格安マンションに住んでいると、住民トラブルは多い。
「このマンションが家賃、三万円って本当?」
お酒の入ったスーパーの袋の重さが気にならないほどの衝撃をうけ、瑠璃に信じられないという表情で私は聞いた。
大学の頃からの付き合いの瑠璃は黙って首を縦に振る。
駅から歩いて10分程度の立地にある築浅マンション。2LDKのトイレとお風呂が別々にある物件としてインターネットで調べれば、少なくとも10万円は考えておかなければならない。しかし、この物件については、そういう心配はないと、事だった。
とてもではないが、信じられない。
私が住んでいるアパートは、ユニットバスで、ワンルームでそれでいて月三万円である。
雲泥の差だ。
「絶対に何かあるじゃん」
「だよね」
私と瑠璃の頭の中に、一つの言葉が浮かんだ。
事故物件。
何かあった部屋なのではないか。という疑惑である。しかし、瑠璃が聞くところによると、隣室や上下階のフロアに聞いても特にそういう事故のようなことはなかったそうだ。かなり昔から住んでいるという老婆に聞いたところ、前に住んでいたのは、若い学生やカップルであり、特に何も理由も言わずに引っ越していったということであった。
と、聞くと、どこか安心する。
なんてことない訳アリの格安物件というだけだ。
「だけど、一番下の階が原因かもしれないのよ」
「どういうこと?」
瑠璃に詳しく聞くと、一番下の階には、個人の研究所があるそうだ。なんでも若い大学生グループが集まっているらしく、何を研究しているかはしらない。が、大学生のすることだ。大した研究ではないと思っているそうだ。
「ま、じゃあ、いいか。とりあえず、みんなが来るまで待とうよ」
「あたし、おつまみ作るね」
そうである。
私たちの目的は、友達との宅飲みだ。大学時代からの友人がやってくるのだ。彼ら彼女らが来るまでに準備をしておかなければならない。そう思って始めたのではあるが、ぽつりぽつりと友人がやってきて、あっという間に宴会が始まった。
日が沈むころには、すっかりと出来上がった酔っ払いが部屋の中で、酒を飲んであれこれ仕事の愚痴を口にしているのであった。
と、夜もどんどん深くなっていくとき、突然、窓の外からパラパラという雨音のようなものが聞こえてきた。
カーテンを閉めているので、外の様子を見る事ができない。
「まずったなぁ。誰か傘持って来てるか?」
「瑠璃、傘貸してくれよ」
「誰か、カーテン開けて外見てみろよ。にわか雨かもよ」
誰かがカーテンをぱっと引いた。
と、その時、窓ガラスの向こう、ベランダを真っ暗な夜闇に稲光が光り照らした。
稲光よりも大きな悲鳴が部屋の中に響く。
窓の外、ベランダには、見たこともないような生き物がいたからだ。初めは四つん這いになった人かと思った。しかし、顔には光り輝く複眼に、口から伸びた触手ととても人ではない姿をしている。もっと言えば、顔の耳の辺りには、大きく開閉する蓋のようなものがあり、それがカパッカパッと開いて音を立てている。
パラパラと窓を叩いているのは、その生き物の背中あたりから生えている触手が窓を叩いているのだった。
「な、なんだよ、あの化け物!」
「け、警察!」
部屋の中が騒然とした、その時、ピンポンと呼び鈴が鳴った。
慌てて私が部屋の外へと逃げ出す次いでに、扉を開けに行くと、扉の外には白衣を着た三人組がいた。
「すいません、一階の理化学研究所のものなんですけども」
「うちの実験動物が逃げ出しちゃったみたいで」
「あ、キラリクス! そこにいたの!」
と、ずかずかと二人が部屋の中に土足で入っていく。窓をがらりと開けて、あっという間に窓の外にいた生物を捕まえてしまった。
「いや、すみませんね。この実験生物、この部屋が好きみたいで。あ、黙っていてくれますよね?」
もしかすると、これが安さの真相なのか。
瑠璃はもちろん、黙っているということで、今もその三万円のマンションに住んでいる。




