やってきたもの
次回投稿は未定です。
木~土のどこかで投稿します。
(あの後は本当にすごかったなぁ…)
かつて37番と呼ばれていた少女、スカーレッドはそう名付けられた後の事を実はよく覚えていない。
意味の分からないままにそのまま剣として扱われ、エンカを攻撃しようとしていた研究員たちを他の成功例たちごと斬り捨てて行った…のだとは思うがスカーレッド自身がその状況について行けず、ただ振り回されていただけだったから。
気がつけばエンカはスカーレッドがいた場所を完全に制圧し、そのまま満足げに外に出て夜空を見上げていた。
「あの…」
「静かにしろ。闇が満ちる夜は静寂であるべきなのだから」
「あ、はい…」
これから自分はどうすればいいのか…そもそもどうなるのかを訪ねようとしたのだが、話ができる雰囲気ではなかったのでそのまま一緒に夜空を見上げた。
久しぶりに見たそれはとてもキレイだったのを覚えている。
それ以来エンカとスカーレッドはずっと一緒に居た。
ついてこいともどこかに行けとも言われなかったスカーレッドは最初は恐る恐るとエンカについて行っていた。
それがいつしか隣を歩くようになり、平然と会話をするようになった。
今でもスカーレッドはエンカの事をあまり知らない…エンカもスカーレッドの来歴なんてものは聞いたことすらない。
それでも今この瞬間も二人はともに戦っている…いつか世界から悪を滅するその日まで。
「エンカくん上!」
「騒ぐな。わかっている」
上空から襲い来る魔物の爪を難なく躱し、斬り捨てる。
どれだけレシーダが魔物をけしかけようともエンカに傷一つつけることが出来ずに魔物はその数を減らしていく。
「馬鹿な…そんなはずない…こんなの嘘に決まっている…!」
人が変化する切れ味の悪い剣。
アトラが下したその見解がスカーレッドの全てだ。
だがエンカはそれを魔剣だと信じて疑わず、実際にスカーレッドを使うエンカにを前に生き延びた「悪」は存在しない。
まさに今、スカーレッドを突き付けられて地面にへたり込んだ男のように。
「ひっ…」
「もう終わりか?」
無数に積み上げられた魔物の死骸の中心で、返り血の一つすら受けていないエンカと顔中から汗を噴き出しているレシーダ。
今ここに絶対の正義と悪という力関係が産まれていた。
「ま、魔物は!?なぜ来ない!!?」
レシーダは必至に腕輪を嵌めた腕を振り続けるが周囲に魔物の気配はなく、しんと静まり返っている。
「魔なる獣が尽きたか?それでお前自身は何もできないのか。そこまでも三流…それ以下の悪だ」
「ぐっ…!俺を馬鹿にするなぁ!」
懐に忍ばせておいた護身用のナイフを手にレシーダはエンカに襲い掛かる。
しかしそのナイフはエンカに届く前に宙を舞った。
その腕と共に。
「は…?う…うぎゃああぁああああああああ!?」
何か鋭利なもので切断されたかのような綺麗なレシーダの傷口から血がボトボトと音をたてて血がこぼれ落ち、地面に溜まっていく。
「…何のつもりだ」
エンカが声をかけたのは痛みに悲鳴を上げてうずくまるレシーダの背後にいる女だった。
「えー?あなたが危ないか思って~このかわいいかわいいカララちゃん助けてあげたんだよっ」
おどけるように言ったカララの手には血に濡れたナイフが握られており、にっこにこと媚びるような笑顔がエンカに向けられている。
「余計な世話だ。失せろ」
「ひっど~い!このあたしが助けてあげたのにさ!そんなんじゃせっかくのイケメンが台無しだ、ぞ☆…あの一応聞いておきたいんだけど性別どっちなの?女だったらさすがに守備範囲外というかこのカララちゃんより面のいい女ってみんな敵みたいなところあるからさー。逆に男の子だったらイケメンであればあるほどいいし!」
「失せろと言っている。男だ女など囚われている時点でお前も底の浅い悪だ。あえて答えるのなら僕は闇の使者なのだから」
「いや知らんし…あーはいはい!わかりましたー!カララちゃんはどっか行きますよーだ!べー!」
可愛らしく舌を出しながらカララはその言動とは見合わないような速さでその場を後にした。
それはまるで闇の中に溶け込んだかのような軽やかさで…。
「気に入らないなあの女…この僕を差し置いて闇に馴染むとは…厚顔無恥とはこのことだ」
「違うと思うよ?エンカくん」
「うるさい黙れ。とりあえずはこの男…」
「…いないね」
エンカが視線を元の場所に戻すと、そこにいたはずのレシーダはいなくなっていた。
目を凝らすと血でなんらかの紋様のようなものが地面に描かれており、どうやらそれを使って逃げてしまったようだとエンカとスカーレッドは判断した。
「どいつももこいつも…」
「まぁまぁ」
スカーレッドが人の姿に戻りエンカの背中に手を添えた。
「ふん…まぁいい。あの男はこの程度で逃げ出す取るに足らない小物という事だ」
「うん、そうだね」
「そう思うのならもう取り乱すなよ。あんな雑魚に費やす時間もカロリーもなにもかも無駄だ」
「うん…ありがとうねエンカくん」
ちっ!と舌打ちをしてエンカは歩き出し、スカーレッドは嬉しそうに笑いながらその手を取るのだった。
──────────
カララはエンカと別れた後にアトラの元へと走っていた。
その腕に斬り飛ばしたレシーダの腕を抱えて。
「ふっふっふ~今日もあたしは仕事を完ぺきにこなしてしまったわ~。本来はカカナツラのボスを捕らえて来いって話だったけどあの状況じゃ難しいし…なんか変な気配のする身体の一部とこの妙な魔道具を回収できたのだから上々よね♪カララちゃんしごできが過ぎて困っちゃうわ~」
そんな自画自賛と共にアトラが戦っているであろう場所にたどり着いたカララを出迎えたもの…それは。
「あ、おーいアトラ~ってなにあれ…ぶっぁ!!!!!!?」
「あ」
カララが木々の隙間から顔を出したその瞬間にアトラが斬り飛ばした魔物の腕が勢いよくカララの顔面に激突した。
「なにやってるんですかぁ~カララさん~。どうせまた一人で調子に乗ってたんでしょ~気をつけなさいって言ってるのにぃ~」
「ご、ごめんなひゃい…」
ぴゅっぴゅ~と鼻血を飛ばしながらカララはそのまま意識を失ったのだった。
──────────
「くそっ!くそ!くそくそくそくそくそくそ!クソがぁああああああああああ!!!」
レシーダは逃げのびた先の拠点で壁を残った左腕で殴りつけた。
リトルレッドから渡されていた緊急時用の一度しか使えない転移の魔道具の力によりなんとか拠点の近くまで逃げのび、そこで部下から右腕の治療を受けて今は撤収作業の真っ最中だ。
先ほどまではとにかく生き残ることに必死だったが、いざ助かったとなると次に湧いてくるのは自らを焼き尽くしてしまいそうなほどの怒りだ。
ふざけた格好をしてふざけた発言を繰り返すわけのわからないやつに苦汁をなめさせられた。
プライドの高いレシーダはその事実が何よりも腹立たしかった。
「あいつ…次に出会ったのならありとあらゆる苦痛を与えて自ら殺してくださいと懇願するまで追い詰めてやる…絶対に、絶対にぃぃぃいい!!」
何度も何度も壁を殴りつけ、その度にレシーダの部下は気まずそうに肩を揺らしながら作業を続けていく。
「当主様」
「なんだ!早く作業をしろ!」
「いえ…ほぼ撤収作業は終了しました。ただ「アレ」はどういたしましょうか」
「アレ?…あぁ化け物の事か」
この場所で化け物と呼ばれているのは魔物ではない。
レシーダの娘であるナナシノの事だ。
「どうとはなんだ!あれも貴重な検体だろうが!早く荷物に積み込め!多少無理やり身体を「折りたたんで」も死にはしないんだから楽だろうが!」
「いえですが…かなり厳重に繋がれているので…」
「あぁ!?…いや、そうか。そうだったな」
レシーダはすっかりと忘れていたが一度逃げ出したという前科のついたナナシノに対し、レシーダは二度とそんな真似ができない様にと厳重に牢にその身体を繋いでいた。
それゆえに連れ出すのに時間がかかっており、切羽詰まっているこの状況ではその時間が惜しいというのも事実だった。
「はい…それでどうすればよいかと…」
「馬鹿か貴様らは!肉を引きちぎって拘束を外せばいいだろうが!人型だからと言ってアレを常識に当てはめるな!化け物なんだよあれは!」
「は、はっ!申し訳ありません!」
部下は慌てて走り去っていった。
そしてレシーダは一人でどんどんと怒りを募らせていく。
「あぁああああああああ!!!!クソが!どいつもこいつも役立たずどもめ!なぜこうも俺をイラつかせるんだ!!クソが!!!!!!…はぁいや少し落ち着こう…いくら何でも頭に血が上りすぎている…」
あまりに怒り過ぎたせいかレシーダの頬からは汗が流れ落ちる。
よくよく身体を見渡すと全身にびっしょりと汗をかき、肌着などは絞れそうなほど水分を吸っていた。
「いや…まて…いくらなんでもおかしいぞ。これは…なぜこんなにも施設内が熱いんだ!?」
そこでようやくレシーダは上がっているのは体温ではなく室温であることに気がついた。
施設中がまるで蒸し風呂の様に熱くなっていたのだ。
「換気口に何か詰まったか?いや外は熱くはない…むしろ少し肌寒いほどだったはず…おい!誰か…」
「ひぃぃぃいいやぁあああああああああああああ!?!!!!!?」
レシーダが部下を呼びつけようとした瞬間、喉が破れんばかりの絶叫が施設中に響いた。
それも一つや二つではなく、断続的に聞こえてきては悲鳴と言う音が施設内を揺らす。
その音には明確な恐怖がこもっており、そして恐怖というのは人から人へと伝わっていく。
「な、なんだ…何なのだ一体!!!」
悲鳴に混じってレシーダの絶叫が流れて行った。
──────────
ズル…ズル…。
何かを引きずるような音が薄暗い通路をまっすぐと進んでいく。
ズル…ズル…。
よく耳をすませば引きずる音の中にコツ、コツと人の足音のようなものも混じっているのがわかるが、不思議と何かを引きずる音のほうが不気味なほどに響いている。
「あぁ…感じる…ここにいる…なぁ~んだわかるんだぁ~…じゃあがむしゃらに探さなくてよかったじゃん。あははっ!待っててね~なーなーちゃん…今行くからね~うふふふふふ…」
ズル…ズル…。
光の届かない闇の中、虚ろな目をした少女が異形の腕を引きずりながら赤く裂けたような口で笑っていた。
回想が終わりカララちゃんがわからされ、ついに主人公…主人公?がやってきました。




