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習作「ある男」

作者: 野井 曲八

途中面倒になって無理やり完結させてしまった星新一さん風味な短編です。ほぼ処女作なので多めに見てください。

 J氏は会社員である。もう今年で30になる。勤勉な性格で、嫌いな上司はいるが我慢出来る範囲だし、かと言ってブラック企業で勤めているという訳でもない。J氏の周りは羨ましいだとか充分恵まれた生活だよとか言いたい放題であったが彼自身にとっては現状をいいものとは思っていなかった。また、一つを除いて彼には趣味といえるものがなかった。それ故にJ氏はこの平々凡々な生活に嫌気が差していた。


「なにか刺激的な出来事はないものだろうか」


 人とは欲を糧に生きている。どんなに満たされた人生を送っていても、何かを欲さずにはいられないのだ。というのがJ氏の持論である。

 そんなJ氏に転機が訪れた。海外転勤の話が出たのだ。


「この話は俺の退屈な人生を変えてくれるかもしれない」


そう思ったJ氏はその話を受けることにした。幸い彼は英語が出来た。妻子がいるわけでもない。彼のプライベートは自由であった。もっとも、彼は一日中動画サイトやテレビを見て過ごすだけで、見る人が見れば実にもったいない使い方だったが。


その晩、いつものように自宅で一人テレビをぼーっと眺めていた時、J氏の元に電話がかかってきた。


「見たことのない番号だな。」


そう思いつつ電話に出ると、聞きなれない男の声で、開口1番男に尋ねる。


「お前は誰だ?」


「誰って…お前こそ誰だ。俺はお前のことしらないぞ」


礼儀も何も感じない声に思わず声を荒げてしまう。今日はあまり仕事が振るわなかったのだ。普段ならこの程度のことでは態度に出ていなかったはずだ。心身共に疲れ切ったJ氏の声には疲弊の色があった。


「俺も知らない」


「はあ。さては間違い電話では?この番号は私の家電ですが」


「それはないんだ。もう一度聞く。お前は誰なんだ。質問に答えてくれ」


「その前に、あなたは何者なのか教えていただけますか。素性が知らない者に私の個人情報は教えたくないので」


「さあ」


「『さあ』だって?それはどういう…」


「お前は誰だ」


「はぁ?」


このままでは埒があかない。そう思ったJ氏は電話を切った。


「なんだったんだ一体…」


先程までの苛立ちはとうに過ぎ去り、J氏には気味悪さだけが残った。だが、それよりもあの男へ対する好奇心が勝った。J氏は折り返して電話することにした。しかし、電話が繋がることはなかった。


次の日の夜、同じ時間に電話がかかってきた。


「居るか?」


「またお前だな?居るよ家にね。そもそもこの電話は家電だと言ったはずなんだけどな」


「そうか、では今からそちらに行く」


わずか10秒足らずで会話は終了し、J氏は突然の、謎の男の来訪宣言に久々に高揚感を覚えた。



待つこと40分程、男が訪ねてきた。


J氏はドアを開ける直前になって、得体のしれない男を一人暮らしのマンション部屋に入れるということが異常であるなと思ったがどうでも良くなって、招き入れた。


冴えない男、それが第一印象だろう。髪は整えられておらず顔もパッとしない奥二重。もし街にくり出せば、容易に群衆の波に溶け込めるだろう。そのくらい、特に印象に残らない男だった。眼鏡のフレームは歪み、少し斜めに傾いていた。それに無地の白いTシャツにジーンズ。


リビングに男を通し、座らせ、男の前にコーヒーを置き、自分も男の対面に座る。


男はJ氏を見つめ、口を開いた。やや、大きすぎるほどに。話すためではなく、中にあるモノを見てもらうためだった。J氏が男の口の中を注視すると、下の奥歯と上の奥歯になにやら赤く点滅する装置のようなものが埋め込まれていた。


「これはなんなんだ?」

「録音テープ兼爆弾だそうだ」

「爆弾だって?意味がわからない。それに、なぜ私の元へ来た」

「俺は何者かに襲われ、気づいたらこんなものが埋め込まれていた。辺りに人はいなかったが、上と下の歯を噛み合わせると俺にだけ聞こえるくらいの音声が再生される。爆弾だと分かったのはその音声によってだ。そしてお前の家の電話番号もそうだ。」

「なるほど。しかし申し訳ない。私に身に覚えが全くない。何も貴方にしてあげられることはないと思う」

「そんなこと言うなよ。こちらも参ってるんだ」

「そもそも先に警察に行ったらどうなんだ」

「いつも監視されているらしい。妙な行動をとった瞬間爆破だそうだ」

「困ったな…何か他に情報はないのか」

「ないことはない。上下の装置を接触させれば録音が再生される」

「なら再生すれば良いじゃないか…」

「そうもいかないんだ。これも教えられたことだが、録音テープを全て聴き終えてしまっても爆発するらしい。つまり手がかりを聞くにはそれ相応の覚悟がいるということだ」

「なんでそんな…」

面倒なことに巻き込まれてしまったのだ自分は。と言いかけたJ氏であったが、自分がこの特殊な状況を楽しんでいることに気づいた。

その瞬間、J氏の意識は完全に途切れ、彼は絶命した。






「J死刑囚、16時32分、臨終です」

医官がそう告げた。真っ白で簡素な部屋、白いベッドで横たわるJ氏を2人の刑務官が立ち会っていた。

「しかし、こんな方法で被害者の遺族は納得するのでしょうか」

「仕方ないだろう。世界からの風当たりも強くなった。その分、死刑制度が無くならなかったのが奇跡なくらいだからな」

「それはそうかもしれませんが、やはり薬物投与による安楽死は甘すぎると思いますがね。この男なんて、8人も殺害した凶悪犯じゃないか」

「実はな、そういうわけでもないんだ」

「というと?」

「安楽死、というのは表向きの話でね。この薬には凄いところが2点ある。1点目、これを投与された人間は昏倒し、必ず絶命前に夢をみる。これは十分凄いことだが、この薬のもっと凄いところは、薬を打たれた人間が今まで殺してきた人間と同じ状況をリアルに味わうことになる。必ずだ。痛覚なんかも本当のように体感できるらしい。ナイフで刺したなら刺されるし、毒殺なら苦しむことになる。Jは8人全て毒殺。きっとひどく苦しみながら死んだのだろうな」

「なるほど。ちなみに人を殺したことのない人間の場合はどうなるんです?」

「さあな、きっと少しスリルのある楽しい夢でも見られるんじゃないか?」





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