「何を言ってるのですか、騎士が戦場の土を嫌がってどうしますの?」

「ですが、姫様……」

「リリィ、せっかくのお弁当が冷めてしまいますわ」


 あかん……この子はこうなったら言う事聞かなそうだ。


 リリィさんは反論をやめて深いため息をつきながら、手際よく木陰にシートを広げはじめる。

 結局、王女様たちご一行は弁当ブースのすぐ近くに陣取ってしまった。


 もういいや。みんなと食いたいってんならそうすればいい。


 そんな王女がほくほく弁当のフタをパカッとあけた。

 彼女の顔が好奇心という名の笑みであふれる。


「まあ! これは……何かしら? タケオさん」


 王女が手にしたのは、ほくほく弁当のなかでも一番の売り上げを誇る、もっともベーシックにして完成された逸品―――のり弁当だ。

 彼女がフタを開けると、艶やかな海苔のうえに具材が鎮座していた。


 ふわぁ~~とワクつく王女様。

 まあのり弁は基本中の基本、そして安定の美味さがあるからな。ナイスチョイスだ。


「タケオさん、これはなんですの?」

「ああ、それは白身魚のフライですよ。淡白な魚の身をサクサクの衣で包んで揚げたものです」


 俺は弁当ブースから身を乗り出し、作業を続けながら解説する。

 本当は膝をついて説明すべきなんだろうが、今は千人の胃袋を捌かなければならない。ステア王女も「気にしないでくださいまし」と手で制してくれている。


 理解ある役員さまで助かる。

 かつての管理職上司ゼクスも見習ってほしいものだ。


「お好みで、その小さな魚の形をした容器に入っているタレ(醤油)をかけてください」

「あら、かわいい容器……。ん! このタレ、濃い味でとっても美味ですわ!」


 揚げたてのフライに醤油が染み込み、香ばしい匂いが立ち上がる。

 この醬油ってとこがほくほく弁当ならではだな。本来ならとんかつソースとかウスターソースもありうるんだが、なんかほく弁っていうと醤油かけるイメージなのよね。


 王女は上品ながらも、大きな口を開けてフライを頬張った。


「まあ~~美味しいですわ! それに、このタレが淡白な身の味を引き立てて……んん~~♪」


「ステア王女殿下、ご飯と一緒に食べると美味しさ倍増ですよ」


 なるほどと、王女がご飯にお箸をのばす。うむ、箸の使い方がさまになってるな。

 彼女は先着したここ数日間、三等騎士団の連中が箸を使えるのを見てすぐに完全にマスターしてしまったのだ。


 そんな箸マスターの手が止まる。


「あら? このご飯の上に敷いてある黒い紙は何かしら?」

「それはのりという海域で採れる草を食べやすく加工したものです。だから、のり弁当なんですよ」


「まあ、海の草!……あら、不思議な食感。でもご飯との相性が抜群ですわ♪」


 王女はさらに食べ進める。


「タケオさん! ご飯の下に、また別の旨味が隠されていますわ! なんて重層的な構造……これ、一つの魔法陣を解読するような深みがありますわね♪」


 海苔の下に隠された「おかか」に気づいたようだな。

 さすが魔法の名手だけあって、表現が独特だ。


「あら、こっちの細長いのは何かしら?」

「それはちくわ天ですね。魚のすり身を棒状にして揚げたものです。日本……じゃなくて、俺の故郷ののり弁当には欠かせない名脇役ですよ」


  「……んんっ、もっちりしていて、これもご飯が進みますわ♪」


 鎧姿のお姫様が満面の笑みで「のり弁」をがっついている。ファンタジー的な騎士団合同交流会というビジュアルが完全に崩壊している気がするが、彼女が幸せそうならそれでいい。

 うまいもん食ってるときは、誰もが笑顔になる。


「姫様、こちらの唐揚げとやらもいけますぞ!」

「うむ、このチキンナンバンとやらもうまい!」

「どれもこの米とやらが進みますなぁ~~」


 周りを見れば、他の騎士たちも弁当に夢中だ。


 今回用意したのは、「のり弁」「唐揚げ弁当」「チキン南蛮弁当」の三本柱。

 すべてお米を主食としているが、予想通り大好評だ。このグルト辺境騎士団で牛丼や天丼を出して以来、彼らのコメへの信頼度は異常に高い。

 であれあば他団もいけると踏んだが、予想通りハマったな。


 異世界と言えど、人間の身体の構造は似ているのだろう。炭水化物と脂質と醤油味。これぞ全人類共通の正義だ。



「ふぅ……これでいったん落ち着いたか」



 さすがにこれだけの量を召喚したので、俺の魔力はすっからかんだ。

 俺は額の汗を拭い、ミーシャたち食堂課用の弁当を準備しようかと……そう思った時だった。


「すまんが、おかわりはあるか?」

「ああ、こっちもだ! もう一箱、いや二箱いけるぞ!」


 数人の騎士が声を上げたのを皮切りに、満足げに食い終わったばかりの連中が次々とブースに押し寄せてきた。


「ちょ、さっき食ったばっかりだろ?」


「だって美味すぎるんだよ!」

「次はからあげを試したい!」

「それがしはチキン南蛮!」


「ずるいぞ、わしもおかわり!」

「おれもおれも!」


 マズい。


 余分に事前召喚したはずの予備が、一瞬で底をつきかけている。 騎士たちの食欲は現代人の基準を遥かに超えていた。


 くっ……だが売り切れましたは俺的にいやだ。

 だが、俺の魔力はすでに尽きている。


「じいさん、弁当大量追加だ! 例のものを頼む!」


 じいさんが髭を揺らしならがら俺の手に渡した小瓶。


 ……これは奥の手だったがやむを得ない。


 おれは瓶の中身を一気に飲み干した。


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※本作はカクヨムにて先行公開中です。


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