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承前2

「俺が喰いたかったのはシークワーサーだったんだって、思い処は其処じゃねぇよ?」

「……何だよ、シークワーサーって」

「沖縄名産」

「俺が訊いているのも其処には無い」

「あれこそ南国で、生えてなさそうだよな」

「場所も場違いだ」

「違うっていうのは解ってたんだけど、思い出せなくて。音が似てない?」

「全然違う。あぁ、もう鯛で良い」

「産地は?」

「真鯛に限れば、沖縄は抜かせ。何処でも良いだろ? トレーサビリティが問題になる魚じゃない」

「全産物に義務付けられる日がくるのも遠くなさそうじゃない?」

「今の問題だろ? 今の今」

「の只今現在ICタグは盛んなり」

「偽造技術に偽装犯罪も花盛り」

「木枯らし冬設定から花咲く春設定に変更?」

「春に鯛は……」

「お前も知らない?」

「だから、一からの遣り直しが嫌だって言っているだろうが。季節は背景なんだよ、飽く迄も」

「拘りは旬性迄ね。でも、時期も重要じゃない? 春迄保つかなぁ」

「誰――いや、だから、お話なんだから」

「そ、お話で、というか、一般化して、冬を越せずに亡くなる老人が多いというお話で。お前の拘りの基本だろ、一般化。こぎれいな小噺で嘘は吐く可からずも時に因ると一般化して纏めるから、ケースバイケース好きの俺に突込まれる羽目になる」

「好きなのか?」

「友達甲斐の無い奴だね、友人の好みぐらい把握してくれよ。この分じゃ、俺が浅はか女も結構好きだってことも知らないな?」

「誰――じゃなくて」

「一般論一般論。その場逃れの嘘を吐いて崖縁に立っちまった女を崖下に自分の手で落とせる男もそういないのがこの世の中という」

「だから始めから、そういうのを汲んでくれない奴だなんて――だから話だろうが」

「だから言ってるよ。美人に弱いぐらい迄は初期設定で実装済みで良いけどさ、お話の中でもこいつは多数派ですぐらいは宣言しとかないと。誰もが俺を知ってる訳じゃない」

「話の中に俺様はいない」

「第三の男を割り振られた役者としてこのぐらいは言って良くない? 素人なんだから演技力無いんだから。脚本でカバーしてくれなきゃ、怖くて舞台に立てないよ」

「立てとも言っていない」

「寧ろ立つの邪魔したい」

「舞台自体が無いんだ」

「飽く迄も、思考実験、と」

「だよ。だからお話なんてものを語っている」

「嘘を吐く可からずも時に因る、と、俺に納得させる以外の目的は――」

「其処だ」

「本日の達成目標?」

「違う。お前、自分でも言っているじゃないか。時に因るを英訳すればケースバイケースだ」

「あれ?」

「だろう? つまり、俺こそが相対主義者じゃないか」

「確かに、俺、それ嫌い、ってか、ちょっと違くなくない?」

「違っても良い。勘処は確かに此処に無い。要するに問題は……」

「個別に対処しろ」

「だ。で、この場合の個別はこのお話だ。組み込めるのはいって暗黙の前提に限る。哲学相対主義が揚げ連われ易いのは、縛りが無い所為だ。規則がある方が理解し易いんだ」

「論理仮説の導出じゃなくて、人間の脳特性に合わせたお話し合いをしましょうね?」

「説得しているつもりもない」

「されてもいない」

「いないのか?」

「俺の、じゃなかった第三の男の縛りは緩いだろ? この役俺に任せるなら嘘は吐かないって結論付けたとこだったろ?」

「お前が邪推――横道に入らせたんだろうが、何だよ、シークワーサーって」

「沖縄名物」

「名物って程名高く無いぞ。序でもう聞いた」

「序では名物の方じゃ?」

「お前が精密な論理展開をしようと持ち掛けながら、ぼろぼろ空きがある所為だ。さっきは名産だった」

「肝が伝われば良いって話だったじゃないよ」

「しかも伝わっていない」

「小噺一席で伝えようって肚じゃ負けるって。爺ぃは気が長いんだ。通説でね。そう、さっきのお話の要でもある。前提の前提。長年の信頼関係があればこそ、嘘も美談に――って此処等が俺の抜けか。一晩ですっかりできあがっちまう関係があるように、信頼関係だって一朝一夕で築くのは不可能じゃない。実際、信用はどっちも於いてないけど、何だかんだ言っても、それなりの、っぽいものはあるんだよな、あの二人。夫婦生活以前を加えても短期間だろ?」

「誰を指しているか以前の問題で、意味無く無制限に現実世界を物語に入れるなという趣旨が伝わっていないことはよく解った」

「じゃ、解り易くこっちも小噺で、ってのは俺が難しいんで、命題で。愛故の嘘の対偶っぽく、沈黙は愛無き故か」

「お前、まさか……」

「まさかってもので結構留まり。まぁ、ちょっとは責任感じてるけどね。それも、どっちかっていうなら、淋しいって台詞に乗っかちまった奴の方に? あれは見栄捨てて逃げ出す奴しか逃げられないって。悪かったよ、本気で。もうあの頃からさぁ、あの家、ピンクなんて甘く淡い色は見てやるもんかってぐらいもう金ぴかぴーんってどす黒さに覆われててさ。男ほいほい女だってこと、つい忘れてた」

「……」

「っと、済まん、つい真面目な告解しちまった。で、お話に戻すと、俺が指して言ったのは俺じゃなくて爺ぃの方。いや、戻さない方が良いな。まっさら始めの簡易バージョンでいこう。余計な第二第三の男も除外して、夫婦二人きり。で、妻が嘘を吐いた。これで如何?」

「……如何って如何しろと?」

「黙ってるのも優しさねって争点は一緒にするから、夫は妻の不――っと、真実を知ってる。嘘を暴かず黙って死んぢまう、その心は何だろな?」

「優しさと言いたいのか?」

「お前はそう思う?」

「俺が、じゃなくて、今の例示方が答えだっただろう? お前がそう思っているから」

「ごめん、つい引掛け癖が。お前ならそう観るかなって思ってつい」

「お前は違うのか」

「違うねぇ。まぁ、とにかく考えてみてくれない? 俺の観点なんかまる無視で。勿論現実とのリンクも無し、で、さ。生まれたてまっさら石版は無理でも、お前の頭オンリーで」

「怪し気な心理テスト擬きか? Aと答えたあなたの性格は嘘吐きです」

「何でお前と合コンしなきゃなんないよ。性格ぐらい把握してんだろーが」

「……」

「何なのよ、その警戒は」

「今の今、誰かのトラップにまんまと嵌まっちまったところでな」

「へぇ、誰の?」

「……」

「しゃーない、俺からいきましょう。でも、恥ずかしいから、赤の他人の観点での解答編から」

「確かに、お前が臆面の無い奴だってことは把握しているな」

「だろ? だから、お前の前でお前の脳味噌解答は申しません。解答編その一。母は強し」

「唐突に過ぎる」

「うん、自分で言っときながら、抽象に過ぎる命題だから、具体例で検討してみた。夫婦間からの楽な継承で、嘘の種は子種にしてみた。あぁ、お前は良いよ、抽象の儘でも別の具象でも。俺がし易いってだけで暗喩は無い。とにかく、妻が子供のことで嘘を吐いた。で、夫は嘘だと解っていながら黙って死んでいく。何故か? あれこれ庇ってやる自分はいなくなる。それなら、問題があろうが子供がいる方が、実務は大変になっても妻は心強いだろう」

「簡潔抽象と言いながら随分と具体的じゃないか」

「逆説的って程のもんでもないんじゃない? 思考実験ならではの、現実逃避の思想の飛翔」

「他人はそれを妄想と呼ぶ」

「だね」

「現実感皆無なのか?」

「全然」

「……夫が嘘を嘘と知っているという仮定は……」

「現実感入れるなら、其処、具体的に設定しなきゃならなくない? 実は論理的にも無理があるんだよな。正解だってえばれる解出なら、緻密設定がいるだろ? 嘘の種別に夫の性格妻の性格態度等々等々、それに如何したって二人じゃ無理がある。明示されていない影の登場人物の動きだってデータに必須。分岐が多過ぎて流石に計算機要る。こうやってさ、お喋りで答えを見つけようって無理過ぎる」

「それで、現実的に?」

「何処かに俎上に乗せられる魚がいるなら、楽じゃある。けど、こんな魚、俺、知らないし、妄想でいこうよ」

「妄想なんだな?」

「何故に念押し?」

「……」

「妄想でしょう。俺、お互いへの思い遣りに溢れた愛溢れる夫婦なんか現実世界で付き合い無いし? 妻の為に黙って死んでく爺ぃなんか、もう妄想世界の住人でしかないだろ?」

「より現実に則した解なら?」

「そんな規則いっこじゃ絞れないよ。今の解夫婦だって、現実世界の何処かには生息していないとも限らない」

「しかし、お前の生存圏には実存していないんだな?」

「リアリティ犠牲で心温まる好い話を目指してみました」

「模範解答なら?」

「それだっていっぱい基準があると思うけど? 最頻値とか尤度とか?」

「いや、お前が……一番楽に思い付く解なら?」

「独り身に酷なこと訊いてきやがるねぇ。そうだなぁ、慈善事業に金出してる老人なら、あやふやでも自分と血の繋がりのある子供を放っとけないだろうと、金せびる為に嘘吐いて我が子送り込んだ浅はか女が――」

「止めろっ」

「おや?」

「言い過ぎだ」

「有難う」

「本気で怒るぞ」

「も、本気で――いや、ごめんって。ごめん。引掛けようとしたのもほんとだけど、つい感謝したくなっちゃったのも本当で。済まん。いや、ほんと、事実だろうと聞きたくないことってあるよな」

「お前――」

「だからごめんって。や、自分で言ってて何言ってやがるってもんだけど、自分の母親が莫迦女って言われるとやっぱり哀しくなるなぁ、と」

「莫迦女と迄――待て。お前の……?」

「そ。独身者の一番身近な夫婦っていったら、自分の親じゃない?」

「……」

「止めてくれても有難うかな? バレる嘘吐きだから良い例じゃあるんだけど、あ、一応、名誉の為に言っとくと、下手って自覚はあったなぁ」

「……それで汚名返上したつもりか」

「周りに付けを払わす気満々なのと、無自覚に周りに(けつ)持たすのとどっちがマシか、って、成程、俺さぁ、本気であの女のこと結構好きなんだよな、でも、お前が心配する方向にちっとも気がいかなった訳、今解った。如何にも似てる。俺、マザコンの気はあるけど、近親相姦の気は全く無いって断言できるし。安心した?」

「……」

「今、謝罪する気満々だから、端っからお前なんかライバル視するかって自信家暴言でも受け入れますが?」

「するかよ」

「はいな、仲直り。で、この例が拙いのは、夫側が空想もできないんだよ。何処の馬の骨なんだんだか」

「お前、だから言い過ぎだ」

「流石に全く知らない奴じゃ父親だろうと、悪口言ったって言われたって全然気に成らないよ」

「顔は知らなくたって、馬の骨じゃないだろう? そりゃ、まぁ、成り上がりってところはあるのかもしれないが、あの人の血縁者――」

「じゃないんだよね」

「遠くったって、遠縁だろう?」

「いやもう全然」

「は?」

「いやもう本気でさ、あの爺ぃの肚、読めないんだよ。何だって嘘吐き餓鬼子追い出さないできたかなぁ」

「……マジ話か」

「ですねぇ」

「それは……つまり……仮定が、いや、現実話のお前の仮定が間違っているということじゃないのか? その、つまり、お前が嘘を……」

「吐き捲り」

「止めろって言っているだろうが。その、相手が嘘を嘘だと知らないということに成るんじゃないのか」

「現実世界の話をするなら、現実に俺達親子の嘘を受け入れてきた爺ぃは、調査が大好物。何でも疑って掛かる性格で、他人の言うことをその儘受け取る素直さは微塵も無いって御伽話なら悪役って人間よ? あれを騙せるって思える奴は……そうだな、劫って善人でもなきゃ考えられもしないんじゃない? 莫迦女代表みたいな母親だったけどさ、バレることは前提だったよ」

「それは、つまり……つまりお前が出した命題の答えか? 黙っているのも優しさといった……お前を援助する為に嘘を見逃した」

「あのさぁ、まさかと思うけど、爺ぃ子供好きとか思っていらっしゃる?」

「違うのか? おい、笑うところじゃないだろう」

「いやぁ、爺ぃの肩書き片肚痛いぜって嗤う奴の気持ち解っちゃった。や、解ってないかな? やっとくもんだねえ、慈善事業って。うん、餓鬼向け団体もあったし?」

「まさか税金遁れの為だけだとでも言うつもりか」

「いっやあ? あの業突張りの目当てがそれだけじゃ済まんでしょ? そうだなぁ、慈善活動家なんて肩書き見たら、片肚痛いを通り越して、忿りに打顫える連中に言わせれば、地獄に持ってけない金だけじゃ満足しないのか、この欲深めってとこ? ほんと、お金って怖いね。まずは金が欲しいってとこから始まって、もっと欲しくなって、もっともっとっていったら、権力やらも欲しくなって? モノ得て力得て、物質世界の欲望満たせても未だ足りなくて、満足感求めて精神世界に強欲の矛先向けて、名誉に尊敬感謝なんかも欲しくなってって、も、限が無いったらありゃしない。いや、有難い方? 保険会社が宣伝してるあれよ。お金で幸福を買いましょう」

「宣伝してねぇよ」

「違ったっけ?」

「如何してお前はそう極論に走る」

「現実世界の凡例だろ? 実際、爺ぃ、愛欲の日々を金で買ったし――って、済みません、金儲けだってできる多彩な才覚能力に惚れましたって言ってたりする? っと、お前の前でそれは無いか。尊敬してる、とか?」

「……」

「流石にさぁ、老い先短い孤独な人を慰めてあげたかったの、なんて、いや、うん、その、今のは冗談、の、つもり、だった、ん、だ、けど、えーと、ごめん?」

「何故謝る」

「いや、まぁ、何でだろうね?」

「訊くが」

「拝命しましょう」

「そんな笑っちまう台詞を――」

「笑っておりません。や、ほんと、全くの嘘じゃないと思うよ、言ったろ? っぽいものはあるって」

「否定の根拠は?」

「……えぇっと?」

「全くじゃない部分はあるんだろう」

「揚げ足取りぃ」

「何故取らないと思うんだ?」

「……いやさ、単純に……」

「単純に?」

「……はいよ、言いますよ。単純に、金持ちって人気者だからって、そんだけ」

「言葉足らず」

「だっからさぁ、金溜まりは人集(ひとだか)りってこと。独居老人目指そうったって出来ないよ。俺みたいのが群がってくんの」

「矛盾がある」

「愛しの誰かは省いて良いからな。ほんと、あんなの可愛いって。それこそ言ってないか? ちゃんと祝福してくれる人達がいたんだから、とか? そういう台詞言っちゃうのを、金の亡者とはとてもとても」

「その台詞の何処が可怪しい。仮令(たとえ)お前の言う通りに金で得たものでも、あの人のことを悪口で言う人ばかりじゃない」

「仮令なぁ、喩えていうなら、他人の不幸は密の味? これも可愛い方だよな、若い女に鼻毛抜かれる爺ぃを見てみたい、腹上死ニュースであざ嗤ってやろうで肚が収まる奴ばかりじゃないよ、本気で? 泣き寝入りの悔しさ一念叶って万歳っての、本気でいるよ? 憎まれっ子世にはばかるって言うじゃないよ。大往生なんて許せない、若いの相手に励んでせめて早くこの世から消えてくれって(ささや)かーな願い、叶えてくれそうな女だなぁって、裏の意味はそれよ?」

「矛盾がある」

「だから――」

「あいつのことじゃない。まずは、お前の母親のことだ」

「矛盾なんか気に掛ける性格じゃないと断っとく可きでした?」

「それでも嘘が下手という自覚はあったんだろう? お前のことを血縁者と偽るのは、その場逃れの嘘とは言わん。っと、で、良いんだな? 事情があったか?」

「金が欲しいって事情以外に? 苦し紛れとか言い逃れ? 無いよ」

「それなら仮に金が目当てにしても――」

「仮は無くて結構です」

「解った。とにかく、吐かなくて良い嘘を、バレること前提で吐くのは可怪(おか)しい」

「必要が無ければ嘘は吐かないって、そういうの、高潔な人間と言うのと違う?」

「論点を外すな」

「お金の必要性がって言ったら、清く正しく生きているシングルマザーに失礼かな」

「失礼だな」


お読みくださり有難うございます。

束の間且あなたの貴重なお時間の、暇潰しにでも成れたら幸いです。


承後4

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