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外伝第2話 E面-2

 7年後。


「おとうたん」


 舌足らずの言葉とともに、ポテポテと近寄ってくる笑顔の愛息子の姿に、和希はニヤケが止まらなかった。さらに、愛息子の向こう側には、愛する妻がいることも、さらにまなじりを下げさせる。


 「三次元の嫁は要らない」「嫁は二次元が至上」の宗旨は捨て去った。


 今の宗旨は「嫁と子供が最高っ!!」。


 つまり、結婚した。子供もできた。


 結婚相手は、会社の2年先輩である松田伸子。そう、カズキの時、「ねえ、私と付き合わない?」と言ってきた女性である。あの時、断った後、彼らは同期の大関を紹介した(生贄に捧げた)ものの、交際に発展することは無かった。


「なんか、フィーリングが合わなかったのよね」


とは、伸子が後日カズキに漏らした言葉。その後、彼女はマッチングアプリで知り合った男性と交際、結婚したのだが、半年で離婚した。会社に戻った彼女は、仕事に没頭し、カズキが気が付いた時には「ココロスター」とは別に立ち上がった新規プロジェクトのリーダーに抜擢されていた。


 そんな彼女と和希が結婚したのは、運命の悪戯なのかもしれない。和希に伸子はモーションをかけることは無かった。彼女にとって、和希は大勢いる後輩の1人でしかなかった。和希から見ても、伸子は「お近づきにはなりたくない先輩」だった。


 その運命の歯車の噛み合わせが変わったのは、異動で彼らが同じ部署になったこと。


 始めは変わらなかった。


 ――マジか。


 と和希が思ったくらい。


 関係が変わったきっかけは、とあるキャラクターグッズを和希が仕事用のバッグにぶら下げたこと。同じ部署で全く同じバッグを持っている人がいたから、マイバッグと一目で分かるように目印として、たまたまペットボトル飲料のおまけで付いていた鹿をモチーフにしたキャラクターのグッズをぶら下げた。そうしたら、


「これ! 限定『ディアっち』じゃない! どうしたの?」


 伸子に食いつかれた。


 ――「どうしたの?」と聞かれても。


「当たったんですが」


 そう答えるしかなかったのだが、その反応は伸子の目を吊り上げさせた。和希がぶら下げていたものを含めてシリーズ全12種をコンプリートしようとして、


「え? それ、私への当てこすり? 近くのコンビニで全買いしたのに、これだけが手に入らなかった私への」


 ガチの怒りを見せる彼女に対して、


 ――面倒くさいなぁ。


 と和希は思いながら、


「ええと、……もう1個持っているので、差し上げましょうか」


 彼が考えるもっとも無難な返答をチョイスする。すると、


「マジ?! 君、良いヤツじゃん!」


 破顔一笑して、背中をバンバン叩かれた。


 ――痛いから止めてほしい。


 以来、苦手感が強くなり、距離を取ろうと思っても、同じ部署であるゆえに取れないジレンマを、和希は抱えることになる。むしろ、この一件がきっかけになって、伸子から飲み会でよく絡まれるようになり、仕事も一緒にすることが増え、そして、2人だけで飲みに行くようにもなった。


「あ~あ。私を専業主婦として迎えてくれる格好良くて仕事ができる男はどこに転がっているんだろうなぁ」


「はぁ……どこでしょうねぇ」


 何度目かの2人だけの呑み会で、酔いが回った伸子の通算何回目かの言葉に、和希はいつも通りの返事を返した。


 頼んでいた焼き鳥の串皿がテーブルに届けられた。店員に礼を一言言った後、自分の取り皿に2本確保する。伸子も確保する。


 彼女の言葉を都合よく自分への誘いの言葉と考えるような、勘違いを和希はしなかった。「格好良くて仕事ができる」の枕詞が無ければ、違ったのだが。


 だから、むしろ、


 ――ここでくだを巻いているなら婚活に励んだ方が良いのでは。

 ――ウチの会社、結構給料いいから、これ以上となると結構難しいんじゃ。

 ――美人なんだから、それこそ公募なんかしたらすぐに見つかるんじゃないか。もちろん、そんなことをしたら有象無象も来るだろうけど。


 なんてことを考えている。焼き鳥にかぶりつく。


 そのように考えていたことを伸子に知られていたのは、後から教えられた。彼女もそのことは分かっていたけれども、和希と不思議と合う相性の良さ、居心地の良さにズルズルとはまってしまって、ジレンマに陥っていたほど、とも。


 逆に、和希は、絡まれるようになってから、苦手感は次第に薄れていった。伸子にオタク気質があるところを知ってからは、そこ関係から会話も弾むようになった。美人の彼女を至近距離で見れることから、


 ――目の保養。


 と割り切った。だから、ジレンマも感じなくなった。彼女から飲みに誘われるようになっても、避けることは無くなった。


 口の中の物を飲み込むと、思ったことも口に出す。


「でも、松田さんは会社のこと、仕事のこと、嫌いなんですか?」


「え? そんなことないわよ」


 同じように串にかぶりついていた伸子が意外そうに聞き返してきた。


「でも、なんで、そんなこと聞くの?」


「いえ、『専業主婦になりたい』って言われているから、仕事が嫌いなのか、会社辞めたいほど嫌なことが実はあるのかな、って思ったので」


「ないない。むしろ、結婚しなければ定年まで勤めてもいいかなと思うくらいよ」


 空串を左右に振りながら伸子は答える。


「なら、いいんですが」


「親の影響かな。母親が専業主婦だから、というのと、話をするたびに、結婚はまだかー、早く孫を抱かせろー、ってうるさいから」


「あー、そうなんですねー」


 2本目の串にかぶりついていた和希の他人事のような言葉に、伸子が少し癪に障ったように顔をしかめた。そして、ゆずはちみつチューハイを一口飲んで、


「あんたも、今は言われていなくても、近いうちに言われるようになるわよ。そうなるとうるさいわよー」


「……そうですかー」


 へらッと相槌を返す。伸子にはもちろん、両親を亡くしていることを和希は会社ではほとんど口にしていない。


 普通に返したつもりであったが、彼女には何か違和感を抱かれたのか、会話の路線が少しだけ修正される。


「あと、友達が続々結婚しているのがね。焦るのよ。先週も、高校の同級生の結婚式に参加したの。もう、こっちはご祝儀で払う一方。そろそろ返してほしいなあ、なんてことも思うの」


「ああ、そうですねー」


 和希も何度か友人の結婚式に呼ばれて、祝儀を包んだが、「返してほしい」と思ったことは無かった。「交際費」「必要経費」として割り切っていた。それでも、とりあえず、伸子の調子に合わせる。


 けれど、上辺だけ合わされたのを見抜かれたのか、彼女の眉が吊り上がる。


「三田君はいないの、結婚を考えている彼女は? 考えていなくてもいいわよ」


 いないのは分かっているゆえに、意地悪な言葉だったが、


「いないですねー。作ろうと思いません。彼女出来たら、デート代とかで、オタ活に注ぎ込めるお金が減るじゃないですか」


 和希にとって「暖簾に腕押し」だった。


 舌打ちをされた。


「面白くないわねー」


「松田さんだって、会社辞めて専業主婦になったら、オタ活は終了じゃないですか。旦那の給料をやりくりしてへそくり作ってオタ活に注ぎ込むくらいなら、働いた自分のお金でやった方が気楽じゃないです?」


 それは和希にとって本当に何気ない一言に過ぎなかったが、


「あ……」


と言葉が漏れて、口が空いてしまうほど、伸子にとって見落としていたことだったようだ。


 構わず、和希は、同じ部署で最近育休から復帰した人のことが思い浮かんだがために、付け足す。


「それに、私たちの会社って、結構、育児サポートは充実しているじゃないですか。それを捨てて辞めちゃうのは、少しもったいなくないですか」


 ところが、


「なら、私たち、付き合ってみる?」


「……ほぇ?」


 唐突に投げつけられた爆弾に、和希は固まってしまった。


「『ほえ』ってなによ。『ほえ』って。うける~!」


 笑い転げる伸子に、カチンとくる。


「冗談はやめてください」


「ごめん、ごめん。怒らないで。だけど、冗談じゃないよ」


「だったら、なんですか」


「本気?」


 疑問形が付いた言葉に再びカチンとくる。ただ、それで彼の口が開く前に、伸子が言葉をかぶせる。


「まあまあ、聞いて。私の理想の男性像に三田君が届いていないのは、分かっているでしょ。だけど、妥協してボーダーラインを下げていけば、結構良い線言ってるのよ、君は」


 ――結構残酷なこと言われてるな。


「なので、白羽の矢を立ててみました」


 せめてもの贖罪のつもりなのか、ウインクを送られるが、和希には届かない。彼の心に怒りや苛立ちを通り越して呆れが広がった。


 ――ウザイ酔っぱらい。


 だから、軽くあしらう。


「はいはい。白羽の矢を立てるなら、別の人にしてください。会社の外まで範囲を広げたら、もっとイケメンの良い男がゴロゴロ転がっていますよ」


「いないんだよ~! そう思って、友達の結婚式に行くんだけど、『いいな』と思った男はどれも売約済みか地雷かどっちかなんだよ」


「はあ。そうなんですね」


「だから、どう? 自分で言うのもあれだけど、顔は結構いい線行っているよ。胸はそんなにおっきくないけどさ。尽くすよ、尽くしちゃうよ」


「はいはい。松田さんは綺麗ですよ。だから、男なんか選り取り見取りですよ」


「甘い! 甘いよ、三田君! 男は、君が言うほど、選り取り見取りなんかじゃない!」


 ――あーあ。ウザ絡みモードに入っちゃったよ。


 ヒートアップする伸子を見て、和希は心の中で大きな溜息を吐いた。こうなると、あとは、よいしょして、なだめすかして、好きなだけ言葉を吐き散らかせるしかない。アルコールに撃沈した後は、自動運転の送迎車を確保して、彼女が住むマンションまで引きずって行って、部屋の中の玄関で転がしてしまう。ここまでがワンセット。


 部屋の奥にあるはずのベッド(寝る場所)まで持っていかないのは、プライベートスペースを犯す躊躇いよりも、面倒くささの方が強かったりする。初めて行った時には少しドキドキしたが、3回目になると無い。


 そして、翌朝出社すると、お互いに何もなかったように、酒飲みの戯言として水に流すのが、いつもだった。


 今回もそうなると和希は思っていた。昼食時、会社の外でキッチンカーの弁当を買って食べている時に、彼女が彼の前に座ってくるまでは。


「で。昨日の返事聞かせてもらおうか」


「……あれ、冗談じゃなかったんですか」


「冗談であんなこと言わないわよ」


「なら、二日酔いが辛くて自棄になっている、とか」


「朝は辛かったけど、今は大分マシ。で、返事は?」


「……なんで私なんですか。他にもいるでしょう。イケメンだったり、会社の評価が高かったりする人は」


「いるね~、確かに。もう少し、三田君がイケメンか評価が高ければ、かなり狙われていて、私ももっと早くアタックしていたけど」


「……」


「一番は『一緒にいたい』と思ったから」


 伸子のストレートな言葉に、思わず照れを覚えて、和希は視線をそらした。


 このとき、


 ――ちょっと可愛いかも。


 と、これまでの塩対応とは全く違った反応に、伸子にそう思われていたらしい。後から聞いた話。と同時に、


 ――三田君はこの手の攻め方に弱いか~。


 とも。だから、攻められる。


「案外いないんだよ。女性同士でも、君が思っているほど、心をさらけ出しているわけじゃない。むしろ、顔は笑顔でも、心は逆にガチガチに武装していることもあるんだから。もちろん、異性相手も。だから、三田君と話している時は、君が思っているよりも、私は素をさらしているんだ」


「それは! 松田さんが私と異性として見ていないからでは」


 攻められて思わず和希の言葉が上ずってしまう。


「フフッ。昨夜みたいに酔いつぶれてしまった時、『お持ち帰り』されることも覚悟していたんだよ」


「……」


「そうしなかったところも高得点なんだけどね」


「……でも、松田さんとは釣り合わないと思います」


 なおも愚図る様子から、恋愛経験の少なさを見透かされていたらしい。少し前なら「ガキか!」と蔑んだかもしれない、とも言われた。


「なら、聞くけどさ。三田君が自分と釣り合う相手、って誰?」


「誰でしょう? ……好みとは違うんですが、山村さんか篠原さんでしょうか」


 思い浮かばなかったため、とりあえず、会社からの評価が低い同じ部署の女性で、和希が「彼氏がいない」と考えている人を挙げてみた。のだが、


「ああ、ダメダメ。彼女たちは止めた方が良いよ」


「……?」


 あっさり、否定されて、首を傾げてしまう。このとき、嘘を吹き込まれる可能性は考えていなかった。むしろ、続いた言葉に、


「山村さんは会社の外で男をとっかえひっかえしているし、篠原さんは男に寄生して用済みになったらポイっするタイプだから」


 ――やっぱり、女性を見る眼無いな。


 ズンと落ち込んでしまったから。


「まあまあ、落ち込みなさんな」


 フォローされても直らない。


「で、好みとは違うって言ったけど、好みのタイプは誰? 釣り合う釣り合わないは別にして」


 思わず、ツーと視線を逸らしてしまう。その動きに合わせて、伸子も身体を移動させる。根競べになってしまう。


 負けたのは、和希。自棄になって言葉を紡ぐ。


「松田さんです!」


「……へぇ~。そうなんだ」


 和希はこの時の彼女の表情を一生忘れない。虚を突かれたような表情になった後、頬に少し紅がさしたその顔に広がった表情を。


「なら、問題ないよね」


「……はい」


 その表情のまま紡がれた言葉にNOとは言えない。それでも、もう少し足掻く。


「一応、確認しておきたいのですが、この付き合いは結婚を前提としたものでいいのですか」


「もちろん」


 伸子の顔に少しいぶかしげなものが浮かぶが、首は縦に振られ、続きをうながされる。


「それと私は両親がおらず、親戚付き合いもないので、松田さんが希望しているような、ご祝儀が多く集まる大きな結婚式を開くのは難しい、と思います」


「いいの、いいの、それは。あれは愚痴だから、気にしないで」


 表情が柔らかくなって、手は横に振っていたが、このとき、心の中では喝采を挙げていたらしい。


 ――よっしゃ! 嫁姑問題が無い!!


 と。


「交際期間は半年でいいですか」


「その心は?」


「ズルズルと交際を引きずるよりは、期間を区切った方が良いのではないか、と考えたからです。松田さんのご両親から言われることが無くなるように、と、子供を望む若い女の人にとって時間はとても大切だ、とも聞きましたので」


「へ~。高得点だよ、それは」


 さらに伸子の表情が柔らかくなって、また続きをうながされる。


「借金があります。大学の奨学金で、返済には時間がかかります」


「それは私もだから、気にしないで。頑張って一緒に返していきましょう。他にお金関係はない?」


「クレジットカードのリボ払いや分割払いはありません」


「私も大丈夫。ちゃんと家計簿をつけているから、和希も見てみる?」


「私もつけていますから、お見せします」


「他に言いたいこと、確認したいことはない?」


「今、思い浮かぶのは、これくらいでしょうか」


 そして、半年後、和希はプロポーズすることになり、男の同僚たちからは嫉妬とやっかみが混在した祝福を受けて結婚式を挙げ、子供もできた。


 それからもう1つ。別の出会いがあった。


「メロウリフレクションズの荏田和樹と言います。今日は弊社に所属している美船悠希と天堂咲良に関するプレゼンでお時間をいただき、ありがとうございます」


「あ、え、えと……三田です。これからよろしくお願いします」


 会社の小さな会議室で、言葉につっかえながらも、和希はなんとか目の前にいる人物と名刺交換を行った。


「こちらこそよろしくお願いします。……あ、同じ名前なんですね。名字も一文字違いです」


「……そうですね。ですが、顔も体つきは全然違いますがね」


「それはそうですよ。ハッハッハ」



 



 ゲーム「ココロスター」にまつわる物語はここまでとなります。

 外伝も含め最後までお読みいただき本当にありがとうございます。

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