第15話 B面-3
通信端末に目を落としていた男、ただし、その顔はCG加工されて猫らしきとっても不細工なキャラクターのものにされている、がこちらを向いて話しかけてくる。
「もし、よろしければ、取材を延長しませんか。ただし、これを見たら、後戻りは出来なくなりますが」
その表情には不敵な笑みを浮かべて。
「見せられたのは世界の歌姫キャスリン・リー・キャンベルからのコラボの依頼。この瞬間、我々取材班は奇跡の瞬間が現実となる道のりを間近で目撃することが決まったのである」
とナレーションの声が響くと、暗転した画面には「特報」の文字が表示された。映画の予告編である。
「ココロスター」のゲームを楽しむ人々が映される。
ゲーム以外のこと、アニメを見る、グッズを買うといったことを楽しむ人々。
企画の相談をしている人たち、ゲームの制作をしている人たち。
ゲームボイスの収録をしている美羽の姿。
楽曲のレコーディングをしている江莉の姿。
ダンスの練習をしている悠希と咲良の姿。
ライブイベントを準備している人々。顔を不細工なキャラにCG加工された男がチラッと映りこむ。
壁に張られているポスターには「ココロスター7thライブツアーファイナル」と書かれている。
ライブイベントの会場に集まる人々、会場の中で開演を今か今かと待っている人々が映される。
手に持っているパンフレットに記されている「Day1」の文字が画面に抜かれる。
バックステージで円陣を組む美羽たちの姿が映される。
そして、開演。ステージ上でパフォーマンスを繰り広げる美羽たちの姿、ライブに熱狂する人たち。
歌いながら会場の中を歩く美羽たちが立ち止まり、次々と1人の女性とハイタッチしたり、握手したり、ハグしたりする。その女性、キャスリン・リー・キャンベルの喜びで感極まった様子が映される。
宴が終わった会場が映され、笑顔で会場を後にする人々が映される。
静まり返ったバックヤードの一角で、顔を不細工なキャラにCG加工された男が電話をかけている。
「ミス・キャンベル、今日のライブはいかがだったでしょうか。……ええ、ハイ。では、明日のサプライズ出演、よろしくお願いします」
画面が暗転して、映画のタイトルと公開予定日が表示されて、予告編が終了する。
すると、闇に包まれていた空間に明かりが戻る。予告編が映し出されていたスクリーンの前にはステージが設置されていて、4人の女性と猫らしきとっても不細工なキャラクターがいた。さらに、ステージの前には数多くのアバターが集まっている。
ここはVR配信のバーチャル空間。今は「ココロスター」の最新情報を伝える生配信が行われていた。視聴者は日本国内に限らない。海外から見ている人もかなりいる。そうした日本語を不得意とする人には同時通訳の字幕が表示されている。これは「ココロスター」が初めから世界展開も見据えていたからリリースした時からのサービス。
不細工なキャラクターの口が動く。
「はい、いかがだったでしょうか。ご覧いただいたのは、来週、世界同時上映が予定されています映画『ココロスター ザ・ライブ~奇跡の瞬間』の予告編でございます」
声の主はカズキ。こうした生配信に出る時はこのキャラクターのアバターを使っている。キャラクターをデザインしたのは、ステージ上で生身の姿を映している悠希と咲良。残る2人は美羽と江莉なのだが、笑顔をたたえる美羽と違って、握りこぶしを握って剣呑な空気を醸し出し始めた江莉に、リアルでも彼女の横にいる悠希と咲良の2人は「どうしようか」と慌て始めていた。
「別の予告編はすでに公開されておりましたが、今見ていただいた予告編は今この瞬間に公開されたばかりの最新のものです」
カズキのアバターが一瞬悠希たちの方向に視線が送られた。それで、江莉の様子を把握しているのに、すっとぼけた口調でさらに言葉をつづける。
「なんか、怪しい人が悪だくみしている、そんな印象が強い映像になっておりましたが、一体、誰なんでしょうねえ」
彼女たちの後ろにあるスクリーンには、この配信を見ている視聴者たちによるコメントが流れていく。その中には「誰なんでしょうね」などとカズキと同じようにとぼけたコメントも。
この配信に参加している全員が「怪しい人」が誰なのかは分かっている。そして、「悪だくみ」による被害者がいることも。
だから、その被害者にも矛先が向けられる。つまり、「Day2」にサプライズでステージ上に現れたキャスリンに大興奮した江莉をからかうコメントも流れる。その様子は生温かい目で見られる程度のものだったのだが、わざわざ、ライブ終了後に行われた配信番組で、「消してくれー!」と彼女が羞恥で悶えてしまったから、ファンたちはからかってしまう。
「やっぱり、お前が元凶か!」
煽られて爆発した江莉がカズキのアバターに駆け寄り、殴りつける。
でも、彼女の拳は何も触れられず、空振り。
リアルでも、悠希たち4人は東京にあるシンクスフィア本社の会議室でヘッドマウントディスプレイを装着してこのVR配信に参加しているのだが、カズキだけは他の仕事の都合で福岡から参加している。だから、アバターの当たり判定を解除していると、このように触ることができない。
「あ~、いけません、お客様。おさわりは禁止でございます」
「くそ、くそ、くそぉー!」
「「江莉さん、落ち着いてください!」」
カズキがさらに煽るものだから、江莉はさらにヒートアップしてしまい、悠希と咲良は慌てて止めに入る。
もっとも、カズキも江莉も視聴者へのサービス精神を発揮しているから、普段よりオーバーに感情表現している。のはず。
あの時、「ココロスター7thライブツアー」の最終公演が、世界的大スター「キャスリン・リー・キャンベル」と「ココロスター」とのコラボの最後の締めくくりだった。ワールドツアー中だった彼女は「Day1」があった日の午前中に日本にやってきて、そのままライブ会場にやってきた。そして、翌日には日本を発つ。だから、普段は行わないライブ会場の中を歩く演出が組み込まれ、その先にはキャスリンがいるから、その瞬間が楽曲提供の感謝を多忙な彼女に伝えられる唯一の機会。そのように悠希たちは聞かされていた。
ところが、実際は、彼女は「Day2」もしっかりと堪能したうえに、
「さて、ここでサプライズなスペシャルゲストに登場していただきましょう!」
「ハーイ! みなさん、こんにちは。|Cathryn Lee Campbellよ。こんなサービス、滅多にしないんだから、みんな楽しもうね! 私も楽しんじゃうぞー!」
ラストの曲を歌う前にMCが始まろうとした瞬間、ステージの上に姿を現した。流暢な日本語とともに。
ステージにいた悠希たち12人の声優たちは誰も聞かされていなかったから、大混乱。会場も大熱狂。
特に、キャサリンが熱烈な推しであることを公言していた江莉は驚きで腰が抜けた。さらに、キャスリンが心配して近づいてくるからパニック寸前。
ここからアンコール曲となっていた「リ・スタート」まで、キャスリンを含む13人によるステージになった。
「キャスリンは、シンガーソングライターとしての誇りが高いから、他のミュージシャンとかと一緒にステージで歌うなんてこと滅多にしないんだ!」
とは、ライブが終了してからようやく回復した江莉が口にした言葉。だけど、ステージにいる間は、心配してからか、推しであることを知っていたからかは分からなかったが、キャスリンに頻繁に絡まれていたから、意識が飛んでいたように見えた。
だから、彼女は爆発した。
「なんで、彼女の登場を教えてくれなかったんだ! 教えてくれていたら、心の準備をして、あんな醜態をさらさなかったのに!」
「「江莉さん、落ち着いて!」」
暴れる江莉を悠希と咲良は必死で抑える。けれど、2人だけでは抑えきれない。逆に振り回される。
しばらくして、美羽が声を掛けてきた。
「江莉、そろそろ落ち着いたら」
――もうちょっと早く、止めに入ってほしい。
「あんまり暴れると、カズキチの思うつぼよ」
ようやく、江莉の暴走が治まる、悠希と咲良はホッとしながら、江莉をカズキのアバターから引き離した。
そんな3人を尻目に悠然と座ったままだった美羽が動く。
「だから、こういう時はこうするの」
注目が集まる中、カズキに近づいていき、ゆっくりと左手を伸ばす。
思わず、息を呑む。スクリーンに流れるコメントも途絶える。
と、美羽の左手がカズキのアバターを掴んだ。
「へ? なんで掴まれるの? スタッフ! 当たり判定を復活させたな!」
その言葉には「裏切ったな!」の想いも込められていたが、誰も耳を貸さず……。
瞬間、美羽の右拳が一閃を描き、カズキのアバターをお星さまにした。スタッフの遊び心で、「カキーン」というSEも絶妙なタイミングで合わせられて。
「あー、すっきりした」
晴れ晴れとした表情になった美羽には拍手が送られる。江莉は美羽の行動に呆気にとられながら、悠希と咲良もいくらか溜まっていた憤懣が発散されたのを感じて、手を叩く。
「ほら、さっさと復活しなさい。次の進行もあなたでしょ」
「もー、ひどいですよ」
頃合いを見計らった美羽の言葉に合わせて、カズキのアバターがリスポーン。
「別に、本当に殴られたんじゃないから、痛くもなんともないでしょう」
「いやいや。顔面をガチで殴ったでしょ、あなた。目の前に拳が迫ってくるの、ガチで怖かったですよ」
「でも、殴った感触、結構いいわね。今度、商品化したらどう?」
と言うのは、悠希たちがヘッドマウントディスプレイの他にも触覚センサーを内蔵した手袋もつけているから。これで、リアルの場には無い新しいグッズの紹介をしていた。
「うわっ、スルーしたよ、この人。……あー、ハイ、商品化は検討しておきます。その手袋を使った、新しい企画も考えているので、楽しみにしておいてください」
他にも味覚や嗅覚を再現できるツールを試したりもしている。
「だって、その方が面白いでしょ。VRモードも感覚がある方がより没入感が深まるからもっと楽しめる。シネマモードだったら、映画館にいるみたいにポップコーンを食べれたら楽しいし。しかも、摂取カロリーはゼロ。本当は食べてないから」
なんて、カズキに言われたら返す言葉が見つからない。美羽と江莉は完全に呆れていた。そこまでやるのか、と。
スタッフから次に進むように指示が出たから、カズキが映画の公開日などの告知を進めていって、
「それで、実は映画の公開日は、すでにご存じの方も多くいらっしゃると思いますが、「ココロスター9thライブツアー」のスタートを飾る福岡公演の日でもあります」
スクリーンに流れるコメントの量が多くなる。多くは公演を楽しみにするもの。
けれど、悠希と咲良の身体には緊張が走る。何回やっても、公演前の緊張は慣れない。初めてステージに立った時のようなひどいものは無くなったが、それでも緊張する。しかし、
「どうですか、皆さん。準備の方は」
「しっかり準備できているわ」
美羽の自信に満ちた声が響く。少し前、不安か迷いのようなものを彼女から感じる時があったけれども、今ではそんなものは欠片も感じられない。力のこもった眼と少しだけ上がった口角が彼女の自信を示す。江莉も同様。だから、
――この人たちについていこう。
悠希と咲良は彼女たちへの憧れとともに思う。同時に、弱くなった時に美羽から頼られなかった残念さから、
――次は頼られるように成長してみせる。
そんな決意も一緒に。
「カズキチの方はどうなの?」
「もちろん。ライブに見に来られるお客様、配信でご覧になられるお客様、全ての方に満足していただけるよう万全を尽くします」
江莉の言葉とともに、2人から送られた強い視線に怯むことなく、胸を張って堂々と答えるカズキには心がときめく。
最近は、|専用ヘッドマウントディスプレイ《KS-1》を使って、遠く離れていても、一緒にいる時間を過ごせる機会が多くなった。話すことは「ココロスター」のことや他愛のないことばかりだけど、それでも少し心の距離が近くなった。このことは横において。
美羽とカズキの言葉を受けて、スクリーンにはライブに期待するコメントがさらに多く流れる。
これらが悠希と咲良の緊張を良い意味の気持ちの引き締めと高揚感に変えていく。
再び、スタッフから次に進むように指示が出た。続けて、カズキが口を開く。
「では、次のお知らせです」
スクリーンが切り替わる。そこに新しく表示されたのは「ココロスター10周年記念ライブ テーマ発表」。
「ココロスター10周年記念ライブのテーマの発表をさせていただきます。6thライブから毎回、ライブのテーマを発表させていただいておりまして、発表の時期は前の周年ライブの最後が恒例でしたが、10周年は特別です。9thライブはまだ始まってもいませんが、今日ここで発表させていただきます」
スクリーンに流れるコメントが驚きから期待に変わる。
「テーマはこれです」
スクリーンが切り替わる。発表された文字は「ゲームと現実の境界を越えて」。
コメントが「?」一色になるが、カズキは想定内と言わんばかりに、
「テーマは『ゲームと現実の境界を越えて』になります。これだけだと全く想像がつかず『これなんだ?』とクレームがつきそうですが」
そう言うと、お約束として美羽と江莉から「なんだこれ?」「なんなんだ?」とツッコミが入る。けれど、美羽たちも悠希と咲良も本気で中身を知らされていない。これまでの傾向から、次年度のライブのテーマとラフデザインは伝えられてくるタイミングではあるのだが、伝えられていない。テーマも今初めて知った。でも、
『ゲームと現実の境界を薄くする』
かつて彼から聞いた言葉が思い出される。
――いよいよ始まるんだ。
配信の観客たちの中には美羽たちにもまったく知らされていないのを察した人もいたのか、コメントの内容に少し不穏なものが混じってくる。
カズキは気にしない。
「ライブが開演するまでの秘密です」
美羽と江莉からブーイングが飛ぶ。悠希と咲良もブーイングを飛ばす。もちろん、合わせるようにスクリーンのコメントもブーイングで染まる。
それでも、カズキは気にしない。
「が、少しだけチラ見せしようと思います。ので、こちらです」
言葉に合わせて、スクリーンが切り替わる。「特別ライブ開催決定!」。
コメントが今度は驚きを示す「!」に染まる。
「はい。特別ライブの開催が決定しました。題して「ココロスター10周年記念直前シークレット特別ライブ」です」
またスクリーンが切り替わり、タイトルとともに、日付と場所、チケットの販売開始日などが表示され、カズキがそれを読み上げる。出演者は未定とされていたが、美羽たち4人に出演の打診が来ている。
コメントは歓迎と歓喜の声一色に染まる。けれど、悠希と咲良の心は青天のように晴れていない。
「ただし、今回は観客の皆様にお断りがございます」
その理由にカズキが最後に触れる。
「この特別ライブは10周年記念ライブのために導入する新技術の実証実験を行うために開催するのが主な目的になります。なので、万万が一、そのようなことは出来る限り起こらないように万全の対策を行いますが、不測の事態は考慮に入れなければなりません。つまり、実験に深刻な問題が発生した場合、ライブの進行が途中で止まる可能性、さらにはライブそのものが中止になる可能性もあることを、皆様にはご承知おきいただきますようにお願い申し上げます」
カズキが深々と頭を下げた。
悠希と咲良も何をするのか全く知らされていない。
コメントが困惑に変わる。でも、それは一時だけ。すぐに特別ライブを歓迎する肯定的なコメントに染まる。
: 大歓迎!
: 中止になろうが問題なし
: 新技術ってなに?
: 我ら同志を甘く見るな!
: 新しい立体映像?
: そのような試練軽く越えてみせる
: ライブのお代わり! ワッショイワッショイ
これはカズキたちライブイベントにたずさわるスタッフたちが積み上げてきた信頼の証。
何かとんでもないことを企んでいることだけは分かる。
ワクワクとドキドキ。そこに少しだけ怖さが混ざる。