謁見
なんだかいい匂いがする。
ふわふわとした気持ちのいい物に包まれて、まだまだ微睡んでいたい気持ちに囚われるけれど、その鼻をくすぐる匂いにお腹が起きろと駄々をこねだす。
「ふわ…」
柔らかいベッドから身を起こしてボヤ~っとした頭で辺りを見渡す。
「ここ…どこだろう…ふわぁ…」
まだ焦点の定まらない目を軽くこする。
なんだか無性に喉が渇いている。
「お水…」
柔らかなベッドに別れを告げて立ち上がる。
そこらへんでようやく頭がはっきりして来たけれど、ここがどこなのかいまいちわからない。
「そもそも私…いつの間に寝たんだっけ?」
昨日何をしていたのか順を追って思い出していく。
そして最後の記憶はアマリリスさんとご飯を食べて…男の人が出てきて…そして…。
「ユキノちゃん起きた?」
ギィィとやや古びた扉が開かれて、両手に大きなおぼんを乗せて、さらには肘の辺りにこれまた大きな袋を下げたアマリリスさんが入って来た。
そこで私は全てを思い出した。
「あ、アマリリスさん!わ、わた、私…!」
「いいから」
昨日の事を謝らなくちゃと動き出した私をアマリリスさんがおぼんで制した。
ずいっと突き付けられたそれにはお水と…あたたかな湯気を立てるスープのような物とサラダが載せられていて、そのまま部屋の中においてあるテーブルの上にそっと乗せた。
お盆は二つあって、同じ料理が並べられていることからどうやら二人分あるらしい。
「ユキノちゃん。とりあえずご飯食べよ?座って座って」
「で、でも私…」
「大丈夫だから、ね?」
「は、はい…」
促されるままに料理が並べられたテーブルの前に座り、向かい側にアマリリスさんも座る。
「いただきます」
「い、いただきます」
喉の渇きをいやすために水を飲んで、さらにスープに手を伸ばす。
スプーンですくって口に含むと今まで感じたことの無い味だった。
なんというか…しょっぱくて甘さがなくて…でも不思議とホッとするというか優しい味というか…とにかく不思議な味だった。
「美味しい?」
「あ、はい…」
「お味噌汁って言うんだよ。私のお母さんの一人が好きなの」
「そう、なんですね…とっても美味しいと思います」
お母さんの一人という言い回しをちょっとだけ不思議に思ったけれど、お味噌汁があまりに美味しくて舌鼓をうっている間にそんな疑問は忘れてしまった。
「お野菜も食べないとだよ。ご飯はバランスよくね」
「は、はい!」
「あ、忘れてた。主食がなかったね」
アマリリスさんが手に提げていた大きな袋を開いた。
中には恐ろしいほどの量のパンが詰め込まれていた。
パン屋でもひらけそうな量だ。
「こ、これは…?」
「パンだよ?え、さすがにパンくらいは見たことあるよね?」
「見たことはありますけど…」
「だよね?びっくりした。好きなの好きなだけ食べていいからね」
そう言われても…朝なんてどうやってもせいぜい2個が限界だ。
いや、というかそうだよね?朝なんだからそんなに食べられるわけないか。
何日かに分けて食べるんだよね?朝昼晩とパンなのかもしれない。
安売りでもしてたのかな?そうだよね?
「で、では一つ頂きます…?」
袋に手を伸ばすと先ほどまでより明らかにパンの量が少なくなっている。
恐る恐るアマリリスさんの方を見ると恐ろしい速さで様々なパンが口の中に消えていき、テーブルにはパンを包んでいた紙がどんどん積まれていく。
バランスとはいったい…?
結局大量のパンは朝の一食ですべてなくなってしまった。
────────
「さて、気になってるであろうお話をしようかユキノちゃん」
「…」
食事が終わり、後片付けを終えた後でアマリリスさんがそう切り出した。
私はとにかく謝らなくちゃと頭を下げようとしたけれど、やっぱりなぜか止められてしまう。
「謝らなくていいよ。どちらかと言うと私たちがユキノちゃんを巻き込んじゃった形になるかもだし」
「え…?」
「とりあえず今からある場所に移動するけど、とにかく驚かないでついてきてね。話はそこでしよう…というかすることになってるから」
「は、はい…」
アマリリスさんに手を引かれて長い階段を上っていく。
この場所は図書塔というらしいけれど本当にどこを見ても本ばかりだ。
「あの…この上になにかあるんです?」
「うん。まぁとにかくついてきてよ。転ばないようにね」
もうおそらく4階くらいまでは登ってきてるけれど、まだまだ上がある。
本当に広いというか高い…村では考えられない建築物だ。
そして五階に差し掛かった時、ちらっと横目で人の姿が見えた。
こんな朝早くから本を読みに来ているのだろうか?とよく見て見ると、その人は何もせずにただただどこを見ているのかもよく分からない虚ろな目で椅子に座っていた。
本を読んでいるわけでもないその姿がちょっとだけ気になった。
「アマリリスさん、あの人は…」
「うん?あ~気にしないで」
「え?」
「とにかく気にしないで。見ても話しかけたり近づいたりはしないほうがいいよ」
「あ、危ない人なんです…?」
「ある意味ではね。あの子自体が危ないというよりは…まぁめんどくさい事に関わりたくなければ、とにかく気にしないことが一番だよ」
「は、はぁ…」
なんだかここ数日は分からないことだらけだ。
何も考えずにただただ村で無駄な時間を過ごしていたあの日々がどれだけ楽だったのか思い知る。
別にわからないことがあるのはいいんだけど…どうも今私が分かっていない事の全てが、私自身に繋がっている気がするから。
見て見ぬふりは出来ない。
「ついたよ」
長い長い階段を上り切るとそこには何もなかった。
床が円形になっていて…それだけで説明が終わってしまう部屋だ。
「ここで話を?」
「ううん。ここから行くの…あ。ユキノちゃんさ、魔法は無効化しちゃうんだっけ?」
たぶん昨日の…私の醜態の事を言っているのだろう。
確かに私には魔法が効かない。
だけどそれは…
「い、いえ…今は大丈夫です…あれはスノーホワイトが表に出てきてる時だけなので…」
「スノーホワイト…あの腕の事でいいんだよね?」
「はい…」
「ま、それも含めてこの後聞くことになっちゃうけど大丈夫かな?」
「…」
その問いに私は何も答えることは出来なかった。
「どちらにせよ話さざるを得ないとは思うけどね。よっと」
アマリリスさんが両手の手のひらを勢いよく合わせて音を鳴らすと、床全体に青白い不思議な模様が浮かび上がり、光を放ち始めた。
光は瞬く間に部屋全体を埋め尽くし、何も見えなくって…光が収まったかと思えば私はさらに知らない場所に来ていた。
だだっ広い部屋にはよく分からない美術品のようなものが置かれていて、全体的に豪華というか…まるで貴族様のお屋敷みたいだ。
そして部屋の奥…一際豪華な椅子に金髪の女性が無造作に座っていた。
さらさらとした金髪はそれだけで宝石のようにきれいだ。
豪華な椅子に頬杖を付いて足も崩しているのに…まるでそういう彫刻作品かのように全体的に綺麗という印象を持たせる女性だ。
そして不思議な圧がある。
とっても偉そうなその態度が、この人なら仕方がないかと思わせるくらいの圧。
ただ一つだけ気になるのは…その女性が全裸という事。
「ユキノちゃん。あの偉そうな人がね」
「はい」
「この国で一番偉い人」
「……………はい?」
「ここ帝国を治める皇帝さん」
「え…えぇええええええええええええ!?」
驚きのあまり、私は場所もわきまえずに大声で叫んでしまったのだった。
ヒロイン登場までもう少しかかりそうなので、そこまではノンストップで行きたい気持ち…。