第11話 B面-2
「「おいしい~~!」」
悠希と咲良の2人は頬を緩ませる。手元にはふんだんに桃が使われたフルーツパフェ。
目の前には同じようにフルーツパフェを食べているカズキの姿が、彼女たちのテンションを底上げする。
場所は行列が出来る有名カフェとかではない。「ココロスター」の製作・運営をしている会社「シンクスフィア」の社員食堂である。
お洒落なカフェに行くデートがしたい、そんな欲求がないと言ったら嘘になるが、「シンクスフィア」の最近リニューアルした社員食堂も下手なレストラン顔負けのお洒落な内装で、多国籍の美味しい料理を色々食べられるのだから不満は無い。しかも、彼女たちも「シンクスフィア」社員ではないもののゲストとして社員と同じ格安価格で普通に利用できる。悠希と咲良だけでなく、「ココロスター」の声優陣全員が利用できるから、かなり普段使いしている。実際、食堂の反対側では美羽が友人と向かい合って食事をしている。ちなみに、利用できるように手配したのはカズキ。
「最近、何か問題とか、不満なこととかはない?」
「「ないです!」」
悠希と咲良はカズキからの問いかけに笑顔で否定する。
5thライブ以降、三人の関係は、傍目から見ると、進展はゼロ。精々、カズキの言葉遣いがフランクになった程度。
それでも、悠希と咲良に不満は無かった。理由は多忙。
普通なら多忙ですれ違いが生まれて別れる原因になるものだが、悠希と咲良に不満は無い。まだまだすれ違いが生まれるほど仲が深まっていない、とも言えるし、この程度で縁を切らせるつもりはない、そんな強い気持ちもあった。だから、不満は無い。
もっとも、今回のシチュエーションには少し不満がある。
「カズキさんは相変わらず、忙しそうですね」
「まあね。これも仕事だよ」
悠希の視線が送られた先を正確に理解して、カズキが肩をすくめながら答えた。視線の先には少し離れた所でカメラとマイクを構えた取材班の姿。とあるドキュメンタリー番組の密着取材中だった。これもランチミーティングという形をとった撮影。もっとも、この形で会うことはしばしばだったから、悠希と咲良には違和感はない。
「本当、なんで僕が密着対象なんだろう。中西さんだっていいじゃないか」
普段なら弱みを見せてくるカズキに、愛おしさを感じて、悠希と咲良2人は思わず顔が崩れるのだが、今回は仕込みだから、崩さない。事前の打ち合わせ通り。でも、どのように返すかは任せられている。だから、あらかじめ想像しておいた中西が密着取材を受けたifから思い浮かんだことを、悠希が伝える。
「逆に、中西さんが密着取材を受けられると思います?」
密着のストレスに耐え切れなくて爆発するか、公表できるオンレコと公表できないオフレコの区別が出来なくて番組編集がしっちゃかめっちゃかになる、そんな光景が浮かんだ。
「……無理だろうねえ」
苦笑いを浮かべて答えるカズキを見れば、彼の脳裏に同じ光景が浮かんでいることを簡単に察することが出来る。
けれど、ここからつながる先に2人は少し不満を持っている。だから、咲良の分も込めて悠希が指摘する。
「でも、今の状況はカズキさんが自分から持ち込んだことですよね」
「まあね」
カズキの顔が悪戯がバレた子供のようになった。その顔も愛おしい。でも、仕事を増やしたのは彼自身。
――少しは仕事をセーブしたらいいのに。
と2人はいつも思う。言葉にして口からは出せないが。
元々、取材は6thライブの舞台裏を収めるものだった。それを7thライブまでの長期取材に引きずり込んだのは、カズキであることを2人は知っている。取材は彼女たちにも行われたから。
6thライブの舞台裏を収めたのは、7thライブの直前に1時間ほどの番組として公開される予定。そして、さらに7thライブまでを記録したのは2時間超のドキュメンタリー映画になる。それはなぜか。
「Cプランは順調?」
答えが「Cプラン」。「ココロスター」の本来のロードマップに無かった追加コンテンツ制作案件である。急遽決まったために、通常の制作チームとは別に特別チームが作られることになり。そこにカズキも加わった。リリース初期の制作ラインの混乱を収めた力を買われた形だ。
「カズキチ、色々やらかしているらしいよ」
とは、先日、美羽から悠希と咲良の耳に囁かれた言葉。
「全力を尽くしているだけですよ」
真顔でカズキは言うのだが、中西によって鍛えられかつてよりパワーアップした彼の行動に「ココロスター」のトップは頭を抱えている、とも聞いた。悪い意味ではない。けれど、当初の計画より斜め上にブランシュアップされて出される成果に、
「『どうしてこうなった』がもはや合言葉になっている、そうよ」
美羽がケラケラ笑いながら言っていた。
取材の長期化もこのCプランに取材班をカズキが引きずり込んだから。他にも、色々。
「手こずっています」
カズキの順調かの問いかけには咲良が答える。
「Cプラン」とは世界の歌姫、キャスリン・リー・キャンベルとゲーム「ココロスター」のコラボ企画。初めてこの企画の話を聞いた時は、悠希も咲良もみんな「マジ?」となった。特に、キャスリンの大ファンである江莉は驚きと嬉しさで「死んでいた」。
しかも、スターの名前だけをちょっとだけ借りた短期企画ではない。キャスリンがゲームの中に登場することこそないが、彼女から提供された楽曲をモティーフにした追加コンテンツを中心にした半年間にわたる長期企画。しかも、楽曲の数が「ココロスター」のキャラクター12人それぞれのソロ曲にユニット曲、全体曲と合わせて18曲と大ボリューム。
「そうなの? 担当の人からは順調と聞いているけど」
キャスリンから提供された曲の楽譜とデモテープを受け取って聞いた時、悠希と咲良2人とも、心が奥底から感動で震えた。仕事でやらされた感は欠片も無い。しかも、歌詞はほとんど日本語。キャスリンの「ココロスター」への愛が痛いほど伝わってきた。
「ある程度はいけるんです。でも、そこから上、あの人が求めているラインにたどり着くにはまだまだです」
同時にプレッシャーもある。デモテープに歌を吹き込んでいたのはキャスリン自身。
――あなたたちはここまでは来れるよね。もっと上を目指せるよね。
そう言われているようにも聞こえた。
ならばと、こちら側も総力を結集した。美羽たち12人演者全員と「ココロスター」の楽曲担当のスタッフが加わったミーティングを何度も繰り返した。仮歌を録っては全員で聞いて、意見を出し合って、また仮歌を録る。普段はしない贅沢なことをしている。このミーティングを引っ張るのが、キャスリンへの推しを公言している江莉。
「あまりにキャスリンとレベルが違うものになったら、彼女の『ココロスター』への愛を裏切ることになる。でも、『ココロスター』への愛なら自分たちも負けていない! 絶対に負けない! 私たちの実力を世界に示してみせるぞ!!」
初回のミーティングで彼女が全員の前で宣言した言葉は、悠希と咲良の心に深く刻まれている。
しかも、キャスリンが歌った英語詞バージョンも別にリリースされる予定、とも聞かされた。世界の歌姫と比較されることにビビったりはしない。むしろ、逆。
「みんな、分かっているわね。返り討ちにしてやるわよ!」
美羽の力強い言葉が、悠希と咲良の耳に焼き付いている。
同時進行で、ライブで披露するためのダンスの練習に励み、追加コンテンツで使われる声の収録も行っている。
けれど、時折、2人は不安を感じることがある。「ココロスター」の人気が順調すぎるから。いつかどこかで落とし穴にはまるのではないか、と。もしかしたら、夢を見ているのではないか、と。
プレイヤー数はゲームコンテンツとしては異例の右肩上がりを依然として続けている。
今度は世界の歌姫とのコラボ。誰も想像していなかった。しかも、持ち掛けたのは「ココロスター」からではなく、キャスリン・リー・キャンベル本人から。
「彼女からの正式なオファーレターが届く前に、複数のルートで打診が無ければ、『性質の悪い悪戯』とスルーされていたそうよ」
「まあ、分からないでもないけどね。誰が想像できる? キャスリンからコラボの依頼が来るなんて。同姓同名の一般人からファンレターを兼ねたダメもとで送られたオファー、なんてことの方がよっぽど現実的よね」
「なにせ、あっちは全世界にファンがいる。フォロワー数だって4億人以上。『ココロスター』も人気があると言ったって、彼女と比べるとレベルが全然違う」
こんなことを半ば呆れるように美羽が口にしていたのを聞いていた。美羽も心のどこかで不安を感じているように、悠希と咲良には見えた。
でも、その不安すら全部ひっくるめて、2人は燃えている心にくべる燃料にしてしまう。
「あの人からの挑戦状、って私たちは受け取っています」
「折角いただけたんです。行けるところまで行くつもりです」
2人のマネージャーからは「そこまでやらなくても。相手は世界のスーパースターなのに」と否定的に受け止められているが、
「……そっか。頑張って」
「「はい!」」
カズキからは笑顔で背中を押してくれるのが嬉しい。
――だから、頑張る。
「ココロスター」に全てを捧げている彼に見てもらうために。
「多分、これから『ココロスター』の中心はカズキチになるわよ」
美羽が口にしていたことをまた思い出す。
「これまでも彼が中心になっていたライブがゲームに影響を与えていたけれど」
ライブの演出がそっくりそのままゲームに反映されたことなんか何度もある。
「今回Cプランに関わったから、本格的に引っ掻き回すわよ。7thの後の大規模イベントにも制作チームを引きずり込んだでしょ」
Cプランの完成後、カズキはライブだけではない「ココロスター」のリアルイベント全体をマネジメントするポジションに出世することは、2人も聞いていた。現任者からの引継ぎを早めに始めたら、7thライブの後に予定している大規模イベントを大幅に改変してしまい、本来ならこれまでの「ココロスター」の軌跡を振り返る内容だったのが、全く異なる内容になったことも。そのために、制作チームの力を借りたことも。借りた、と言うよりも、向こうから喜んで力を貸すように仕向けた、ことも。
「あの子は『リアルイベントとゲームの相乗効果』なんて言っていたけど、彼が引き起こした騒動の尻拭いをさせられる上は大変ね。もっとも、彼女たちもカズキチのことを煽っているから自業自得なんだけど」
ニヤニヤ笑っていた美羽の言葉だ。
「カズキさんは『ココロゲーム』をこれからどうされたいんですか?」
「どうしたいか、って? ゲーム本体のことは担当から外れているけれど、これからについては目標がある」
悠希の言葉に、カズキが力強い言葉を返してきた。表情も、普段の柔らかい温かいものではなく、ギラついている。
悠希と咲良の心がドキッとなる。
「「……なんですか?」」
「ゲームと現実の境界を薄くする」
「「……?」」
「詳しいことはまだ秘密」
口元に右手の人差し指を持ってくるカズキを見て、「カズキが中心になる」と言っていた美羽の言葉が現実になることを確信した。