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承前 知ったかぶりのリドルストーリー 7
「……あぁ、そういうこと」
「……何だ」
「悪いね、俺の人格の裡にも知り合い内にも告解僧はいない。余所当たって」
「何だよ」
「だからさ、俺は神鳴落ちられた奴を、運が悪かったと同情できても、天罰やーいと野次れない。恋に落っこちた奴も右に同じ。ラブラブ大作に影響され捲りで、高々民法破りで自戒してる奴に優しくなれない。巡り会っちゃったら如何仕様も無いといきたんだよ。恥知らずと謗られようがライバルその他何だって蹴散らし突走れってのをさ、まぁ、スクリーンに観て歓声は上げるし、この現実空間でも、そういう奴いたら応援したいなぁ、ぐらいには思う訳。そういう奴の道徳律は、ちょっとね、良いとこ取りに引掛かっちゃう」
「何が言いたい」
「んー? お似合いの欲張りカップルってとこ? 女は男も欲しい金も欲しい。男は女も欲しいお話も欲しい」
「勝手に話を作っているのはお前だ」
「何で俺がお前の好きな絵を描かなきゃなんないよ。俺は言い訳がましい方が未だ好み。仕様が無い、惚れちゃったんだから。これで良いじゃない?」
「言い訳はしない」
「その潔く格好好い奴が何こそこそしてんの? お前の大事な性分は、爺ぃに勝利宣言咬ましにいきたがってない?」
「だから――」
「其処がお話だろ? お前の信条壊さない綺麗な話。まぁ、俺の妄想話が当たってるのを願ったら? そしたら、ちょっとした運命の擦れ違い、遭ったときが悪かったって言い訳はしなくて済む」
「解釈不能」
「下ネタいきたくなること言わないよーに。唯でさえこの妄想、俺の好みじゃないってのにさ。背徳感は断然あった方が良い。乗り越えられる障害なら盛り上がり燃料として」
「お前の好みなんか訊いていない」
「そっちの好み通りに、人妻と不倫してんじゃないかもよ、と」
「……何?」
「喜んだら? 女はさぁ、直ぐに結婚できないんだから、葬式後六ヶ月迄華燭の宴を待たずに済む」
「待て。何の冗談だ」
「妄想の可能性は否定しない。けど、冗談じゃないよ」
「……結婚していない?」
「や、そう迄すると面倒だから、単に離婚してんじゃないかって。まぁ、時期は解らない。未だってこともある。でも、死ぬ前にはそうなってるんじゃないかも」
「どっちだよ」
「だから時期は自信無い」
「何だよ、妄想かよ、驚かすな」
「そう言ってんじゃない。一番ありがちな妄想。俺の所持金賭けるなら、此処」
「零だったよな」
「意図的な貯金はね。でも、口座残高は零以外の日にちの方が多い。一番多いとき狙って張り込んでも良いよ?」
「……冗談じゃないのか?」
「そう言ってない?」
「……待て。離婚なんて簡単にできるかよ」
「ラスベガス行く迄も無い。ギャンブルでなく。実に立派な離婚事由があるだろ? 爺ぃの方が慰謝料くれってごねなきゃ、簡単簡単。これなら、お前の大好きな証拠も簡単に取れる。まぁ、時期に自信が無いのはほんとだから、未だかもしれないけど、それならそれで、予防策取れる。離婚届不受理申出書、如何せ出してないだろ?」
「何の冗談だ」
「そっか、最後のは彼女のお好みか。序でお二人さんの好みじゃない注意事項も入れとく? 彼女が自分でちゃんとやること。色香に参った男にやらせるんじゃなくてね。お前じゃないよ? 俺とかね、彼女の頭ん中でそう思われてる連中。イコール、色々揺れてんの眺めながら小遣い稼ぎ考えるって両得狙う連中ね。色のあるとこから色貰って、金のあるとこから金貰う」
「戯けるな」
「そうと揶われたイエスが一言。神のものは神に。金貨はカエサルに」
「言うか」
「だから諺苦手なんだから、大目に観てよ」
「諺ですら無ぇんだよっ。何なんだよ、一体。俺を怒らせたいなら、直接言え」
「他人の不幸を愉しめる質ってのは言ったっけ? だから顛末話をメールで送ってくれる程度の喧嘩別れに留めたいぐらいの友情はあるよ?」
「そういうのを情と呼ぶ奴には心が無い」
「他人の心を勝手に無いと決め付ける奴に言われても」
「お前がやっているんだろうが」
「そ? じゃ、深く深く慮かって自分に都合好い心情を当て嵌める」
「語義矛盾を感じないか?」
「俺の印象だから? 非難もしてないよ? 世界は二人の為に回ってる。端役のコキュの心象風景なんか撮ってちゃ観客だって飽きる。程好く主役カップルの燃え上がらせ要素果たす為だけにあっさり簡潔非人格に。羨ましいよ。愛溢れて漲る無敵感? 怖がりとしちゃあね、爺ぃを怒らす真似はとてもとても」
「非難を受けないとも言っていない。恨み辛みだって受けて立つ。唯――」
「妻に裏切られて失望して、間男に嫉妬に忿りを向けて、面目潰された恥辱の直中死んでいくんじゃ可哀想? そう、ヒーロー役には寛大な慈悲の心も必要だ。まぁ、味付けとして? 敗者を哀れんで見送る主役を引き立てるときこそ端役の最大の見せ場かな」
「皮肉抜きと言った筈だ」
「比喩も抜けてない? 想像だけがたっぷりと。流石に創造抜きじゃ物語は作れない」
「いっそ妄想と呼んだら如何なんだ」
「現実よりかは近いんじゃ?」
「それで誰のだと」
「多くの人の心に叶うから大衆受けという」
「それなら、お前の好みは如何なんだ」
「爺ぃでなく?」
「自分だって解らないと何度主張した」
「お互い良い聴衆に当たったね? まぁ、後顧の憂い無く、恨み骨髄野郎がいたとしたら、殺してすっきりしてから旅立ちたい、かな?」
「……本心と言うなよ」
「本命じゃない。無視できないぐらいに気に喰わない奴なんていないこしたことはないし、これだと死亡告知有りの若死に前提だろ? 金無し伝無し身寄無し年寄りで死に方選ぶって相当難しくなくない? それに、何度も言うけど、夢があんのよ。世界中の男殲滅してからじゃなきゃ、おちおち死に切れないってな、最高の女との巡り会い」
「……それじゃ女が悲惨だろうが」
「あぁ、あれね、俺のことをいつ迄も嘆き続けず、亦誰かを愛して幸せに?」
「先に言っておく。忘れてと迄は言えないぞ」
「非難してないって。他人を愛したことがあるからこそ、その素晴らしさを知っているからこそ、亦誰かを愛することができる、とかとか、そうした価値観持ってくれる未亡人、俺が見逃せると思う?」
「思えんと断言できるパラレルワールドに行きたい思いはあるんだがな」
「エヴェレット解釈って夢あって好きだけど、お前と俺が談笑してる異世界って平行と呼ぶには遠過ぎない? まぁ、でも、世界と同じく人は人々様々違っていることにも価値がある。最低でも此処にひとり、己の心の平安より、女の幸福より、ライバル男の不幸を最大の死出の餞と採る人間がいる」
「待て。お前、らしいものはあると言ったぞ」
「お前の喰い付き処って解んないなー」
「最低嘘はらしく吐け」
「区別し易い方が良くなくない?」
「逸らすな」
「希望持ってる奴はあれを夫婦愛とは呼びたくない。おや、合う意見もあったね?」
「それで?」
「たぶん、これも俺と爺ぃの共通見解じゃないかな? 爺ぃに惚れて結婚したんじゃない」
「今更」
「やっと? じゃ、お初の意見を是非。爺ぃの方は?」
「つまり?」
「何で今更結婚したんでしょう」
「そんなの当然……」
「日本の常識は世界の非常識。爺ぃ世界の多数意見はもう言ったけど?」
「お前の見解は?」
「お前の方に近いよ。まぁ、悪意が一片も無いとは断言できないけど、彼女が好いってとこはあるだろな、と。無いものねだりで俺の初恋が大人なお姐様だったように、御老人は少女に走る」
「お前、妄想でも既にそれは犯罪だ」
「ヤバいんだよねぇ、俺、おじさん呼ばわり喜んじゃうから」
「解った。ナースは見遁してやる。だから、お前が看護学校に走ったときには本気で通報するということを心に刻んでおけ」
「歩いてったことはあるよ?」
「比喩なんだよ」
「だ、ねぇ。実際小動物に近付くには性急な動作は厳禁で」
「その発想が危険物だ」
「警告で留めてくれるんだ?」
「本心はレッドカードを出せと命じているんだがな」
「それじゃこっちの本心も退場しちゃう」
「だ。で?」
「これ言っちゃうとイエローカードでも連発しそうでさ」
「安心しろ。こっちは審判に隠れて蹴ってやる」
「足自慢の前には正々堂々スポーツマンシップも負けるんだ?」
「二枚は許容範囲だ」
「うん、そっち。三本目」
「退場」
「玉が本命」
「外出ろ」
「無いものに魅かれるという」
「死んでこい」
「死期に近付いた人間が何を魅力とするか」
「若さって言いたいのか」
「近い。ぴっちぴちの生命力」
「喜ばせてやろう。それはおやじギャクだ」
「おじさんってのが好いんだよ。おやじは不可。まあでも返礼はしよう。ちょっと感心できちゃう生命力はあったって教えて貰わなくても良いもの教えてくれたことだし、率直に。尻軽が好かったんじゃない?」
「……比喩を止める宣言を俺はしたぞ」
「死んでこいは比喩だって俺も言った。痛いのも嫌いって」
「お前の好き嫌いなんか訊いてねぇともな」
「爺ぃの好みは訊いといて? 織込み済みだっただろうなって言ってんの。あのさぁ、彼女が好い女だってのは、当然と言ったって良いよ。少なくとも俺も同意できる。けど、彼女に惚れるのが当然だって、それ、俺が同意したら拙くない? なくないってのは俺が聴かない。お前が良くても、それじゃ俺が可哀想でしょーが。同類項で括りたくないけど、恋に落っこちてない可哀想な爺ぃにも、選択権てのはあんの」
「らしいものはあるんだろう?」
「だから幻滅させないよーに。己の教条破らせる、抗い難いきこの心情っていかなきゃ擬きだろ? 良い取引相手に懐くぐらいのものと評したい」
「商取引はお前の専門じゃないが?」
「でも安く見積もってもないけど? 話に聞くって程度だけどさ、聞くだろ? 末永く、は結婚式場の独壇場じゃないし、死闘迄する敵だって、恋敵に限らない。で、商売の基本は価値観の相違」
「如何してお前は基本を違えるんだ? そっちが同意だろう」
「同じじゃ取引しないじゃない? 隣の芝生は青いって、どっちも相手が持ってる方が高いと観る。より、ってより、ずっとずっと高価値だと観えて漸く自分の手持ちはくっそぉ安物じゃねぇかと認めて手放す」
「外出るか」
「あっついの嫌だって何度言えば?」
「拳の語り合いは寒いんだろ」
「脚の絡め合いよりね。って、いきなり如何したの」
「金に価値を見出している女だから?」
「言っちゃったって言わないけど? それより、効用逓減の法則だろ? 彼女は愛に満ち溢れ、爺ぃは金に漬かってる。まんま教科書じゃない? 林檎と蜜柑交換で、青森県人愛媛県人どっちも満足。以降御贔屓にってところで自由市場が歪み出す。法の目抜いて独占利益一人占めなんて爺ぃが何度やってると思ってんの。で、成功だってしてる。つまり、自分がすることは他人だってすることだって考えられるぐらいの頭はある訳よ。つまりのつまり、大量在庫倉庫不足って程愛持ってるのが、独占契約一顧客で満足するか。爺ぃにはちっぽけ同情だっけ? 尊敬? 利益高疑似愛で足りるのに」
「お前の愛は随分と安くできてるな」
「そう観られると、そうなるのがヒトってもんじゃない? っても逆だけど? ちらりで充分ってさ、男がすっごく愛を高価値と見做してるって見做してるってことじゃない?」
「誰が誰だ」
「呆けた真似? Aが思っているのをBが知って、いるのをCが想像して、いるのをDが仮定して、って、六次迄はいけるっていうんだから」
「反語法だ」
「なら皮肉を言わせないよーに、実例で。実際俺の評価は高いだろ? 愛に飢えに飢えて、ぼったくりと解っていても買わざるを得ないという」
「抑々売買の対象となるものじゃない」
「人類最古の職業、より古くない? 生命が性を発明したとき、以前かな? 俺は内に数える派だけど、ウィルスを生命外とすれば、命以前? ウィルスだって、DNA交換してる。商売ってのは、通貨介しての間接交換で、直接交換から発展した」
「抑々以前の話だったな。抑々お前の言語感覚が他人とは違うということを自覚しろ」
「確かに、真剣に語っているのに胡散臭く捉えられるのは問題がある。でもセックスって言ったら駄目なんだろ?」
「自然言語が怖いのは其処だな。同じプラットフォームを使っていると錯覚する。下ネタが駄目だと言った。冗談の種でなければ良いんだよ。というか、それで真面目に語っているつもりか?」
「つもりはね。でも、恥ずかしいだろ?」
「お前の面の皮の厚さは?」
「実際程良く厚い方が素肌美人だってことは知ってる。薄過ぎると肌荒れ多出とか」
「……何処ネタだ?」
「白衣の似合う研究員様。早く早く昇進したいから日夜努力しなきゃ、って、亦も職場ネタで振られました。キャリア志向に何度泣かされたんだか。もう絶滅危惧種専業主婦に望みを賭けるしか」
「泣き処は、管理職に昇進したら白衣じゃなくなるからなんだろう? 主婦には制服は無いぞ」
「素晴らしいのがあるじゃない? エプロンという魅惑のアイテムが。機能美追求して割烹着ってのも悪くない」
「もう監獄服着ろ」
「だから着るの自分じゃないって」
「それが収監ネタなんだよ。他人に着させようというのが」
「や、それも反対側の――」
「下ネタ厳禁だ」
「ホステスは着せる側だな、と。元々の意味的に、さ。メイド服を――」
「下ネタ戒厳令を解除した覚えは無い」
「何辺に?」
「語源的というのなら、お仕着せを強いる側なら、ホストで良いだろうが。俺が的なら未だ攻撃と採ってやる。が、関係を持ち出すなら揶揄だろうが」
「天空で天使が高らかに喇叭吹き鳴らす至高の関係を如何やったら下関係に引き擦り堕とせるか。難問の種としちゃ悪くないけど、下働きメイド管理は女主人の管轄下じゃない? 一般的に? 彼女だと、エプロンは着けてないにしても、爺ぃから人事権譲り受けてはいないだろうし」
「正論に聞こえはするが、揶揄なんだろう」
「うん」
「いっそ清々しいと言って欲しいのか」
「そういうのが他人の眼ってんじゃない? 清く正しく美しく、は、俺の願望に入ってない。そう観えるんなら、その形容詞使う側にあるんじゃない?」
「真顔て言おうか。あいつのことを下らん呼び方した奴は打殺してやる、と」
「下らないかな? 他人に家事任せのラグジュアリー生活って? 上流ってそっちじゃない?」
「結局其処に戻すのかよ」
お読みくださり有難うございます。
束の間且あなたの貴重なお時間の、暇潰しにでも成れたら幸いです。
承後 知ったかぶりのリドルストーリー 9(たぶん、最終章)