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第9話 B面-1

◇キャラクター紹介

美船悠希、天堂咲良/新人声優。「ココロスター」のリリース5年目に登場するキャラクターを担当する。「B面」は彼女たちの視点で進行する。



 美船悠希と天堂咲良の2人が出会ったのは、偶然と言う名の必然だったのかもしれない。


 彼女たちが出会ったのは「ココロスター」の3rdライブ。


「「すごかった~」」


 ラストの「リ・スタート」も歌い終わった。大勢の観客もライブの余韻に浸りながら、アナウンスとスタッフの誘導に従って会場を後にし始めている。ステージ上では早々と後片付けが始まっている。


 その一方で、余韻に浸りすぎて、座席から動かない観客もいる。悠希と咲良の2人もそうだった。


「「……?」」


 意図せずハモった声に、同時に首を傾げ、そして、同時に声がした方を向いた。


「「……!」」


 この時、初めて、互いに隣の席に座っている相手とはっきりと目を合わせた。


「「本当にライブ、すごかったね~」」


 重なった同じ言葉に互いにビックリするが、すぐに笑みがこぼれる。


「ねえねえ、どこから来たの? 私は札幌」


 距離を詰めてきた悠希に、


「札幌?! 遠っ! スゴ!」


 顔を驚きにして、咲良も同じように距離を詰める。


「スゴくなんかないよ」


「え、じゃあ、この後どうするの? 飛行機で札幌に帰るの?」


「ムリムリ。ここから羽田空港、遠いもん。だから、明日の朝、帰る」


「だったら、ホテルに泊まるの?」


 この咲良の問いかけに、悠希の顔がバツの悪い物に変わる。


「お母さんからはそうしろって言われているんだけど」


 ロッカーに預けている大量のグッズを思い出して、


「グッズをいっぱい買いたくて、実はホテルじゃなくて、内緒でもっと安いネットカフェとかで一晩過ごすつもり」


「分かる! 分かるよ、その気持ち!」


「本当?」


「本当! アタシだって、遠征していたら同じことしていたもん。今日だって、グッズをいーっぱい買ったもん」


 「いーっぱい」のところで、咲良は両手を横に一杯に広げる。


「ありがとう!」


「だったら、今晩泊るところ決まっていなんだよね?」


「うん」


「ウチに来ない? この近く……車で1時間はかかるんだけど、お父さんが途中まで迎えに来てくれるんだ」


「いいの?」


「もち!」


「じゃあ、お願いしてもいい?」


「オッケー! ……あ! そういえば、名前、なんていうの? アタシは天堂咲良。咲良とかサクッちって呼んで」


 咲良が「サクッち」と口にすると、悠希の笑みが深くなる。そのことに咲良が疑問を浮かべる前に、


「私の名前は美船悠希。友達は、私のこと、ユキッちって呼んでるよ」


「あはっ! そのあだ名、アタシのと似てるー」


「ねー。似てるよねー」


 こうして、意気投合した2人は、咲良の家に向かうまでも、家に着いてからも、ずーっと話し続けた。それこそ、お風呂も一緒に入って、洗面所で並んで歯磨きもして。同時に明け方に寝落ちして、同時に目を覚ましたら、また話し始めて。


 そこで、同い年であること、同じ声優志望であることを知った。「ユキ」「サク」と家族にも友人にも許していない特別な呼び名で呼び合うことも決めた。


 翌日、羽田空港の出発ロビーでは、2人とも涙を流して、その姿が見えなくなるまで手を振るほど、別れを惜しんだ。まるで、今生の別れのように。


 でも、再会は遠い未来ではなかった。


「これから来る方に事務所の案内をすればいいんですね。はい、わかりました」


 咲良は所属していた養成所からその養成所を経営する声優事務所「メロウリフレクションズ」への昇格が決まった。


 この日は、顔馴染みのスタッフから一般オーディションを経て「メロウリフレクションズ」への所属が決まった子に事務所が入る建物を案内するように頼まれていた。改めて、そのスタッフから予定を聞かされている最中、彼女は神妙な顔つきをしていたが、内心はニコニコニヤニヤドキドキワクワクが止まらなかった。


 コンコン


 閉ざされていた扉がノックされる。


「どうぞー」


「失礼します」


 ゆっくりと開かれる扉の向こう側に、咲良の瞳は会いたかった人の姿を捉えた。


「ようこそ! メロウリフレクションズへ!」


「……サク?!」


 悠希の瞳が驚きで丸くなる。チャットアプリでのやりとりで、同じ声優事務所に所属することは知っていたが、今日このタイミングで会うのは予想していなかった。そんな彼女の様子に我慢できなくなった咲良は抱き着く。


「やっほー、ユキ!」


「会いたかったよ!」


「私も! 会いたかった!」


 突然の展開に、その場にいたスタッフは目を白黒させるばかりで、


「……ええと、2人とも知り合いだったの?」


「「はい!」」


 声をハモらせて応える2人を見て、曖昧な笑みをこぼすしかなかった。


 こうして同じ事務所の同期として喜びながら活動する2人に、吉報が舞い込む。


「「え? 『ココロスター』のオーディションを受けることができるんですか?」」


 マネージャーからの知らせに悠希と咲良は言葉をハモらせる。テンションが上がると異口同音に言葉を発する、今年入った新人の仲の良さを示す特徴として知られていた。


 さらなる吉報が2人の下に届く。


「「え? 『ココロスター』のオーディション、合格ですか? 2人とも? 嘘? 本当? ……やったー!!!」」


 けれど、それは同時に、地獄のロードの始まりを告げる前触れでもあった。知っていたのは、合格を喜ぶ悠希と咲良を複雑な表情で見ていたマネージャー1人だけ。


 「ココロスター」の運営から「演じるのは彼女たちしかいない!」と満場一致で決められたわけではない。喧々諤々の議論の結果だ。


 声優として、歌い手として、リアルイベントでの立ち居振る舞い、などなど、そうしたスキルを個々のレベルで見れば、悠希と咲良を上回る候補者は他にもいた。決定打となったのは、2人が新人だったこと。より正確に言えば、新人だから「ココロスター」以外の仕事がまだ無く、キャスティングの際スケジュールを簡単に抑えられること、だった。その評価には彼女たちの今後の成長も加えられたものだったから、今の能力は運営が求める水準に到達していない。


 だから、悠希と咲良にとって厳しい現実が突きつけられる日々が始まった。


「はい。すみませんが、もう1回お願いします」


 ゲームシナリオの収録では何度もリテイクが求められた。微妙なニュアンスが異なる表現を求められても、うまく応えることができないもどかしさと悔しさ。積み重なると、収録スタッフたちから向けられる視線に厳しいものを感じてしまう。「新人だから」では妥協はされない。


 脚本を片手に事務所の先輩にアドバイスを求めることは出来ない。運営がキャスト情報を公開するまで、同じ事務所の先輩であっても、その中に黒江美羽を始め「ココロスター」の演者がいても、秘密厳守。頼ることが出来るのは、合格を知っているマネージャーだけ。そのマネージャーも事務所の中では優秀な人ではあったが、結局、壁を越えるのは彼女たち自身。


「さあ、もっと感情をこめて! お腹から声を出して!」


 彼女たちが演じるキャラクターの持ち歌として渡された「エターナルツインズ」。歌のレッスンを指導するトレーナーからは数えきれないダメ出しを受けた。しかも、収録の時、普段なら顔を出さない「ココロスター」プロジェクトトップの村中が、


「ごめんね。本当ならもっと練習の機会をあげられるんだけど、今回はスケジュールが押してて。今回はこれでいいから、次頑張ってね」


 そう言って、全く歌いきれていない悠希と咲良の歌声が収められたデータを回収していった。


 ――……悔しい。……情けない。


 あんなひどい歌しか歌えない実力不足の自分が。


 ――……本当に惨め。


 あんなひどい歌声が仕方なくで「ココロスター」で使われることが。


 だから、発奮した。


「「このままじゃ、ダメだよね。もっともっと頑張らないと!」」


 さらに、自分を追い詰めるようにレッスンを重ねた。


「「お願いします!」」


 必死に頭を下げて、トレーナーに追加の個人レッスンを求めた。


 場所を探して、自分たちだけで自主レッスンをした。


 そんな時に2人はカズキと出会った。


 前から顔は知っていた。ライブイベント担当プロデューサーとして、


「「若いのにスゴイね」」


 自分たちより少し年上なだけで、大勢の人を束ねて、あの「ココロスター」のリアルライブを成功させている、そんなスゴイ人。この時はそれだけだった。


「じゃあ、このあと1時間だけ、見てあげるわ」


「「ありがとうございます」」


 5thライブで披露するダンスの追加の個人レッスンをトレーナーに求めていたときだった。


「横からすみません。その追加レッスンのレッスン料はどうされているんですか?」


 偶然近くで話を聞いていたカズキが割って入ってきた。


 彼の言葉に悠希と咲良は顔を見合わせて、戸惑いながら、


「……えっと、私たちが個人的にお支払いさせていただいています」


 答える悠希の横で、咲良が首を縦に振る。


「それって5thライブのダンスレッスンだけですか。『ココロスター』以外の他のコンテンツのは含まれていませんか」


「……5thライブだけです」


 疑わしさを増やしながらも、咲良が答える。


「なら、その請求書、こちらに回してください。全てシンクスフィアから支払います」


 あっさりとトレーナーに向かって言うカズキに悠希と咲良は目を丸くした。さらに、2人に対しても、


「そもそも、こうしたことはリクエストとして出してください、と以前お話ししたはずです」


「……あの、私たちが未熟だからご迷惑をかけると思って」


「未熟さはあなた方をキャスティングした時点で考慮に入れています」


 彼のはっきりしたもの言いに、悠希と咲良の心にグサッと来るが、


「新人なんだから当然です。これまであなたがたの様子を見てきましたが、遠慮しすぎです。もっとバンバン迷惑をかけてもらって結構ですよ」


 戸惑いが浮かぶ。


 ――え? 本当に?


 と。でも、さらに、


「今回が初めてではないですよね」


 彼の問いかけに首を縦に振ると、また目を丸くする反応が返ってくる。


「だったら、以前の分もこちらに回してください。お支払いします」


 そして、彼女たちを見透かすように、


「自主レッスンしたい場合もリクエストをしてください。出来る場所をこちらで確保しますから」


「「……あ、ありがとうございます」」


 頭を下げるしかなかった。


 この時以降、悠希と咲良はカズキの存在を意識するようになった。と言っても、「ココロスター」に関わる大勢いるスタッフの中でも「親切な人」という属性が、「ライブを束ねるスゴイ人」に追加されたレベル。


 そして、同時に、彼女たち2人の歯車も狂い始める。


「今回の新人は恵まれているね。私たちがデビューした時は大変だったよ」


「です、ですー。自分たちで自主練できる場所、探すの大変でしたー」


 情報公開され顔を合わせた先輩たちの愚痴が嫌味に聞こえた。先輩たちに嫌味のつもりは全くなかったが、妬みが全く無いと言ったら嘘になる。


「まあ、このくらいはね」


 難しいダンスを涼しい顔をして決める。


「ふー。こんな感じですねー」


 誰もが聞きほれる歌声で歌い上げる。


 そんな感じで、先輩たちが目の前でレッスンの課題をこなしていくのを見ると、プレッシャーになった。先輩たちの中に、新人に見栄を張るためのやせ我慢が全く無かったと言ったら嘘になるが、2人が気付くことはなかった。


 努力して、練習して、上手くなっても、先輩たちの影すら踏めないような気がした。我武者羅に練習する悠希と咲良に触発されて、カズキが潤沢なレッスン環境を整えたことで、先輩たちももっと我武者羅に練習していたりする。同時に、2人になにかと色々気遣い、心配げな視線も送っていたことには、彼女たちが気付くことはなかった。


 プレッシャーがあって、目標が遠くなると、次は不安が生まれる。


 ――自分たちがライブをダメにしたらどうしよう。


 先輩たちと、ライブスタッフたちと本番の段取りを詰めていくと、本番当日が足音を立てて近づいてくるのが分かった。不安は大きくなる。


 練習に我武者羅に打ち込むことで、その足音が聞こえないふりをした。


 でも、時の流れが、容赦なく2人を押し流す。


 そして、ライブ前日の現地リハーサル。会場のステージの上に立つと、


 ――……。


 ステージに立った実感が緊張に変化する。


 横を向いて、悠希と咲良が目を合わせると、互いに緊張の海に囚われていることを悟った。


 プレッシャーが緊張の海から逃れようとする両手の枷となる。不安が足掻こうとする両足の重しとなる。


 互いに相手に助けの手を差し出すことは出来ない。


 逆に、2人だから枷と重しがもっと重くなる。他人事と割り切るのではなく、共感してしまうゆえにつながってしまう。


 ただ、一緒に、緊張の海の奥深くに沈んでいくだけ。深く暗い海の奥底へ。


「なあ、あんたら、今こう考えているのか? 自分たちがライブをダメにする、って」


 初めて聞いた強い威圧的な声に、悠希と咲良は身体を固く小さくした。


「歌詞を間違える、振り付けを間違える、横とぶつかる、ステージで転ぶ」


 お前たちがライブをぶち壊しにする! さっさと消えろ! 「ココロスター」そのものから消えろ!


 そう続けて言われるような気がし……。


「そんなんでライブが失敗する? 見くびるなよ、新人!」


 ――!!


 衝撃だった。深く暗い緊張の海に囚われていた2人にとって、まるで海底から海面まで一気に引き上げられたような。


「だから、もうそんなに頑張らなくていいんだ」


 緊張の海から温かい地上に引き上げられる。


 プレッシャーと不安と緊張からの解放が2人の涙腺を崩壊させた。


 気が付くと、2人の視界に映るのは、涙と鼻水とメイクでドロドロに汚れたシャツ。謝ろうとすると、先を越されて、


「気にするな。メイクを直してこい。もう開演までそんなに余裕がないぞ」


 カズキの言葉は悠希と咲良を現実に引き戻す。


 崩れたメイクと衣装をスタッフに急いで戻してもらうと、舞台袖に慌てて移動する。そこには、先輩たちがもうすでに準備を万端に整えていた。


「「よろしくお願いしますっ」」


 2人の声に合わせて向けられた先輩たちの視線は厳しくなかった。仲間を受け入れる温かいものだった。


 それが悠希と咲良に再び緊張を生む。


 ――先輩たちからの期待を裏切ってはいけない。


 でも、見透かすように美羽が温かい声を掛けてくる。


「思う存分暴れなさい。ミスしたって何したって全部拾ってあげるから」


 もっとも、それだけでは終わらない。続いた言葉は悠希と咲良の顔を一気に赤くさせた。


 彼女たちの心に生まれたばかりの、まだ名前も付けられていなかった感情に、美羽の言葉が名前を付けた。


「ところで、カズキチに惚れた?」



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