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魔王と仮初の花嫁  作者: SF
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1.攫われた神子

 この大陸は魔界と人間界に分かれている。

 魔界と人間界の境界には「聖なる巫女教会」が設置されて、広大な塀を築き魔術師達が結界を張っているが、人間には老いとともに魔力の限界が来る。

 世代交代の際には綻びが出やすく、その日もまた魔物が人間界に押し寄せてきた。

 若い魔術師が光の矢を降り注がせ、下級の魔物は木々や地面に磔にされた。それを踏み越え、聖騎士団がマンティコアやオークやリザードマンなど大型の魔物達と火花を散らす。

 まさに戦である。しかしそれらは目眩しに過ぎなかった。

 戦力の大部分を国境に割いている今、国の中枢の城の警備は手薄になっていた。たくさんの白い塔が連なる城は、雪を纏った山脈のように美しい。

 その白の廊下にコツコツとブーツの靴音が響いてた。ドラゴンの革でできたブーツは途方もなく丈夫で火も槍も通さない。黒い陣羽織もその下の黒い装束も光沢のある生地でできており、長い袖や裾を靡かせながら歩く様は黒い川が流れるようであった。

 礼拝堂の扉を手も触れず開け放てば、モザイク模様のタイルの床に、可憐な人影が跪いていた。

「お迎えにあがりましたよ、姫君」

 地獄の業火を思わせる赤い髪と目をカッと見開き、魔王は嗤った。

 月と星の刺繍の入った薄いベールの向こうで小さな人影が動く。魔王は逃げる隙も与えず一瞬にして華奢な身体を抱き上げた。

「待て!」

 十代半ばの少年が祭壇から飛び出した。構える剣と鎧には月と星の紋章が刻まれている。足も手元も震えてカタカタと音を立てていた。

 魔王は嘆息し、緩慢な動作で手を一振り。少年は衝撃波によって後方に飛ばされ祭壇をひっくり返した。腕の中の人物は、掠れた声で少年の名を呟く。ベールからわずかに覗く緑の目は不安げに揺れて、そして潤んでいた。

 魔王は鼻で笑い、窓を破って城から飛び出す。長い装束は空中で羽ばたき黒い翼となった。そのまま魔王と姫君は、魔界に姿を消したのであった。


 が、しかし

「男じゃね――か!!!!」

 魔王は魔界の城に帰ると、早速姫君を寝室に連れ込んだ。ベールを剥ぐと思いの外素朴な顔立ちをしていたが、高貴な身分だけど純朴そうとかこれはこれでアリだと服を脱がせたところ、下半身からお揃いのモノがパオンとこんにちはしたため思わずツッコミが漏れた次第である。

「いや、抱き上げた時点で分かりません? というか城の警備がガバガバだったのもお気づきでない……?」

 姫君に扮していた少年は眉を顰める。

「罠がどうした。無論蹴散らしてくれるわ」

「いや、俺を囮にして王や妃は姫君はとっくに逃げてたって話なんですけど」

「何?! それでは世継ぎはどうなる!」

「え、待って待って。ちょっと最初から説明をお願いします」

 聖なる巫女協会の魔術師や修道士たちに数十年ごとに世代交代が必要なように、何百年も生きれば魔王にも衰えが出始め新しい後継者が必要となる。その為姫を攫ってきて孕ませ新しい魔王を産ませるのだ。高貴な身分の人間であれば上に立つ人間に必要な教養があり、跡継ぎの教育も捗る。身代金として生贄や家畜なども巻き上げやすい。

 少年はクソですね、と言いかけたが魔族は人の世界の倫理観など持ち合わせていないし理解させるのも骨が折れそうなので、

「クソですね」

と言うだけに留めておいた。

「ならば民を身代わりに置いて逃げる王はなんだ? 卑怯者か?」

 魔王はニヤリと口の端をあげる。

「まあそれはそうなのですけどね」

「否定はせんのか」

「俺はむしろその為に育てられたというか。いわゆる神子なんですね」

 ほう、と魔王の目が好奇に瞬いた。玩具を前にした子どものような目の光に、少年はうんざりする。

「ほら出た。歴代の神子ってほぼ美人でしたもんね〜〜。要は生贄なのに神様がお喜びになるからとか言って〜〜。俺みたいに平凡な顔立ちな孤児がいいなんて言ってくれるのは」

 少年はそこで口を噤んだ。そして緑の目を揺らして「よっぽどの物好きですよね」と黒いシーツに視線を落とした。

「では我輩は物好きのようだな」

「は? ちょっと待って嘘でしょ?」

 魔王は少年ににじり寄る。赤い目は情欲にギラつき下半身からは雄の気配がした。

「安心しろ。すぐに悦くなる」

 魔王の手が薄い腹に置かれた。長い指先についた爪は、軋みながら鉤爪のように鋭くなる。鉛筆の芯のように細く鋭くなった爪は、少しなぞるだけで少年の柔肌を傷付けた。下腹部に血の筋ができ、唐草模様を描くように皮膚が細かく割れていった。痛みと得体の知れないことをされている恐怖に少年は青ざめ叫ぶ。

「喚くな。すぐ終わる」

 その言葉通り、皮膚が裂けるのも出血も止まった。薔薇が咲いたような赤い紋章だけが残る。少年は恐る恐るそこに触れた。瞬間、甘く強烈な痺れが身体を貫いた。弾かれるように手を退ける。魔王は逃さなかった。少年の手を紋章に押し付けた。

「ひぁっ……!」

 少年の体がのけぞった。再び強い刺激が走る。今度ははっきりと自覚した。これは快感であると。

 魔王は少年の手を握り、その手で紋章を撫でさする。

「やっ、やめて……!」

「それは"淫紋"だ。感度をあげ孔を潤ませる。そして雄でも子を孕ませることができるのだ」

 ヒュッと少年の喉が鳴る。目には明らかに怯えが広がり、魔王は愉悦に口角が上がった。

「い、いやだ、それだけは……! お前の子なんて産まない!」

「そうか。だがここは準備出来ているようだがな」

 尻の窄まりに長い指が侵入する。ぬるりとした体液が肉輪の縁から溢れた。指が動くたび隘路は柔らかくなり、少年の身体はうねった。

「嫌だっ。触るな! 触るなぁ……!」

「ほう。まだ耐えるか。ならばもっと」

「だからっ…………」

 少年は歯を食いしばる。手をきつく握りしめ拳を結んだ。

「やめろっつってんでしょうがぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 見事な右ストレートが淫靡な空気を両断し、魔王をベッドから吹っ飛ばす。完全に油断していたし、まさかのグーパンである。魔王が目を白黒させながら起き上がれば踵で頭を踏みつけられた。

「なんですか淫紋て! 人の体に勝手につけて! ああ魔族に良心とか情けとか期待してませんけども?! だったらこっちも下手に出る必要ありませんよね?!」

「貴様っ……ならばこちらも容赦はせぬぞ!」

 黒い装束が翼に変わる。それだけではなく、手足は獣のように硬い体毛に覆われ、螺旋を描く角が米神から生え、赤い目はますます吊り上がり髪は炎のように逆立ち揺らいだ。

「……殺すならさっさと殺してくださいよ」

 少年は、魔族の本質を剥き出しにした魔王から目を逸らさず吐き捨てた。魔王の動きが一瞬止まる。

「それに、鼻血出しながら凄んでも説得力ないです」

 牙の生えた口がカッと開いた。少年は身構えるが、魔王の口から飛び出したのは高笑いであった。

愉快そうに笑いながら、魔王の姿は縮み、人間の姿に戻っていく。相変わらず鼻血は垂らしたまま。

「ハッハッハッ、殺すのもすぐ堕とすのも惜しいな! どれ貴様、賭けは好きか?」

「やったことがないです」

「ではこうしよう。百年以内に助けが来たらお前の勝ち、助けが来なければ我輩の勝ちだ。我輩の子を産んでもらう」

「随分気が長いですね」

「ああそうか、人間の生は短いのであったな。ならば」

「いえいいです、このままでいきましょう。どれくらいだったかなあ〜確か二百年くらいあったと思いますぅ〜寿命」

 少年は棒読みで言いながら目を逸らす。

「ではそれまでお前は我輩の花嫁だ。名はなんと言う」

「先に名乗るのが礼儀……って関係ないか貴方たちには。ユリウスと呼んでください。あと花嫁も嫌です」

「我輩はレイフェルトだ。よろしく"婚約者"殿」

 レイフェルトがユリウスの淫紋を撫で上げる。ヒッと小さく声が上がるが、ユリウスの右手がすかさず魔王の頬をビンタするのであった。




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