食事
明日はお休みです。
次回は明後日投稿予定です。
「私とクイーン嬢はアトラ嬢達とは別方向のカカナツラの拠点に出向いていました。アマリリス嬢とアリス様の取り決めがそのようになっていましたからね。あなた達と協力者はなるべく接触しないように努めると」
「なるほどぉ~クイーンはそりゃあ頭はいいですからぁ~実際の現場に出向いたのならあの程度の連中の拠点の位置なんてサクサクと割り出していったのでしょうねぇ~」
「その通りです。彼女の情報処理能力はとても素晴らしい…最初は自分も拠点を襲撃するとおっしゃっていましたが、そちらについては止めさせていただきました」
「それはありがとうございますぅ~なんならカララさんより弱いのでぇ~あんまり直接戦闘はさせちゃダメなんですよぉ~」
そうしてクイーンとアレンは次々とカカナツラの拠点を探し当て、敵に気づかれないように監視を行い…やがて二人はいくつかの拠点が異様な静寂に包まれているのを感じ取った。
「静寂ですかぁ」
「ええ。まるで人の気配を感じられない…建物だけがそこにある雰囲気の場所があったのです。私たちは息を殺してその場所の内部を捜索することにしたのですが…やはり人は一人もいませんでした」
「うーん私がユキノさんやカララさんと潰して回った拠点はひとつ残らず人がいましたけどねぇ?そっちはたまたまいなかったという事ですかぁ~?それとも?」
「…人の死体はありませんでした。なので私もクイーン嬢も放棄された施設なのかと予想をたてたのですが…彼女曰くそれにしては重要な情報が放置されていたそうです」
「むむ~?つまり~?」
「つまり何かから逃げたか…もしくは痕跡すら残さずに消されたかの二択ではないかと」
「痕跡を残さずねぇ~いうほど簡単ではないですよぉ~?人というのはその場で生活をしたのならどうしたって消しきれないそこにいた証拠というものが残りますぅ~。突如として訪れた脅威から逃げ出したとすれば~全く痕跡がないなんてありえません~。消されたにしてもそういう言い方をするという事は死体どころか血痕なんかもなかったんでしょう~?」
アレンはアトラの言葉にゆっくりと頷く。
人間はたとえ一人だとしてもその痕跡を消すことは難しい。
逃げ出すにしても殺されたにしても「その道」のプロであるクイーンが発見できないほど綺麗に証拠を消すことなど不可能だ。
一体どうなっているのか?それがついにアレンの口から語られる。
「何件目かに立ち寄った拠点で私たちはついに「それ」と遭遇しました。相変わらず人の気配が感じられない建物内の最奥に…それはいたんです」
「それがメイド?」
「はい」
アレンは今でもあの瞬間の光景を鮮明に思い出せる。
いや、脳裏に焼き付いて消すことが出来ないと言ったほうがいいかもしれない。
カカナツラの拠点…その最奥にいた褐色の肌を持つひらひらとした服に身を包んだ可愛らしいメイド…そんな彼女の片手には恐怖に歪んだ人の生首が握られていた。
「な、なんなのあれ…」
「クイーン嬢…静かにここを離れましょう。おそらくあれが…」
アレンはそのメイドを一目見た瞬間から背筋が凍るような感覚を覚えていた。
絶対にあのメイドと関わってはいけないと全身が危険信号を発する。
それはまるで人としての本能がメイドを逃げるべき「天敵」だと認識しているかのようだった。
「もし彼女があのアマリリスの手の者なのだとしたら…アラクネスートを表向きとはいえ預かっている私が逃げることは出来ないわ。何としてでもあのメイドの正体を掴まないといけない。でないと私がここまで来た意味がないですもの」
瞬間、アレンの心の内を様々な考えが駆け巡った。
この場はクイーンを気絶させてでも逃げるべきなのだろうか。
しかし彼女も遊びに来たのではなく信念をもってこの場にいる、そんなクイーンの意向を手をあげて迄無視することが正しいのだろうか…。
そんな一瞬の思考の末にアレンもその場にとどまることを選択した。
選択してしまった。
そして二人は見てしまった。
メイドが手にしていた人の生首に口を開けて噛みついたのを。
「「っ!?」」
傍目から見ても可愛らしいという言葉の似合うメイド服女性をきた女性が生首の頬に歯を立てて…そのままミチィと音をたてて肉を噛みちぎり…そして口内で数度咀嚼をすると…静かに飲み込んだ。
しかしメイドはそこでは終わらない。
再び生首に口をつけ、その肉を次々に飲み込む。
途中で生首の目玉を指でほじくり出し、まるで飴玉の様に口に放り込んでコロコロと転がす。
舌を無理やり引きちぎってゆっくりと噛みちぎりながら食べていく。
…最後に肉が失われ露になった白い頭蓋骨も小気味のいい音をさせながらバリバリとメイドの口の中に消えていく。
あまりに現実離れした吐き気を催すような惨劇は終わりを告げた…ように見えた。
メイドは二人からは死角になっている影に手を伸ばし、何かを掴んで引っ張り上げた。
それは全身から真っ赤な棘を突き出して絶命している人間だった。
「まさか…まだ…」
自分でも自覚しないうちに漏れ出たクイーンの言葉を肯定するかのようにメイドは再び食事を始める。
体内から突き出た赤い棘を中心に死体はバラバラに解体され、手ごろなサイズになった人体を先ほどと同じようにメイドは口の中に納めていく。
その事実だけでも十分に恐ろしく異様だが、奇妙な事にメイドは明らかに口の中に納まるようなサイズではない部分もどういうわけか質量やサイズ感を無視して飲み込んでいく。
5分もしないうちに人一人がメイドの胃の中に納まったはずなのだが、当然ながら人一人分の肉や骨が少女と言ってもいい身体の胃袋に収まるはずがない。
しかしメイドの腹は微塵も膨らんでいるように見えない。
「明らかに人間じゃない…何が協力者とあの女…!」
「クイーン嬢…これ以上は本当に危険だ。一刻も早くここを離れよう」
「…そう、ですね。お手数をおかけしましたわアレン様」
「いえ、行きましょう」
知らずのうちにしゃがみ込んでいたクイーンを立たせてアレンは来た道を引き返そうと振り向く。
そんな彼の目に飛び込んできた物は通路を塞ぐようにして壁や床から突き出す赤い棘だった。
「まずい!クイーン嬢!私の後ろに…」
「もう遅いですね」
アレンの耳に届いたのはクイーンのものではない、聞き心地のいい可憐な声だった。
ゾクリとしたものを感じ、振り向くと同時に腰に下げた剣を引きぬく。
想像通りと言うべきかアレンのすぐ背後に褐色肌のメイドが迫ってきており、クイーンが首を掴まれて人質に取られていた。
そんな状況にも関わらずメイドはまるで世間話をするかのようににこやかで穏やかな表情のまま口を開く。
「こんばんは。ここの人は皆さん捕らえていたと思ったのですけどうまく隠れましたね」
「…彼女を放していただけませんか」
「えっとすみません。ちょっと差し出がましい事を言ってしまいますけど挨拶をされたら挨拶を返したほうがいいですよ?これ私だからいいですけど、私の主人は挨拶をしてくれない人と話しを聞いてくれない人が大嫌いですから。あの方はたぶんいきなり殴りつけてもそれほど怒らないですけど、そういう数少ない地雷を踏んでしまうと平気で殺しちゃいますからね」
メイドは少しだけ困ったように笑っていた。
アレンはヘタに刺激をするのは得策ではないと警戒は解かないままで唾を飲み込んだ。
「…こんばんは」
「はいこんばんはです。さて、それはともかく申し訳ないのですけど死んでもらわないといけないんですよ。70人と少ししか食べてないのでお腹もすいてますし…ただその前にどこに隠れていたのかだけ教えてもらっていいですか?生き残りがいると困るのでちゃんと調べておかないと」
アレンの全身を流れ落ちる汗が止まらない。
意地で剣を突き付けているが、目の前のメイド服を着た女性に敵う気が微塵もせず、逃げ出したいという衝動に脳が侵されていく。
しかし目の前の女性を見捨てて逃げることなど騎士であるアレンの中の矜持がよしとはしない。
「私たちはここの関係者ではありません。すこし気になる建物でしたので踏み入っただけです…なのでどうか彼女を放してはいただけませんか」
「アレン様…」
「あーそういう感じですか?しかしこっちにもそれを確信できるものもありませんし、一応目立つなとも言われているので運がなかったと諦めてもらえますか?それにほら…ここらへんは男性が多くて女性のお肉はあんまり食べれてないので食欲がそそられちゃって」
メイドが赤い舌を覗かせてクイーンの頬をそっと舐めた。
「ひっ…」
捕食者と獲物。
クイーンとアレンはそこでようやくメイドに感じる異常なまでの恐怖が食物連鎖内で初めて自分たちの上にいる存在に遭遇してしまった事による生物としての恐怖だという事に思い至った。
クイーンの足が震え、股の間を暖かい水が零れていく。
アレンもその場を一歩も動くことが出来ない。
そんな様子になれているのかメイドは二人の様子に気を割くことすらせず、口を「あー」と開き、クイーンの頬に噛みつこうとした。
「ひっ…いや、やめ…!」
「いただきます」
歯が頬に当たり…クイーンの喉を悲鳴が通ろうとしたその時、ピタリとメイドがその動きを止める。
「え?あ、ダメなの?…あぁそうなんだ。顔見られちゃったけどいいのかな?…あーまぁそれもそうか」
突如として独り言を放し始めたメイドはクイーンから手を離して優しく微笑む。
その際にメイドがメイド服のポケットから顔をのぞかせていたデフォルメされた白髪の人型のぬいぐるみを撫でているのが印象的だった。
「すみませんでした。あなた達本当にここの人じゃなかったんですね?アラクネスートさん?には手を出したら行けなかったそうで…ご迷惑をおかけしました」
メイドは申し訳なさそうに一礼をすると、それで全部終わりとばかりに二人に背を向けて歩き出す。
それを引き留めたのはクイーンだった。
「ま、待ちなさい!あなたの主人というのは…アマリリスという女性で間違いはないのかしら」
「…アマリリスちゃんからのお願いで今日は動いてますけど主人ではないですね」
「…ならもしかして「邪神」のほうなのかしら」
「リフィルちゃんのことですか?そちらも違いますね。…うん?あ、そうだねごめんごめん。あんまり話しちゃうとよくないよね。いや、ほらお腹すいてたからさ?…も~そんなに怒らないでってば。ちゃんとお土産に面白そうなの買って帰るから~」
クイーンとの話の最中に再びぬいぐるみを撫でながら独り言を始めたメイドだったが、やがてクイーンに向き直りその瞳を至近距離で覗き込む。
「…っ!」
「あのですね、世の中には知らないほうが幸せでいられることがあります。どうして知りたいのかは分かりませんが私の主人の事なんかはその「知らないほうがいい事」の最上位にある事です。ちゃんとしたただの人間さんなんですから、その幸せを嚙み締めて素直に生きていた方がいいですよ」
──食べられるのは嫌でしょう?
そう言い残して今度こそメイドはその場を立ち去ったのだった。
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「これが事の顛末です。その後は取り乱すクイーン嬢を抱えてこちらまで帰還し…という事です」
「なるほどぉ~…ちなみにですがぁそのメイドさんと私ならどっちが強いと思いましたぁ?」
「考えるまでもありません。この世界には手を出してはいけないものが確かに存在する…それを思い知った一日でした」
「ふむぅ~…いつか会ってみたい気もしますけどねぇ~」
「近いうちに会うことになるわ」
アトラの言葉に返答を返したのはふらふらとしながらも壁を扉を掴んで立ち上がっているクイーンだった。
顔色は悪く、まだ快調には程遠いように見えるその姿だったが、顔には何か覚悟のようなものが浮かんでいた。
「クイーン。もう少し寝てないとダメですよぉ」
「そんな暇はないわ。この程度の事で倒れてるわけにはいかないのよ…あなただってわかってるでしょう?なぜならアラクネスートは…邪神たちに対抗するために生まれた組織なのだから」
クイーンの言葉にアトラはやれやれとでも言いたげに首を振ったのだった。




