落語声劇「応挙の幽霊」
落語声劇「応挙の幽霊」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約20分
必要演者数:3名
(0:0:3)
(2:1:0)
(3:0:0)
(0:0:3)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
道具屋:古道具屋の親父。得意先の若旦那に頼まれて、幽霊の描かれた絵
を集めていたが、ある時いい絵を格安で仕入れることに成功する
。
若旦那:古道具屋のご贔屓。
とにかく幽霊の描かれた絵が好きで、書画をコレクションしてい
る。
女幽霊:円山応挙作の掛け軸に描かれた幽霊。
生臭のウナギは食うし、酒は呑むしで、他の噺からしたら、
「精進忘れたかァーッ!?」とか言われそう。(さんま芝居参照)
陰気な内容ながら都都逸まで唄える。さすがもと芸妓。
お咲:道具屋さんのご近所さん。
奥さんを失くした道具屋さんを気に掛けてあれこれ世話を焼いてく
れる。
●配役例
道具屋:
若旦那:
女幽霊・お咲:
※枕は誰かが適宜兼ねてください。
枕:暑い時分には怪異と申しまして、幽霊ものの方が幅を利かしているよ
うでございます。幽霊があるものか無いものかというのは、これまた
争論の的になったりもするわけですが、科学の進歩というものは目覚
ましいもので、もう数十年も経ったら、霊界電話なんてものができて
幽霊からどんどん電話がかかってくるような時代になるかもしれない
。だから殺人事件とかの検挙率が100%になっちゃうかもしれない
。まあそうなると今度は警察の鑑識さん達の仕事に暇が増えるなんて
事にもなりかねないわけで、バランスというものはなかなか難しいも
のですな。
幽霊の関わってくるものと言うのは色々ございます。
先ほど申しました電話、あるいは映像、写真などなどございますが、
中でも書画骨董、絵や骨董品にも幽霊と言うのは、江戸の昔から切っ
ても切れない存在でございまして。
道具屋:はあぁ、しょうがねえなァ。
三度も訪ねて行ったってのに、三度とも旦那がお留守なんだものな。
まったく、どこ行っちまったんだかねえ。
なにしろ今年は、死んだうちの女房の法事で銭が入用なんだ。
この絵を買ってくれなくちゃ困るってもんだ。
はぁぁ、早く旦那帰ってこないかねえ…。
若旦那:おぅい、親父さん。
道具屋:おや、いらっしゃいやし!
いやあ、今日はお留守に三度うかがいまして。
若旦那:うん、そうだってね。
今も用足しの途中なんだが、さっき家へちょいと寄ったんだ。
もう一軒行かなきゃならないんだが、そしたら親父さんが訪ねて
来たって言うからね、何か面白いものでも手に入ったのかなと
思って、こうして来たんだ。
道具屋:そうでしたか!
いやね、実は以前から若旦那から探してくれって言われてた、
幽霊を描いた掛け軸が一本、先日入りましてね。
若旦那:えっ幽霊の掛け軸!?
手に入ったのかい?どれだい?
道具屋:これなんですがね…、いかがです?
若旦那:へえぇ、これかい?
ふん、ふんふん…。
いや、こりゃまたいいねえ!
掛け軸から出てきそうじゃあないか!
道具屋:どうです、いいでしょう?
いやあたしもね、こういう商売を長年しておりますから色んな絵
を見ました。
だけどみんな気味が悪いのばっかりでね。
けどどうです、この恨めし気な中に何とも言えない色気があって
、血も何にもなくて凄みのある幽霊だ。
足もスーッと宙に浮いてるように見えますでしょう?
若旦那:んん~、いいねえこの絵は。
優しい幽霊ってと言い方がおかしいかもしれないが、絵柄は変わ
ってるよ。
こりゃいったい、誰が描いたものだろうね?
道具屋:あたしの見立てでは、円山応挙あたりじゃないかと思うんですけ
どね。
若旦那:え?円山応挙?
ははは、冗談言っちゃいけませんよ親父さん。
応挙の絵が今どきそこら辺に転がってるわけがない
じゃないか。きっと贋作だよ。
いや、本物ならたいしたもんだけどね。
しかしまあいい幽霊だよ。
これ、安くないだろ。
道具屋:いや、そうでもないんですよ。
若旦那:そうかい?
いま家にあるのはね、主だったとこだと、柳の下に出てるの、
屏風の上から顔を出してるの、行燈の側に座ってるのと蚊帳の外
に立ってるのと他にも色々あるんだけど、気に入ってるのはいま
挙げたのしかないんだ。
その絵は人に買われると悔しいなあ。
それで、いくらなんだい?
道具屋:いや、実はね、この絵をぜひ売ってくれって方が五人も来ており
まして。先約があるんでって押さえておいたんですよ。
若旦那:ああそうだろうね。こりゃあ誰だって欲しがるよこの絵は。
それで親父さん、勿体つけないではっきり言っておくれ。
いくらなんだい?
道具屋:へへへ、いかがでございましょう。
普段ご贔屓にしていただいてますから、ほんとは三十両のところ
を十両というのでは…。
若旦那:十両!
うぅむ、大分まけてもらっているが、それでもなかなか…。
絵もいいが値もいいよ。
と言って、人に買われちゃったらこれは未練が残るね。
あたしが幽霊になりかねないよ。
うーん……。
よし、これ売っておくれ!
道具屋:えっ、お買い上げになって下さるんで!
いやぁははは、こらどうも、毎度ありがとうございます!
若旦那:それでね、これからもう一軒、用を足しに回らないといけないん
だ。
この絵を持って歩くわけにはいかない。
それと家に帰ればお金はあるけど、今は持ち合わせがこれしかな
いんだ。
だから、手付けとして一両置いていこう。
明日、家へその絵を持ってきてくれるかい。
そしたら残りの九両を払うから。
道具屋:そおですか!承知しました!
そしたら明日の朝早くに絵をお持ちしてうかがいますんで!
若旦那:じゃ、よろしく頼んだよ。
道具屋:へい、毎度、ありがとうございました!
【二拍】
はぁぁいやぁありがてぇ、売れたよ。ありがてえなぁ。
久しぶりに儲かったよ。
これだからこの商売はやめられねえなぁ。
またいい幽霊の絵が手に入ったら、旦那に買ってもらおうかね。
あぁありがてぇ、これでかみさんの法事が安心してできるっても
んだよ。
しかし道具屋て商売は、何が売れるか分からんもんだなぁ。
今までずいぶん損もしたよ。
そうそう、こないだ買ったあれ、「源頼朝が小野小町に出した手
紙」、あれァ具合悪かったな…。
生きてた時代が違うの、言われるまで気付かなかったからなぁ。
あとあれあれ、あれもだ。「大石内蔵助が打ってた太鼓」。
角の店でおんなじやつ置いてたの見た時はきまり悪かったねえ…
。
ま、気を取り直して、今夜は前祝いに一杯、やりますかね!
おっ、ちょうどいいとこに酒屋さんが。
おうい三河屋さん!ちょいと一本、都合付けてくれ!
灘の生一本、頼むよ!お代は明日払うから!
お咲:あら道具屋さん、こんな遅くまで商いしてるのかい?
道具屋:ああお咲さん、いや、実はさっきまで商いがあってね。
これから祝い酒なんだけど、お咲さんも一杯付き合わないかい?
お咲:まあ、ずいぶん景気のいい話だね。お誘いに乗りたいとこだけど、
これから用があるから、ごめんなさいね。
道具屋:そうかぁ、そりゃしょうがないな。
あ、そうだ、お咲さん使って悪いんだけど、角のウナギ屋にウナギ
を頼んで行ってもらっていいかい?
銭はこれで、お釣りが出たらお咲さん何か買って食べるといいよ。
お咲:あら、いいのかい?
じゃあついでだから言っておくよ。
道具屋:いやあ、すまんねえ。
頼みましたよ。
【二拍】
へへへ、やっと酒が届きましたよ。灘の生一本。たまらねえやね。
さて、酒が来りゃああとは肴だ。
まだかねえ…もう一刻半くらい経つけど…、
お?この声はウナギ屋じゃないか。
ずいぶん遅かったねえ。もう亥の刻過ぎだよ。
よしよし、これで酒に肴が揃ったってこったな。
暑気払いにはウナギが効くってもんよ。
独り者ってのはこういう時いいやね。
好きな時に好きな物を飲んで食って、寝たい時に寝りゃあいい。
どれどれまずは一杯…んっ、んっ、んっ……。
ぷはーっ、うめえ!
同じ酒でも祝いで呑む酒は、たまんねえなあ!
倅もあと三年すりゃあ奉公から帰って来るし、それも楽しみの
一つだな。
ん、んっ、んっ……
ぱはぁーっ、あぁうまいっ、うまいねえ…!
どれどれウナギも、すん、すん…いいねえ!
ウナギてのは食うより匂いって言うが本当だね。
しみったれた奴が、ウナギのかば焼きの匂いを嗅ぎながら飯を
食ったってのも、間違いじゃねえや。
ま、こちとらしっかり、いただきますけどね。
んむ、んむ…
んまい!やっぱりあすこの店のウナギはうまいねぇ…!
っと待てよ、こうしてうめえ酒が呑めるのも、この幽霊の掛け軸
が売れたおかげだな。
どれ、ちょいとちいせえ床の間だけど、ここに掛けまして、と…
、へへへ、これで幽霊と差し向かいで一杯ってやつだ。寂しくな
いねぇ。
そうだ、幽霊さまさまってことで、一杯ご馳走しようじゃねえか
。
ささ、幽霊さん、おかげさんで儲かりました。
どうぞ一杯、召し上がってくんねえ。
そうそう、やっぱり肴もなくちゃいけねえよな。
生臭で悪いけど、ウナギをね…さ、適当につまんでやってくんね
え。
待てよ、ここまでやったんならいっその事、お線香もあげて、
拝んでやるのがいいだろ。
どれ…、幽霊さん、おかげさんで儲かりました。
ありがとうございました。
幽霊さんの霊に回向いたします。
※【知ってるお経があるなら代わりにそれを言ってもいいです】
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。
はあぁ、これで気が楽になったね。
しかしよくよく見るといい幽霊だねこりゃ。
んっ、んっ…ん?
あれ?なんだこりゃ、酒の味が変わったぞ…?
いつもの酒なんだけどな…?
ふっ、ふえっ、ぶえっくし!!
!?なんだ、背筋がぞくぞくってしたぞ。頭から水をかけられた
みてえだ。
あ、あれ?灯りが急に暗くなりやがったぞ…。
女幽霊:…こんばんわ…。
道具屋:?はい!どなたかいらっしゃるんですか!?
女幽霊:こんばんわ…。
道具屋:おかしいな、表から裏までちゃんと戸締りしたんだけどな…。
どなたかいるんですか!?
たしかにこんばんわって聞こえたんだけどな。
「お声はすれど姿は見えず、ほんにお前は屁のような」、っての
があったな。
どこかにどなたか、いらっしゃるんですか!?
女幽霊:…あなたの目の前におります…。
道具屋:え?
!!?わっおっ、脅かしちゃいけませんや!ああ驚いた…!
えっどっどどっ、どっから入って来たんで?
女幽霊:さっきからずっと、目の前におりましたよ…。
道具屋:え、目の前?
…はてな?見た事があるような無いような…?
ど、どなたです?
女幽霊:…あたくしは、幽霊でございます…。
道具屋:ぇぇええ幽霊!!?
ちょちょっと待ってくださいよ!
あたしは幽霊に祟られるような恨みを買った覚えはございません
よ!?
女幽霊:お恨みがあって出たわけではございません…。
お礼を申し上げに出て参りました…。
道具屋:お、お礼?
心当たりがないよ?
あたしは幽霊さんからお礼を言われる覚えがないんだけどね?
そ、それにあんた、どっから出てきたんです?
女幽霊:床の間へ掛けて下さいました、掛け軸の中から出て参りました…。
道具屋:掛け軸…?あッ、本当だ!
掛け軸がまっさらだ!
こりゃ驚いた、絵に描いた幽霊が掛け軸から抜け出すなんて、
不思議な事があればあるもんだね…!
女幽霊:わたくしはかつて、芸妓として京都の祇園におりました。
ふとした事から病にかかり、長いあいだ患っていたのです。
そのわたくしを、円山応挙先生が幽霊に見立てて描きましたのが
、この掛け軸でございます…。
道具屋:えッ!?円山応挙!?
ッしまった…やっぱり本物だったんだ…贋作じゃなかったんだね
…!
惜しい事しちゃったなァ、やっぱり三十両にしときゃ良かった。
女幽霊:そんなに欲張るものではございません…。
それでなくとも、たいそう儲けなすったではございませんか…。
道具屋:ありゃ、聞いてなすったんですか!?
あぁこりゃあ面目ねえ。
いやあ、確かに幽霊さんのおっしゃる通りだ。
欲をかいちゃキリがねえや。
しかしなんだねぇ、やっぱり応挙って人は名人なんだねえ…!
絵が生きてるってやつだね!
かの名工、左甚五郎の彫った龍が、夜な夜な不忍池に水を飲みに
来たって話を聞いたが…はあぁなるほど、名人の作品てのは魂が
込められてるんだ、生きてるんだねえ…!
お線香あげて拝んだらお礼に出てくるんだから、
いやぁ、霊魂不滅だねぇ、そうですか…!
いやしかしね、なんだかあたしは気味が悪いですよ。
女幽霊:…決して、気味が悪いの怖いのと忌むことはございません…。
わたくしの言う事をひととおりお聞きくださいませ…。
わたくしも今まで、さまざまな方に買われてあちこちへと行きま
した。
買って下さいましたその時は床の間へ掛けて下さいます。
しかし奥様やお子たちが、怖いの気味が悪いのと難癖をつけるも
のですから、すぐに箱へしまわれて、暗黒地獄の蔵の中。
紙魚に喰われ、水の一杯も手向けて下さる方とてございませぬ。
それにひきかえ、あなた様はお酒よお肴よとお供えくださいまし
た。
その上、お線香まであげて拝んでいただいたそのご回向が嬉しく
て嬉しくて、もっと早くお礼に来ようとは思いました。
しかし刻限がなかなか来ませんで、やっと丑三つ時になりました
ので、こうして出て参りました。
まことにありがとうございます…。
道具屋:そうでしたかいそうでしたかい…!
いや、昔からよく言いますね、
幽霊の出る刻限は草木も眠る丑三つ時、屋の棟も三寸下がるって
。
幽霊さん、たいそう義理堅いんですね…!
そうでしたかそうでしたか!
女幽霊:さ…お酌なぞいたしましょう…。
どうぞ、可愛がってくださりませ。
道具屋:えっ、お酌して下さるんですかい?
いやあこりゃすいませんねぇ!
じゃ、いただきます。
ん、んっ、んっ…
へえぇ、また酒の味が変わったよ。
美味くなっちゃったね。
女幽霊:本当に、お酒というものはおいしゅうござりますこと…。
道具屋:おいしゅうござります…って事は幽霊さん、お酒が呑めるのかい
?
女幽霊:丑三つ時の来るのを待ちながら、掛け軸の中でいただいておりま
した…。
道具屋:えっ、掛け軸の中でって…あらっ、本当に無くなっちゃってる!
中でやってたんですか!へへ、そうでしたか!
女幽霊:わたくしにも、どうぞおひとつ下さいませ…。
道具屋:えぇどうぞ!お付き合いいたしますよ!
さ、ぐっとやってくださいな!
…けど、親指と人差し指でしか持たないって、変な茶碗の持ちよ
うだね。
それじゃ吞みにくいんじゃないかい?
女幽霊:規則でございますから…手は上に向けられないんです…垂らした
ままで…。
道具屋:ああそうでしたか!なるほどね!
「うらめしや~」の恰好を崩しちゃならないと!
いやあ、幽霊の世界もいろいろ大変ですなァ!
おぉっとお酌ですか、いや、すいませんねえ!
ん、んっ、んっ……
はあぁ、いや、しかし名人てのは大したもんだ。
霊魂不滅だよ、ほんと…。
女幽霊:お礼に、都都逸でも唄いましょうか…?
道具屋:都都逸を!?
お前さんがかい?
これァ面白いね!幽霊が都都逸を唄うってなあ初耳だね!
じゃ、お願いしますよ!
女幽霊:…あなたの優しい心に惹かれ、迷うて出たのは恥ずかしい…。
道具屋:はぁぁなるほどね!
幽霊さんだけに「迷って出た」、と!
それじゃね、もっとこう、色っぽいのはありますかい?
女幽霊:それならこちらを…。
…三途の川でも棹さしゃ届く、なぜに届かぬ我が想い…。
道具屋:あぁぁもういい、もういいですよ!
陰気になっちゃいますから!
女幽霊:【酔ってきている】
左様でございますか…ひっく。
では…わたくしにも、もっとお酌をしてくださいな…。
道具屋:幽霊さん、大丈夫かい?
だいぶ酔っているようだけど…。
女幽霊:だいじょうぶでございますよ…。
酒でも呑んでうきうきしゃんせ…気から病が出るわいな、ひっく
。
あまりくよくよなさいますと、寿命が縮まりますよ…。
道具屋:嫌だよ脅かしちゃ!
まま、あとは自分でやりますから、酌はもういいですよ。
しかしまぁ驚いたね、幽霊さんも酔っぱらっちゃうんだね。
ん、んっ、んっ…
ぷはぁーっ。
ふう…?あれ?幽霊さんがいないぞ?
どっかいっちゃったよ?
幽霊さん!どちらにいらっしゃいます!?
厠かな…?
でも幽霊が厠に行くかね…?でも呑んだり食ったりしたしな…。
幽霊さんや?お幽さん?
どこいっ…あらっ!なんだこりゃ!?
掛け軸の中でむこう向いて、肘枕して寝ちゃってるよ!
あぁこりゃ、完全に酔っぱらっちゃったんだな。しょうがねえな
。
おい幽霊さん、起きて下さいよ。
女幽霊:【酔いつぶれてる】
…いやです…ひっく。
道具屋:嫌ですって、そりゃいけませんよ。
もうすぐ夜が明けるんだ。
そしたらね、若旦那のとこへ持ってって、お金を頂戴してくるん
ですから、起きて下さいよ。
女幽霊:【酔いつぶれてる】
…どうぞ、ご勘弁を…。
道具屋:えっ、どうしても嫌?
えらい事になっちゃったな…これじゃ売り物にならないや。
じゃ幽霊さんや、お前さん、一体いつまで寝てるんだい?
女幽霊:【酔いつぶれてる】
…明日の丑三つ時まで寝かせてください…。
道具屋:うぅぅん、こりゃ困った…。
でも、若旦那のとこに行かないわけにはいかないし…。
【二拍】
若旦那:定吉、古道具屋の親父さんはまだ見えないかい?
なに、まだ?
おかしいね、もう朝は過ぎてしまったよ…。
いったいどうしたんだ。
こっちはやきもきしてるってのに…。
ん?どうした、定吉…え?古道具屋さんが来た?
おおそうかそうか、早くここへ通しなさい!
道具屋:ど…どうも、若旦那。
若旦那:ああ親父さん、朝のうちに来ると言ってたのに来ないもんだから
何かあったのかと心配しましたよ!
道具屋:へへ、その、ちょいといろいろありまして。
若旦那:まぁまぁ、そんな事はどうでもいいんだ。
さ、掛け軸を出しておくれ。
こちらも…残りの九両、ここに用意してあるから。
道具屋:それが、その…実は掛け軸は持ってきておりません。
若旦那:えっ!?それはどうしてだい?
道具屋:その、いろいろとありましたもんで…。
若旦那:どうして持ってきてくれなかったんだい。
店に置いておいたってしょうがないだろう。
道具屋:ええ、もう少し寝かせておきとうございます。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
三遊亭圓歌(二代目)
三遊亭圓弥(四代目)
蝶花楼馬楽(六代目)
笑福亭生喬
※用語解説
・円山応挙
享保18年5月1日(1733年6月12日)~寛政7年7月17日
(1795年8月31日))、江戸時代中期~後期の絵師。
近現代の京都画壇にまでその系統が続く「円山派」の祖であり、
写生を重視した画風が特色である。
諸説あるが「足のない幽霊」を描き始めた画家とも言われている。
・十両
一両がいまの価値で約八万円。
従いまして、大体八十万円なーりー。
・灘の生一本
兵庫県神戸市~西宮市にまたがる沿岸地域において、
日本酒製造が盛んな五つのエリアを灘五郷と呼んでおり、
「灘の生一本」は灘五郷において単一の製造場のみで醸造し
た純米酒を指すそうです。
・回向
仏教用語で、自分が積んだ功徳(善行による良い結果)を、他の人や故人
のために振り向ける行為を指す。具体的には読経や供養、布施などによっ
て得られた功徳を、故人の冥福を祈るためや他の人の幸せを願うために
回し向けることを意味する。
・「お声はすれど姿は見えず、ほんにお前は屁のような」
居るんだか居ないんだかわからない存在感の薄いことの比喩で、
もともとは江戸初期からの「山家鳥中歌 和泉の項」に、
「声はすれども姿は見えぬ、君は深山のきりぎりす」というのが
あって、それが落語に取り入れられた際に弄られたようである。
・左甚五郎
京都にて左官を朝廷から頂戴した当代一の大工・彫刻師。
1600年の20~30年前後に活躍した人物。
日光東照宮の眠り猫を彫るなど多くの逸話があるが、
歌舞伎や講談など、それらの逸話が独り歩きし、複数の人物像
が重なって左甚五郎という人物が生まれたのではないかという
説もある。
この噺の他にも「三井の大黒」「ねずみ」、「竹の水仙」、
名前だけなら「叩き蟹」、「四つ目屋」にも登場する。
・草木も眠る丑三つ時、屋の棟も三寸下がる
丑三つとは今で言う午前2時~2時半のあたり。
草木でも眠る時間なので家屋も眠り、三寸(9cm)ほど沈み込んでいる
ようだと形容したもの。
・都都逸
江戸時代に生まれた日本の定型詩の一種で、七七七五の音数律で構成され
るのが特徴。主に男女の情愛や世相などをテーマに、口語で自由に詠まれ
る。
・厠
トイレ。
・一刻半
一刻は今で言う二時間。
なので一刻と一刻の半分である半刻を合わせて三時間を指す。
・亥の刻
午後十時から午前零時までの時間を指す。