質問
明日はお休みです。
次回は日~火曜日のどこかで投稿します。
「なんだあいつは…」
レシーダは異常な風貌のユキノを見つめて茫然とそう零した。
ドクンと脈打つ赤黒く歪な腕の先端で鎌のような鋭さの五指の指がチキチキと耳障りな音をたて、例の部下が声をあげる。
「ひぃいいいいいいい!!!!!!当主様!早くはやくはやく何をぼさっとしてるんですか!!!!」
「馬鹿が落ち着け!女一人に貴重な炸裂柩を使えるか!」
レシーダは炸裂柩を構えていた部下たちに手を下ろさせたが、その瞬間叫びをあげていた部下が炸裂柩を強奪し、ユキノに向かって半狂乱になりながら引き金を引いた。
鼓膜を突き破るような破裂音が鳴り、黒くほど長い箱から小さな何かが放たれる。
炸裂柩とはある日、レシーダの元に現れたリトルレッドが手渡してきた緊急時に使えと言われていた武器であり、火の魔法が込められた円錐状の「弾」を加速の魔法が込められた「柩」により目にも止まらぬ速さで撃ちだし、対象の体内に玉をめり込ませたのちに解放された火の魔法が身体を破壊し尽くすという代物だ。
恐怖に震えた手で撃ちだされたそれだったが武器としての性能故か、ただの偶然か「弾」は見事にユキノの胸を撃ち抜き…炸裂した。
ユキノは口から血を吐き出し、弾が侵入した小さかったはずの穴は大穴となり、どこの部位なのか判別できないほどにグチャグチャにかき混ぜられた「中身」が零れ落ち、そしてその身体が崩れ落ちた。
「は、ははは…ははははは!やった…やったぞ!あの化け物を倒したぞー!!わはははははは!!」
炸裂柩を放った男は目を血走らせながら跳びあがるようにして喜び、笑う。
「貴様ぁ!」
レシーダはそんな部下の胸倉をつかみ近くの壁に叩きつける。
「勝手な事をしやがって!あの弾がどれだけ貴重だと思っているんだ!?たかが女一人に使うなど…リトルレッド様に知られでもしたら…どう責任を取るつもりなんだ!!」
「う、うるさぁあい!あれだけ言ってるのにグズグズしてるアンタが悪いんだ!悠長にしやがって何が当主様だ!ふざけるなぁ!」
まさか部下が言い返してくるとは露ほどにも思っていなかったレシーダは一瞬呆気にとられたが、その一瞬が過ぎ去った後には強烈な怒りが湧き上がり、残った片腕の拳をこれでもかと握りしめ振り上げ…。
「と、当主様!」
それを遮ったのは別の部下の戸惑ったような声だった。
「なんだ!」
「あ、あれを…あの女が立ち上がってきます!」
「は?」
何を馬鹿な事をとレシーダは半ば呆れながらもユキノの死体が倒れているはずの場所に目を向けた。
そして…異形の右腕を床に突き立てながらゆっくりと立ち上がろうとしているユキノの姿を見てしまった。
「ば、馬鹿な…何が起こっている…?ありえない…あいつは今そこで死んでたはずだろう!?」
「ひ、ひぃぃいいいいいいいぁああああ!?」
炸裂柩を放った部下がガチャガチャと柩を操作し、次の弾を撃ちだす準備を始めた。
「何をやっている貴様!」
「アレを見てまだわからないのか!?し、死にたいのなら一人で死んでくれ!俺はもうあんたみたいな馬鹿についていけない!」
そうして再び放たれた弾がユキノの左肩を撃ち抜いて左半身を吹き飛ばした。
血も零れ落ちた臓物も砕けた骨も何もかも確かに見ているのに…。
「なのにどうしてあの女は立ち上がろうとしているんだ!!!」
どれだけ肉を吹き飛ばされようとも、次の瞬間にはユキノの身体は完全に修復されて立ち上がる。
服は破れているし飛び散りそのままになっているユキノの体組織が弾は確実に命中し、ユキノの身体を破壊していることを証明しており、偶然攻撃が外れたんだと思い込むこともできない。
「痛い…ナナちゃん…痛いねぇ~ナナちゃんどこ~?」
フラフラと立ち上がったユキノの瞳がレシーダのそれを捉えた。
「うて…」
「当主様…?」
「何をぼさっとしている!早く炸裂柩を撃て!ぐずぐずするなノロマ共が!」
理不尽なレシーダの指示だったが部下たちはそれに従い、各々炸裂柩を構えてユキノに向かって放つ。
一発で人一人など簡単に殺せるはずの弾丸が複数発迫るなかユキノは異形の右腕を持ち上げ、その手のひらを飛来する弾に向けた。
「…流し祓え…「アクアフロウ・グレーテル」」
瞬間、異形の右腕から透き通るような大量の水が溢れ出し、弾ごとレシーダ達を飲み込んだ。
大量の流れる水に人はあまりにも無力なもので、どれだけその場で持ちこたえようと地面踏みしめたところで何の意味もなく押し流される。
通路を流されたレシーダ達だったが突き当りの行き止まりに身体を撃ちつけられ、そこで水の勢いも止まる。
「ゴホッゴホッ!!な、なんだ今のは…!?」
レシーダ達は水から解放されはしたものの、肺の中の空気を水と壁に全て押し出され、空気を求めて荒く呼吸を繰り返す。
そしてそんな彼らに向かってバシャバシャと未だ薄く水の溜まる通路を進んでくる者がいた。
「溶け燃やし、残し導け…「バーンメルト・ヘンゼル」」
ユキノが一歩、レシーダ達に近づくたびにじりじりと肌を焦がすような熱が伝わってきていた。
ありえない事に床を覆う水は瞬時に沸騰を始め、素肌を晒していた者は火傷を負った。
幸いとしてこの場所の床や壁は熱を通しにくい素材でできており、瞬時に水が蒸発したこともあり致命的な傷を負ったものはそこまで多くはない…しかし全てはまだ始まったばかりだった。
「ナナちゃんはどこ…?なーなーちゃーんー」
ユキノが異形の右腕を壁に当てた。
すると熱を通しにくいはずのそれがまるでバターを熱したかのようにドロリと溶解する。
そしてそのまま…壁を溶かしながらユキノは一歩一歩ゆっくりとレシーダ達に近づいていく。
「あひゃぁああああああ!?あ、あれだ…みんな溶かされた…もう終わりだ…お、おれもあいつらみたいに…う、うわぁああああああああああああ!!!!?」
男の一人が絶叫しながらユキノに向かって走り出す。
行き止まりまで流されてしまったレシーダ達には前に進む以外の選択肢は無く、その男は顔中に汗を浮かべ恐怖に震えながらも一人走る。
だが男の目的は捨て身の攻撃ではなく…ユキノ脇をすり抜けて逃げようとしていたのだ。
「ねえナナちゃんどこにいるか知ってる?」
しかし男の決死の逃走も虚しくまるで蛇のようにしなやかに素早く動いた異形の腕が男の身体を捉える。
腹の辺りをがっしりと掴まれた途端、鉄板の上で肉を焼くような音と共に異臭が充満していく。
「あぁああああああああああ!!!!熱いあずぅいあづぃぃぃいいいいいいぁぁあああああああ!!!!」
ものの10秒ほどで異形の腕が掴んでいた部分は溶け落ち、水分量の問題で完全には焼けなかった内臓が粘り気のある水音をたて地面に落ちる。
やがて男の身体にはあまりの高温故か火が付き、やがては悲鳴ごと飲み込まれ…最後には人間大の炭が残った。
「あれ…いなくなっちゃった。なーんでさっきから質問してるだけなのに皆いなくなっちゃうのかなー?…まぁいいやー、ねぇあなたたちはナナちゃんの居場所知ってるー?」
たった今、一人の人間を異常な方法で惨殺した少女は虚ろな目をしてにこにこと笑っていた。
ヒロインを救出に来た主人公があまりにも正気じゃない問題。




