第2話 【朗報】地球人のファンができた模様
■地下迷宮「ユリカゴ」第96階層(深層):竜の寝床
「……♪」
私は不格好なオカリナを吹いていた。耳に馴染んだ鎮魂歌の旋律。
「ゴロゴロ……」
地鳴りのような音が響く。
その音の出どころは私が腰かけている場所。『古竜』の鼻先だった。
全長50メートルはあろうかという、黒曜石のような鱗に覆われた美しい巨躯。
「オハナ」と名付けた、地下迷宮の深層に住む友達。
これは、この子の喉を鳴らす音だ。つまり、機嫌がいいということ。
「ん、いい子」
私は懐から蜂蜜飴を取り出し、オハナの舌の上に乗せてやる。
ペロリ。
古龍は満足げに瞼を閉じた。
本当に、甘えん坊なんだから。
「……キミも。元気になって良かったね」
私は肩に乗せていたスライム――桜色の、あの子を見た。
すっかり元気を取り戻して、私の髪の毛で遊んでいる。
「君、名前。どうしようか」
「ぷるん?」
「そうだなぁ……桜色だし、可愛いし……」
私は少し考えて。
「サクラモチ。キミは今日から、サクラモチね」
「ぷるぷる!」
「私は、『リザレ』。よろしく」
「ぷるんっ!」
嬉しそうに跳ねる。気に入ってくれたらしい。
良かった。
私は再びオカリナを手に取り、今度は穏やかな子守唄を奏で始めた。
洞窟の闇の中、私の身体に刻まれたタトゥーがぼんやりと発光し、周囲を照らす。
オハナの寝息。サクラモチの柔らかな感触。オカリナの音色。
平和だ。
これが、私の望むすべて。
――ふと、視界の端に浮かべていた『遠視モニター』が目に入った。
空中に浮かぶ、透明な水面のような魔法のスクリーン。
ダンジョン内の各所を映し出す、私の目。
第3階層に、一組のパーティが映っていた。
5人組。装備はそれなりに整っているが、動きは慎重だ。
彼らは罠を一つ一つ丁寧に解除し、ゴブリンの群れを連携して倒していく。
そして。
必要な素材だけを剥ぎ取り、残りはそっと脇に寄せていった。
スクリーンに映し出された彼らの行動に問題はない。
「……うん、排除対象外」
ある日突然、この地下迷宮「ユリカゴ」と繋がった異世界――彼らが言う「地球」。その世界の住人は、ここの資源を求めて日々探索に足を踏み入れてくるようになった。
彼らは、この場所の魔物を狩り、資源を持ち帰る。
その代わりに、彼等と彼らを媒介し、異世界から供給され続ける膨大な熱気を帯びた魔力が流れ込み、地下迷宮を活性化させている。
この地下迷宮と地球は、ある意味、持ちつ持たれつの関係となっていた。
だから、無意味に痛めつけたり、遺体を冒涜したりしなければ、私は何もしない。
フワフワ。
彼らによって狩られた魔物の魂が、淡い光の粒子となって空中に舞い上がり、私の元へと還ってきた。
同時に、ダンジョン中の、他の冒険者たちが倒した魔物の魂も、無数の光となって集まってきた。
「おかえり。みんな」
私は手を伸ばし、光の粒子に触れる。
温かい。
この子たちは、また地下迷宮の中で転生し、新しい身体を得て、また冒険者たちと戦う。
それが、ここ「ユリカゴ」の循環。
(そう、私はこの地下迷宮の管理者)
私は、この地下迷宮が異界の星――『地球』と繋がったことで、上司である『あの方』にこの場所の管理を仰せつかった者。
それが、私。
地下迷宮「ユリカゴ」管理者、リザレ。
「……あー、そう言えば業務日誌、書いてなかった」
私は虚空から羊皮紙の束と羽根ペンを取り出した。
別に上司に「書け」と言われたわけじゃない。
記録を残すというのは、私の中では当たり前のこと。
昔からの癖。
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業務日誌
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■場所
第1階層:月光草の洞窟
■排除者
1名(知能レベル:低)
■被害
・月光草3株の破損
・ピュア・スライム1体への虐待行為
■対応
永久排除
■備考
当該個体は地球へ送還。
次回以降の侵入不許可
(私は爪が欠けて凹んでる。もっと重い刑でも良かったかも)
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書き終えた日誌を虚空にしまい込む。
「……ふぅ」
私はブーツを脱いで、足をブラブラさせた。
「これで懲りて、バカが減ればいいんだけど」
私は甘い蜂蜜飴をもう一粒、口に入れた。
■東京都:渋谷区内
カフェ『ブルームーン』。
大学生のケンタは、ノートパソコンを開きながらため息をついた。
「……最高かよ」
画面には、昨夜から拡散され続けている『管理ちゃん』の動画が映っている。
再生数は、もう2000万回を超えていた。
「ケンタ、また見てんの?」
隣の席から、友人のユウキが覗き込んできた。
「見るだろ普通。だってこれ、ヤバすぎるって」
「ヤバいよなぁ……デコピン一発で人間吹っ飛ばすとか」
「いや、そこじゃなくて!」
ケンタは動画を一時停止し、スライムを治療しているシーンを指差した。
「この表情!この優しさ!そしてこの落差!」
「あぁ……天使……いや、女神……いや、管理ちゃん……!」
ケンタは画面を拝み始めた。
「……お前、完全に沼ッてるな。キャンパスライフ終~了~」
「終わってない! むしろ始まった! 僕の人生が!」
ケンタは興奮気味に続ける。
「しかもさ、考察勢の話だと、あの子、ダンジョンの『管理者』らしいんだよ。ダンジョン側がルール決めるなんて他に聞いたことないし……」
「で、そのルール破った奴はBANされると」
「そう!それが、最高に気持ちいいんだよね!」
ユウキはコーヒーを啜りながら、呆れたように笑った。
「まぁ、キョウヤは自業自得だわな。あいつ、前からやり方がクズだったし」
「だよね。スライム虐待とか、普通に胸糞だったし」
ケンタはもう一度動画を再生し、管理ちゃんがドローンを握りつぶすシーンで止めた。
「……僕さ、彼女に会ってみたいんだよね」
「え?『東海X-2』に入るつもりか?」
東海X-2、リザレが管理する地下迷宮「ユリカゴ」の地球側の呼称。
「うん」
「いやいや、俺たち、昨日探索者の資格とったばかりのFランじゃん!スキルだって最近覚醒したばかりだし……」
「そう。だけど……」
ケンタは真剣な目でユウキを見た。
「はぁ。仕方ないな」
「今のまま行くと、絶対死ぬ。……俺も付き合うから、頑張って鍛えよう」
「うん!!」
ケンタは画面の中の管理ちゃんを見つめる。
「……絶対、会いに行く」
■愛知県内:アパートの一室
ソロ探索者アスカは、自宅アパートの一室で機材のチェックをしていた。
「……よし、音声OK。カメラもOK」
配信者でもある彼女のチャンネル『アスカの冒険日記』は、登録者数5万人。
大人気配信者ではないが、陸上で鍛えた身体と訓練で鍛えた実力、真面目なソロ探索、丁寧な解説で、コアなファンを掴んでいた。
「みなさんこんにちは、アスカです!」
画面の向こうに笑顔を向ける。
『こんにちはー』
『待ってました!』
『今日も探索?』
「はい!今日は話題の『東海X-2』に挑戦してきます!」
アスカは地図を広げて見せた。
「今までは『東海D-1』がメインフィールドだったけど、今の流れに乗ろうと思います!ただし……」
彼女は人差し指を立てた。
「『東海X-2』のダンジョンボス?の『管理ちゃん』は探索者の行動を見張っているみたいなので、魔物は必要最低限しか倒しません。素材も取りすぎません」
アスカは真剣な表情になった。
「迷惑をかけないよう、最大限気をつけます」
『えらい』
『それでこそ俺たちのアスカ』
『管理ちゃんって呼んでて草』
「私たちは『管理ちゃん』のダンジョンにお邪魔させてもらってる立場だから」
アスカは視聴者に向かって真剣に語りかける。
「キョウヤさんみたいなことは、絶対にしません。約束します」
『信じてる!』
『アスカなら大丈夫』
『頑張って!』
「それでは、行ってきます!」
配信を一旦終了し、アスカは装備を整え始めた。
今までのダンジョン探索で揃えた剣、盾、回復薬、それから――。
「……お供え物、持っていこうかな」
彼女は棚から、自分用に買っていたチョコレートの箱を取り出した。
「もし会えたら、渡してみよう。怒られるかもしれないけど……」
アスカは小さく笑って、荷物に詰め込んだ。
■地下迷宮「ユリカゴ」第96階層(深層):竜の寝床
「……ん?」
私はふと、寒気を覚えて肩を震わせた。
「なに、この嫌な予感……」
サクラモチが心配そうに、私の頬に擦り寄ってくる。
「ぷるぷる?」
「大丈夫、大丈夫。多分、気のせい」
そう言いながらも、私の中の何かが囁いていた。
――また、面倒なことが起きる。
「……はぁ。とりあえず、巡回行こうか」
私はオハナの鼻先から降り、ブーツを履いた。
サクラモチを彼に預け、オカリナをしまい込む。
「じゃあね。また後でおやつ持ってくるから」
オハナが名残惜しそうに鼻を鳴らす。
サクラモチは私の頭から飛び降り、オハナの鼻先にぷるんと着地した。
「ぷるーん!」
まるで「行ってらっしゃい」と言っているかのよう。
「……可愛い」
私は思わず微笑んでから、闇の中へ溶けるように消え、第1階層へと向かった。
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【現在のダンジョン状況】
■人類到達領域
第3階層:ゴブリンの洞窟(上層)
■友好関係
・サクラモチ(E級ピュア・スライムLv5→30)
・オハナ(S級古竜Lv90)
■BAN対象
・狭間キョウヤ(Dランク探索者)
罪状:スライムへの執拗な虐待
■管理者コメント
ひんやりサクラモチ
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業務日誌、ちゃんと書いてて偉いですね。
(なお、上司からの返信は……第6話をお楽しみに)
ケンタ君のような「限界オタク」に共感してしまった方は、ぜひ★やコメントで教えてください。作者がとても救われます。
次回、また懲りないバカたちがやってきます。
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