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承前1
「人情話で心の問題だったよな?」
「あぁ」
「テーマは思い遣り。モノが嘘でも真心を」
「まぁ」
「なら、妻を気遣えないこの夫は何なんだ」
「何って何が」
「酷いだろ? 贋物掴まされてがっくり、って、モノに思いを寄せて如何するよ。確かにさ、モノの価値はお爺さんの中で減じるかもしれない。いや、きっちりマイナスだ。でも、女が如何して嘘を吐いたか、その過程全て足し合わせたら、上回ってのプラスに成らないか? 善人なんだろ? 面倒だから偽物出した、とか、偽物喰って喜んでやがるよ、うっひっひってせせら嗤う女だって誤解する爺さんか? まぁ、誤解野郎ならそれこそきっちり真実ってやつを懇切丁寧に披露してやる可きだろう。で、それでも誤解した儘なら仕方無いというか、そんな性根曲がった爺ぃなら、モノに幻滅した儘死ねよてめぇ、だろ? 最期の願いを叶えようとした女の心ってのは、善人にとっては、おっそろしく高いものじゃない? 唯喰いたかったものを喰って死んでも満足して死んでいくってのは否定しない。でもさ、嘘の満足と真実の満足と、善人に採って、どっちが高い? モノに満たされるか、心に満たされるかの択一問題ならどっちを選ぶ? 真実を隠すってことは、夫の為に妻が奔走して心苦しさを押してってのも覆っちまう」
「真実報告を奔走時点で止める手もあるが」
「粘るね? 嘘を吐いても願いを叶えてやりたいって想いの深さは、ぎりぎり発見みんな満足に劣るって? それじゃ、バラすのバラさないのって、俎に乗せるにも随分安い嘘に思えるのは気の所為かな? ま、どっちにしろ、善人の中の善人なら、苦労させたって申し訳無く思うかもしれないけどね。善人度合いってどのぐらいよ。丸々とびきりの善人じゃないよな? まさかのケチの吐けようのない至高のお方?」
「何でそう極端に走る」
「それはそれでまた違う展開になるからね。お前にケチを吐けたんじゃないんだから、そう嫌な顔しないで下さいな。それじゃ、善人のこと話してんじゃなくて、悪人っつーか、嫌ってる奴のこと話してるみたいだよ」
「俺の好き嫌いは関係無いだろうが」
「そ? 良いけどね、全知全能の人を省ける方が俺はケチ吐けられなくて済むし。俺は、嘘を吐くな、が基本なのは、他人を自分の器量でしか観れないとこにもあるんじゃないかと思うんだよ。誰彼の為にってのがほんとでも、自分の枠を押し付けることになりかねない。他人を思い遣っての嘘は、例えれば、お前みたいにお話仕立てにはできないから、簡潔に、出来合いの総菜みたいなもんだと思うんだよ」
「嘘を吐くのを料理するという隠語で表す言語もあるな」
「成程、連想は其処からか。データ改竄じゃないよ、ちょっとクックしただけだってよく言うな」
「よく言っていたら拙いだろう」
「でもよく聞かない?」
「お前の会社、大丈夫か?」
「さあ? 爺ぃ死んだら何かはあると思うけどね」
「そうか、お前が大丈夫か訊く可きだったか」
「有難う」
「嫌味だが?」
「俺は違うよ? で、さ、立派な鯛を釣り上げてきて御近所にお裾分けしようとする」
「御近所付き合いしてんのか?」
「まさか。それこそ懐かしネタで聞いただけ。釣り好き爺ぃの嘆きネタ。昔は喜ばれたもんだが、今は迷惑だってね。三枚卸しって何それよ、って奴に一尾丸々やったら、そりゃ持て余す。で、鯛団子にして――」
「それこそ何だ、そりゃ」
「つみれっぽいの何て言えば? あれ、鰯限定だろ? 魚肉ソーセージの鯛バージョンとか」
「真薯にしとけ」
「じゃ、真薯ね、鯛真薯。これならインスタントラーメンの具でもOKと鯛真薯に迄作ってあげるんだ。よかれと思って。でも、やっぱり、御近所の内には料理人もいて、鯛一尾丸々くれたら、兜煮やら勿論三枚卸しの刺身も作れたのにって残念がるのも出る訳だ。折角親切で加工してやったのにさ」
「個人の技量を量って配れ、が要旨?」
「それが難しいってのが纏め。主婦歴云十年の主婦なら大丈夫だろうと思ってもレトルト専門云十年歴ってこともあるし、板前裸足の腕前があっても面倒臭がりだったり、新鮮刺身より大のしんじょ好きだったり、なんて可能性もある。他人の為ってのは、別に悪くないとは思うんだよ。でも、すっごく難しくなくない? 自分の容量が小さいなら特に、さ。誰かの最善が想像の埒外ってことは起こり得る事態。俺みたいな奴にとっちゃ、加工食品は便利で有難いもんだけど、同じ食材でもっと旨い料理が食べれる目を潰すことにも繋がる」
「三ツ星レストランのシェフなら? お前が作るより余程良いものをサーブしてくれる。想像以上のものを想像以上の旨さで作ってくれるだろう?」
「自信家は言うことが違うなぁ」
「なぁ、喧嘩していたか、俺達?」
「俺はしてないけど? 敢えて反論もしないと正しい結論には至らない」
「デビルズ・アドボケートにしては、きついぜ」
「議論は活発に」
「風発論議」
「そ。で、終わって一転、良い議論だったとにっこり笑って抱き合って、ばんばん背中叩き合いながら褒め称え合うんだよ」
「したいのか?」
「せめて握手に留めたい」
「戻すが?」
「どうぞ?」
「ずれにずれて、もう何だったか解らなくなってきたが」
「それが結論でも俺は良いよ。何が何だか解らない暗闇世界。正にこの世の中。暗黒物質で宇宙は満ちている」
「俺が嫌だ。満たす秩序はある。風呂敷広げ過ぎるなよ、マクロじゃなくてミクロの世の中、お話世界に的を絞れよ」
「ミクロの方が混乱世界と違う? 量子の――」
「跳躍があるのはお前の議論だ。身の丈に合わせてスケールを揃えろと言っている。ゲージ場なんて持ち出したら、タスマニアに蹴り跳ばしてやるからな」
「対蹠点はブラジルにあったんじゃ?」
「ウルグアイだ。そしてデビルからの連想であって他意は無い、ぐらい解っているだろうが」
「はいな、身の丈ね、要点を有難う。正に其処だよ、俺が言ってるの。他人の丈に合わせたつもりが、自分の身の丈になっちまう危険が高い。真実も恐ろしいもんかもしれないけど、少なくとも、自分の型に押し込める虞は無い」
「ニ択問題じゃないんだよ」
「此処にも第三の影が。それとも四? 以上?」
「三だ。真実を告げる。嘘を言う。黙して語らずも選択肢にある」
「じゃ、俺も分岐をもいっこ足す。設定だからお前の分担な。女は嘘が巧いか下手か」
「ややこしくするなって」
「これも重要じゃない? 下手くそ過ぎなら、俺――第三の男が出る幕は無い。巧過ぎても右に同じ。両極端を切り落として中間の何処辺り? まぁ、善人設定から導けば、ちょっと下手」
「異論は無い」
「折角振ったのに。女に詳しいのはそっちなんだから、御高説を是非に」
「タスマニア行き決定」
「やっぱ流刑は北じゃないと」
「其処は俺の優しさだ。ラーゲリ監獄じゃ未来は無いが、新天地で改悛開墾しろという」
「転職も手だよな。羊粉れでぬくぬくと」
「圧死がオチだ。お前、本当に大丈夫なのか?」
「本気で如何なるか解らないんだって。爺ぃはさぁ、爺ぃのくせしてあんま死後の執着って持ってないんだよ。無いことも無いけどね。俺も興味が無いことも無いんで、ちょっと愉しみだったりするし。何とかなるだろ。手に職付けてるし? で、あの女なら?」
「お前は、職能より先に心を磨け」
「教えを請うているじゃないのよ。女心――」
「と秋の空」
「そういう女?」
「諺にも疎いのか」
「此処だけの話、たぶん、諺の方が未だ」
「安心しろ、周知の事実というものだ」
「で?」
「拘るな?」
「議論にね。嘘吐き女?」
「……話に成らんだろうが」
「でした。お話だったね」
「お話に徹底徹尾終始しろ」
「してるから訊いてない? 嘘を吐いたら態度変わる女か如何か訊いてんの。第三の男は嘘と知ってる。あ、此処は俺の分担か。何で知ってるかっていや、そりゃ、嘘が下手でもろバレで。あれで本人全然バレてないし巧くしてのけてると思ってるところが、まぁ、可愛いけどね」
「おい、鳥頭」
「酷くない?」
「俺と鳥に酷いんだ。一歩も歩いていないのに忘れるな。お前だろうが、時節外れネタ提案したのは」
「でした。練りに練って考えたんだった」
「インスタントだったが?」
「練り物って古来からの由緒正しきインスタント食品じゃないよ。其処迄の来歴は無いけど考えましたよ? だって、俺、勘が良いって訳じゃないし? 爺ぃが知らなくて俺が知っててって無理設定で如何やったら話進められるかな、爺ぃに無くて俺に在るものって何かなぁ、あっちばっか持ってるしなぁ、とかとかつらつら考えた末に逆転させて、あ、俺、金持ってないってことは、爺ぃに秀でて優秀だなぁ、と」
「ずらずら誇って言うことじゃない以前に、お前の問題じゃない」
「第三の男の問題」
「金の問題にしたくないとも言った」
「カップルのね。ほら、女の方が平均寿命長いったって、女の方は元気に走り回ってるんだろ? となるとさ、こう、臭ってこない?」
「何処がきな臭いって?」
「お前も嫌だって言った。ぎらぎら感に遺産相続巡ってのごたごた沙汰は御免だってね。歳の差カップルだと如何しても、金の臭いが香ばしく漂ってくるじゃないよ。始めっから金目当てに爺ぃと結婚した女が吐く嘘に――」
「話を作るな」
「だから、そういうお話にはしたくないんだろうな、と、お前の心を読み取って、金は遠避ける方向でいこうってね。女心は全然だけど、男のもんなら、まぁ、普通には? お前の場合は楽な推測だけどな。お金にぎらぎらしてる方が楽だったんじゃ?」
「金に執着しない方が楽な生き方だろう? 序で、俺は金に高潔な訳でも無い」
「そ?」
「大体他人のこと言えるのか」
「爺ぃから金恵んでもらって楽に生きてきたからね。そりゃ、モテませんって。でもね、金好き同志の女から、女心の解らないヒトね、なんて台詞も貰ったことも無い訳よ」
「ハラショー」
「賛成?」
「それしかロシア語を知らないだけだ。共産国家の崩壊と共に同志愛も崩壊したんだよ」
「極論を」
「そうだな、少しはある。お前に釣られた」
「な? 王道を行くのも良いけど、外れ値を議論するのも愉しいだろ?」
「いや、牛歩戦術は如何したって好きになれない」
「だってさ、如何したって一歩一歩踏み固めていかないと、お前が俺の異論に納得してくれないじゃないのよ」
「奥方の嘘の吐き方で何が変わる」
「だからさぁ、基本全員善人で、此処も変えちゃ駄目なんだろ?」
「だから何度も言わせるなよ」
「うん、其処は俺も受け入れた」
「嫌そうだな?」
「善人の行動なんて、俺が楽に思い付けるとでも? それでもさ、善人が嘘吐く場合、態度に出そうだな、ぐらいは楽に思い付く」
「異論は無いと言ったが?」
「難しいのはその先。もう一人の善人、旦那の方がそれに気付くか如何か」
「何度も言わせるな、嘘だと気付いたら話に成らん」
「うん、モノに眼が眩んで女房の素振りに眼がいかない奴が善人ってのは問題がある」
「そういう意味じゃなかったが。でも、そうだな、何でも疑って掛かるのも善人じゃないだろう? 奥方が出したものは、その儘素直に受け入れる。態々嘘だと勘繰ることもない。何処か可怪しい点があるか?」
「無いね、嘘だあって一気にいけば問題は無いんだよ。有難う、これが喰いたかったんだよって、にっこりといくじゃない? なのに女房はどんよりと。あれ? ってこない?」
「どんより?」
「心苦しいんじゃなかった?」
「でも、旦那が喜んでいるのを見たら女房だって喜ぶだろう?」
「騙しながら満面笑顔見せられるんだ?」
「……まぁ、完璧な喜びの表情は無理があるが、それで旦那が、嘘を吐かれていると一気に悟るといくのも可怪しい」
「善人が粗探し好きってのも可怪しい。始終表情の裏を読む習慣であるってのも可怪しい。まぁ、鈍い方? にしても、さ、奥さんが百パーセント喜んでないって気付くぐらいは良いんじゃない? 原因が何だか解らなくても」
「まぁ」
「良いんだな?」
「何故に念押し」
「だあって、さ、ほんのちょっとでもだよ、あれ? って女房の態度の異変に気付きながら、それそっち除けで好物むしゃむしゃやって御満悦って、それじゃ、善人の名が廃るとは思わない?」
「トラップか」
「俺の所為じゃないよ?」
「墓穴と認めろと? 却下だ」
「しっかもぉ」
「謡うな」
「愛し哀しの恋女房と別れて地獄に堕ちる寸前での放置プレイ。も、善人じゃなくてどサド爺ぃと――」
「作るな歌うな」
「揚げ足取るな? 善人放置の二律背反解消方は絶賛受付中」
「曲解だ。勝手に地獄に堕とすな」
「だぁってぇ、死に水取り女に放置プレイ科す爺ぃなぁんてぇ、責め苦好きマゾ好みの地獄に招待したくなっちゃうぅぅ」
「語尾を伸ばすな、不可知論者」
「それが反論? 俺はあるよ、現世の解消方」
「拝聴しよう」
「聴かせやがれでも奏上して差しあげ奉りますって。やっと俺の出番だし? 善人ならさ、妻の態度に不審感じたら、とても満足して死んでいけない、な? 喰いもんそっち除けで女房気に掛けてこそ善人の面目躍如ってものと違う? 如何したのだね、儂に話してみなさいよ、と、猫撫で声で更に妻を追い詰める」
「お前がモテない原因が解った」
「流石、師匠、何処等が拙い?」
「すけべ爺ぃ台詞が板に着いているのは何故なんだ」
「手本が良い所為?」
「……」
「突込んでくれない?」
「下ネタは却下する」
「上品に言うなら?」
「……死にゆく身では助けになれぬとも、お前がそう哀しんでいては、おめおめ死に切れぬ。せめて打ち明けてはくれぬか、と」
「以心伝心」
「何処が」
「要点は掴んだだろ?」
「罠に嵌った」
「仕掛けたのは俺じゃないって。お話の中に張ってあったのを見つけただけ」
「お前の出番は?」
「やっぱりイコール俺?」
「いや、簡潔にいきたい気持ちが短縮形になっただけだ。これじゃ主題が消える」
「やっぱ主役は俺」
「じゃなくて第三の男」
「が真実を隠せ」
「の筈だったんだよ」
「でも、この流れじゃ駄目だよな」
「だが、出番はあるんだろ?」
「妻役が莫迦女ならね。周りの説得に耳を貸さない。無理駄目止せって情も理も色も使って折角説得してくれる奴がいたって、だってもう嘘吐いちゃったもーんこれでいくいく――」
「下ネタに走るな」
「何の辺が?」
「真面目に語れ」
「小唄にお色気は欠かせないよ?」
「人情話と言ったが?」
「言ったねぇ。だから、俺が登場するんだろ?」
「第三の男」
「ははっ。殿、実は奥方は斯く斯く然然此れ此れで殿の御為に、と下男が真実を暴露する。殿を謀ったこと、奥方の真の心に非ず、殿を想うが故、正に奥方の殿への誠に依り。殿が心措き無く逝かれることこそ奥方の望み故、奥方の情け深き心に触れ、その心映えこそが我が生涯最大の賜りものであったとの一言で奥方の憂いも払えましょう。別離の哀しみは残りましょうが、御安心召されよ、殿が天から奥方を見守り続けていること、奥方は決して忘れ去ることなさいませぬ――」
「何故に時代劇」
「お前のがうつった」
「俺がそんな怪し気な言葉使うか。口調というか、時代考証が可怪しいぞ。下男って江戸か?」
「そういや平安っぽい?」
「羅生門にいたな、そういえば」
「七人の侍だったっけ?」
「藪の中の方」
「真相も?」
「お前、これも引掛けか?」
「や、これは単なるうっかり」
「其処がうつったって?」
「疑り深くなってんね」
「廻り諄いことするからだ。見兼ねて第三の男が口出ししちまう流れの一言で済む」
「長いって」
「お前のさっきの時代調一言の方が長恨歌並だった」
「それって何文字?」
「とかく長いで済む話だ。そして廃れた形式だ。今のはやりは短文だ。そして直線でいく」
「今のはやりは非線形じゃ?」
「データがビッグじゃないんだよ。それならシンプル・イズ・ザ・ベストだ。絶対何処かで脇道に入った筈なんだ。巻き戻す」
「テープは鈍い。済みません。完全リセット?」
「一からの遣り直しは嫌だ。俺のパートは正常だ。お前が捻じ曲げたところから」
お読みくださり有難うございます。
束の間且あなたの貴重なお時間の、暇潰しにでも成れたら幸いです。
承後3