子爵令嬢、「この世に愛なんて存在しない。全部、性欲や名誉欲など“欲”で説明できる」と言い放つ
宮殿のダンスホールで、夜会が開かれる。
貴族の令息令嬢が華やかな出で立ちで語らい、笑い、手を繋ぎ、踊る。
ある著名な貴族が言った。夜会とは愛を求める場だ、と。
そんな愛を求める貴族の一人、子爵家の令息ダルフ・ドント。
ダルフは自慢の長めの前髪を人差し指でかき上げながら、壁際に陣取る令嬢に話しかける。
「お嬢さん、私と一緒に真実の愛を探しませんか?」
話しかけられた令嬢は子爵家の令嬢ミザリア・リーベ。
グレーのドレスを身にまとい、紫がかった長い黒髪、細面で切れ長の眼と薄い唇を持つ。美術館に飾られた古い名刀を思わせる妖艶な美しさを漂わせる令嬢であった。
そんな彼女の返事は――
「この世に愛なんて存在しませんわ」
「……え?」きょとんとするダルフ。
「だって、全部“欲”で説明できますもの」
意外すぎる切り返しだったが、ここで退いては男がすたる。
「そんなことないさ。愛はあるよ。例えば、私が君に惹かれてこうして話しかけているのは愛以外の何物でもないと思うけどね」
「では伺いましょう。あなたは私のどこに惹かれたのです?」
「……綺麗だと思ったからさ」
「それはただの性欲。私の容姿がたまたまあなたの好みで、上手く口説ければ私と肉体関係を結べるかもと思ったから近づいたに過ぎません」
自分が性欲むき出しの獣のように言われては、ダルフも黙ってはいられない。
「そんなことはないよ! 私は純粋に君を綺麗だと思って……それに私と付き合えば、お互いにメリットが……」
「私の家とあなたの家が結びつくことで生まれる利益を求める、これは名誉欲でしょうね。あるいは金銭欲。私を自分の女とすることで、周囲に見せびらかすこともできる。これは承認欲求というやつですわね」
歯噛みするダルフ。どうにか返す言葉を探そうとする。
「し、しかしだね……」
「ズボンの真ん中が盛り上がっている人に何を言われても心に響きませんわね」
「えっ!?」
ダルフは思わず自分の下半身を確認する。特に“盛り上がり”は見られなかった。
「……! なんなんだ、君は! 失礼するよ!」
ダルフは踵を返した。
無理もない。話しかけたら欲の権化のように言われ、しかもからかわれたのだから誰だって怒る。
その背中を見送りながら、ミザリアは夜会の参加者たちを冷めた目で見つめる。
みんな、欲の塊に見えるわ……。
ミザリアに話しかけた者は皆こうしてあしらわれる。
当然、“白馬の王子様”など見つかるはずもない。彼女も見つけるつもりはない。
これは緩やかな自殺なのだ。
夜会で他の出席者を持論で言い負かして、やがては「あの女には近づくな」と噂が立ち、誰も寄り付かなくなる。これが彼女の望み。
誰にも相手にされない令嬢として、静かに惨めに朽ちていきたい。
ミザリアがこんなことを考えるようになったのは、彼女の生い立ちが起因していた。
***
ミザリアの幼い頃の記憶。
夜更け、物音がしたので、パジャマ姿で廊下を歩いた。
まだ明かりがついている部屋があったので、そっと覗いてみる。
そこでは父と知らない女が生まれたままの姿で、そういう行為をしていた。
まだ「不倫」だの「不貞」だのの言葉は知らなかったが、父が悪いことをしているのだということは本能的に察した。
ミザリアはベッドに戻り、なぜかとても悲しくてそっと枕を濡らした。
その後も何度か似たような光景を目撃したが、相手はその都度変わっていた。
夜中に響く父の汚らわしい声にも慣れてきた頃には、父はそういう人間なんだなぁ、と認識するようになっていた。
母も同様だった。
あまり家にはいない人で、ある日、馬車に乗って出かける母を頑張ってつけてみた。
母は父より若く美しい男と会っていた。
会うなりハグをし、キスをし、そのまま近くのホテルに入っていく。
ミザリアは部屋まで行こうとしたが、ホテルマンに止められてしまう。
「今の私のお母さんなの」と言った時の、ホテルマンの気の毒な子供を見るような目が今でも忘れられない。
ミザリアが物心つき、成長しても、両親はそんなことを繰り返していた。
十代半ばとなり、もう両親はいなくてもいいなと思うと同時に、ミザリアは両親の真実を新聞社に売った。
父と母の爛れた生活は大きく報道され、二人は街を歩けなくなった。
父は逃げるように田舎に去り、隠居。母は実家に戻った。それ以来、二人には会っていない。
いくらかのまとまった金を手にしたミザリアは、少し胸がすっとしたのを覚えている。
その後、リーベ家はミザリアの兄が当主となった。
兄は両親に似ず出来た男であり、醜聞で傾いたリーベ家を見事に立て直した。
兄は勤勉かつワーカホリックな男なのでほとんど話す機会もなかったが、新聞社へのリーク後、一度だけ会話をした。
「ミザリア、お前のやったことは家の名誉を貶め、肉親を売る行為であり、私にとってはあんな二人でも父は父で、母は母だった。だからお前のことを許せそうにない」
「……」
「だが、私もいずれ同じことをやっただろうな」
ミザリアはそっと告げる。
「ありがとう、兄さん」
以後、兄妹は会話をしていない。
そして――現在に至る。
***
ある公爵家の屋敷で夜会が開かれる。
ミザリアはいつものグレーのドレス姿でワイングラスを傾けていた。
社交界でも彼女の噂は広まりつつあり、今や話しかける人間も皆無になりつつあった。
これでいい。私はこの世に愛なんて存在しないと思っているし、両親を社会的に抹殺した負い目もある。
このまま社交の場で平然と愛は欲に過ぎないとうそぶき、誰にも相手にされず、消えてしまいたい。
そんな風に考えていた。
ところが――
「初めまして」
不意に声をかけられた。
「あなたは?」
「僕はデリオ・アムル。ミザリア嬢だね?」
「ええ、そうですけど」
デリオは白い貴族服をまとい、横分けの金髪、エメラルドのような澄んだ緑色の瞳の美男子であった。
とはいえ、ミザリアにとっては彼もまた“欲の塊”にしか見えない。
「君は非常に面白い考え方をする令嬢だそうだね。この世に愛なんかなくて、全部“欲”に過ぎないとか……」
自分の考えを「面白い」と評され、ミザリアは若干戸惑う。
「つまり、僕が君にこうして近づいたのも、欲で説明できると?」
「もちろんです。例えば性欲ですとか、名誉欲などでね」
「なるほど」
一旦は納得した様子のデリオだったが、こう切り返してくる。
「しかし、僕は君にそこまで欲情してはいない。君は確かに綺麗だけど、僕の好みとまではいかないからね。じゃあ名誉欲や金銭欲はどうかというと、僕はこれでも伯爵家の出だ。家柄的には君より上であり、君と交際するメリットはそこまでのものでもない。この場合、僕はどんな欲を理由に君に近づいたことになるのかな?」
挑発的ともいえる言葉の数々に、ミザリアはたじろいでしまう。
だが、どうにか反論を試みる。
「その場合もなんらかの欲はあるはず。珍しいものに興味を持つ欲求ですとか、私のような変わり者を言い負かしてやりたい欲ですとか」
「なるほどね、だけどはっきりはしないわけだ」
「それは……そうですね」
「だったら、しばらく僕と付き合って、僕が持っているのがどんな欲か確かめてみるってのはどう?」
「結局私を口説きたいだけですか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「……」
ミザリアは少し考えると、結論を出した。
「よろしいですよ。私でよければ交際させて下さい」
「よし、決まり。これからよろしく頼むよ」
ミザリアからすれば、まんまと乗せられた形になるかもしれない。
しかし、不思議と悪い気分はしなかった。
してやられたという事実がむしろ心地よかった。
***
数日後の昼下がり、ミザリアとデリオは王都中央部にある彫像前で待ち合わせた。
先に着いていたのはミザリアだった。
「ごめん、待たせたかな?」
デリオが謝る。
「いえ、今来たところです」
これは嘘だった。
他家の令息とのデートなど初めての経験。愛など存在しないとは思っているが、粗相もしたくない。待ち合わせ時間に対し、どの程度早めに来るのがベストかという塩梅が分からなかった。だから早く来すぎてしまった。
しかし、ただ待っている時間というのも悪くない。不思議な感覚だった。
「今日は演劇を観に行こうと思うんだけど、まだ時間がある。ちょっとカフェで時間を潰そう」
「そうですね」
小さなカフェに入る。席は少ないが、装飾は洗練されたものになっており、雰囲気はよかった。
席に座り、二人はサンドイッチとコーヒーを注文する。
「美味しいね、これ」
ミザリアも食べながらうなずく。
ハムとレタスを挟んだサンドイッチはなかなかの美味だった。コーヒーともよく合う。
「こうして一緒に食事している僕たちも、別に愛し合ってるわけじゃないんだろうね」
「はい、“欲”で説明できると思います」
「サンドイッチを食べてるわけだから、“食欲”を満たしたい者同士ってところかな?」
「そうなりますね」
ミザリアはふとこう付け加える。
「なんだか食いしん坊みたい」
「ホントだね。食欲にまみれた食いしん坊カップルだ」
なんだか可笑しくなってしまい、二人でクスクスと笑った。
時間が近づいてきたのでカフェを出て、王立劇場に向かう。
かなりの混雑だったが、デリオが持っていたチケットは上流階級用のものだったので、劇をゆったり堪能できる上段の席に陣取ることができた。
劇の内容は一介の兵士と一国の姫による身分違いの恋物語。
本来ならば結ばれることは許されぬ二人だが、姫が敵国に拉致され、兵士は姫を救うために奮戦。
その手柄を認められ、爵位を贈呈され、晴れて二人は……という結末となる。
劇が終わり、二人は感想を言い合う。
「ほとんど予備知識なく観たけど、なかなか面白かったね」
「ええ、さすが有名劇団だけありますね」
演者の演技力、演出、王道的なストーリー、どれも素晴らしく、二人はかなりの高得点をつける。
「だけど、あの二人の愛も君からしたら“性欲”に過ぎないってところかな?」
「もちろん。主人公の兵士が姫への愛のために懸命に戦っていましたけど、あれだって姫をこの手で抱きたいという欲求から生じたものに過ぎません」
「なるほどね。必死に槍を振るっていた主人公は、“もう一本の槍”を姫に突き立てるために必死に戦ってたに過ぎないってことか」
「そういうことですね」
純愛の物語も、二人の手にかかれば肉欲まみれの物語に早変わり。
普通のカップルであれば、デートで観た演劇にこんな歪んだ解釈をすれば、相手の好感度はたちまち急降下することは間違いない。
しかし、この二人の場合は問題にならない。
この日のデートはこれでお開きとしたが、ミザリアは初めて理解者に出会えた、そんな気持ちになれた。
***
二度目のデートは王都から少し離れた場所にある牧場。
乗馬サービスもあり、デリオは乗馬の心得があるので、ミザリアを誘う。
「ミザリア、一緒に馬に乗らないか?」
「私でも乗れるかしら?」
「大丈夫、僕の前に乗れば安心さ」
牧場主が用意してくれた毛並みの美しい白馬の上に、ミザリアとデリオがまたがる。
見た目だけなら恋人同士の楽しいひと時に見える。
ところが、そんな光景の最中でも二人は――
「こうして乗馬をしてる僕たちの抱いてる欲求はなんだろうね?」
「動物を可愛がりたいという欲求や、あるいは動物を意のままに操りたいという支配欲などでしょうか」
「確かに馬は可愛いし、こうして背中に乗って手綱を握ってると、自分が偉くなってるような気分になれるね」
「馬に乗っていない人を見下ろすこともできますしね」
“欲”に関するトークに花を咲かせる。
小一時間経ち馬を降りると、ミザリアはこう言って笑った。
「とても楽しかったですわ。私の中の欲望を満たすことができました」
「そう言ってもらえると僕も承認欲求を満たされるよ」
およそカップルらしくない感想を言い合う。
どんなに楽しく見えても、二人にとって交際は何らかの欲を満たす行動に過ぎない。
だが、二人にとってはそれでよかった。
***
三度目のデートは王都の大図書館。
デートに適した場所とは言いがたいが二人とも知識層であり、本を読むのも好きなため、互いに邪魔をせず読書に勤しむ。
デリオは王国史に関する書物を読む。
「こうやって、本を読み漁るのは知識欲というやつかな」
ミザリアは小説を読んでいる。
「あるいは本の中にしか存在しない空想世界を羨んでいるのかもしれませんわね」
「素敵な欲だね。空想欲とでもいうべきかな?」
「空想がいきすぎると妄想欲になってしまいそうですね」
「言えてる。僕も気を付けないとな」
デリオとは話が合い、気も合った。
夜会であらゆる男を相手にしなかったミザリアだが、デリオだけは例外だった。
一緒にいて苦にならず、むしろ楽しい。
デートを重ねるうち、ミザリアは自分の中に少しずつ芽生え始めた気持ちを自覚しつつあった。
デリオといることは呼吸のように当たり前のようにでき、ゲームをするように楽しく、彼のことを考えるとドキドキしてしまう。
なんなのかしら、これ……。
なんらかの“欲”に過ぎないのだろうか。しかし、ミザリアは単なる欲とは思いたくない。認めたくなかった。こんなことは生まれて初めてだった。
***
細長い雲がゆったりと流れる午後、ミザリアはデリオとともにカフェでお茶をしていた。
ミザリアは紅茶を、デリオはコーヒーを注文した。
「今日は過ごしやすい天気ですね」
「うん、ずっとこういう日が続けばいいんだけどね」
「だけど、デリオ様と過ごしてると、天気に関わらず楽しいです。暑い日も、寒い日も、雨の日も、風の日も……」
ミザリアは踏み込んだことを口にする。
すると、
「僕もだよ」
あっさり肯定する返事が来た。
今しかない――と思った。
このところ芽生えつつある、自分の想いを伝えるのは、今しかない。
「デリオ様、このところ私は、いつもあなたのことを考えています。デートしていない時もずっと……」
ミザリアは自分の胸にそっと右手を置く。
「この感情はもしかしたら、“愛”なのではないでしょうか?」
自分なりに精一杯心を込めて伝えたつもりだった。
だが――
「それはないよ」
あまりにも冷たい返答だった。
「え……」
「君が言ってたろう。この世に愛なんかないって。その通りだと思うよ。君が僕に抱いてるその気持ちも何らかの欲に過ぎない。もちろん僕も君と過ごしていて楽しいけど、それだってきっと何らかの欲なんだろう。愛なんかじゃない」
かつて自分が主張していたことが、そのまま自分に返ってくるような格好になった。
ミザリアは二の句を継げない。
そんな彼女の心を察してか、デリオが続ける。
「……いい機会だ。実は僕は、君の生い立ちを知っていた」
「……!」
「もちろん、リーベ家のこともね。君の両親のことを暴露したのが誰かも、なんとなく察することができる」
デリオがミザリアに声をかけたのは単に「面白い令嬢がいる」というだけの話ではなかった。
彼はミザリアのことを事前によく知っていた。
「だが、そのことについてどうこう言うつもりはない。なぜなら僕の生い立ちも似たようなものだからだ」
「どういうことですか?」
「アムル家の現当主は僕の父だ。ただしこれは戸籍上の話で、実際はどうなのか分からない」
「え……」
「それだけ母上が性に奔放でね。実の父親はどこかの馬の骨である可能性が高い」
ミザリアは何も言えない。
「それを知った時は当然ショックだった。だから母上に問いただしたさ。僕の父は誰なのかって。だけど、『もう覚えていない』だってさ。父上は父上で『妻に一切興味はなく、アムル家の跡継ぎを生んでくれればそれでいい。幸いお前は優秀でよかった』って平然と言ってたよ。すごい家族だと思うよ、もちろん悪い意味で」
自嘲気味にハハ、と笑う。
結局、母は新しい男を作り、家を出てしまった。一方の父もデリオという“優秀な跡継ぎ”ができたことに心底満足した様子だった。しかし、内臓系の重い疾患を患い、実質引退状態だという。
「こんな環境で育って“愛”なんか信じられるわけがない。だから君のことを知って嬉しかったんだ。僕と同じような人がいるってね」
「デリオ様……」
「これだって、君に共感したことで生まれた欲だと説明できる。同じような人と寄り添いたいってね。愛なんかじゃ……ないんだよ」
デリオはうつむく。
ミザリアは初めてデリオの素顔を見たような気がした。普段の飄々とした態度は、家庭環境でズタズタに引き裂かれた心を隠すための仮面に過ぎない。
自分自身だってそうだ。夜会で「愛なんかない」と令息をあしらう姿は仮のものに過ぎない。
本当は、本当は……本当は――
ミザリアは絞り出すように声を発した。
「デリオ様は……デリオ様という名前ですよね」
「うん? そうだけど……」
「私も……ミザリアという名前があります。両親のことは好きじゃないけど、この名前は結構気に入ってたりします」
唐突に名前の話が始まり、デリオはきょとんとする。
ミザリア自身、考えはまとまっていないが、思ったままのことを口にする。
「私もデリオ様も同じ人間です。別に名前なんかなくて“人間A”“人間B”でもいいはずなのに」
デリオは口を挟まず耳を傾けている。
「飲み物だってそうです。葉を発酵させたり、豆を煎った代物に、オシャレな名前がついている。みんな、それを飲んで美味しいと笑ったり、喜んだりします」
頭の中をまとめるための時間稼ぎとして、ミザリアは紅茶を一口飲む。
ようやく、自分の言いたいことが見えてきたような気がした。
「“愛”もそういうものなんじゃないかなって思うんです。あの人を抱きたい、あの人に好かれたい、そんな欲求に格好つけて“愛”だなんて名付ける。でも、それでいいんじゃないかなって思うんです。名付けたんだから、それはもう“愛”なんです。たとえ他の誰がなんと言おうとも」
「……」
「それはもしかすると苦い飲み物に無理矢理“ジュース”だなんて名付けて飲み干すような愚かなごまかしに過ぎないのかもしれない。でも……でも……!」
ミザリアの目が潤んでいた。
こんなに心の内から感情がこみ上げるのは本当に久しぶりのことだった。
あれはそう、父の情事を初めて目の当たりにした時のように。
ミザリアがあれ以来ずっと心の奥に封印していたものが、少しずつ溢れ出しつつあった。
デリオを見ると、その澄んだ緑色の目は、いつになく優しさを帯びたものになった。
「その通りかもしれない。いや、その通りだ。僕たちが名付けたのなら、それはきっと“愛”なんだ」
「デ、デリオ様……!」
「君の話を聞いてたら、僕もようやく気が楽になったよ。この世は欲だらけかもしれない。でもだったら、勝手に“愛”って名付けちゃえばいい。他のみんながやってるように」
デリオは何かが吹っ切れたように宣言した。
「僕たちのこの感情も……“愛”だ!」
「そうです!」
二人はそのままカフェを出て、街へ繰り出した。
いつも通りの景色、いつも通りの街並み、そしていつも通り二人でいるはずなのに、なぜか別世界に来たように気持ちは軽やかだった。
二人の中に欲以上の“何か”が生まれていたのは確かだった。
***
それからまもなく、ミザリアはデリオと婚約し、婚姻に至る。
教会で結婚式が執り行われる。
純白のウェディングドレスを着たミザリアは、暗い眼差しで愛などないと言い張っていた頃とはまるで別人である。
白いタキシードに身を包んだデリオもまた、生まれ変わった彼女の伴侶として相応しい貫禄をまとっていた。
ミザリアが会場を眺める。
そこには――
「兄さん……!」
袂を分かったはずの、ミザリアの兄の姿もあった。
兄として、穏やかな笑みをたたえ、妹の門出を祝福してくれている。
もう、わだかまりはない。ミザリアは力強くデリオに宣言する。
「デリオ様、私は一生をかけてあなたを愛します!」
「僕もだよ、ミザリア。一生君を愛する!」
二人は目を閉じ、唇を重ね合わせる。
“愛”などないと言い続けていた二人。それなのに――いやだからこそ、王都でもこれまでにない情熱的な結婚式となった。
以後の二人は、互いを愚直なほど一途に愛し続けたと言われている。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。