柩の中の夢
明日はお休みです。
次回は明後投稿予定です。
気がつけばナナシノはそこにいた。
真っ白で囲まれていて、その白がどこまでも続く世界。
しかし不思議と不安感を覚えることはなく、とりあえずペタペタと冷たくも熱くもない床かどうかすらわからない場所を進んでいく。
しばらく進んでいたとは思うけれど、如何せんどこを見ても白しかないので自分がどれくらい歩いたのかわからず、大きな不安というほどではないけれどどうすればいいのかと頭を悩ませ始めてところで背後から肩を叩かれた。
「?」
ナナシノが振り向くとそこには優しく微笑む女性がいて、その顔はどことなく…ユキノの面影があるような気がした。
そっくりと言うほどではないが目元や口元が似ているように感じる…その程度の感覚だが。
「おいでおいで~。こっちよ」
「あ、はい」
謎の女性に声をかけられてそのまま手を引かれるがままに、再び白い世界を進んでいく。
知らない人ではあるがその女性はどことなくユキノの存在を感じさせるためか、危険な感じはせず、言われるがまま誘われるがままだ。
「ナナシノちゃんでよかったのよね~?」
「え、あ、そうです、はい」
「そう~。あの子と仲良くしてくれてるみたいでありがとう~」
「…あの子…?」
女性はふわふわとしたつかみどころのない喋り方でナナシノに話しかける。
女性の言うあの子…それが誰なのかは分からないが…しかし同時にわかるような気もしていて…。
「ユキちゃん…ユキノのこと。大変でしょう?あの子と一緒に居るの」
「あぁ…いえ…そんな事は…その、仲良くしてもらっているのは私の方ですし…」
「そっか~愚痴の一つでも言ってくれていいのよ?今は何を言ってもあの子には伝わらないから」
「愚痴ですか…?特にはないですが…むしろいつも私が迷惑をかけてしまっているので…でもユキノさんは優しいですからこんな私と一緒に居てくれますし、声も書けてくれるんです。感謝こそすれど愚痴なんて…」
「あらまぁ~ちょっと予定が狂ってしまったわ~どうしましょ」
「予定…?」
女性は頬に指を当て「うーん」と何かを悩むとナナシノに頭を下げた。
「ごめんなさい」
「え…?あ、えぇ…?」
自分はいったい何に対して謝罪をされているのか心当たりがないナナシノはコミュ力不足も相まって意味のある言葉を話せなくなっていた。
「あ~ごめんなさいねー。ほら最近ユキちゃん…あの子の「アレ」とっても激しかったでしょう?」
「アレと言いますと…?」
「きしゃーってやつよー」
女性は自らの右手の指を開いてナナシノを襲うような仕草を見せた。
もっとも女性が身に纏うどこまでも柔らかいふわふわとした雰囲気からかナナシノに欠片ほども恐怖や威圧感を感じなかった。
しかしそれでも女性が何を表現したかったのかは十分すぎるほど伝わった。
「きしゃーってやつですね。ユキノさんの殺人衝動…」
「そうそれー。最近激しかったでしょう?あれ私のせいなの」
「え…?そうなんですか…?」
「そう。もうあの子色々と限界だったから…普通の子なのあれでも。人を殺したいという気持ちだってあの子が持っているものじゃない…だけどあの子が持っていなくてはいけないものでもあるから…だから私はそれをあなただけに向けるようにしたの」
「私にだけ…?」
「そう。いつだってあの子を内側から苛む抑えきれないほどの人を殺したいという気持ち…その全てをあなただけに向くように私が仕向けた。とても勝手な事だけどあなたは死なないから…もう本当に限界だったの。命を奪うという行為にあの子の心は耐えられなくなっていたから。だからごめんなさい。あなたからしたらたまったものではないわよね」
女性が話していることの意味はナナシノにはほとんど分からない。
どうやらユキノが持つ衝動には理由があって、それはこの人に関係していることで、そして同時にこの人はユキノの関係者で…断片的な情報が繋がらないままあ右から左に流れていく。
しかしそんな中でもナナシノ中にとどまったものもあった。
「それは…ユキノさんは私以外に殺したいという気持ちを持たないという事でしょうか…?」
「簡単に言うとそうかなー?厳密には「大部分」がナナシノちゃんに向くようになっているという事。そうね…例えば殺し合いになっちゃったり、先までの様にあなたがさらわれたり…そうなるとまたいっぱい殺したくなっちゃうみたいだけど普段はあなただけ。やっぱり怒るかしら―?」
「いえ…むしろ」
「むしろ?」
「…むしろ私はとっても嬉しいです。だってそれは私の事だけを見てくれて…私を必要としてくれるということですよね」
「うーん…まぁ、そうね?」
「なら私としては…はい、何も起こることなんてないです。それでユキノさんが少しでも救われるのなら…一つでも私といてくれる理由になるのならとっても嬉しいです」
女性は目を見開いて数度パチクリと瞬きをすると柔らかく微笑んだ。
「そう言ってくれるのなら私としてはありがとうと言わせてもらいますねー。これからもどうぞあの子をよろしくお願いします」
「え、あ、こちら…こそ…?」
二人で向かい合って頭を下げあった後、女性の案内が再開された。
いつの間にか白い世界は無数の花に囲まれた庭園のような光景に変わっていて、時折風に運ばれて花びらが舞う美しい景色となっていた。
「でもね本当はよくないことなの」
女性は様変わりした景色については話さず、少しだけ俯いたまま足を進める。
「よくないですか…?」
「そう。できるだけユキちゃんとナナシノちゃんを出会わせたくはなった。そのために私はここに居ると言ってもよかった…だけどどうしてもこれ以上この子が苦しむ姿を見てられなかった…これは私の弱さ」
「あの…?」
「それでも何とかなるかもしれないから、そう願いを託すしかないの…「彼女」だってきっとそう言ってくれると思うから」
女性は立ち止まるとゆっくりとどこかを指差す。
そこにはたくさんの花に囲まれた人が一人入りそうな柩が置いてあった。
「あれは…」
まるで引き寄せられるようにナナシノは柩に向かって足を進める。
色とりどりの花をかき分けて、空に舞う花びらを躱し…そして柩の中を覗く。
そこで眠っていたのは…ユキノによく似た女性だった。
今度は目元が似ている気がするなどではなく、明確にユキノに似ている。
ナナシノをしても本人だと錯覚してしまうほどに…しかし同時に明確に違うという部分も存在しており、それはどう見てもナナシノが知るユキノより年上に見えたことだ。
どこか幼さの残る少女ではなく、世界の残酷さを知ってしまった大人の女性…きっとユキノがもう10年ほど歳を重ねたのならこんな感じになるのではないかとナナシノは思った。
「あの…この人は…」
「白い雪の眠り姫。本当はこのまま眠らせてあげたかった…でももうそれは叶わないから。だからお願い…どうかあの子を…娘をよろしくお願いします」
その言葉を最後にナナシノの意識は遠のいていくのだった。




