第1話 【物理BAN】デコピンで配信者を星にしてみた
■とあるダンジョン 第1階層(上層):境界の洞窟
「――うぇーい!!聞こえてるー!?ここが未解析ゲートの内部だぜぇぇぇッ!!」
画面の中で、派手な髪色の男が自撮り棒を振り回していた。
登録者100万人の迷惑系配信者『キョウヤ』だ。
彼の周囲には、高精細なドローンカメラが三機、衛星のように浮遊している。
『キョウヤ最強!』
『このノリよw』
『特定した。これ最近できたダンジョンだろ』
『画質良すぎワロタ』
滝のように流れるコメント欄。
洞窟の中は薄暗く、だが地面には青く発光する植物が茂り、幻想的な光景を作り出していた。
地球では絶対に見られない、神秘的な風景。
「見ろよこの景色!マジですげぇ!AI加工ーしてねぇからなこれ!」
キョウヤは興奮した様子で周囲を映しながら、足元に咲いていた青く光る花に目を留めた。
「お、なんだこの草。光ってて目障りだな……そーれ!」
ブチブチッ。
彼は笑いながら花を引き抜き、カメラに向かって投げつける。
『いきなりかよ!』
『自然破壊乙』
『あーあ』
『もっとやれw』
「あ?なんかいたぞ!レアじゃねこれ!?」
キョウヤが物陰で動いた魔物に向けて、捕獲用のネットを振り下ろした。
捕らえられたのは、桜色をした小さなスライムの幼体。
敵意などなく、ただ怯えてプルプルと震えている。
「へへっ、ゲットォ!」
キョウヤはポケットから油性マジックを取り出すと、怯えるスライムの身体に、キュッキュと何かを書き始めた。
『キョウヤ参上』という下手くそなサインと、放送禁止スレスレの卑猥なイラスト。
「うわ、描き心地キッモ!よし、次は耐久テストな」
彼は笑いながら、今度は『高濃度の岩塩』を取り出し、スライムの頭上からパラパラと振りかけた。
「――ッ!?」
スライムが音のない悲鳴を上げる。桜色の身体が白く濁り、ジュワジュワと溶け始める。
「おおー、溶けてる溶けてる!すげー絵面!みんなスクショタイムだぞ!」
『うわぁ……ナメクジみたいだな』
『まだ子供じゃね?やりすぎだろ』
『さすがに胸糞』
『いや面白いw』
『いいぞいいぞwww』
スライムは必死に逃げようとするが、キョウヤはそれをブーツの先で転がし、さらに塩を追加する。
やがて、スライムはドロドロに溶け崩れ、微かに震えるだけになった。
「……ちっ。もう動かねえのかよ。ま、こいつも放置すりゃ地上で暴れるかもしれねぇからな。俺が『駆除』してやったんだ、感謝しろよ?ぎゃははは!」
キョウヤはあざ笑いながら、瀕死のスライムをゴミのように蹴飛ばした。
「うわっ!汚ぇ汁が靴についた!!」
べちゃり。
スライムは、いつの間にかそこに立っていた、一人の女性の足元に転がった。
◆ ◆
「……は?」
私は足元で震える、ボロボロになった子を見下ろした。
身体中に汚い落書きをされ、塩で焼かれ、原形を留めないほどに。
単に倒すだけなら見逃してた。
それは私が管理するこの地下迷宮「ユリカゴ」の循環の一部だから。
でも、これは違う。
残虐で非道な仲間への冒涜行為。
私の中で、何かが静かに、冷たく、沸騰した。
「……排除対象」
呟いた声は、自分でも驚くほど低かった。
「空気を吸わせる価値もない」
顔を上げる。
目の前には、薄汚い笑みを浮かべた男が立っていた。
「誰だねーちゃん。……って、すっげえ美人!コスプレしてる?おいドローン寄れ!サムネにするぞ!」
男は私の容姿に気を取られ、ヘラヘラと近づいてくる。
浮遊する三匹の機械の羽虫が、私を囲むように飛び回った。
不快。
視線が、肌に纏わりつくような感覚。
「なぁなぁ、これ撮れてるよな?」
「銀髪コスプレ美女に絡まれる俺、神サムネじゃね?」
『草』
『勝ち組』
『管理人系NPC?w』
『どうせモブだろ』
「ねぇ、お願いがあるんだけど」
「あ?なんだよ、俺様の動画に出てて嬉しいか?」
私は男の目を見据えた。彼の瞳に、私の姿が映る。
銀髪。黒いドレス。頭の片側から生えた黒い角。そして、砂時計の紋様が浮かぶ瞳。
「自分が吐いた息、自分で吸い直してくれない?」
「は?」
男は理解できていない。当然だ。理解する必要もない。
この男は、即時排除対象。
「できないなら、あっちで練習してこい」
「はあ?意味わかんねえこと言ってんじゃ――」
私は一歩、踏み込んだ。
身体に染み込んだ歩法。音もなく、気配もなく。
男が瞬きをするよりも速く、私は彼の懐に潜り込む。
こんなクズ、殴るまでもない。触れたくもない。
触れるにしても、表面積は最低限に。
「排斥」
私は、額を弾いた。
バン。
次の瞬間、男はいなかった。
「グッ、ッパァァァァァァァァァン!!」
遅れてきた叫び声と共に、男の身体は物理法則を無視した速度で吹き飛んでいく。
「ひぶッ!?――あべしッ、ブベらァァァッ!!!!」
地面を水切りの石のようにリズミカルにバウンドし、壁にぶつかっては跳ね返る。 その軌道は、芸術的なまでに美しかった。
キラーン。
境界の彼方へ消えた男は、最後に一瞬、星の輝きを見せた気がした。
「爪が汚れた」
私は人差し指の先に息を吹きかけて埃を払う。
彼は今頃、向こう側の世界で、ボロボロの情けない姿を衆目に晒しているだろう。自業自得というものだ。
ゴミ掃除を終えた私は足元に屈み込み、瀕死のスライムをそっと両手で掬い上げた。
小さく、冷たく、震えている。
「……痛かったね。ごめんね」
私の首筋から肩にかけて刻まれたタトゥーが、淡い桜色に発光する。
管理者権限:回復魔法『全治』。
スライムの身体から汚い落書きが消え、溶けた部分がむくむくと再生していく。
数秒後、この子は元通りの桜色に戻り、私の頬に「ぷるん」と嬉しそうに擦り寄ってきた。
「ん、よしよし。もう大丈夫」
私の頬が緩む。
可愛い。本当に可愛い。
「……おやつ食べる?」
私は懐から、下層で採れる濃蜂蜜で作った特製の蜂蜜飴を一粒取り出し、差し出した。
スライムが嬉しそうに跳ねるのを見て、思わず笑みがこぼれた。
――その時だった。
ブーン、という低い羽音が耳に障る。
「……は?」
主を失った三匹の機械の羽虫が、行き場をなくして私の周りを飛び回っていた。
羽虫の目――レンズのようなものが、私とスライムを捉えている。
「……なにこれ?」
私はスライムを肩に乗せると、ドローンの一つを鷲掴みにし、その目の向こうを覗き込んだ。
「……生き物?じゃない」
機械。魔道具の一種か。
だけど、この物体から奇妙な魔力――いや、魔力とは少し違う何かが流れている。
そして。
視られている。
この向こうに、何かがいる。
不快だった。
指先にほんの少しだけ力を込めた。
グシャッ。
私の手の中で、不快な羽虫が飴細工のように砕け散った。
残りの二匹も、指を弾いて破壊する。
「……ふぅ」
静寂が戻る。
私はスライムの頭を撫でながら、地下迷宮の闇へと溶けるように消えた。
◆ ◆
プツン。
配信が唐突に途切れた瞬間、動画配信サイト『チューブ』のサーバーは、かつてない負荷に悲鳴を上げていた。
画面はブラックアウトしている。
だが、コメント欄だけが、光速で流れ続けていた。
『ファッ!?』
『キョウヤが星になったwww』
『BAN(物理)』
『↑誰が上手く言えとwww』
『笑えねぇけど、正直スッとした』
『ルール守ってる探索者が報われたな』
『あの銀髪の女……誰だよ』
『異世界人?ダンジョンボス?
SNSでは、瞬く間に「謎の銀髪美女」のスクショが拡散され、トレンドを独占していた。
特にバズったのは、最後の瞬間だ。
怯えるスライムを肩に乗せ、ゴミを見るような冷徹な目でドローンを睨み、「視られてる?」と呟いて握りつぶすシーン。
『ご褒美すぎる』
『あの不思議な目!絶対零度の視線!』
『タトゥーが光った時、鳥肌立った』
『スライム撫でてる時の聖母感からの、ドローン破壊の落差よ』
『この娘可愛えぇぇぇ!!』
『これは推せる』
動画の切り抜き職人たちが、こぞって編集動画を投稿し始める。
タイトルは『【神回】迷惑系配信者、ダンジョンの女神にBAN(物理)される』。
再生数は一夜にして1000万回を超えようとしていた。
そして、ダンジョン考察勢が集う掲示板『ゲート探索Wiki』では、早くも彼女の正体を巡る議論が始まっていた。
スレッド:【速報】新ゲート「東海X-2」に謎の異世界人(?)出現
1:名無しの探索者
キョウヤの配信見た奴いる?
あれマジでなんなの?
2:名無しの探索者
見た見た
デコピン一発で人間吹っ飛ばすとか意味不明
3:名無しの探索者
しかもスライム治療してたよな
あれ絶対ただの魔物じゃない
4:名無しの探索者
ていうかあの美貌……
俺の嫁にしたい
5:名無しの探索者
>>4
お前もBANされるぞ
23:名無しの探索者
あれダンジョンのボスじゃなくて
「管理者」的な存在なんじゃないか?
スライム虐待した瞬間出てきてるし
24:名無しの探索者
>>23
それな
キョウヤがやらかした直後だし、監視されてる可能性
67:名無しの探索者
とりあえず俺らは彼女をなんて呼ぶ?
銀髪の女神?それとも……
68:名無しの探索者
「管理ちゃん」でいいんじゃね?
管理者っぽいし、ちゃん付けしたいし
69:名無しの探索者
>>68
採用
こうして、彼女は『管理ちゃん』と呼ばれ始めた。
ダンジョンの秩序を守る、美しくも冷酷な執行者として。
そして、彼女を一目見ようと、翌日から探索者や一般人達がダンジョンに押し寄せてくることを、彼女はまだ知らない。
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【現在のダンジョン状況】
■人類到達領域
第1階層:月光草の洞窟(上層)
■友好関係
・スライム(E級ピュア・スライムLv5)
■BAN対象
・狭間キョウヤ(Dランク探索者)
罪状:スライムへの執拗な虐待
■管理者コメント
よく飛んだ。
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物理BAN、完了しました。
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リザレ「……評価してくれたら、スライム触らせてあげる(かも)」
次回、地球側で「管理ちゃん」フィーバーが始まります。応援(★・フォロー)いただけると、作者のテンションとデコピンの威力が上がります。
★カクヨム様にて先行配信しております。
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